風邪になった鹿目まどかが悪魔ほむらに看病されるだけ(完結)   作:曇天紫苑

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一緒にご飯を食べるのは初めてじゃないのに、とっても胸がドキドキして

 

 レストランが並んでる場所は、このショッピングモールの一階だった。

 お昼時だから、結構沢山の人達が歩いていて、その中には、わたし達と同じで女の子二人だけの組み合わせも、結構居る。

 だけど、そういう人達はカップルとかじゃないし、目的もデートじゃないんだろうなぁ。そう思うと、恥ずかしいのと一緒に優越感みたいな物を感じた。

 ほむらちゃんを独り占めにしている気分だ。わたしの事を何より大事に考えてくれる。そんなほむらちゃんが大好き。どっちの意味で、とは考えない。

 

「このお店……」

 

 わたしは、並んだ店舗の一つで足を止めた。レストランの沢山有る所の中では、ちょっと地味そうなファミリーレストランみたいなお店だけど、外に出ているメニューが分かりやすくて、値段も安めだった。

 デートコースにしてはちょっと弱いけど、お友達同士で食べに行くなら少し派手。そんな、凄く丁度良いお店に見える。

 でも、ここが良い、とは言わない。ほむらちゃんは自分の食べたい物が有っても、きっと、わたしが選んだのを優先するから。

 

「あら、このお店ね」

「ほむらちゃん、知ってるの?」

「入った事は無いけれど、一応は知ってるわ。まどかは此処に入りたいの?」

 

 尋ねられて、わたしは、はっきりと答えられなかった。

 入りたい、と言ったら、きっとこのお店で決まる。

 別に、と言っても、隠し通せる自信が無い。

 わたしが迷っている間に、ほむらちゃんは表情を明るくしていて、お店の前に立って、わたしの手を握る。

 

「私はこのお店を勧めるわ。事前に調べてみたけど、ここが一番値段と味が釣り合っているという噂よ」

「ちゃんと調べてたんだ。ああ、わたしって、そういうの全然なの。デー……じゃなくて、一緒に遊びに行くのに、何にも調べてなかったよ」

「私が気になっただけだから」

 

 ほむらちゃんも、このお店が良いって思ってくれている。それが分かったら、もう迷う必要も無かった。

 

「じゃあ、ここにしよっか」

「ええ」

 

 手を繋いだまま、お店の中へ入る。入り口にセンサーが置いてあるのか、小さな音が鳴って、店員さんがこちらへ近づいてくる。

 店員さんに人数を言うのは、ほむらちゃんの方が早かった。手を繋いだまま、その姿を見られても恥ずかしがらないし、物怖じもしない。

 凄いなぁ、と思っている内に、店員さんがわたし達を席まで先導してくれる。

 不思議な事に、周りが空席になった場所を案内してくれた。ここなら、人目を気にせず、恥ずかしがらずにほむらちゃんとお話が出来る。

 嬉しい偶然を喜んでいる内に、ほむらちゃんがテーブルの前で立って、椅子を引いた。座る場所を用意してくれたんだ。

 とっても大切にされている気分で、わたしはその椅子へ座る。大人の人なら丁度良いのかもしれないけど、まだわたしには大きな椅子だった。

 ほむらちゃんの手が、わたしから離れる。ほむらちゃんだって座らなきゃいけないんだから、当たり前なんだけど、凄く寂しい。更衣室へ入っていた時もそうだけど、やっぱり、ずっと触れ合っていたのが無くなるのは、とっても悲しい事に思える。

 

「まどか、メニューをどうぞ」

「ありがとう、ほむらちゃん」

 

 ほむらちゃんはすかさずメニューを手渡してくれた。

 でも、この位置じゃほむらちゃんが注文を選べなくなってしまうから、わたしは受け取ったメニューシートをテーブルの上へ置く。

 広げてみると、やっぱり値段はかなり安めで、わたしのお財布にも優しい。

 

