風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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こんなにもごはんがおいしくて

 五人で料理が乗ったテーブルを囲んで、座る。

 ほむらちゃんとわたしは隣合った所に居た。汚れても良い様に、服はもう着替えている。

 

「いただきますっ!」

 

 元気良く、みんなで夕ご飯の前に手を合わせた。

 わたしの声が一番大きくて、ほむらちゃんの声は一番小さかった。それでも耳には、その声がよく聞こえた。

 クリームシチューをメインにして、サラダやご飯が並んでる。他にもおかずは沢山有るけど、それぞれの量はそんなに多く無くて、少しずつ食べられる様になっていた。

 

 ほむらちゃんはどれから食べるのかな。注目していると、ほむらちゃんはサラダの方にお箸を伸ばす。

 

「んっ」

 

 自家製のミニトマトを口にして、ほむらちゃんは口を小さく動かせた。ドレッシングは自家製なんだけど、美味しいのかな、どうかな。

 心配と期待を籠めて、その顔を見つめる。すると、ほむらちゃんはパパの方へ向かって、穏やかな表情と一緒に頷いた。

 

「やっぱり、美味しいです」

「良かった、パパの料理は美味しいからねっ」

 

 クリームシチューを食べながら、わたしは胸を張った。そこでわたしの料理は、と言えたらもっと嬉しかったと思うけど、ここに並んでるのは、大半がパパのお手製だ。

 見てみると、やっぱり、いつもより気合いが入ってる気がする。初めてのお泊まりで、パパはもの凄く頑張ったんだ。

 それにしたって、このおかずの種類は凄い。どれかがほむらちゃんの好みに合わなくても、どれかは必ず美味しく食べられる様な数だった。

 

「はは……暁美さんに気に入って貰えて良かった」

 

 パパは心から嬉しそうに頷いた。

 よっぽど頑張ったんだ。そんなパパからは友達の歓迎の他にも何か有る気がしたけど、その辺りはよく分からない。

 

「ほむらちゃん、唐揚げはどう? 美味しいよっ」

「ええ、いただくわ」

 

 やっぱり穏やかな顔のまま、ほむらちゃんは唐揚げをお箸で掴んで、三分の一くらいを食べた。一気に食べない所に、何だか上品な感じがする。

 一緒にご飯を少し食べると、わたしに向かってニコリと笑いかけてくれる。

 

「まどかも食べましょう」

「うん、食べるよー」

 

 ほむらちゃんに言われた通り、唐揚げを食べてみる。味付けが良くて、お弁当に入っているのより、何倍も美味しい。出来立てだから、というだけじゃなくて、もっと他にも理由が有りそうな気がする。

 

「今日の唐揚げ、いつもより美味しいね。パパ、何か変わった事とかしたの?」

「うん、まあね。今日に向けて、色々と調理方法を探ってたんだ」

 

 パパはちょっとだけ恥ずかしそうに答えた。

 ほむらちゃんの為に頑張ってくれたんだ。それが伝わったのか、ほむらちゃん自身も唐揚げをもう一つ食べる。

 

「本当に、美味しいです」

「そう言って貰えると、頑張った甲斐が有るよ」

 

 クリームシチューを食べながら、パパは楽しそうにほむらちゃんと、わたしを眺めている。

 誰かに見られながら、だから少し食べ難いんじゃないかと思ったけど、ほむらちゃんは表情を変えていない。平気そうだ。

 

「そういえばさ、まどかは学校じゃ私達の事、なんて呼んでるんだ? 母さん、とかか?」

 

 タツヤにクリームシチューを食べさせて、ママはほむらちゃんに聞いた。

 家族みんな一緒のご飯は何時もの事なのに、そこにほむらちゃんが加わるだけで、その場の空気がずっと素晴らしい物になる気がする。

 いいな、こういうの。心が軽くなる気持ちになったまま、わたしはママに向かって困り顔となっていた。

 

「もう、ママ。学校の話を聞くのは止めてよー」

「はは、悪い悪い。でもやっぱり気になる物なのさ。それで? ほむらちゃんから見て、どうだ?」

 

