風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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私はこれで良い、貴女はそれで良い

 日が顔に差してくる。心地良い眠気の中で、そういう明るさは何となく邪魔だった。

 それでも起きなきゃいけない。習性の様な気分で、わたしは小さく目を開けた。

 

「朝……?」

 

 朝だった。ちょっとだけ顔を上げて時計を確認すると、そこには想像していたよりも少し早い時刻が表示されている。

 よく眠れた。まだ寝たい気がするけど、これ以上はきっと頭が痛くなる。今が一番丁度良く、一番良い状態だと思える。怖い夢も見なかったし、深くて安らぐ夜だった。

 こんな風にリラックスして眠れたのも、ほむらちゃんのお陰だ。わたしが眠るまで、ずっと繋いで、添い寝をしていてくれたんだから。

 

「おはよ……ほむらちゃん……ほむらちゃん?」

 

 隣を見てみると、そこには誰も居ない。

 残念だけど、ほむらちゃんは隣に居なかった。周りを見ても居ないし、どうやら、わたしが寝ている間に帰ってしまったみたいだ。

 

「ほむらちゃん、帰っちゃったんだ……」

 

 残念だけど、しょうがない。今日だって学校だし、ほむらちゃんにも自分の生活が有るんだから、やっぱり、わたしにばっかり構っていたら、自分の事が何も出来無くなっちゃう。

 そういう風に迷惑をかけるのは、望む所ではなかった。

 なのに、居ないのが凄く残念だった。まるで、そこに居るのが当然だったみたいに、ほむらちゃんがこの部屋に居ない事が、酷く違和感を覚えさせる。

 でも、そういう寂しさを振り払わないといけない。わたしはベッドから起きあがって、小さく伸びをした。軽い欠伸が出たけど、それだけだった。

 先に顔を洗おう。そうしなきゃいけないと思って、部屋から出る。少し歩けばすぐにパパが居て、朝の菜園をしていた。タツヤがすぐ傍でそれを楽しそうに見守って、パパは鼻歌交じりにミニトマトを切っていた。

 

「おはよー……パパ」

「おはよう、まどか」

「ママはー……?」

「もう起きてるよ、風邪は大丈夫かい?」

「うんー」

 

 珍しく、ママは起きてるみたいだ。わたしも普段より早めに起きたのに、本当に珍しい。

 

「顔を洗ってくるねー」

「行ってらっしゃい」

 

 わたしが眠そうな顔をしているのが見えたのか、パパは少し困った風に笑っていた。

 寝起きのぼんやりした頭のまま、わたしは洗面台の方へ向かう。そこにはスーツ姿のママが居て、お化粧をしていた。

 

「おはよー、ママ……」

「おう、おはよ、まどか」

 

 軽く手を挙げながら、ママが朝の挨拶を返してくれる。 お化粧で隠しているけど、その目元は少し隈が出来ている様に見える。

 まるで、ほむらちゃんみたいだ。

 

「さて……まどか」

「ん?」

 

 ママはわたしと、自分の額に手を当てた。熱を計ってるみたいだ。

 前々から思ってたけど、これで本当に熱が分かるのかな。

 ちょっと疑わしく思っていたけど、ママはうんうんと満足げに頷いていた。

 

「熱は下がってるな。身体の感じは?」

「もう大丈夫だよ。平気平気。学校にも行けると思う」

「良かった。にしても、早いな。昨日の夕方に熱出して、今日の朝には治ってるなんて」

「うん、自分でもちょっとビックリ」

 

 今日の学校はお休みしなきゃ駄目かな、と思っていたけど、ちゃんと治ってくれた。割と嬉しい、早く学校へ行って、ほむらちゃんに会ってお話がしたい。

 そんなわたしの顔を覗き込むと、ママは感心した様な息を漏らして、嬉しそうにする。

 

「んー、見た感じ、何時もより顔色が良い気がするな」

 

 そうかなぁ、と思って鏡を見てみるけど、特に何も分からない。でも、こういうのは人から聞いた方が分かる事なんだろう。

 わたしの顔色が良いとしたら、その理由になりそうな事は一つしか無い。

 

「……ほむらちゃんが優しく看病してくれたからかな」

「すっかり仲良しだな」

「うんっ」

 

 胸を張って、わたしとほむらちゃんは友達だと言える。それも、単なる友達じゃない。最高の、と付く方の友達だ。

 今すぐにだってほむらちゃんに会って、いっぱいお喋りがしたいし、今度はわたしが何か助けになってあげたい。

 内心で密かに決意していると、ママが思い出した様に天井を見上げる。

 

