風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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お誕生日おめでとう

 

 ここは、どこ。

 

 目を覚ますと、わたしは暗い部屋の中に閉じこめられていて、両手を紐で固定されていた。

 紐は、多分ベッドに括り付けられている。わたしはベッドへ寝かされているんだろう。足は自由になっているけれど、意味は無かった。

 

 どうしてこんな事になったのか。目を覚ましてからずっと悩んでいた。

 最後に覚えているのは、ほむらちゃんの家に誘われて、お部屋に入った時。そこからは、記憶が途切れている。

 

 こんな場所で捕まえられる様な覚えは何も無い。それが怖い。

 目が暗闇に慣れてきて、部屋の内装が見えてくる。何か見覚えが有る様な、無い様な。どっちにしたって、怖くて動けない。

 

「逃げ、ないと……」

 

 紐はしっかり縛ってあるから、ちょっとやそっとじゃ取れそうに無いけど、それでも頑張らないといけない。

 まず、この部屋がどういう建物の中に有るのか、調べないと。ベッドの横に窓が有るから、少し身体を起こしてみて、周りの様子を……

 

 物音が聞こえた。

 

 浮かせようとしていた身体を慌てて戻して、深呼吸をしようとする。けど、うまく息ができない。

 近づいてくる。誰かが、足音が近づいてくる。

 きっと、わたしをここへ閉じこめた人だ。

 

 その足音が、扉の目の前まで来た。息を潜めて、寝たふりをして、扉が開くのを待つ。

 開いた扉の先は明かりが灯っていたから、その顔はよく見えた。

 

「あら、起きてたのね」

 

 その人は、背景の明かりに照らされた長い黒髪をなびかせ、いつもより深い隈の有る紫の目をわたしへと向けた。

 

「ほむら……ちゃん?」

「おはよう、まどか」

 

 深くも可愛らしい声を耳にして、この人がわたしの知っているほむらちゃんだと確信する。

 どうして、ほむらちゃんが。何も分からないわたしに、ほむらちゃんは微笑みかけて、大きなケーキを片手に持って、こちらに近づいてくる。

 

「手首を見せて?」

「え……」

「ほら、手首よ。大丈夫、切り落としたりはしないから」

 

 何か物騒な事を言われて、わたしは手を引っ込めようとした。でも、縛られている。

 ケーキを脇へ置くと、ほむらちゃんが手首を掴んだ。いつもの優しい手つきとは違って、触れられるだけで寒気がした。

 

「あら? あら、あら?」

 

 わたしの手首を縛る紐をちょっと不気味なくらい優しい手つきで解きながら、ほむらちゃんが小馬鹿にする様に喋る。

 

「紐の痕が殆ど無いわね。抵抗しなかったの? そうなのかしら? ふふふ、うふふふふ。いい子ね、いい子過ぎるくらいに」

 

 優しい優しい、いつもの優しいほむらちゃんの笑顔。

 だけれど、その表情は瞬く間におぞましい物へと変わった。

 

「お陰で、やりやすいわ」

 

 真っ黒い何かがほむらちゃんの中から吐き出された様な気がした。

 ほむらちゃんは腕捲りをしていて、ワイシャツ姿、制服の上着を脱いだだけの格好になっている。真っ白清楚で可愛い美人な女の子だって、前々から思っていたけれど、改めてみると怖いくらいの美人さんだ。

 

「こんなこわいオオカミさんのお家に、無防備な赤ずきんちゃんは、進んで食べられに来てくれたんですもの。歓迎ついでに捕まえてあげるのは、当然だと思わない?」

「ほ、ほむらちゃん……なに、言ってるの? これ、なに……? どこ、どこなの?」

「あはっ……混乱している様だから、先に言っておくわね?」

 

 不意に真顔になって、ほむらちゃんは脇に置いていた丸くて大きなケーキを取り出す。手頃な台を近くに見つけて、そこへ置いた。

 満足そうにそのケーキを眺めると、ほむらちゃんはわたしの前に、あの不気味で意味の分からない目を向けてくる。

 

「十四歳の誕生日、おめでとう」

 

 その言葉は、いつものほむらちゃんの口調と声で告げられた。

 けど、雰囲気はまるっきり別人だ。言いたくないけど、ちょっと怖い。

 

「おめでとう、まどか」

 