 冗談っぽいけど、本当に気になってるのか、ママが問いかけている。転校したばっかりだから、そういうのが気になっちゃうのかな。

 聞かれたほむらちゃんはお箸を持ったまま、一度口を開きかけて、閉じた。それからわたしの顔を見て、真剣そうな顔色で尋ねてくる。

 

「……まどか、答えても良い?」

「良いけど、あんまり恥ずかしい話はしないでね?」

「任せて、そういうのは事前に記憶から消しているわ」

 

 信頼出来る顔をして、ほむらちゃんはお茶を飲んだ。水分補給で喉を潤して、口を滑らかにするみたいだ。

 カップをテーブルの上に置いて、ほむらちゃんが咳払いをする。そして、ママに向かって、思い切り丁寧で真面目そうな声を出した。

 

「呼び方なら、まどかは家でも学校でも今と変わりません。ただ……」

「ただ?」

 

 ママが聞き返すと、ほむらちゃんはわたしの顔をじっと見つめた。

 何を言うつもりなんだろう。不安になってくる。信頼している人だけど、ズレてる子でもあるから、うっかり変な事を言ってしまいそうで。

 

「そういえば、転校初日の挨拶で、貴女、ママって言いそうになって直してたわね」

「そ、そうだったかな」

「そうよ。ちゃんと覚えてるわ。忘れる訳無いでしょう」

 

 改めて言われると、恥ずかしい物だった。

 そう言われて見れば、そんな事が有った様な記憶が有る。あの挨拶をした時、ほむらちゃんは確かかなり後ろの席へ座っていて、わたしの事を怖い目で見つめていた様な。

 

「そういえば、初日からまどかとは会ってたんだったな。やっぱり緊張してたのか?」

「ええ。でも、クラスメイトの前に晒されて緊張しない方が変だと思います」

「まあ、そうかな。しかし、まどかの転校初日かぁ。是非写真でも撮ってアルバムに納めておきたかったな」

 

 考え込みだすと、ママとほむらちゃんの会話が遠くなっていく。

 あの時のほむらちゃんは目が濁っていて、目つきが凄く悪かった。今はそうでもない、明るい所も沢山見せてくれるし、目つきだって良くなっていたと思う。

 特に、わたしを看病してくれたあの日から。

 なら、ほむらちゃんが目を輝かせたり、目つきを明るくしてくれたのは、わたしと仲良くなれたから……?

 

「まどか?」

「ぇ」

「ぼんやりしてるわね、どうしたの?」

 

 ほむらちゃんに話しかけられて、我に返る。

 わたしは、お箸でサラダを掴んだまま、ずっと考えていたみたいだった。

 みんなでご飯を食べてるのに、一人で考え事をするのはちょっといけなかったかもしれない。首を振って、それまでの考えを振り切ってみる。

 

「気にする必要は無いわ。呼び方って言うのはね、とっても大切な事だから。まどかが愛情を籠めた呼び方なら、それを恥ずかしがる事は無いの」

 

 ほむらちゃんはわたしが黙っている事をどう感じたのか、そんな事を言ってきた。愛情の籠もった呼び方、なんて、何だか恥ずかしい言い方だと思う。

 でも、言いたい事は伝わってきた。わたしはご飯を少し食べて、お茶を飲んでから返事をする。

 

「ほむらちゃんが、わたしをまどかって呼ぶみたいに?」

「……ええ。私が、貴女をまどかって呼ぶみたいに」

 

 何か誤魔化す様な態度で、ほむらちゃんはクリームシチューへ手を着ける。口に合うのかと心配したけど、美味しそうに食べていてくれた。

 スプーンの持ち方もきっちりしていて、殆ど音も立てない。とっても行儀良く食べている。

 パパやママの前で遠慮しているのか、それともほむらちゃんは素で丁寧な食べ方をするのか。両方かもしれない。

 

「呼び方かぁ」

 

 丁寧に、ゆっくりと食事を進めるほむらちゃんの対面で、ママが楽しそうな顔をする。

 

