風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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ほむらちゃんみたいな体型になりたいなぁ

 まどかのお部屋に入らせて貰って、少し経った。

 食べ過ぎて少し辛かったが、今はもう大丈夫そうだ。

 

 部屋の中央辺りに座る私の目には、ドアの方向を見ているまどかの背中が入っている。

 改めてまどかの部屋に入り、まどかと二人きりになると、緊張の余り、思わず正座をしてしまう。

 まどかの部屋は前に来た時と変わらず、華やかで女の子らしかった。殺風景で何も無い私の部屋とは違って、流石はまどかだと関心する。

 

「エアコンはもう少し温度下げた方が良いかな?」

「そうね、もう少しだけお願いするわ」

 

 まどかが暑そうにしているのを見破って、私はあくまで軽い態度で頷いた。

 便利な物で、この部屋の電源はドアの横に有るタッチパネル式のスイッチが管理していて、まどかはそこでエアコンを操作している。

 

「これくらいで良いかな」

「ええ、丁度だと思う」

 

 安心した風な顔をすると、まどかがわたしの横へ座る。ちゃんとクッションを用意しているから、お尻が痛くなったりはしないだろう。

 

「……」

「……」

 

 わたし達は、お互いに相手へ何かを言う事も無く、静かに顔を合わせた。目を逸らす気は無い。まどかも、わたしの事を見ていてくれる。

 ある意味では気不味い沈黙だった。まどかが何か話を切り出してくれないと、少し辛い。さっきから、ずっとこの調子だ。

 まどかが私を意識している。わたしも、まどかを意識している。詢子さんやまどかのお父様との会話が、色々と引っかかっているのだろう。

 

「……そうだ、ほむらちゃん?」

 

 話題を考えたのか、まどかが話しかけてくれる。

 これ幸いと、私はその話に乗った。

 

「わたしのお部屋、どう思う?」

「どうって……」

 

 請われるままに、私はこの部屋中を、まどかの存在証明ともなる、この素敵なお部屋を眺めた。

 ベッドの横の台に置かれたぬいぐるみの数々が、それもまたまどかの性格や愛らしさを強調する。

 しかも、部屋中の窓に備え付けられた遮光スクリーンが仄かな光を表現していて、その幻想的な色合いが、まどかの存在をより直接的に表現している。

 収納式の空気清浄器が微かに音を立てていて、それがまた良い。極めつけとばかりに置かれた机の上のアロマが、ほんわかとしたまどからしさを演出していた。

 

「可愛らしいお部屋だと思うわ」

 

 流し目で時計を見て、時間を確認する。時計もお洒落だ。

 

「そうかな。子供っぽくない?」

「いいえ。貴女は貴女だもの。子供とか大人だとかは関係無いわ。私の部屋とは華やかさが違うわね」

 

 ある程度は繰り返しの頃から見栄と意地とホログラムで誤魔化しているけど、私の住んでいるアパートはやっぱり古い。設備的には、まどかの家の方が遙かに現代的だ。

 勿論、それ以外の部分でもまどかのお部屋が私の部屋に勝っている所は数多く有る。何よりまどかの空気を感じるのがたまらない。一度失ったからこそ分かる、何よりも尊い空気だ。

 

「ええ、もう。住んでみたくなるくらい素敵なお部屋よ」

 

 まどかの目が、期待と不安の両方が混ざった複雑な色合いを帯びる。

 

「……ほんとに住んでみる?」

「それは駄目。せめて、この家にちゃんと落ち着いてからにするべきよ」

 

 詢子さんからも勧められたし、まどかを近くで監視しておくには、その方が都合が良いと思えた。が、今はまだ、様々な意味で時期が早すぎる様に思える。

 まどかと同棲……いやまどかの家に居候なんて、私が耐えられるかが分からない。そういう不安も、勿論有った。

 