 繰り返して言われる事で、今日が自分の誕生日なのを思い出す。

 そうだ、わたしの誕生日祝いがしたいって、ほむらちゃんはそう言ってわたしを誘ったんだ。

 

「あ、ありがとう」

「ふふ、貴女のお誕生日を祝える日が来るなんて、本当に光栄だわあ」

 

 ほむらちゃんからはどこと無く病んだ雰囲気が漂っていて、何をしてくるか分からない。

 

「そ、それで。ここはどこ?」

「ここ? ここはね、私の部屋よ。まどかのお部屋みたいに可愛くてしてみたくて、ちょっと変えてみたの。分からなかったの」

「うん、ほら、暗かったから……」

 

 言われてみると、ここは確かにほむらちゃんのお部屋だった。変わった所が多すぎて、暗い所だと同じ部屋だとは思えない。

 明かりで照らされてみると、前に来た時よりもずっと女の子らしい部屋だった。神棚みたいな場所に置かれたお手製の編みぐるみ……は、薄桃色の髪をしていて、可愛く編まれている。

 部屋の隅にはタンスが置かれていて、その中からほむらちゃんらしくない、可愛い服が沢山見えた。唐突過ぎる、お部屋の模様替えだった。

 壁紙とか、床も変えたんだ。デフォルメの動物が散りばめられて、わたしの趣味に合う可愛い部屋に変身していた。

 

「どう? 色々と変わったでしょう? 素敵じゃないかしら、違う? 違うなら違う所を言ってみて、直すから。直すから、だからまどかはずっと私と一緒に居るの。そうよ、そうよね。まどかは私を捨てたりしないわよね?」

「ほむ、ほむらちゃん、落ち着いて、ちょっと待って」

「落ち着いたわ」

 

 不安そうな顔をしていたかと思ったら、わたしの一言が終わる頃には見慣れた冷静な顔に戻る。とにかく異様としか言えない。

 

「あ、あのさ」

「なに? ああ、私をベッドに縛りたいならどうぞ?」

「ち、違くて」

 

 満面のひきつった笑顔で紐を差し出された。もちろん、断った。

 ほむらちゃんはショックを受けた様に、また変な笑い方する。体が、ふらふらと左右に揺れていた。

 

「ふふふ、そうね、まどかは私を縛ってくれないんだもの。それで一人で飛び去ってしまうのよ、置き去りにするの、私を、あんなに側に居て欲しかったのに」

「さ、最近さ!」

 

 よく分からない発言を遮って、わたしは大声をあげる。大きな声を出したお陰で、少しだけすっきりした。

 声量の大きさが無視できなくなったんだ、ほむらちゃんは突き放す様な冷たい目でわたしを見つめる。

 

「何」

 

 ほむらちゃん怖いなと思いながら、話を始める。

 

「……えと、最近、なんだけど。ほむらちゃんって、目の下の隈が凄いっていうか……寝不足っていうか、辛そう、だったよね。わたしが何かしちゃったなら、言って欲しいの」

「いいえ、何も無いわ」

「で、でも。そんなに体調悪そうだし、そうだ、保健室、保健室に行かないと。あ、違った。お医者さんに行かないと」

 

 自分でも何を言ってるんだろうと思った。

 ほむらちゃんもそう感じたのか、口元を押さえて笑い出す。馬鹿にされている様な感じだ。

 

「ふ、ふふ、ふふふ……やっぱり優しい、あなたは優しい。わたしの最愛のまどか、たった一人しか居ないまどか。まるで宝石ね、この宇宙はまどかをしまっておく宝石箱?」

 

 意味不明な事を沢山言って、わたしの頬から首筋をほむらちゃんの手が這う。スベスベの綺麗な指なのに、バンドエイドが三つも貼られていた。

 何で怪我をしたのかな、聞こうとすると、ほむらちゃんはまた、元のほむらちゃんへ戻っていた。

 

「何か気にしている様なら言っておくけど、貴女は何も悪くないわよ? ただ、怖くなっただけ。不安にかられただけ」

「な、何が?」

「時間が流れる事が」

 

 あっさりと理由を言われたけど、意味はよく分からない。

 わたしが理解してない事に、ほむらちゃんはほんの少しだけ不快そうな顔をする。けど、すぐに不気味な笑い顔に戻る。

 