「ほむらちゃんはどうする?」

「私は……そうね、まどかが二番目に食べたがってる料理を頼むわ」

「え、えー。そんな事言わずに、ほむらちゃんは自分の好みで選びなよ」

「いえ。一つやりたい事が有るの」

 

 ほむらちゃんの目は本気だった。

 多分、何を言っても聞いてくれないと思って、わたしは諦めてメニューを見る。どれも美味しそうな写真で上手く撮られていた。その中でもオムライスとハンバーグはとっても美味しそうで、値段もそれほど払うのが辛くないくらいに抑えられている。

 どちらも値段は殆ど同じ。写真も良いし、出来ればどっちも食べたい。

 ほむらちゃんが二番目に食べたい物を注文してくれるなら、ちょっとだけ食べ比べとか、させてくれるかな。なんて考えてしまって、止めた。そういうのは良くないから。

 

「んー……これも美味しそう、あ、でもこれも良いかも……」

 

 でもやっぱり、迷っているのに変わりは無い。両方、なんて頼んだら食べ切れないのが目に見えてるし、でも、どっちも食べたい。

 そんな迷っているわたしに、ほむらちゃんが助け船を出してくれた。

 

「まどか、迷っているなら、プレートに別々の料理を盛ったメニューが有るわよ」

「えっ。あ、ほんとだ……」

 

 メニューの一番右下に、ミニサイズの料理を乗せたプレートが有った。ほむらちゃんの言う通り、他のメニューの小さいのが二つ入って、値段は同じくらい。

 これなら大丈夫。丁度良く用意されていたメニューを選ぶ事に決めて、わたしはメニューシートをほむらちゃんの側へ移動させる。

 

「次はほむらちゃんが選ぶ番だよ」

「いえ」

 

 でも、ほむらちゃんはメニューを見ずに、わたしの瞳を見つめていた。

 

「まどか、三番目は何?」

「……ほんとに頼むんだ」

 

 ほむらちゃんの本気の視線を受けたけど、わたしはちょっと申し訳無い気がした。

 でも、言わなきゃ話が進まないので、言っておく。

 

「あの、ごめんね、三番目は無いの」

「……そう、なら仕方が無いわね。食べさせあったりしたかったんだけれど」

「そ、そんな事考えてたんだね」

 

 その顔が心底残念そうに見えるのは、わたしの気のせいなのかな。

 あの風邪の日に、お粥を二人で食べた記憶が蘇ってくる。ほむらちゃんはあの日、わたしに「あーん」をしてくれた。

 今日もやれるんだったら、それは嬉しいな。でも三番目は持ってないんだよね。そう思っている内に、ほむらちゃんはメニューをデザートのページまでめくっていて、一番右上に大きく写った商品に目を奪われているみたいだった。

 

「まどか。これ、どうかしら」

「こ、これ?」

「そうよ」

 

 ほむらちゃんが指さしたのは、どう見たって一人じゃ食べ切れない大きさのパフェだった。

 ハートマークのチョコレートや桃色の甘いソースで彩られていて、確かに甘くて美味しそうに見える。大きさをアピールしたいらしくて、横に『実際の商品は写真の十倍の大きさになります』と書いてある。

 二人で食べるのが前提になっているみたいで、値段はちょっと高い。

 カップルでどうぞ、なんて書いてあった。何で友達とか家族じゃなくて、カップル限定なんだろう。別にカップルしか注文出来ない訳じゃないのに。

 

「こ、これは凄いね」

「ええ」

 

 このパフェの名前はもの凄く、『そういう感じ』がした。友達同士で頼むのも厳しい、店員さんに商品名を言うのも恥ずかしいくらい、とっても恋愛的で、ラブラブだった。

 これを、ほむらちゃんが頼む。それを想像するだけで、頭が沸騰して湯気が出ちゃうかと思った。

 

「こ、これ、食べたいの?」

「……」

 