「ほむらちゃんはほむらちゃんって感じだな。暁美さんでも良いけど、やっぱりそっちの方が似合ってる気がする。まどかはどう思うよ」

「うん、ほむらちゃんは、ほむらちゃんっていう呼び方が一番じゃないかな」

 

 むしろ、それ以外の呼び方は微妙な気がする。

 初対面の時は暁美さんと呼んだけど、今になってみると、その呼び方は似合ってない様な感じだった。

 

「詢子さんは、今の呼び方を気に入っているんですか?」

 

 ご飯を食べながらも、ほむらちゃんはママに尋ねた。

 少し考えて、ママは一回だけ頷く。

 

「ママって言われた方がしっくり来るんだよな。それと、ほむらちゃんには詢子さんって言われるのが一番だから、気負いせず呼んで良いんだよ」

「はい、詢子さん」

「知久の作った料理は美味しいかい?」

「ええ、とても。食が進みます」

 

 ほむらちゃんとママが穏やかに会話をしている。

 やっぱり、二人とも楽しそうだった。ご飯を食べながら対面でお話をする所は、まるで親子みたいだ。

 カッコいいママと、カッコいいほむらちゃん。二人を見比べていると、本物の親子なんじゃないかって思えてくる。

 

「ママとほむらちゃん、本当に仲良くなったよね」

「そうね。詢子さんとは色々と、思う所が有って」

「ははっ、娘の将来を任せる相手だからな」

 

 突然の発言に、わたしはお箸を落としそうになった。

 

「え、ええっ!?」

「ん? まどか、どうした?」

「い、いや。あのね、ママ。わたし達、そういうのじゃ無くてね」

 

 少なくとも今はまだ友達同士なのに、気が早すぎる。まさか、ママがそこまでわたし達の関係が進んでいると思っていたなんて。

 横目でほむらちゃんを見ると、表向きは冷静な顔で、わたしが落としたお箸を持っていた。けど、分かる。今、ほむらちゃんは心の中でとっても焦っているんだ。

 幾ら顔が普段通りでも、足下が揺れてるし、お茶碗を持ったまま固まっているから、見れば分かる。

 

「……? あ、あー。違うぞ、私が言ってるのは、あくまで友達としての話だから、勘違いするなよ」

「え?」

「ん?」

 

 ママはわたしの反応を不思議そうに見つめた後、悪戯っぽく笑う。

 

「何だ、ほむらちゃんとカップルになりたいのか?」 

「ち、ちがっ……い、いや、その、違う様な、違わない様な……」

 

 言いかけて、わたしは慌てて自分の口を封じ込めた。

 ここで思い切り否定したら、ほむらちゃんを傷つけてしまう。だから、曖昧な返事しか出来ない。

 また、ほむらちゃんの様子を伺ってみる。相変わらず足下は揺れているけど、特に変わった所は無くて、わたしの視線に気づくと、お箸を差し出してくれた。

 

「まどか、お箸よ」

「あ、ごめんね。ありがとう」

 

 お箸を受け取ると、わたしは椅子の上でお尻をもぞもぞと動かして、慌てた事で崩れていた姿勢を直す。

 手に取ったお箸を洗いに行く必要は無い。わたしが手から滑り落としてしまった時、ほむらちゃんがとっさに掴んでくれたんだ。

 

「ほむらちゃん、反射神経良いんだね」

「まどかも、慣れたら出来る様になるわよ」

 

 ほむらちゃんの足の揺れが止まる。やっと落ち着いたみたいだ。

 

「昔は出来なかったんだ」

「そうね。昔は身体を動かすだけで倒れそうになっていたわ」

「えー。なんか、想像出来ないかも」

「想像しなくて良いのよ。私は、今の私だから」 

 

 静かにご飯を食べながら、そう言い切るほむらちゃん。昔の事は聞いて欲しくないんだろう。

 そういえば、昔は眼鏡だったんだっけ。あの凛々しく可愛い印象の眼鏡ほむらちゃんを思い出す。凄く似合うのに、勿体無い。

 

「わたしも眼鏡かけてみようかなぁ」

「え?」

「あ、ううん。何でもない。視力は良い方だしね」

 