「そうだ、ほむらちゃんなんだけどさ。まどかが寝た後で、私とちょっと話したんだ」

「そ、そうなの?」

 

 初耳だった。きっと、ほむらちゃんはわたしが起きない様に気遣いながら離れたんだろう。

 歯を磨いていると、寝ぼけた頭がすっきりする。ちゃんと磨かないと虫歯になっちゃうから、気をつけないと。

 

「私がこっそりまどかの部屋を覗いたんだ。多分、ほむらちゃんが居るだろうと思って」

「き、気づいてたんだ。ほむらちゃんが居る、って」

「いやいや、全然。何となく、居るかなぁ、とか思っただけ」

 

 鋭い。そんなの、普通は考えないのに。

 歯磨きを終わらせて、顔を洗う。水が気持ちいい、手探りでタオルを取ろうとすると、ママが渡してくれた。

 

「まあ、直感が正しかったな。ほむらちゃんとお話がしたくてさ、何か飲みながら」

「へー……って、ママ? お酒は飲ませてないよね?」

「飲ませるわけ無いだろ。未成年だぞ」

「だ、だよね」

 

 顔を拭くフリをして、内心で深く疑っていた事を隠す。

 ほむらちゃん、大人っぽいし、お酒くらい飲めても不思議じゃない。ママも酔ってたとしたら、まさか。という気がした。

 わたしの目が自然と疑いの眼に変わっていたのか、ママは目を逸らして呟いた。

 

「ありゃ多分、飲ませたらすぐ寝ちまうタイプだろうし……」

「ま、ママ?」

「何でもない。ともかく、ほむらちゃんにはココアを出してさ、二人で暫く喋ってたんだ」

 

 ほむらちゃん、緊張とかしたのかな。少しだけそう思う。

 人の家の、しかも初対面のお母さんと一対一で話すなんて、わたしなら凄く緊張すると思う。

 

「大丈夫そうだったぞ。ちょっと対応に困ってる感じはしたけど、年上相手でも物怖じしないし、平然とするのは得意なんだろうな」

「あ、分かるかも。ほむらちゃん、顔色を隠すのは結構上手いし……わたしの前だと、割と素直になってくれるんだけどね」

「……まどかにだけは心を許してる感じだなぁ」

 

 何だか悲しそうな感じで、ママは小さく呟いていた。わたしも同意見だった。

 

「そうだ、どんな事を喋ったの?」

「ああ、まあ、良い話が出来たよ。学校でのまどかの事とか、友達関係とか、勉強は出来てるか、とか」

「う、うわ。それ、聞いちゃった?」

「安心しろよ、ほむらちゃん、細かい所は絶対に言わなかったし、基本的にお前を褒める事ばっかりだったから」

 

 何だろう、ママの前でわたしを褒め続けているほむらちゃんの姿が、簡単に想像出来る。むしろ、そうじゃないと変だとすら思える。

 でも、その姿を頭に浮かべていると、顔が熱くなった。人の親の前で精一杯わたしの事を褒めるほむらちゃん。そんな姿は、頭が変になるくらい恥ずかしい物だっただろう。実際に見る事が無くて、本当に良かった。

 わたしが心の中で安心していると、ママは何処か遠い目をした。今までとは少し違う、暗めの表情だった。

 

「それに……まあ、ちょっと」

「他にも何か話したの?」

「ああ、昔見た、怖い夢の話を、ちょっとだけな」

 

 そう言うママの顔がとても悲しそうで、わたしは面食らった。

 

「夢?」

「……はは、あんな夢をビビってたなんて恥ずかしいから、教えてやらない」

 

 ママは空元気の笑顔を浮かべていた。夢の内容を教えてくれないのは、きっと他に理由が有るんだろうと思う。

 けど、無理に聞き出したいとは思えなかった。どちらかと言うと、それは聞いてはいけない事じゃないのか、って、そういう予感がする。

 わたしが聞かない事を決めると、ママは軽く頭を撫で回してきた。タツヤにやるのとはまた違うけど、子供扱いは変わらない。

 でも、何だろう、結構嬉しいし、安らぐ。

 

「えへへ……もう、小さい子じゃないのに」

「私に言わせりゃ、まだまだ子供だなー……ほんと、どうしてこいつが……」

「?」

 

 一瞬、ママの顔に影が差していた。

 

「あっ」ママは小さく首を振る。「いや、何でもない。気にすんな」

 

 気にするなと言われたって、今のは気になる。

 でも、聞いて欲しくないんだろう。ママはまたわたしの頭を軽く叩いて、誤魔化し笑いを口にしていた。

 