 黙ったまま、ほむらちゃんは答えない。でも、その視線はずっとパフェに注意していて、時々、わたしの顔をちらちら見ている。

 どんなに鈍い人でも、分かる。ほむらちゃんはきっと、わたしと一緒に食べたいと思ってるんだ。

 こういうのを二人で食べるのは、それっぽいし、意識してみると凄く恥ずかしい。女の子同士のカップルだと思われてるんじゃないかって、周りが気になってしまう。

 だけど、それより、ほむらちゃんの希望を叶えたい欲求の方が、ずっと強い。結局、わたしは殆ど迷わず頷いていた。

 

「分かった、一緒に食べよ?」

「ええ……付き合わせてしまって、ごめんなさい」

「良いんだよ。むしろ、二人で食べられるなら、凄く良いと思うの」

 

 とっても恥ずかしいけれど、それと同じくらい、ワクワクした。あんなに大きいパフェを食べるなんて、生まれて初めてだ。

 ほむらちゃんも初めてなのかな。あんまり、パフェ、っていう雰囲気は無い人だしきっと初めてだと思う。

 二人で初ジャンボパフェ。それは素敵な事に思えた。

 でも、その前にご飯を食べないと。

 

「ほむらちゃん、デザートの前に、ご飯は?」

「そうね、何か適当に頼んでみるわ。控えめにしないと、多分、あのパフェは二人じゃ厳しい量でしょうね」

「だよねー……」

 

 わたしはプレートメニューを頼むって決めてるけど、パフェを頼むなら、どうしよう。

 少し考えたけど、やっぱり、さっき決めた通りに注文する事にした。きっと食べられるし、今日はずっと緊張したままだから、凄くお腹が減っていた。

 

「じゃあ、店員さん呼ぼっか」

「私に任せなさい」

 

 ほむらちゃんは呼び出しボタンを押して、メニューを片手に小さく息を吐いた。

 どうしてかな。考えている事が何となく分かる。多分、あの凄いカップル全開なパフェの名前を言うのが、恥ずかしいんだ。

 わたしが言おうかと思ったけど、ほむらちゃんはそれを察した様に小さく首を振っていた。

 

 

+----

 

 

 注文してから気づいたが、別に商品の名前を言う必要は無かったのではないだろうか。普通にメニューを指させば良かったのだ。

 パフェの名前は長い上に恥ずかしかったが、言い切ってしまえばある種の爽快感を覚えた。

 別に言わなくても良かった。そう気づいた時の方が恥ずかしかったくらいだ。幸い、まどかは私の間抜けな失敗に気づいていない様だし、気づいて貰いたくも無い。

 

 そして今、私達は一緒に食事を囲んでいた。

 

 まどかの方にはオムライスとハンバーグの乗ったプレートが、私の方にはパスタとサラダが皿に盛りつけられている。

 ドリンクは、私の方は先にコーヒーが来ている。まどかは後からココアが来る様だ。

 私の事前調査は間違っていなかったらしく、まどかはご満悦な表情でご飯を口にしている。そんな愛らしくも幸せそうな顔を見るのが、今の私が抱ける一番の幸せだった。

 

「これ、美味しいよ。ほむらちゃんも一口どう?」

「頂くわ」

 

 フォークでハンバーグを一切れだけ取って、食べてみる。予想していた以上に良い味だった。

 このお店を選んで良かった。まどかが喜んでくれて良かった。そう思いつつ、私は感想を口にする。

 

「確かに美味しいわね。まどか、私のも食べてみなさい」

「ん、ありがとー」

 

 まどかはフォークを器用に使って、パスタを丁寧に、少しだけ取って口へ運んだ。私が注文した料理がまどかの口に入っていく。

 その瞬間が、まるでスローモーションの様にゆっくりとした、しかしその僅かな間だけで幾多の多幸感を覚えさせる物となっていた。

 まどかがパスタを咀嚼している。何とか維持している笑顔が緩みそうになり、私は気をつけながら表情を整えた。

 そして、まどかの喉が食べたパスタを飲み込んだ音を立てる。勿論常人には聞き取れないが、私なら聞く気になれば耳に入ってくる。

 まどかは喜色満面で、目を輝かせていた。

 