 この間の測定だと両目1.5は有ったから、眼鏡は今の所必要無い。

 もし使う時になったら、ほむらちゃんに聞いてみよう。

 

「……うん、その」

 

 話が一段落した所で、パパが口を開いた。

 ちょっと居心地の悪そうな顔をしていて、多分、今までのはパパには入り辛い会話だったんだと思う。

 そんなパパの声を拾ったのは、ママだ。ママは一度ご飯を食べる手を止めて、パパに向かって声をかける。

 

「どうした?」

「ああ、話は戻るんだけどね」

 

 一呼吸置いて、パパは喋りだした。

 

「僕も、まどかには今まで通りパパ呼びの方が良いかと思ってね。まどかに違う呼び方をされたら、結構ショックを受けると思う」

「確かに。親父、なんて呼ばれたら知久はぶっ倒れて起き上がれなくなるかもな」

「そ、そんな呼び方しないよ。お父さん、って呼ぶ時は有るかもしれないけど……」

「まあ、言ってももう少し先の話だな」

「うん、わたしもそう思う」

 

 言ってみて、自分でも今はまだ似合わない呼び方だと思った。やっぱり、わたしの中だとパパとママは、パパとママなんだ。

 誇らしい様な、自分がまだ子供なのを思い知らされている様な、変な気分になってしまう。

 もう少し、高校生くらいになったらお父さん、お母さんって呼んでみようかな。少しだけそう思っていると、ほむらちゃんがわたしの両手を急に掴んだ。

 

「え?」

「まどかは」

 ほむらちゃんの目が濁って見える。

「まどかには、変わらないで欲しいわ」

 

 ほむらちゃんは、とても真剣な顔で言った。澄んだ紫色の目が、その奥でだけ、何かとても恐ろしい物で埋め尽くされている様に、濁った歪みを表していた。

 突然の言葉に、わたしは戸惑いを隠せない。するとほむらちゃんは我に返って、何度か瞬きをする。

 

「ごめんなさい、意味が分からないわね。私、何を言ってるのかしら……」

 

 ほんの少し恥ずかしげに、柔らかな顔で呟いている。けど、それが今の言葉を誤魔化そうとして言った物なのは、わたしにだってよく分かった。

 

「変な空気にしてしまったわね。あ、まどかのお父様、これ、美味しいです。あの、良かったら後で作り方を教えて貰えますか?」

 

 ほむらちゃんはクリームシチューを持ち上げた。

 確かにお店で食べるのより、パパの作った物の方が美味しいけど、でもやっぱり、ほむらちゃんは何かを誤魔化そうとしてる。

 

「うん、良いよ。その代わり、作ったらまどかに食べさせてあげて欲しいけど」

「はい。まどかのお父様には及ばなくても、まどかの舌を楽しませられるくらいの味には仕上げたいので……」

「そうかい。何か聞きたい事が有ったら何時でも言ってね」

「ありがとうございます」

 

 突然のほむらちゃんの言葉にも、パパは慌てずに答えていた。何だか、パパまでほむらちゃんの誤魔化しに乗っている様に見える。

 

「ほむらちゃん?」

「何かしら、まどか」

 

 こちらに振り向いたほむらちゃんの目は、濁っていない。嘘みたいに澄み切った、いつもより更に輝いて見える瞳をしていて、吸い込まれてしまいそう。

 人とは思えないくらいの瞳に、目を合わせているのが少し辛くなる。でも、そんな事は絶対に表に出しちゃいけない。何か他の話をして、気を紛らわせなきゃいけないと思った。

 

「んー……あ、そうだ。ほむらちゃんって、この中だとどれが一番好き?」

 

 一番無難な質問を選んで、テーブルの上の料理を指さしながら聞いてみる。

 わたしの質問を聞くと、ほむらちゃんは何か安心した風に、瞳に人間らしい物を戻した。

 

「そうね……どれも本当に美味しいから、何とも言えないけれど……一つ挙げるなら、唐揚げ、かしら」

 