「あ、あの。ごめんね、なんか、よく分からなくって」

「貴女は」

 

 わたしの言葉を遮って、ほむらちゃんが喋り出す。

 

「貴女は十四歳になった。来年には十五歳になって、私の知ってるまどかから、離れていく。遠ざかっていく。十三歳で、中学二年生の貴女しか、私は知らないのだもの」

「それは、知り合ったばっかりだもん、当たり前なんじゃ」

「貴女の中ではそうでも、私の中では違う。貴女との短い時間は、私にとっての永遠よ」

 

 ベッドへ座って、ほむらちゃんはわたしの肩を押さえた。逃げられない様に、逃がさない様に押さえつけられているみたいだ。

 わたしの前で、ほむらちゃんの目の色が真っ赤に染まった。かと思うと、いつもの紫へ戻る。切なそうな、寂しそうな紫に。

 

「貴女が成長する。無事に、元気で。それは嬉しい事でもあるけれど、悲しい事でも有るわ。分かる?」

「えと……あの、今のわたしが、変わっちゃうのが、嫌なの?」

「せいかぁい。くすくす、頭がいいのね、まぁーどかっ。ご褒美に撫でてあげる、かわいいかわいいまどかの頭をね?」

 

 ほむらちゃんはわたしの頭を撫でた。撫で回した。妙にねっとりとした手つきが気になった。

 嫌がったり、『触らないで』なんて言ってしまったりしたら、ほむらちゃんが傷つくだろうから、言えない。

 

「ふふっ。今の内に、今のまどかを覚えておきたいの。だから私の気が済むまで大人しくしてるのよ。まどかは賢い子だから、大人しくしていなきゃいけないのは、分かるわよね?」

 

 にたあ、と残酷に笑うほむらちゃん。いつもとは殆ど別人くらいの違いが有る。

 でも、やっぱりほむらちゃんはほむらちゃんだ。わたしを押さえる力だって痛くないくらいに加減しているし、瞳は充血していたけど、優しい光が有る。

 

「こんなに弱い私だもの。ただ誕生日を祝うだけなのにこんなに混乱して、まどかを困らせて。最低で、酷い女だと思って良いわよ。終わったら殴ってくれても結構だし、気に入らないなら首でも絞めなさい。こんな無価値な命くらい、欲しければいつだってプレゼントするから。何なら今からでも良いけど、欲しい?」

「あ、えっと……い、いいよ。ほむらちゃんの命はほむらちゃんの物だよ」

「ああ、まどかはなんて優しいんでしょう! でも欲しいと言ってくれれば、私は、らくになれたのに」

 

 遠回しに、ほむらちゃんは死にたがってる。

 そんなのは、いけない。様子のおかしなほむらちゃんには、今にも消えてしまいそうな不安さが有るんだ。

 

「ほ、ほむらちゃんっ」

「ええ、なあに? まどかは私が怖いのかしら。ああ、でもそれは当然よね。気にしないで、当たり前の事だもの」

「ち、ちがう。そうじゃないの、そうじゃなくて……」

 

 動きの鈍くなった腕を伸ばして、ほむらちゃんの手を掴む。

 

「動かないでね」

「良いわよ。殴りたいなら、どうぞ」

 

 ほむらちゃんが何か言ってるけど、それは無視した。

 また、いつものほむらちゃんの顔色が戻ってきた。それを見計らって、腕を自分の手元に寄せる。

 

「おいで、ほむらちゃん」

 

 大きく腕を引っ張り、ほむらちゃんを胸に抱き寄せた。羽みたいに軽いほむらちゃんの身体が、ふわふわと揺れながら、わたしの所まで来てくれる。

 ふらつくほむらちゃんを、もう少し近くへ引っ張った。まるで抵抗しないまま、ほむらちゃんはわたしのお腹に顔を押しつけた。

 

「む……あ、まどか。何?」

 

 顔を上げたほむらちゃんは、かなり細い目でこっちを見てくる。

 怯みそうになった所を我慢して、わたしはその身体をそっと、出来るだけ傷つけない様な手つきで抱き締める。

 

「い、いいよ」

 

 ほむらちゃんは荒く息をしていたけど、わたしの言葉は丁寧に聞いてくれた。

 

「ほむらちゃんは怖くないから、ずぅっと、一緒に居よう?」

 