「おいしいっ」

「良かった。私のメニュー選びは間違っていなかった様ね。もう一口どう?」

「あ、ごめんね……っん。はい、ほむらちゃんもわたしのオムライスを食べてみて?」

 

 言われるままにオムライスをスプーンで取り、食べてみた。これも良い味をしていて、卵のふわふわとした触感がいかにもまどかの好みに合うと思えた。

 

「このお店、結構美味しいメニューばかりなのね」

 

 事前に調べて置いたとはいえ、所詮は自分の味覚で確認した訳じゃないから、少し不安だった。でも、結果は予想以上に良い物で、まどかが喜んでくれたのが嬉しい。

 

「ほむらちゃんが調べてくれたお陰だね」

「ふふ、まどかもこのお店に目を付けていたじゃない」

「えへへ」

 

 二人で揃って照れたりしながら、食事に手を付ける。まどかは折角買った服を汚さない様にと、結構頑張って丁寧に食べている様子だ。

 まどかが先程まで着ていた私の服は、鞄の中に仕舞われている。大事に着てくれているのが分かって、とても喜ばしい。

 まどかは、実に楽しそうな顔をして、ご飯を食べ続けている。私の努力が実った気がして、何だか幸せな気分だ。

 私が喜びと幸せに浸っていると、まどかが顔を上げた。私の目を見て、首を傾げている。

 

「ほむらちゃん?」

「あら、まどか。どうしたの?」

 

 ご飯が美味しくなかったのだろうか。

 不安を覚えていると、まどかは私のお皿の方へ目を向けて、感心した様な、それでいて呆れる風な顔をしてみせた。

 

「た、食べるの早いね」

 

 言われて見て、気づく。そういえば、私のお皿にはもう殆ど何も乗っていなかった。少々、失敗してしまったらしい。

 

「ああ、ちょっと早過ぎたかしら」

 

 無意識の内に黙々と食べていたから、まどかのペースに合わせられなかった。どうやら、今日のデートは、私の普段のペースを完全に崩している様だった。

 まどかのプレートにはまだ料理が半分は残っている。私が少し早過ぎたのだ。

 

「どうも一人が長いと、食事を楽しもうって言う気持ちが無くなってきて。作業みたいになってしまうのよ」

「何だか、寂しいね」

「そうかもね」

 

 まどかの暖かな視線を受け入れながらも、私は肩を落とした。

 食べてしまった物は仕方がない。諦めて、残っていたコーヒーを口にする。そこそこに砂糖もミルクも入れてあるので、そんなには苦い物じゃない。

 少しばかり空気が暗く、重い物となってしまった。そんな気配を察してくれたのか、まどかは私がコーヒーを飲む姿をじっと見つめて、声をかけてくれる。

 

「そういえばさ、ほむらちゃんはコーヒー、好きなの?」

「嫌いではない程度に飲むわ。ただ、あまり苦いのは苦手よ」

「うーん、それでもわたしよりは大人っぽいよ? ほら、わたしはココア派だし」

「別に、コーヒーを飲んでいるから大人っぽいなんて、そんな事は無いわ。まどかは自分の味覚を大切にしなさい。それに、私もまどかのお父様が作ってくれたココアは素敵な味がすると思ってるわ」

「あれ、飲んだ事有るの?」

「……前に、貴女が風邪になった時にね」

 

 一応、まどかのお父様にココアを貰ったのは事実だ。ただし、それ以前……私の記憶には、それ以前にココアを飲ませて貰った事があるというだけで。

 まどかはそこで納得して、へー、と言いながら水を口にする。私が食べ終わっているから、少し急いでいるのかもしれない。そんな事、しなくても良いのに。

 ふと、そこで私は自分が飲んでいたコーヒーへ目を向けた。もう三分の一くらいの量になってしまったが、やはり苦くは感じない。

 

