風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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むかしむかし、みらいの向こう……

 

 あの大きなパフェを食べるのには、それなりの時間を必要とした。

 随分と長い時間を使ってしまったが、まさしく素晴らしい一時だった。

 そんな甘く美味しく幸せな時間を過ごし、今の私達は映画館の前に居る。入り口付近に設置された電光掲示板に、今日の上映作品が記されていた。

 休日のお昼過ぎだから、人も結構多い。でも、チケットを買うのに不自由は無さそうだった。それなりに並ぶ必要は有るけれど、そんなに待つ必要も無いだろう。

 

「まどか、どの映画が見たいの?」

 

 私達は互いに腕を組みながら、上映中作品の一覧を見ていた。子供向けの朝アニメの劇場版や、アクション映画などが有る。

 ポスターの中の一枚には、銃を持った俳優が立っていた。その拳銃の種類も、持ち方の整合性も今の私には分かってしまう。このポスターを作った人は銃の持ち方には詳しくない様で、その握り方や銃口の位置に多少の違和感と不満を覚えた。

 そんな事をまどかに言っても仕方が無いので、黙ったままだが。

 

「ほむらちゃんは見たいの有る?」

「え? そうね……面白そうなのは幾つか有ると思うわ」

 

 だが、率先して見たいと思うタイトルは無い。

 映画に興味が無いとは言わないけど、今の私にはまどか以外への興味が余り無い。まどかが喜んでくれそうなタイトルを選びたいが、残念ながら映画に関しては事前調査不足で、どれが面白くてどれがつまらないのか、それすらも分からない。

 

「まどか、貴女が選んで。私はそれを見るわ」

「そう? それじゃあ……」

 

 まどかはタイトルをざっと見ていた。その目の動き、少し腰を落として、小さな声で迷いを表しながらタイトルを見て回る表情。

 きっと、私が楽しんでくれそうなタイトルを選んでいるのだろう。そういう遠慮もまた、心を温めてくれる。

 まどかの挙動、精神。それらのどれもが、女の子としての魅力に溢れている。私も昔は、彼女のこういう所に憧れていた。女の子らしく女の子で、そういう部分が暗くて駄目な私にとっては、眩しくて仕方が無かった。

 今も、その気持ちは余り変わらない。この世の誰よりもまどかの魅力を理解しているつもりだ。

 あくまで、つもりでしかないが。

 

「んー……」

 

 まどかはまだ探している様だ。私を楽しませたいと真剣に考えてくれているんだろう。

 いや、そうやって眺めていると、私は一つの事に気づいた。まどかは、一つのタイトルに注目している。それが分かる。

 それが見たいのだろうか。それならそうと言ってくれれば良いのに。私は、まどかの横顔を覗き込んだ。

 

「……これかしら?」

「あ、それは……」

 

 一番左下、隠れる様に張られたポスターに、タイトルが刻まれている。妙に背景に溶け込んでいる為に、今までその存在に気づけなかった。

 私がそのタイトルを見つけた時、まどかは微妙な反応を示した。どうしてかは分からないが、私はタイトルを口に出して読んでいた。

 

「新編? ……の物語?」

「……うん。これは続編なんだけどね、前にやってたのが凄く面白くって、続きが見たかったの。続き物だから、ほむらちゃんと見るには向いてないかな、って、思ったんだけど……」

 

 ああ、私と一緒に見るには不向きだと思って、別なのを探してくれていたのか。

 相変わらずの遠慮と優しさに、まどかの素晴らしさを感じる。いや、デートだから気遣ってくれるのかもしれないが、それは関係無い。

 私にとって重要なのは、その映画がまどかの見たがっている物だという事であって、それ以外は意味の無い事だ。

 

「どんな内容なの?」

「あ、それはね」

 

 聞いてみると、まどかは一呼吸置いてから、そっと説明を始めた。

 

「女の子達が、残酷な運命に沢山傷つけられて死んじゃうんだけど、最後は生き残った主人公の女の子が神様になって、その運命を壊してみんなを助けるんだ」

「……」

「それで女の子はみんなの記憶から消えちゃうんだけど、一人だけ、一番女の子の事を大切に思ってた友達が、その子の気持ちを受け継いで強く生きていこう、って、新しく作られた世界でそう決意して……」

 

 よっぽど好きなのだろう。詳しく語ろうとする口調からは、結構な熱を感じさせられる。

 

「それで、それでね……」

 

 まどかが楽しそうに喋っているのは、私としても歓迎すべき事ではあったが、残念な事にそれどころではなかった。聞いている内に、冷や汗が出そうな説明だったのだ。

 私が妙な反応を示した事で、まどかは口を噤んだ。

 