 お皿の上の唐揚げを一つ取って、ほむらちゃんはゆっくりと食べた。わたしとママが結構食べたから、もう唐揚げの数は減っていた。

 

「ええ、これがやっぱり一番美味しいわ。でも、作ってみたいのはクリームシチューかしら」

「何で?」

 

 尋ねてみると、どうしてか、パパとママが顔を見合わせた。

 

「おいおい、まどか。それを聞くか?」

「だね」

「?」

「ほら、ほむらちゃんも言ってあげなよ、照れないでさ」

 

 ママに促されて、ほむらちゃんはお箸を置いた。仕草がもっと綺麗に、自然な柔らかさを帯びて、膝に手を置く所までが、一つの絵みたいだ。

 時々、こんな風に非現実的というか、絵の中から飛び出してきた様な雰囲気になるほむらちゃん。その顔は、しっかりわたしを見据えていた。

 

「その、まどかに手料理を食べて貰いたいの」

 

 ほむらちゃんは指先を合わせて、そこだけは落ち着かない動きを取った。

 幻想的な顔で、そんな風に家庭的で可愛い事を言われると、そのギャップが凄い。

 

「そ、それって」

「味の事なら安心して、ちゃんと自分で味見をするわ。それに、変な隠し味を入れたりはしないから」

「そうじゃなくて……わたしも、なんだけどね」

「?」

 

 ほむらちゃんが首を傾げる。

 そんな小さな動きでも、何か遠く離れている様な、それでいてごく近い所に居る様な、そういう感触が有る。

 けど、それは心の中で置いて、わたしはほむらちゃんへの言葉を続けた。

 

「あのね、わたしもほむらちゃんに手料理を食べて貰いたいなぁ、なんて思ってたの。だから、ほら。今度二人で作って、作ったのを食べて貰う、っていうのは、どうかな」

 

 わたしの提案を聞くと、ほむらちゃんは少し考えて、小さく頷いた。

 

「それは、良いわね。是非そうしましょう……キッチンは私の家ので良いかしら」

「ううん。パパのアドバイスも欲しいし、この家でしようよ。良いかな、パパ?」

「うん、構わないよ」

「ありがとうございます」

 

 ほむらちゃんが頭を下げた。そこまで丁寧にしなくても良いのに、パパやママへの態度は、尊敬とか敬意とか、そういう物が溢れてる。

 ほむらちゃんがこっちを見た。にこりと笑って、わたしの胸をドキリとさせる。

 

「じゃあ、また今度二人で料理の練習をしましょうね」

「うん、約束だよ」

「……ええ、約束するわ」

 

 パパの許可も取れた事で、わたし達は約束を交わした。

 約束、という言葉が出た時、ほむらちゃんが妙に目の色を変えた様な。約束を守るのに敏感な人なのかも、ほむらちゃんは、凄く気にするタイプなのかもしれない。

 これから何か有っても、どんな些細な事でも、ほむらちゃんとの約束は出来るだけ守った方が良いかな、と思う。

 

「ごちそうさまでした」

 

 わたしが心の中で決めている内に、ほむらちゃんはスプーンを置いて、凄く綺麗な仕草で手を合わせた。

 ご飯はちゃんと食べ終わっているけど、おかずはまだ残ってる。ほむらちゃんは自分の前に置かれた分は食べていたけど、それ以外はあんまり食べていない。

 

「ほむらちゃん、もう良いの?」

「ええ……ちゃんと食べたわ」ほむらちゃんはパパの方に顔を向ける。「まどかのお父様の料理が美味しかったお陰で、いつもより沢山食べられました」

 

 遠慮しているのかと思ったけど、ほむらちゃんは嘘を吐いていない様に見える。本当にお腹一杯になっているみたいだ。

 

「ああ、やっぱ食が細い方なんだな。まどかとは違って」

「ちょ、ちょっと。ママ!? それって何か、わたしが……」

「大丈夫よ、まどか。私の食事量が元々少ないだけで、まどかのは平均的と言うの」

 

 わたしを安心させようとしてくれたのか、ほむらちゃんは微笑みかけてくれる。

 そっと椅子から立ち上がり、ほむらちゃんは自分の食べたお皿を手に取った。

 