「まどか、少し飲んでみる? そんなに苦くないわよ」

「ええっ。でもコーヒーは、ちょっと……」

「勇気を出して、大丈夫よ。本当に苦くないから」

 

 コップに入ったコーヒーを差し出すと、まどかはそれを大人しく受け取ってくれた。

 まどかは、おずおずとストローを口に付けて、ちょっとずつ飲んでいる。

 間接キス。いや、考えない事にしよう。

 

「あ、ほんとだ……苦くない。っていうか、甘い?」

「その通りよ。ちょっとお砂糖を入れ過ぎたわ」

 

 私とまどかの味覚は大差無かった様で、まどかもそのコーヒーをちゃんと飲めている。いや、むしろ美味しそうに飲んでいる。

 それを数秒間続けると、まどかは嬉しそうな顔でコーヒーを私の手元へ戻してくれる。

 

「はいっ。ありがと、ほむらちゃん」

「どういたしまして」

 

 まどかが喜んでいるなら、それ以上、何を喜べと言うのだろう。

 もう料理は食べ終えてしまったので、後は店の内装を眺めつつ、ご飯を食べるまどかを観察する。美味しそうに食べる表情、柔らかそうな口元、目の輝き。幸せそうな気配。そのどれもが、私を魅了して止まない。

 彼女に対する想いを、自分の中で別物へと変換していく。友達としての好きから、恋愛対象として、そういう意味での好きへ、誤魔化すのだ。

 精神に掛かる負担はそれなりの物だったが、構わない。

 

「まどかは、食べている姿も愛らしいわね」

「あぅ……は、恥ずかしい事言わないで」

 

 私が恥ずかしい事を言ったからか、まどかは残っていた分を急いで食べた。その頬が赤いのもまた、愛らしさの一つだ。

 

「た、食べ終わったよ。ほむらちゃん」

「あら、残念ね。もう少し、まどかが食事をする姿を見ていたかったんだけれど」

 

 クスクス笑いながら言うと、まどかは真っ赤になって俯いた。

 少し言い過ぎたか、行き過ぎにならない様に、自分の中で調整をする。私の言葉は嘘じゃないけど、本当でもない。

 無理をしているからか、私の心が重くなる。まどかに誤魔化した気持ちで応えているのが辛いけど、そこは構わない。それより、まどかが目の前に居るという喜びが勝っている内は大丈夫だ。

 

「ほ、ほむらちゃん。今日は何か、変だよ?」

「変、じゃないわ。ただ私は、まどかが素敵だと思うだけ」

 

 まどかの幸せの為なら、私は幾らでも悪人になれたし、最低な存在で居られる。

 でも、こんな所で暗い雰囲気を散布させる意味は無い。私はまどかへ笑いかけた。

 

「ほら、それよりデザートを食べましょう」

「ん、そうしよっか。あの、すいません!」

 

 今度は、まどかが私より早く店員を呼んだ。デザートを持って来て欲しいとお願いしていて、そんな仕草がまた絵になる。

 店員の人は、私とまどかを一瞬だけ見比べると、一度お辞儀をして去っていった。

 

「楽しみだね」

「ええ……」

 

 あの大きなパフェを、二人で一緒に食べる。何度もまどかと出会い直してきた私だが、そんな事をするのは初めてだ。

 そもそも、あれは友達同士で注文するのは少しハードルの高い商品だから、昔の私なら、商品名を言うのも恥ずかしくて難しい事だっただろう。

 

「ほむらちゃん、この後はどうする?」

 

 まどかが問いかけてくれたので、私は用意して置いた答えを口にする。

 

「そうね。映画なんてどう? 此処の最上階は、確か映画館になっていた筈だから……」

「映画、良いね。実はね、前から気になってたのが有るの」

「じゃあ、それにしましょう。実は上映作品は確認してないから、後でちゃんと見ないといけないわね」

 