 両頬を掴んで、ほむらちゃんの顔を自分の目元にまで近づける。

 綺麗な瞳の中にわたしが映っていて、鏡で見るよりも、その姿は輝いてる。

 ほむらちゃんには、わたしの事がこんなにも綺麗な人に見えてるんだ。気後れしたけど、嬉しい気持ちの方が勝った。

 

「わたしは変わらないよ。ずっと鹿目まどかのまま。ほむらちゃんのお友達のままだから」

「ほんとうに?」

「信じて?」

 

 ほむらちゃんは少しだけ考える素振りを見せてから、嬉しそうに答えた。

 

「じゃあ、信じるわ」

 

 素直に信じて貰えた事に、内心で安心感が広がっていく。

 良かった、気持ちが通じたんだ。

 

「ええ、信じる。まどかの言葉だものね……ええ、そうよ……ねっ」

「え、わっ!?」

 

 ほむらちゃんが、わたしに覆い被さってきた。

 戸惑ってる間に、凄い勢いで抱き締められる。ほむらちゃんは泣いていて、血が出るんじゃないかってくらい、真っ赤な目になっていた。

 

「どこにも行っちゃダメ、もう二度と離さないから。絶対に一緒、絶対に逃がさない……居なくならないで、私の側に、ううん、側に居てくれなくても良いから……あなたは、どこにも……」

 

 うわ言みたいに繰り返して、ほむらちゃんはわたしを抱き締める力を何倍にも強くした。痛くないけど、締め付けられる様な感じがした。

 それでも良かった。抱き締め返す力を少しだけ強くして、ほむらちゃんの柔らかな髪を撫でる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ」

「まどか……まどか……」

「わたしはここに居るよ。ほら、感触も有るし、体温も感じるよね?」

 

 ほむらちゃんにわたしの気配を感じて貰いながら、わたしも、ほむらちゃんの気配を感じた。

 よく分からないけど、これで正解なんだと思う。嫌な感じは、しない。

 

「ほむらちゃん、気分は?」

「……」

 

 返事は無かった。

 

「……ほむらちゃん?」

「す……ん……」

 

 顔をよく確認すると、ほむらちゃんは静かに寝息を立てていた。目も開いていないし、わたしの言葉にも応えてこない。

 

「寝ちゃった、の?」

 

 急な事で、ちょっとだけ戸惑った。まさか、突然寝ちゃうとは思わなくて、身体を軽く揺すってしまう。

 ほむらちゃんが体を少し動かした所で、揺さぶるのを止めた。起こしちゃいけない気がしたから。

 軽く体は揺れたのに、ほむらちゃんはまるで起きる感じがしなかった。こうして密着していても、少しも目が開く気配が無い。相変わらず、わたしには抱きつきっぱなしだけど。

 

「お酒? じゃないよね……何だったんだろう」

 

 よく分からないけど、ほむらちゃんは寝ちゃったみたいだし、このまま一緒に寝る事にする。

 お布団を被ろうと思ったけど、それはわたし達の足下で纏まってて、ほむらちゃんを動かさないと持って来るのは無理そうだ。

 お布団は諦めた。無くたってほむらちゃんの体が一つ有れば、よく温まるから。

 

「ん……まど」

「ふぁっ……わたしも、眠くなっちゃった……」

 

 ほむらちゃんを抱き枕にしていると、ちょっとずつ、眠くなってきた。催眠術にでもかかった気がする。

 起こさない様に、ほむらちゃんの身体にしっかりとくっついた。

 

「おやすみ、ほむらちゃん」

 

 耳元で、起こさない様に小さく言う。

 腰からお腹をぎゅうっと抱いて、心も体もポカポカに温まる。ほむらちゃんの体温は高めで、熱っぽい。

 体調が悪いのかな。また風邪、なのかな。顔を覗き込んでみたけど、顔色はそんなに悪くない。微笑む所が、とっても可愛い寝顔だった。

 

 

 

 

 




おめでとうございます。後編は数時間後に
 十四歳ですね。公式には十五歳と表記するのが正しいのですが、それでは中三になってしまう。
 更に、本編の季節表現などから考えても、本編開始時はまだ十三歳というのが妥当だと判断しました。後、叛逆後の場合は桜の季節、4月に転校してきた事が予想されるので、その場合は当然、十三歳ですよね。

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