「って、見た事無いのにネタバレしちゃったね」

「……いえ、いいの。何処かで聞いた話だと思っただけだから」

 

 本当に、何処かで聞いた話だった。というか、身に覚えの有る話だった。

 何故、どうしてまどかがそれを知っているのか。いや、彼女は、今自分が口にした物語が、私と貴女の経験した物だという事は理解していない。

 ならば、本当に映画として、私達が経験した世界が描かれているのだろう。だとすれば、そうなった原因は幾らか考えられる。が、多分、最も高い可能性は。

 

「……そう」

「?」

「いえ……何でも無いのよ」

「そ、そっか。でも、とっても面白いんだよ」

 

 まどかの言葉が遠く聞こえる。

 この世界を構築した時、確かに私の思想がこの世界へ入り込んだ。感受性の強い人間がその断片の断片でも感じて、そこからインスピレーションを受けた誰かが、私の記憶を元に何らかの物語を作った。そういう事が有ったとしても不思議ではない。

 そう、不思議ではないのだ。まどかが、私の経験を知っていたとしても。

 

「あのね、前のが凄く面白かったから、だから、続編がどうなるのか、凄く気になってたんだ!」

「別の映画にしましょう」

 

 反射的な言葉。思わず、却下してしまった。

 まどかの言う続編の内容を身を持って知っている者としては、出来るだけこの映画は見たくなかった。

 だが、言ってすぐに自分の首を捻り切りたくなる。まどかの顔は明らかに落ち込み、あの輝かんばかりの笑顔が、私の冷たい言葉で僅かながら濁っていた。

 

「そう、だね。続編だし……別なのにしよっか」

 

 まどかは納得した素振りを見せているが、酷く残念そうだった。恋人同士で好きな映画を見る、そういうシチュエーションに憧れているのかもしれない。

 

「じゃ、じゃあ。何を観よっか」

「まどか……」

 

 まどかは気にしない素振りを見せている。まあ、それほど傷つく事でも無かった様だ。

 安堵しながらも、私は胸に鋭く責め立てる様な痛みを感じていた。

 

 出来れば、まどかの希望には応えてあげたい。

 

 私は、自分の中でもう一度思考を巡らせて、幾らかの思案をした。

 例えこの映画を見た事が鍵となって何かが発生したとしても、傍に居る今なら即座に、確実にまどかの記憶を止められる。もし一人で見に行かれて、それがきっかけになったとしたら。その方が遙かにまずい。

 実際の所、まどかがこの映画を見る事に関しては問題など無い。私がこの胸の痛みを我慢すれば、それで、良いのだ。そして私は、我慢する事にも慣れていた。

 

「……いえ、待って」

「ん?」

 

 まどかが振り向くと、私は口元を意識して緩め、先程まで観ていたタイトルを指さした。

 

「やっぱり、この映画で良いわ」

「ほむらちゃん? 無理しなくても……続編だし、前のを見てないなら」

「いえ、見たわ。この目で……その話は」

 

 まどかが気遣ってくれるのを喜びつつ、内心で溜息を吐いた。

 知っていて当然だ。確認していない以上断定は出来ないが、それはきっと、私の記憶なのだから。

 

「じゃあ、これにしよっか。中学生二人分だね! ほむらちゃんは割引券とか持ってる?」

「いえ……まどかは?」

「そっか。なら、わたしが持ってるから、二人分割り引きして貰おっか」

「そうね、お願いするわ」

 

 内心で、全く関係無い作品でありますように、と祈った。でも、それは多分叶わない願いだろう。まどかの説明を聞いた限りでは、続編とは間違い無く、私が経験したアレの事に違い無い。

 手を引かれて、私はまどかと一緒に券売機の方へ向かった。

 

「あっ。あそこのが空いてる」

「混雑する前に行きましょうか」

 

 私達は券売機の前に立ち、その形を眺めた。

 此処のチケット売場は、完全に機械での受け付けとなっている。赤を主体にした内装が印象的で、暗めに調整しているけれど、少しだけ目に悪い。

 

「ん、あれ? あ、ほむらちゃん。ちょっと待ってて……」

 

 券売機の操作が初めてなのか、まどかは少し手間取っている。手伝ってあげたいが、私だって得意な方ではない。

 まどかを横から静かに見守る。そうしていると、彼女はやっと操作を把握して、作品を選んだ。

 

「えっと……そう、これかな。うん。ほむらちゃん、中学生二人分だね?」

「ええ」

 