 面白い作品がやっていれば良いんだけれど。そう思いながら、私は上映作品と上映時間の確認を忘れていた自分に渇を入れる。

 些細な失敗だったが、まどかを楽しませるという目的の前には、その小さな失敗が問題となりかねない。内心でしっかり失敗を噛み締めて、私は気持ちを整えた。

 そんな私の姿をじっと見つめて、まどかは複雑そうな、何やら寂しげな表情で私を捉えている。

 

「ほむらちゃんってさ……こういうの、慣れてるの?」

「こういうの、って。何の事かしら」

「それは、その、デー……じゃなくて、女同士で遊んだりするの、だよ」

 

 途中で訂正していたが、まどかは明らかにデートと言っていた。何がどうしてそう思ったのかは分からないけれど、まどかは、私が他の誰かとデートをした事が有るのではないかと疑っている様だ。

 何故そんな事を気にしているのかは、分からない。嘘を言う意味も無いので、私は素直に答えた。

 

「友達同士で遊びに行くのは初めてじゃないわ」

「そうなんだ……」

「でも、デートならこれが生まれて初めてよ」

 

 何故かまどかが残念そうにしていたので、付け加える。

 すると、まどかは顔を赤く、あるいは青くして、首を大きく横へと振った。

 

「ち、違うよっ。わたしはそんなつもりで言ったんじゃなくて。あ、でも、そんなつもりって、あの」

「そうね。その通りよ」

 

 慌てるまどかの姿を眺めつつも、私は大げさに頷いた。

 そんな落ち着いた私の態度を見て、まどかはちょっとだけ呼吸を整え、苦笑気味に会話を続ける。

 

「でも、意外だね。ほむらちゃんって美人だし、優しいから、きっとみんなに好かれてて、ラブレターも一杯貰ってると思ってたんだけど……」

「そうでもないわ。私をそこまで褒めてくれるのはまどかくらいだし、まどか以外には、私を好いてくれる人はそうそう居ないわよ」

「そ、そんな事無いよっ。ほむらちゃんは素敵で、凄く良い子だと思うの。だから、そんな風に自分を傷つけちゃ駄目だよ」

 

 まどからしい優しい言葉を受けて、私は首を縦に振るしか無かった。

 自分の言葉を受け入れたのだと察してくれたのか、まどかは喜色満面で私の手の甲へと手を乗せた。程良い暖かさと、血が流れる動きが伝わって来て、ただこうして肌を接触させているだけでも、十分過ぎる程の幸せを感じさせてくれる。

 思わず、私はまどかの手に自分の空いた片手を乗せていた。まどかも同じ様にして、私の手を捕まえた。

 すりすりと、お互いに相手の手の感触を確認する。念入りに洗って消毒もしたし、手の傷や気になった部分は徹底的に消し去っておいたから、不快な思いはさせないだろう。

 そしてどうやら、まどかも、同じ様にしている様だった。単なる友達関係ならここまでする必要は無い。やはり、まどかは私を意識しているのだろう。

 

「まどかの手は綺麗ね」

「ほむらちゃんの手の方が、綺麗だよ」

「昨日の間、ずっとお手入れをしていたから」

「えへへ……実は、わたしもなの」

 

 予想通り、まどかは自分の手をしっかり綺麗にしていた様だ。

 お互いに、考える事は同じだったらしい。たったそれだけの事なのに、気持ちが通じ合ったかの様な喜びと、幸せを感じる。

 私達は指を絡めて、離れない様にじっくりと、力を入れて相手の手を捕まえていた。

 そこへ、店員の人がデザートを持って来てくれた。私達がテーブルの真ん中で指を絡めて手を繋いでいるから、置けない様だ。

 

「あ、ごめんなさい」

 

 まどかと私は一瞬で目配せを終えて、すぐに指を離してコップを退けた。

 そこで店員さんはデザートを置ける様になり、お盆からはみ出そうな大きさのお皿を、ゆっくりと慎重に真ん中へ置く。

 それは、想像していたより一回り大きく、装飾まみれのパフェだった。どう見ても多過ぎて、私とまどかの二人で食べきれるか、少し不安になる。

 まどかも同じ感想だったのか、私に向かって困った風な笑みを現してくれた。

 