「じゃあ、落ち着いて、改めて言ったらほむらちゃんは来てくれる?」

「……その時になったら考えるわ」

 

 まどかの誘いに対して、わたしは逃げの一手を取った。少し悪い事をしてしまった気がしたが、悪い判断だとは思わない。

 いつまでも断り続けるのは無理だろう。そんな予感を覚えていると、まどかが私に肩を寄せた。

 

「どうしたの?」

「ふふ、その日に備えて、ほむらちゃんが逃げられない様にしておかないといけないかなぁ、って」

「まどか、私は逃げたりしないわ。むしろ逃げるのは貴女……いえ、何でもないの」

 

 まどかの顔が不思議そうな物に変わる。うっかり口を滑らせない様に、下手な事を言わない様に気をつけないと。

 気にしないでくれたのか、まどかは楽しげに手を叩いた。

 

「ああ、でも。ほむらちゃんがわたしのお部屋に住んだら、ほむらちゃんの可愛さに嫉妬しちゃいそうだね」

「無いわよ」

「だからさ……ちょっと、身体を動かしてみようと思うの」

 

 言いたいのはそれだったのか、恥ずかしそうに、もじもじとしながらも、まどかはそれを言い切った。

 その視線は、心なしか私の貧相な胴回りへ送られている様に感じる。さっきの夕飯の会話で、少し気にする様になったらしい。

 

「さっきの、ダイエットの話ね?」

「うん。ちょっとだけ気になってきちゃって、あ、ちょっと、ちょっとだからね」

「分かってるわ、大丈夫……でも、まどかは本当に今のままで十二分。いいえ、二十分に魅力的なのに」

「ほむらちゃんはそう言ってくれるけど……でも、ほら、体重計が……」

 

 自分のお腹周りを触って、気にしているまどか。食事の後なのだから、ある程度は仕方が無い感じがするのだけれど。

 それでも気になるくらい、まどかは自分の体型を気にしているのだろう。私も、少しまどかの状態が気になってきた。確認しておくべきだと思い、手を伸ばす。

 

「触っても良い?」

「え、ええっ!?」

「大丈夫よ。服越しだから、ほら、逃げないで」

 

 まどかが退こうとしたけど、そのお腹周りを掴まえる。

 

「ひゃっ……ひゃぁっ!! ちょ、駄目だってぇ!」

「じっとしていて」

 

 服越しに脇腹と、おへその周りを撫で回す。

 

「ぁ、く、くすぐったいよ」

「ごめんなさい」

 

 柔らかで、本当に良い香りがした。心地良い肌だ。太い訳ではなく、程良い弾力と言って良いだろう。

 物のついでに、二の腕も軽く触れてみた。

 

「そ、そこもっ?」

「まどか、嫌?」

「い、いや。嫌じゃない、嫌じゃないよ」

 

 ふに、とする。良い感じだ。こちらも特に太っている印象は受けない。

 総じて問題は感じられない。どこの、どの辺りが気になる体型なのだろう。

 

「あう、ううう……」

 

 まどかは慌てて、顔を赤くしている様だった。可哀想なので、一通り触った所で素早く身体を離す。

 調子に乗って触り過ぎただろうか。不快な思いをさせてしまったのかもしれない。

 どちらにしても、私が触ってみた感じでは、まどかの体型に問題は無い。確かに、何となく私より良い弾力を感じたけど、骨が見えそうな私に比べれば遙かに健康的だし、まどからしい。

 これで体重が増えているとしたら、理由は数少ない。

 

「身体が成長しているだけだと思うわ。まどか、今身長は?」

「あ……えっと、152cm……」

「なら、もう少し伸びると思うわ。体重が増えるのも、それの影響じゃないかしら」

「そうかなぁ……?」

 

 疑わしそうなまどかに、頷いて見せる。

 それで少し安心したのか、まどかは困った風な顔をしながらも、楽しそうな顔になった。

 