「もう、ちょっと痛いよ」

「はは、悪い悪い。それで? ほむらちゃんは? まだ居るんだろ?」

「あ、ううん。帰っちゃったみたい」

「そっか……まあ、あの子にも自分の人生が有るもんな」

 

 何やら少し安心した様子のママ。

 昨日の時より、ずっとほむらちゃんを理解している様だった。もしかすると、ママとほむらちゃんにしか分からない何かを話したのかも。

 蚊帳の外にされてる気分はちょっと不満だ。

 

「学校で会ったらさ、お礼くらいは言っておけよ」

「それは、もちろんするよ」

 

 しない訳がない。あそこまで優しくして貰って、何も言わないなんてあり得ない。

 そういう気持ちで返事をすると、何を考えたのか、ママはわたしの両肩をガシリと掴んだ。まるで、わたしが何処かへ行ってしまわない様に、必死で留めているみたいで。

 

「ま、ママ?」

「……なあ」

 

 ママは少しだけ顔を上げた。普段の余裕たっぷりな顔とは違って、弱々しくて、何かに耐える様な表情をしている。

 ママのそんな顔を見ていると、こっちまで不安になった。けど、ママはその顔色を止めず、わたしの顔へ静かに近づいた。

 

「ほむらちゃんの事、大切にしろよ。あの子は、いざって時には自分の命も人生も、お前の為に投げ捨てるぞ。そうさせない為にも、な」

「……うん」

 

 ほむらちゃんがそういう子なのは、分かっていた。言われなくても、分かっていたんだ。

 けど、ママに言われると、それはもっと重くて辛い物に感じられた。全身を針でつつかれている様な、嫌な感じだ。

 そこで、ママは息を深く吸って、何時もの明るい顔に戻った。今までのは何だったんだろうと思うくらい、普段通りだった。

 

「まあ、お前なら大丈夫か。ほれほれ、早く着替えないと遅刻するぞ?」

「あ、う、うん」

 

 戸惑いながら、自分の顔を鏡で確認する。見慣れた髪にはまだリボンは付いてない。

 着替える前に、リボンを選んでおこう。洗面台には黄色と赤のリボンが置かれている。色を確認した時、どっちを選ぶかなんて、考えるまでもないと思った。

 

「で、どっちのリボンにするんだ?」

「んー……こっちかな」

「私はこっちの方が良いと思うけどなぁ、まどからしいし」

 

 赤のリボンを指さすと、ママは黄色のリボンを軽く叩いた。

 ママの顔色はとても悪戯っぽい。どういうつもりで黄色を叩いたのか、すぐに分かってしまう。

 

「わざと言ってるでしょー……」

「まあね、そりゃそっちのリボンにするよな。何てったって、ほむらちゃんからの贈り物だ」

「……そう、なんだけどね。何て言うか、しっくり来るんだ、まるで最初から自分の物だったみたいに……」

 

 わたしの独り言を、ママは静かに聞いていた。ちょっとだけ心配そうに目を細めていたけど、それ以上の事はして来ない。

 ただ、軽く咳払いをすると、ママは鞄を持って洗面台から離れる。

 

「それより着替えと朝ご飯だ。まどか、先に行ってるぞ」

「はーい!」

 

 返事をしながら髪を整え終えて、リボンを見る。

 迷わず、赤のリボンを選んだ。

 あの日、涙を浮かべていたほむらちゃん。それを不意に思い出した。

 

「あれっ?」

 

 きっと、これは、ほむらちゃんにとって命と同じくらい大切なリボンなんだ。

 大事に、大切にしないと。

 それなのに、気づいたらリボンを握り締めていた。どうしてか、それだけの事で涙が溢れそうになる。

 

「ぅっ……」

 

 涙を、パジャマの袖で拭った。

 このリボンにどういう意味が有るのか、なんて、わたしは知らない。でも、ほむらちゃんがどんな気持ちでこれをくれたのか、その気持ちがリボン越しに伝わってきている気がして、わたしの胸は息苦しいくらい悲しい悲鳴をあげていた。

 

+----

 

 わたしが学校に到着したのは、家を出て二十分くらいした頃だった。遅刻はしなくて済んだけど、もうみんな集まっている。

 教室へ入って最初に目に付いたのは、見慣れた赤と青の髪だった。

 さやかちゃんと、杏子ちゃんだ。珍しく早いなぁ、と思いながら、二人へ向かって挨拶をする。

 

「おっはよー!」

「おお、おはよ、まどか」

「よ、まどか」

 

 振り返って、さやかちゃんと杏子ちゃんが一緒に手を挙げてくれる。

 何時も通り、二人は仲良しだった。何だか羨ましいと思いながらも、楽しそうな二人の間に入ってみる。

 