 そうしている内に、まどかの前にはココアが、私達の間には大きめのスプーンが一つだけ置かれた。

 

 それで運んでくる物は全部だったのか、店員の人は伝票をテーブルの端へ置いた。

 何故か、スプーンが一つだけだ。フォークどころか、二本目のスプーンすら無い。だのに、店員の人は何の疑問も無く立ち去ってしまった。私達より幾らか年上の女の人だったけど、私達を見る目が妙に輝いていた様に感じる。

 若干警戒していたから、去り際の言葉が何とか聞き取れた。キマシ、とは、どういう意味だろう。

 

「スプーン一本だけじゃ大変じゃないかな……」

「そうよね……どうして一本だけなのかしら」

 

 疑問に思って、メニューをもう一度見てみる。カップル向け、と称されたそれは、写真で想像出来るよりも豪華で、何より大げさなくらい桃色だった。

 だが、その商品名の端に印が付けられているのを見て、私は一番下を確認する。そこには、私とまどかが見逃した事実が書かれていた。

 

「これ……カップル向けというのは事実の様ね」

「え? それって……?」

 

 まどかは分かってない様だが、私にはもう理解出来た。そこに置いてあったスプーンを手に取って、上のアイス部分を取って、まどかへ向ける。

 

「えっと……?」

「食べさせ合うのよ。どうやら、これはそういうメニューの様だけど……駄目なのかしら?」

「そ、そんな事無いよ」

 

 まどかにも、理解出来た様だ。このメニューがカップル向けな理由は、「食べさせ合う」か「スプーンを交換しながら交互に食べる」のが前提だからなのだ、と。

 それはどう考えても食べ難い事この上ないんじゃないか、と疑問に思ったけど、それ以上は考えない事にした。その辺りのデメリットを入れても、このパフェは美味しそうだったからだ。

 

「は、はい。まどか、あ、あーん」

 

 改めて言うと、照れくさくて若干噛んでしまった。

 

「あ、あーん」

 

 まどかは本当に恥ずかしそうだったが、それでも、その可愛らしく素敵なお口を、ほんの少しだけ開いた。

 まどか、こんなに顔を赤くして……そんなに照れているのね。ここは私がしっかりしていないと、まどかに恥をかかせてしまう。

 口の中へパフェのアイスと生クリームが一体になった場所を入れて、食べさせる。

 

「んっ」

「ふぁ……」

 

 まどかは戸惑っている様だったが、すぐにスプーンの上に乗ったパフェを器用に食べた。

 スプーンを引き抜いてみると、もうそこには何も残っていなかった。

 美味しそうに食べて飲み込むと、まどかは嬉しそうな様子を見せながらも、顔をもっと赤くする。

 

「ほむらちゃんが食べさせてくれると、その、お、美味しいね。あい、あ、あの、愛情が詰まってるから、かな」

「そうね、貴女への愛情が詰まってるわ」

 

 嘘ではない。だが、本当でもない。だってそれはきっと、まどかが口にしている愛情とは別の物だから。

 だけど、それをまどかの望む方向に偽るくらい、今の私なら造作も無い。

 

「あ、愛。そ、そうだよね。あはは……」

 

 まどかは目を逸らして、頬を掻いていた。

 照れている様だった。喜んでいるのか、はたまた私が積極的過ぎて戸惑っているのか。もしかすると、気持ち悪がられているのかも。

 どれにせよ、まどかは素晴らしかった。

 やっぱり、駄目だ。この子を失恋させたくない。この子が恋した相手が私なら、私はその気持ちを受け入れてあげたい。この子が私を受け入れてくれた様に。私も。

 

「ほむらちゃん、次はわたしの番だよ」

「ああ、そうだったわね。はい、どうぞ」

 