「でも、ほむらちゃんの方が身長伸びそうだよね。背が高いの、似合いそうだし。わたしは、あんまり高いのは似合わないかな、なんて」

「それは、確かにまどかの背はそれほど高くない方が良いとは思うけど。私はそんなに高身長の方が良いのかしら」

「うん、絶対その方が良いよ。ちょっと立ってみて?」

 

 言われるままに立ち上がってみると、まどかが同じタイミングで私の傍へ立つ。

 そのまま、まどかは私の背中へ自分の背中を合わせる。後頭部と両腕を絡めて密着し、まどかは鏡で私と自分の姿を確認した。

 

「今はまだ同じくらいの身長かなぁ」

「そうみたいね……」

「ほむらちゃんの方が早く伸びるかな」

「さあ……本当に成長なんてするのかしら」

 

 悪魔であり、今でも一応魔法少女としての性質も残す私の肉体は、既に死体同然だ。ダークオーブで動かしているだけの、単に血が通った屍。

 そんな骸が、本当に成長するのだろうか。一ヶ月を繰り返した私には、そもそも悪魔であり魔法少女ではない私が成長出来るのか。そういう知識は無い。もしも成長が見られなかったら、まどかに置いて行かれるのか。

 それは、少し嫌だ。

 

「ほむらちゃんは成長するよ! その為にも、あのね」

 

 私の不安を吹き飛ばす様に、まどかは叫んでから、すぐに俯いた。

 

「ほら、やっぱり運動とかしてみようと思うんだ」

「……」

 

 遠慮がちながら、まどかの声は少しばかりの決心が感じられる。

 今までのは、それを私に言いたいが為の話だったのか。まどかがやりたいと言うなら、それも良いだろう。

 

「すれば良いと思うわ、運動」

「うん。あの、途中で止めちゃうかもしれないから、ほむらちゃんも一緒にどうかなーっと思ったんだけど……」

 

 何となく分かっていたけど、まどかはわたしと一緒にやりたがっている様だった。 

 微笑ましい気分だ。食事制限でも始めるなら止める所だが、それが単なる軽い運動で、なおかつ、まどかの意志であるならば拒む理由は無い。

 

「なら、まどか。一緒に運動しましょう」

「うん。頑張ろうね」

 

 やけに必死な顔をしている。そんなにも気にしているのだろうか。いや、こんな物なのかも。そういうのを気に出来る様な健康状態では無かったから、あんまり縁が無い。

 どうすれば良いのかな。昔の自分の様に頭を悩ませ、とりあえずこの部屋で出来る運動をやってみる事にする。

 

「まずは腹筋二十回を一日二回、そこから始めましょう。出来る?」

「二十回くらいなら……うん」

「まどか、背中が痛くなるといけないわ。ベッドに寝るのよ」

 

 わたしの言う事をよく聞いてくれて、まどかはベッドに寝転がった。

 

「ほむらちゃんも寝ようよ」

「このベッド、二人で腹筋する分には狭いわ。先にまどかがやりましょう」

 

 さっとまどかの足先に行き、そこへ腰を付ける。腹筋だから、こうして足を押さえておかないといけない。多分。

 

「足を持っていてあげるわ」

「うん」

「それじゃあ、やってみて」

 

 私が足を押さえているのを見て、まどかは明るく頷いた。そして、少しばかり苦しそうな顔をしながらも、一回目の腹筋をする。

 二回目からは慣れてきたのか、割と早く出来ていた。まどかが上体を上げる度に、私の顔と近づいてくる。一生懸命なまどかの顔が、よく見えた。

 

「にじゅっ……う! 終わったよっ、ほむらちゃん」

 

 気づけば、まどかは二十回を済ませていた。疲れた様子は無い。大丈夫そうなので、安心して交代出来る。

 

「次は私の番ね」

「ん」

 