 頷くと、まどかは画面の中から二人分のチケットを選択した。赤枠の中のタッチスクリーンが、機敏に反応している。

 表示されたのは座席番号だった。休日だからそれなりに埋まっているが、幾らか空きは有る。まどかは二人一緒に観られる場所を探していた。

 

「んー……」

 

 同じ様に画面を眺めていると、丁度良く二人分の席が空いている場所を発見する。まどかは気づいていない。

 

「まどか、此処が空いてるわ」

「あ、ほんとだ……ありがと、ほむらちゃん」

 

 まどかは一番端とその隣の席を選んで、まず一人分の料金を入れた。

 そこへ続いて私が料金を投入する。中学生料金だから、大人よりかなり安い。まどかとのデートで財布を気にする程無粋ではないけれど、まどかの出費が抑えられるのは良い事だ。

 ぼんやりしている内に、券売機からチケットが吐き出される。一つ目をまどかが受け取り、二つ目を私が受け取った。

 

「上映まで後二十分有るから、飲み物とか買おっか」

「そうしましょう。まどかは、何にするの?」

 

 ドリンクやポップコーンは、券売機の並んでいる所から数メートル離れた隣で売られている。こちらは機械ではなく、人が営業していた。

 弾んだ足取りのまどかに引っ張られる形で、私はそこのメニューを見上げる。少し列が出来ているので、選ぶ時間が有った。

 

「色々有るねー」

「ええ。映画館でこういうのを買うなんて、何時ぶりかしら……」

「わたしも、小さい頃パパやママに連れて来て貰って、ポップコーンを食べたりしたっけ」

 

 懐かしそうな顔をするまどかを眺めて、私も忘却しかけてしまった過去を掘り起こす。小学生の、低学年くらいの頃だ。

 

「そういえば、あの頃はポップコーンが珍しくって、作品内容よりそっちに意識が行ってしまったりしたわね」

「あー、分かる分かる。そうだよね、わたしも、小さい頃はそういう感じだったよ」

 

 思い出話を語り合いながら待つと、私達の先に並ぶ人は後一組だけになっていた。

 そろそろ、決めないといけない。

 

「うん、わたしはジュースにしようかな。ほむらちゃんは? やっぱりコーヒー?」

「いいえ、まどかと同じのを頼むわ。コーヒーばかり飲むと、身体に悪いのよ」

「え? そうなんだ」

「相性にもよるけど、飲み過ぎると吐き気や頭痛の原因になる事も有るから、まどかもコーヒーを飲む様になったら、接種のし過ぎには気をつけるのよ」

「う、うん」

 

 油断すると、飲み慣れていても危ない時が有る。昔、そう思い知らされた。まどかには同じ失敗をして欲しくない。

 

「そうだ。ほむらちゃんはポップコーン食べる?」

「いえ……」

「そうなんだ。なんか、イメージ通りって感じ」

「さあ、どうかしら……あんまり映画館に慣れてる訳じゃないから。それで、まどかは食べるの?」

「ううん。楽しみにしてた続編だから、食べながら観たりするのはちょっと抵抗有るかも」

 

 まどかとお喋りをしながら、一歩前へ進む。店員さんがこちらの注文を待っていて、笑顔で応対してくれる。

 こういう映画館の飲み物って、どうなんだろう。飲んだ事が無いので分からないが、美味しいのだろうか。特に意味も無くそう考えながら、私はメニューに目を通す。

 飲み物の数はそう多くなかったけど、選ぶ事は出来る程度の種類は有る。

 

 これから観る映画は、どんな内容だろうか。本当に、私の記憶と同じ様な作品が映し出されてしまうのだろうか。

 不安と、恐れが沸き上がる。

 

 ……その中でも、何より恐怖が強かった。

 

 一番最後に来るであろう、あのシーン。それに対して、まどかはどんな反応を見せるのだろうか。もしも拒絶だったら、きっとこの心は耐え難い程の痛みを覚えるだろう。

 その時が来る覚悟は決めている。

 けど、その日が来るまでは、まどかと仲良くしたい気持ちは有る。

 今の私は、そういう自分の弱さが見えていた。どんなに心を決めても、どれほど覚悟をしてもどうしようも無い、心の痛みに対する恐怖は、残酷なまでに止めようが無かった。

 

 

+----

 

 ジュースを座席の横のはめ込む場所へ入れて、わたし達は座り込んだ。

 やっぱり、劇場の中も赤色が目立ってる。ライトも赤みが強くて、結構派手に見えた。

 

「すっごい赤だねー」

「そうね……ロゴも赤だったし」

 