「昨日はひっどい雨だったよねー。まどかは濡れなかった?」

「あはは、濡れちゃった挙げ句に風邪になっちゃって、ずっと寝込んでたよ」

「え? ほんとに?」

 

 それを聞くと、さやかちゃんは目を見開いて、心配そうにしてくれた。

 やっぱり、優しいなぁ。戻って来てすぐ仲良くなれたし、良い友達だ。

 

「うん。熱はそんなに無かったんだけど、調子は凄く悪くてね。昨日は起き上がるのも結構辛かったよ」

「おいおい、それで学校へ来て、大丈夫なのかよ?」

「えへへ、もう治っちゃったからね。熱も無いし、咳きとかも無いよ」

 

 熱もすっかり無くなって、頭もすっきりしている。少なくとも、風邪という感じは全くしなかった。むしろ、身体の調子自体は前よりも良くなった気さえする。

 宿題はほむらちゃんが全部片づけてくれて、わたしは何の心配もせずに登校する事が出来ていた。

 

「ごめん、一緒に帰れば良かったね。昨日は杏子と二人で色々やる事が有ったからさ」

「ううん。風邪になったお陰で、色々と良い事も有ったから」

 

 特に、ほむらちゃんと仲良くなれた事は、アメリカから帰ってきて一番の喜びだった。これ以上無いくらい幸せで、笑ってしまうくらい嬉しくさせてくれる。

 わたしは、よっぽど嬉しそうだったんだろう。さやかちゃんが興味深そうに顔を近づけてくる。

 

「良い事って?」

「えへへ……あのね」

 

 ほむらちゃんと仲良くなれたんだよ! なんて、自慢したくなって、教室の中のほむらちゃんを探す。

 でも、何度か周りを見回したけど、あの流れる様な黒髪は何処にも見当たらない。席を何度見たって、そこには誰も座っていなかった。

 隠れているのかも、そう思ったけど、あんなに綺麗な人が居たら、きっと沢山の人の中に隠れていても分かってしまう。

 

「ね、ほむらちゃんがどこに居るか、知らない?」

「ん? なんか、風邪で休みだってさ。あたしの所に電話してきたぜ」

 

 何の気も無しに答えた杏子ちゃんの言葉で、わたしは息を呑んだ。

 心なしか、寒気がする。きっと、今のわたしは顔が青い。

 横ではさやかちゃんが首を傾げていたけど、今は気にもならなかった。

 

「ん、杏子って、ほむらの番号知ってるんだ?」

「まあな。前に聞いた」

「ふーん……あいつが、ねえ」

「悪い奴じゃないぞ。色々アレなのは確かだけどな」

 

 アレって、どういう意味なんだろう。頭の片隅で杏子ちゃんの言葉に反応しながらも、わたしの頭は殆ど一つの事で埋め尽くされていた。

 

「……風邪、移しちゃった」

 

 そう、きっと、ほむらちゃんはわたしの風邪を貰ってしまったんだ。

 よく考えたら、わたしは風邪なんだった。そのわたしと一晩中ずっと一緒だったんだから、ほむらちゃんに移っても当然だ。

 何も考えてなかった事を反省する。

 沢山、悲しい気持ちになった。もしかして、ほむらちゃんが朝には帰ってしまったのは、風邪になったのを心配させない為だったのかもしれない。

 わたしは、とんでもなく残酷な事をしてしまったのかもしれない。

 ベッドに寝て荒く息をしながら、一人ぼっちで咳をしているほむらちゃんを想像すると、自分のバカさに涙が出そうになった。

 

「ね、ねえ、杏子ちゃん?」

「ああ?」

「ほむらちゃんの家の場所、知らない?」

 

 どうか、知っていて欲しい。縋る様な気持ちで、わたしは杏子ちゃんに尋ねかけていた。

 




 次から、『風邪を貰った悪魔ほむらが鹿目まどかに看病されるだけ』に入ります。

 投稿ペースを四日に一回か、三日に一回、どちらにするか迷っています。二日に一回はちょっと厳しいかな……? 我ながらペースが遅くて欠伸が出ます。
 私の執筆ペースは平常で四千字~七千五百字の間くらい、一,二週間に一回か二回ほど八千字~一万字の日が有ります。一日の最大記録は確か、一万七千字くらいだったかな……? ちなみに一時間平均で二千字、最高記録は一時間で六千字だったと思います。
 平均すると一日五千八百字って所。なので、一話ごとの投稿が一万字を超えてくると、二日に一回ではかなり厳しいです。前作は執筆途中で一日一回投稿したので、投稿済の話に追い付かれそうになってかなり危なかったですね。

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