 まどかがベッドから降りるのを見計らって、その脇から身体を滑り込ませる。自然に、邪魔にはならない様に考えるのは忘れない。

 この家のベッドは寝心地が良い。私の家より良い物を使っているのか、あるいはまどかの香りがするからだろうか。

 どちらでも変わらない。枕へ頭を乗せて、両手を後頭部へ持っていく。

 

「今度はわたしが足を押さえてるねー」

「ええ、お願い」

 

 まどかの手が足首を持って、押さえてくれる。うっかりまどかの頭にぶつからない様にしないと、位置と距離を考慮すると、少し危ない。

 視線を落とすと、そこにまどかが居て、楽しそうな顔で私を待っている。その期待に答えようと、私は軽く身体を起こした。

 気づかれない様に、身体能力を上げておく。魔法で強化していなければ、出来るかどうかが怪しい。しかし、まどかの手前、文武両道という自分を崩す訳にも行かなかった。

 

「一回っ」

 

 一度目をまどかがカウントしてくれる。

 魔法で強化した身体で運動しても、あんまり意味は無い気がした。が、別に良い。私自身はダイエットをする意味が無いからだ。

 

「十五、十六、十七」

 

 出来る限り平静さを保ち、まどかのカウントを聞きながら、最後の一回を済ませる。

 

「二十回。ほむらちゃんの方がわたしより早かったかな?」

「さあ、時間は見ていなかったから、分からないわ」

 

 素早くベッドから降りて、私は床へ座った。幸い疲労は感じない。

 まどかも大丈夫そうだ。次へ行っても問題が無い事を確認して、私はその場へ身体を伏せる。

 

「じゃあ、次は腕立て伏せをしましょうか」

「ん、分かった」

 

 まどかは私の隣へ自分の身体を寝かせた。ベッドでは、柔らかくてやり難いのだ。

 

「ほむらちゃんもするの?」

「ええ。まどかを見ているだけ、というのも退屈だと思って」

「……やっぱり、腕立て伏せくらい出来るよね」

「……久しぶりだけどね」

 

 腕立て伏せなんか、するのは本当に久しぶりだ。言うまでも無いけれど、魔法で強化していなければ出来ない。まどかは平気だろうか。私じゃないんだから、これくらいの運動で身体の調子がおかしくなるとは思えないけど、そもそも腕立て伏せが出来る子なのだろうか。

 無理をして欲しいとは思わないので、真横で両腕を立てているまどかの姿に注目しながら、私はまどかと同じく両手を伸ばして、身を起こした。

 一回目、思ったより身体が軽く動いて、腕の力で身体を起こす事が出来た。これなら片手だけでも出来るかもしれない。

 さあ、まどかは出来ているのだろうか。横を見てみると、腕を小刻みに震わせながら、何とか身体を起こそうとするまどかの姿が有った。

 

「うっ……くぅー……」

 

 ぷるぷると腕が揺れて、まどかが変な声を出している。相当に頑張って一回目を終わらせた様だが、二回目は出来ないだろう。

 

「ん、んーっ」

 

 二度目に入ろうとしている。だが、二十回はあり得ないだろう。

 ゆっくり進めていけば良いだろう。今は止めておく事にした。

 

「……まどか。腕立て伏せはやめておいた方が良さそうだと思う」

「ぅ、うん、同感……」

 

 やっぱり自分でも無理だと思っていたらしく、まどかは一度床に寝てから身体を起こして、その場へ座り込んだ。ちょっと俯きがちだ。

 

「腕立て伏せが出来ないなんて、あはは、ちょっと恥ずかしいかも」

「いいえ、可愛いと思う」

「それは、あ、あはははは……ありがとう」

 

 まどかが笑い顔を引きつった物に変えた。可愛い、なんて言うのは駄目だったのか。でも、私としては本当に、そういう所もまたまどかの魅力に思えるのだ。

 ともあれ、こんな事を引きずる程まどかは暗い子ではないので、すぐに明るい顔をして、大きく手を叩く。少し、腕立てが出来なかったのを誤魔化そうとしている雰囲気が有る。

 