「あの、お皿はどちらへ運べば良いんですか?」

「僕がやっておくから、気にしなくて良いよ」

「でも、悪いですから。少しくらいはお手伝いしないと……」

 

 遠慮がちにお皿を持っていこうとするほむらちゃん。

 ぼんやりと話を聞きながら、わたしの視線は、その腰回りに行っていた。知ってたし、お風呂で見た事も有るけど、やっぱり細い。服越しでも細いのが分かる。

 ただ細いんじゃなくて、白くて傷一つ無い肌なんだ。看病をした時に見たから、知っている。

 

 そこで、わたしは自分の体型に目を向けた。ほむらちゃんは綺麗だって、可愛いって言ってくれるけど、比べてみると、やっぱりちょっと太い気がする。

 

「……ちょっと気になっちゃうなぁ……ほむらちゃん、細いし」

「どうしても気になるなら、毎日少しずつ運動でもしましょう。何なら付き合うわ」

 

 食べたお皿を片づけて戻ってくると、ほむらちゃんはそう言ってくれた。

 嬉しい提案だった。お願いしようかと思ったけど、ほむらちゃんを付き合わせてもしょうがないと思う。

 

「お、ダイエットか? 無理はするなよ。食べる量を減らすのは……って、そういうのはほむらちゃんが言ってくれるか」

 

 横で話を聞いていたママが、からかう様に言った。

 そういう事を言われると少し慌ててしまうけど、確かにほむらちゃんが言いそうな事だったから、納得してしまう。

 ところで、そういう事を考えていると、何だかお腹一杯になった様な気がした。うん、もういいかな。

 

「えっと。ごちそうさまでしたっ」

「まどか。まだ食べるんじゃ……」

「八分目くらいにしておかないとだめかなー、なんて……あはは」

 

 誤魔化し笑いをすると、ほむらちゃんは「しょうがないわね」と言いたそうな苦笑いになる。

 わたしも、お皿を持って椅子から立った。いつも通り、キッチンの流し台の所に置いて、すぐにほむらちゃんの傍へ戻る。

 

「お部屋に行こ、ほむらちゃん」

「でも、お皿が……」

「お皿は僕が洗っておくから、まどかは暁美さんと一緒に遊んでいて良いよ」

「ありがと、パパっ。ほら、ほむらちゃん」

 

 パパの後押しも受けて、わたしはほむらちゃんの腕を引き寄せた。無理矢理過ぎない程度に、困らせない様に力加減をして、少しずつ引っ張っていく。

 特に抵抗とかは無くて、ほむらちゃんは素直に付いてきてくれる。パパが軽く手を振っていた。

 

「部屋で遊んで来るのか?」

「うんっ」

「ふふ、そっか。まあ、ほむらちゃんを困らせない様にな」

「はーい」

 

 ママに向かって返事をしながら、わたしはほむらちゃんを連れて自分の部屋へ向かう。

 そこで、ほむらちゃんはわたしの横に並んで、肩を叩いてきた。

 

「まどか、さっきも言ったけど……」

 前置きをして、ほむらちゃんは堂々と言葉を続ける。

「貴女は、今のままが一番素晴らしいわ」

「そ、そうかな。わたしはほむらちゃんの方がスタイルも良いし、綺麗だと思うんだけど……」

 

 わたしがそう言うと、ほむらちゃんはあざ笑う様に口を歪めた。でも、そんな表情にまで、わたしへの気遣いと優しさが感じられて、全然怖くない。

 

「私が? 冗談。それはきっと貴女の目が少し変なのよ。貴女はふわふわしていて、柔らかくて、女の子らしい魅力が有るわ。それに比べて私はほら、この通りの貧相さよ」

 

 怖い顔をしたほむらちゃんが、軽く自分のお腹を撫でている。

 忌々しそうに触る所は、自分の身体を嫌っている様だった。もしかすると、もう少し肉付きが欲しいのかもしれない。

 でも、その細さが羨ましいんだけどな。頭の中で、そう思った。

 

 


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