 ほむらちゃんは買ってきたリンゴジュースを飲みながら、わたしの言葉に同意してくれる。その視線がわたしに向いている気がして、ちょっと恥ずかしい。

 スクリーンに流れる予告編の音が聞こえてくる。聞き覚えの有るタイトルや、テレビのコマーシャルで知った作品。それから全く知らないのまで、色々なのが有った。

 でも、ほむらちゃんはその予告編は見ないまま、というかスクリーンを見ようともしないで、わたしに微笑みかけてくれる。

 

「まどかも飲んでみると良いわ。意外に美味しいわよ。ちょっと酸っぱいけど」

「ん、そうだね」

 

 言われた通りに、ストローからオレンジジュースを飲んでみる。さっきのパフェがまだ舌に残っている感じがして、確かに酸っぱい。

 

「そっちはどうかしら」

「おいしいよ。でも、確かに酸っぱいかも」

「そうでしょうね……お互い、パフェを沢山食べたから」

 

 二人で揃って、ジュースを酸っぱく感じながら、飲んでいる。

 

「これ以上飲んだら上映中に飲む分が無くなってしまうわね」

 

 ほむらちゃんはわたしより先にストローから口を離して、大きな紙コップを座席の横へはめ込んだ。

 その横顔は普段より悲壮な物で彩られている気がする。

 どうしてそんな顔になっているのか、それを聞き出すのも気が咎めて、わたしはただ黙ってジュースを元の場所へ戻した。

 予告の方へ意識を移してみる。前に来た、思い出の中の映画館とは違って、新しくて綺麗な感じがしたけど、それと同じくらい、違和感も有った。

 

「ねえ、ほむらちゃん」

「何?」

「この映画館、ちょっと音量が大きい気がするんだけど、どうかな」

 

 言って初めて気づいたのか、ほむらちゃんは画面を見て、それからスピーカーの有りそうな場所を見回す。

 

「余り映画館の経験は無いから何とも言えないけど……少し、耳に来るわね。まどかは?」

「慣れれば大丈夫そうだけど、変な感じかなぁ」

 

 大きいけど慣れられる。そういう程度の大きさだった。ひょっとすると、前寄りの席を選んだからそんな印象に感じられるのかもしれない。

 

「まどかが大丈夫なら、それで良いわ」

 

 ほむらちゃんは安心した様に、座席の横へ手を置いた。くつろいでいる風だけど、それでいて緊張している様にも見える。

 そんな緊張を感じて、思い出す。映画を選んでいる間に、すっかり友達気分で接していたけど、そうだ、これはほむらちゃんとのデートなんだった。

 気づいたわたしは、何かに迫られる気分でほむらちゃんの手を握る。

 驚いたのか、ほむらちゃんはわたしの顔をまじまじと見つめた。

 

「まどか?」

「えへへ、ほむらちゃんの手、ちょっと冷たいよ?」

「まどかの手も……ジュースの水滴が着いてるのね」

 

 ほむらちゃんの手はちょうど良いくらいに冷たくて、わたしはその指先の爪を撫でたりしながら、そっとほむらちゃんの存在を感じた。

 手が触れ合っている間は、何が起きても離れない気がする。そんな安心感の中で、わたしは一度目を瞑る。

 不思議な感じだった。わたしとほむらちゃんの間に有る、身体の壁が無くなっていく様な。清々しくて気持ちが良い。同じ気持ちを、ほむらちゃんにも共有して欲しい。

 

「ほむらちゃん、目、閉じてみて」

「え……」

「目を閉じて、手に集中したら、ほむらちゃんとわたしが一つになった様な気がするの」

「そう、なの?」

「うん……ほむらちゃんは、どうかな?」

 

 尋ねてみると、ほむらちゃんはわたしの手を握る力を強めた。

 すると、どうしてか、ほむらちゃんと溶け合いそうだった心が、急に離れていく。あんなに強くその存在を感じられたのに、気づけば、ずっと高い壁に阻まれているみたいに、なっている。

 ほむらちゃんに、拒絶されたんじゃないか。そう思った。

 

「あの……」

「そろそろ始まるわ。目を開けましょう」

 

 わたしの肩を軽く叩いて、ほむらちゃんは優しく笑いかけてくれる。

 嫌な思いをさせたんじゃないかと怖くなっていたわたしにとって、それは凄く暖かな事だった。

 

「ん……そうだね」

 

 目を開けると、画面が暗くなって、証明が少しずつ明るさを落としていく。

 まだ手は繋いだまま。だけど、さっきまでよりほむらちゃんを遠くに感じる。

 上映中のマナーを注意する映像が流れてくる。映画館が違うから、思い出の中のとは全然違う物だった。

 ちょっと残念に感じていると、わたしは、少しの違和感を覚えた。ほむらちゃんがわたしを握る手を強めている。

 