「さてっ、どうしよっか」

「どうしましょうね……腹筋はもうやったし、あんまり筋肉をつけてしまうのも考え物だから、激しいトレーニングは止めておいた方が良いでしょうね」

「うん。何が良いだろう……ルームランナー、は無いし」

 

 自分の部屋に運動器具を置いていない事は、まどか自身がよく分かっているだろう。

 私も少し頭を捻った。体重が減って病院で恐怖に包まれる事は有ったけど、体重が増えて頭を抱えた経験は無い。

 あるいは、あの一番幸せな一ヶ月がその後も続けば、私はそういう体験をしたのだろうか。幾らか考えてみたけど、私にはやはり縁の無い話だった。

 私が知っている部屋で出来る運動なんて、殆ど無い。まどかの方がその辺りは詳しいんじゃないかと思える。

 だが、まどかも悩んでいる様だ。これに関しては助けようが無いので、彼女が何かしらアイデアを浮かべるのを待つしかない。

 ……そもそも、まどかのダイエット自体に本音では反対しているのだ。まどかは、あらゆる面で今のまどかでいるのが一番素晴らしいのに。

 積極的に手を貸す道理が有るとすれば、まどかが私を必要としてくれるから、というただそれだけだ。情けない事に、私は今もまどかに手を引っ張って貰える事が、時々手を引っ張らせて貰える事がとても嬉しいのだから。

 

「そうだっ。体操でもしてみようよ。今から調べれば、きっと見つかるよ」

 

 その姿を見守っている内に、まどかは笑顔で提案を口にした。

 やった事は無いが、この部屋でも出来そうだ。机の上に備え付けてある端末はバーチャルキーボード式で、何やら近未来的な使い勝手を感じさせる。

 

「ちょっと調べてみるね、待ってて」

 

 まどかは椅子へ座って、今からする体操の内容を調べ始めた。

 そう時間は要らなかったのだろう。画面をじっと見つめると、まどかは一度頷き、私の顔を見た。

 

「ほむらちゃん、ほら、まずはこういう感じのからやっていこうよ」

「……」

 

 まどかの見せてくれた画面には、人のシルエットがポーズを取っている写真と、その下に文章で説明が乗せられていた。

 この通りにやれば良い様だ。私もまた、まどかと同じ様に頷く。

 

 私達は立ち上がり、お互いの顔を見た。まどかは相変わらず素敵な笑顔だけど、その瞳に映る私は、相変わらずの表情だ。

 

「お話しながらやろうよ。きっとそっちの方が体力鍛えられるし。黙ってやってたら、虚しくなっちゃう」

「ええ、そうしましょうか」

 

 まどかが楽しそうにしているのだし、私もやってみようという気になってきた。

 まどかと並んだ所で両手を大きく上げて、片足で立つ。シンプルだが、バランス感覚が問われる姿勢だった。横目で見たまどかは、姿勢を崩しかけている。

 

「わわっ。思ってたより結構難しいね、これ」

「そうね、確かにバランスを取るのが難しいと思う」

 

 転けてしまったら大変だし、危ない時はすぐに助けられる状態を保っておく。

 

「んー」

 

 ようやく安定してきたのか、まどかの声に余裕が出てきた。

 私が手を貸す必要も無く、大丈夫そうだ。

 そこで話をする程度まで落ち着いたらしく、まどかが私に笑顔を向けた。

 

「あの、ちょっとした思いつきなんだけど」

「ええ」

「わたし達が結婚したら、どっちが旦那さんでどっちがお嫁さんなんだろうね?」

 

 突然の言葉に、私は一瞬姿勢を崩しそうになり、全力で安定させた。

 

「……それは、どういう?」

「あ、ほ、ほら。ママが、ほむらちゃんになら将来を任せても良いとか言ってたでしょ。だから、ちょっとだけそういう事を考えちゃって」

 

 想像を越える程に驚いた私の姿が余程珍しいのか、説明をするまどかの目が大きく見開かれている。

 その頬が普段より紅潮して見えるのは、気のせいだろうか。

 

「やっぱり、ほむらちゃんの方が夫になるのかな?」

 

 まどかが話を進めてくる。

 予想外の話題に隙を作ってしまった事を恥じつつ、私は何とか調子を取り戻し、こっそりと深呼吸をした。

 

「……まどかは妻の方が良いの?」

「んー。パパの事を考えると、わたしが夫でも良い気がするんだけど……パパみたいに料理上手くないしね」

 

 まどかは、料理に関しては練習中の様だ。

 やはり、自分に自信が無いのだろう。

 

「上手くなるわ、まどかは手先が器用だもの。裁縫とか、得意でしょう?」

「そうだけど、それと料理とはまた別かなー、っていうか」

「不器用な人が料理を上達させるのよりは、ずっと簡単に出来ると思うわよ」

 

 少なくとも私よりは大丈夫だろう。まどかが器用なのは知っている、すぐにでも上手くなれる筈だという確信が有った。

 

「その為にも、まどかのお父様に技術を教わらないとね」

「だねっ……うわっ、っとと」

 

 気を抜きすぎたのか、まどかが姿勢を崩して私の方へ倒れそうになる。

 それを予測していた私は、あらかじめ準備しておいた通りにまどかの肩を軽く掴んで、出来る限り衝撃などを受けない様に、そっと止めた。

 

「まどか、平気?」

「あ、うん。助けられちゃったね」

 

 照れた様な顔をしながらも、まどかはお礼を言ってくれて、そのまま私から離れる。

 

「大丈夫、大丈夫だよ。えへへ。ほむらちゃんこそ大丈夫? わたし、重かったよね?」

「そんな事は無いのよ。まどかは軽いわ、まるで羽の様にね……目を離したら、何処か遠くへ飛んでいってしまいそうだもの」

 

 軽い言葉の中に少しだけ心の本音を混ぜながら、私は画面の方を見る。次のポーズは少し難しそうなので、今までと同じのを続けた方が楽に思える。

 

「再開しましょう。まどか、今のをもう一度、良いわね?」

「うんっ。今度は、話ながらでも大丈夫な様にしておかないとね!」

 

 そう言って、まどかはまた腕を挙げた。

 私も同じ様にする。この姿勢を維持しておけば大丈夫だろう。まどかがバランスを崩す事の無い様に見守りながらの行動は、結構大変なのだ。

 

「あのね、ほむらちゃん」

 

 まどかが話しかけてくる。私の横顔を見て、微笑んでいる様子だ。

 ちょっと身体が揺れているけど、もう安定している風だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+----

 

「ふっ……はぁぁっ、ちょっとやりすぎちゃったかも」

 

 わたしはほむらちゃんに疲労を伝えて、ベッドにへたりこんだ。

 体操を初めて三十分、激しい運動でも無いのに、不思議と疲れが溜まっていて、少しだけ汗が浮かぶ。エアコンの温度は変えていないのに、身体は暑い。

 ほむらちゃんとお話しながらの体操だったからか、夢中で話し込んでいる間に体力を使ってしまったみたいだ。

 

「明日からは量を半分か、三分の一くらいにしましょう」

「うん、そうする」

 

 涼しい顔をしたほむらちゃんが疲れた私を気遣って、ハンカチを渡してくれる。

 いや、渡すんじゃなくて、そのままわたしの顔を吹いてくれた。

 

「良い運動になった様ね」

「そうだね……想像してたよりずっと疲れちゃった」

 