「ほむらちゃん?」

「……何」

 

 ほむらちゃんの顔を見てみると、劇場が暗くなっているのも有って、何だかかなり薄暗い表情をしている気がする。

 でも、そこは気のせいだと思える。重要なのは。

 

「どうして、震えてるの?」

 

 ほむらちゃんの手が、小刻みに震えている所だった。

 最初は気のせいかと思ったけど、そうじゃない。今までで一番の緊張と、震えがほむらちゃんを襲っているのが、手を伝って分かる。

 

「……ちょっと、空調が利き過ぎているの」

「ほんと?」

「本当よ」

 

 今までは全然そんな素振りも見せなかったのに、ほむらちゃんは寒がっている風に振る舞った。

 

「手を、もう少し握っていて貰えないかしら。寒くて」

「う、うん」

 

 言われた通りに、手をもっと優しく強く、痛くない程度に握る。ほむらちゃんが小さな息を吐いた様に感じられた。

 何か、不安な事から自分の心を守ろうとしているみたい。そんな風に見える。

 あの強いほむらちゃんを此処まで怖がらせるなんて。わたしは、少し驚いた。でも、同じくらい納得した。ほむらちゃんだって、風邪にもなるしご飯だって食べる、普通の人間なんだから。

 

 手を握るだけじゃ足りなくて、わたしは、少し横へ身体を乗り出して、肩や腕を密着させる。抱き寄せてみると、ほむらちゃんの肌はいつもより冷たい。

 

「心配しないで? わたしは、どこにも行かないよ」

「……ほんとに?」

 

 わたしの顔を見たほむらちゃんは、今だけは小さい子の様だった。

 

「うん……大丈夫。ほら、この映画はホラーじゃないし、元気出して」

「ホラー映画が苦手な訳じゃないわ」

 

 即答して、ほむらちゃんは首を振る。

 ちょっと必死な反応を見ると、何だか悪戯っぽい気持ちになった。もしかして、怖いの駄目なのかな。

 

「ほむらちゃん、ホラー駄目なんだ」

「……平気よ」

「でも、何か目合わせてくれないし……」

「……」

 

 答えにくい事だったのか、ほむらちゃんは無言で目を逸らして、誤魔化す様にジュースを飲んだ。

 ホラー映画駄目なんだ。意外そうで、そうでもない様な一面を見る事が出来て、とても嬉しい。そんな喜びのまま、ほむらちゃんの肩に頬を乗せる。

 

「え」

「こうしてても、いい?」

「それは、構わない、けど」

 

 ビックリしたみたいだけど、ほむらちゃんは一つも嫌がらなかった。

 ううん、気づけば、わたしの足に自分の足を絡めてきている。黒のストッキングがわたしの足首を温めてくれている。

 何だか、ほむらちゃんを捕まえていた筈なのに、逆に捕まえられていたみたい。わたしと一緒に居る事を望んでくれてると思うと、喜びがもっと強くなる。

 

「一緒に見ようよ。折角二人で来たんだもん」

「そう、ね」

 

 ほむらちゃんは、静かにわたしの首を撫でた。

 その肩へ耳を乗せていると、身体の中の音が聞こえてくる気がする。垂れてきた黒い髪がわたしの頬をくすぐって、とっても気持ち良い。

 

 足を絡め、首を押さえられて、手も握り合って、わたし達はすっかり相手を捕まえていた。でも、最初から逃げる気なんて無い。ほむらちゃんも、同じだと思う。

 

 劇場が一番暗くなっても、ほむらちゃんの気配はすぐ傍に有る。

 ほむらちゃんも、きっとわたしの気配を感じてくれている。そういう風に同じ様な事を考えられるなら、それは本当に良いな、と思った。

 

 そして、スクリーンに色々な所で見るアルファベット二文字のロゴが出る。

 また映像が暗くなると、その奥で、桃色の光が輝いた。

 

「……希望を願い、呪いを受け止め」

 

 ほむらちゃんが、ぼそぼそと何かを喋り出す。

 上映中は喋っちゃ駄目だよ……

 

「……ごめんなさい」

 

 口を閉ざすと、ほむらちゃんの震えが酷くなって、わたしの事を掴む力が強くなった様な気がした。




 言うまでも有りませんが、見ているのは「魔法少女まどか☆マギカ[新編]叛逆の物語」です。いえ、登場人物の名前、境遇や設定は色々と異なる部分が有りますが、内容と台詞は概ね同じものですね。

 ちなみに、この映画館は実在します。全体的に赤色、と言えば行った事のある人は解ると思います。別に、見滝原に有っても不思議じゃありませんよね。

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