 ほむらちゃんが頑張っているから、釣られてわたしも頑張っちゃった。もしかすると、ほむらちゃんもわたしが止めるまで続けるつもりだったのかも。

 でも、ほむらちゃんは全然堪えてない。まだ何時間も続けられそうだ。

 

「効果有るかなぁ。足とか、まだちょっとふらふらしちゃうよ」

「私もよ、足や腕を動かすのに違和感すら感じるわ」

 

 その言葉通り、ほむらちゃんは自分の手足に違和感を覚えているみたいだった。思う通りに動かないのが嫌なのか、ちょっと困った雰囲気が有る。

 

「でもよく頑張ったわね、まどか。これを毎日続けたら、きっと良い運動になるわ」

 

 ほむらちゃんは口元を少しだけ歪めて、笑った風な顔でそう言った。

 でも、それを言われると、わたしは何だか考えてしまう。

 

「んー……」

「どうしたの?」

「いや、ちょっとね、これを一人でするのは寂しいっていうか、毎日続けられるのか怪しいと思って」

 

 二人で楽しく話をしていたから続いたけど、一人、自分の部屋で画面を見ながらやっていたら、多分途中で飽きちゃったと思う。

 一緒にやってくれる人。例えばほむらちゃんが必要だけど、幾ら何だって毎日来て貰う訳にもいかない。

 

「詢子さんとすれば良いんじゃないかしら」

「あ、そうだね。それ、良いかも……あ、でも。ほむらちゃんがわたしの家で住んでくれたら、毎日一緒に出来るよ」

「……それはまた落ち着いてから決める。私はそう言ったわ」

 

 軽く誘ってみたけど、ほむらちゃんには避けられてしまった。実現すれば毎日が素敵になりそうだけど、難しい気がしてくる。

 本当に落ち着いたら聞いてくれるかな。そんな気持ちは言葉に出さず、別な事を言う。

 

「とりあえずママを誘ってみるかな。ほむらちゃんはこれ、続けるの?」

「……いえ、私は。多分こういうのは続けられないわ」

 

 だろうね、と思った。

 ほむらちゃん自身がダイエットに乗り気じゃないんだから、一人じゃやる筈が無い。

 

「そっか。ほむらちゃんは細いから」

「……」

 

 ほむらちゃんは否定しなかったけど、頷きもしない。何となく、目が不満そうだけど、多分今考えている事を聞いたら、わたしの方が恥ずかしくなっちゃうんだろう。

 エアコンのお陰で汗が引いてきた。時間はもうそろそろ良い所に来ているし、服を着替えておきたい。

 

「こんな時間だね」

「そうね」

「あのさ。ちょっと汗もかいちゃったし、そろそろ、お風呂に入ろうか……あっ」

「お風呂、そうしましょうか……あっ」

 

 わたしが気づいて気不味い気持ちになると、少しだけ遅れて、ほむらちゃんも同じ様な反応を返した。

 お風呂。お風呂だ。二人で一緒にお風呂。

 わたしの事を意識してるほむらちゃんと一緒に入る。何に? お風呂に。一緒に?

 続く言葉が出なくなった。

 

「あ、えっと」

「……」

 

 わたし達は顔を見合わせた。

 なぜか、目が合うだけで気持ちが通じ合った様な気がする。ほむらちゃんの紫色をした瞳の奥で、わたしに向かって意志が伝えられた様な。

 

「ほ、ほむらちゃん。お先にどうぞ」

 

 ほむらちゃんの瞳が示す通り、わたしはそう言っていた。

 すると、ほむらちゃんは首を小さく振った。

 

「まどか。この家は貴女の住んでいる所なんだから、貴女が先に入るべきだと思うわ」

「そ、それもそうだねっ! わ、わたしが先に入るね!」

 

 瞳から感じられたのとはちょっと違ったけど、大体合っていた。

 気持ちが通じた喜びが有ったけど、それより、どうしよう、という気持ちの方が強い。そろそろ、ただの友達として遊んでいるのが、誤魔化し続けるのが辛い。

 

「まどか?」

「えっ……ううん。じゃあ、お風呂行くね?」

 

 立って、お風呂に行く事を決める。

 すると、ほむらちゃんがわたしの背中に立って、付いてきてくれた。

 

「一人で待っているのも何だから、私も部屋からは出ておくわ」

「ん、そっか」

 

 納得して、わたしは扉を開けながら、その脇のパネルでエアコンを操作する。切っておかないと、電源の入れっぱなしはもったいない。

 エアコンが切れる音を確認して、部屋から出る。ほむらちゃんの視線を背中に感じて、何だかむず痒い様に感じた。嫌じゃないけど、ちょっとだけ落ち着かない。

 それでもわたしはリビングまで行って、パパとママ、それにタツヤの姿を見た。パパはもう夕飯の後片づけを終わらせたみたいで、椅子に座ってママと一緒にコーヒーを飲んでいた。

 

「どうした、まどか?」

「お風呂に入ろうかなって……」

「ん、そっか。ほむらちゃんと一緒に入って来なよ。お友達同士のお付き合いって奴さ」

「あ、えっと。あのね、ママ」

 

 何て言えば良いのかが分からない。女の子同士だけど色々と事情が有って一緒にお風呂に入るのは恥ずかしい、なんて、言っても仕方がない。

 下手な説明はしない方が良いと思った。

 横を見てみると、ほむらちゃんも同意してくれた様に感じる。

 

「一人ずつで入りたいなー、と思ってるの」

「……そうなのか? ほむらちゃんもか?」

「はい。良いんです。さ、まどか。遠慮せずに行ってきて? 私は詢子さんと話がしたいから」

 

 ほむらちゃんが頷き、わたしに向かってお風呂へ行く様に言う。

 指さす方向を見た感じ、ほむらちゃんはお風呂場の場所を知っているみたいだ。風邪になった時に教えた様な記憶が有るから、それを覚えていてくれたんだ。

 

「本当に良いのか? まどかとお風呂に入ってさ、仲を深めてきた方が良いと思うんだけどな。色々と」

「いえ、その……や、やっぱり。まどかにこんな私を見られるのは、恥ずかしい……かなぁ、なんて」

 

 恥ずかしそうな顔をしたほむらちゃんが俯いた。けど、わたしの目には、それが精一杯作った表情なのがよく分かる。

 ママには見破れなかったみたいで、少し顔を覗き込んだかと思うと、納得した風に頷いた。

 

「んー、そうか。分かった。じゃあ私とお話するか」

「はい」

 

 ママに疑われずに済んでほっとしたんだ、ほむらちゃんの顔がちょっと緩んだのが、見ていれば何となく理解出来る。

 わたしも安心した。これなら平気そうだ。

 

「それじゃ、後でね」

「ええ、後で」

 

 ほむらちゃんに向かって手を振って、脱衣所に向かう。

 パジャマはもう脱衣所に準備してあるから、入ってすぐに着られる。今すぐにお風呂に入っても大丈夫そうだった。

 お風呂場を少し開けてみると、入浴剤の良い香りがした。いつも使っているのより好きな匂いだった。ほむらちゃんのお泊まりだから、そこも考えたのかも。

 

「……はぁ」

 

 匂いに癒されて、ため息が出た。

 ほむらちゃんの目が届かない所に行くと、心が一気に重くなる。楽しくお話をしている間は平気だけど、こうして一人になってみると、苦しい気持ちが押し寄せてくる。

 

 冗談じゃ済まないんだ。ほむらちゃんの好意を受けたんだから、わたしも、何か答えられる言葉を見つけておかなきゃいけなかった。

 

 お風呂に入っている間に見つけられるかな。難しいかな。不安の中で、わたしは鏡越しに自分の顔を見る。

 嬉しそうで、それなのに泣きそうな顔だった。

 

 

 

 

 


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