 内心を見破られない様に努力しながらも、まどかにスプーンを渡す。

 緊張するが、表情には出さない様に必死で努力した。

 まどかは受け取ったスプーンを眺めて、何かに気づいた様子で困り顔になっていた。

 

「なんか、わたしの涎が着いちゃってるんだけど……」

「良いのよ。どうせ私の口の中に入るんだもの」

 

 どうせ、これからお互いの口の中に入るんだから、まどかの涎が着こうが一緒だろう。

 その言葉に納得してくれた様で、まどかは釈然としない顔をしながらも、そのスプーンでパフェの一部分を取って、私の方へ向ける。

 まどかは、私の事を意識しているのだろうか。お粥の時は全く躊躇いもせず、むしろ楽しそうだったのに、今は恥ずかしそうだ。

 それでも私の期待に答えようと頑張っているのだろう、健気な程にスプーンをそっと握り、アイスとお菓子が一体になった、パフェの中で一番美味しそうな所を取る。そして手で受けながらも、私の口元へ運んできた。

 

「あ、あーん」

「あーん」

 

 恥ずかしいが、まどかの言葉に答えて口を開ける。私の中の羞恥心と遠慮が火花を散らせてしまい、あまり大口は開けられなかった。

 まどかは私の小さく開いた口の中へとパフェを入れる。大き過ぎて、私の口元にクリームが着いてしまう。

 このままでは食べられないと踏んだ私は、舌を使ってスプーンの上に残るアイスを引き寄せ、お菓子と一緒に口腔内へ引きずり込んだ。

 まどかは驚いた風に私の顔をじっと見つめていた。無理もない。さぞ異様な光景だっただろう。テレビで見る爬虫類が獲物を捕食するシーンにそっくりだったに違いない。

 ニヤ、と意識して作り上げた、不気味で嗜虐的な笑みを向ける。

 それを見たまどかは何を思ったのか、顔を赤くした。

 

「えっと、ああっ。ほむらちゃん、鼻先にアイスが……」

「あら」言われてみると、鼻先に冷たい感触が有る。「確かに」

 

 このまま放って置いても仕方が無いので、取る事にする。すると、まどかが腰を浮かせた。

 

「し、じっとしててね」

「?」

「動いちゃ、ダメだよ」

 

 そう言うと、まどかは私の鼻先へ指を伸ばして、そのクリームを人差し指で拭い取った。

 そして、指に着いたアイスクリームを自分の口元へと運び、食べる。ここまでの動きが、まるで用意されていたかの様な自然さで行われた。魔法少女としての感覚が無ければ、その余りにも違和感の無い動きに誤魔化されていたに違いない。

 ……いや、別に誤魔化されなかったか。まどかは真っ赤になって、私と目を合わせては逸らしながらも、頬を掻いていたのだから。

 

「ふ、拭けたよ」

「あ、ありがとう……あ、あら? まどか、口元にクリームが着いてるわよ」

 

 まどかの口元にも、アイスクリームが着いていた。

 同じ事をしてみたくなって、私は腰を浮かせる。自分が何をされるのかを理解したのか、まどかは硬直しながら、声だけで了承を表した。

 

「う、うん」

「と、取って上げるわ。じっとしてて」

 

 せめて表面上は冷静さを保とうとしたが、時折、言葉に詰まって声が出なくなった。表に出ている分だけでこれなのだ、心の中の混乱など、言うまでも無い。

 それでも、長らく鍛え積み重ねてきた精神のコントロールは上手く働いてくれた。

 私もまた、まどかと同じ様にクリームの着いた指を舐める。まどかの味、まどかの香りがしている様な、そういう錯覚があった。

 

「おいしいわね」

「あ、あう……うん、美味しいクリームだよね、はは……」

 

 余りにも恥ずかしい状況に耐えかねたのか、まどかは俯いてしまった。

 私もまた、自ずと頭が下がる。やられた方も恥ずかしいだろうが、やった方は三倍恥ずかしい。この場合はお互いやられた側だが、やった側でもあるので、更に恥ずかしかった。

 

「あはは……」

「……」

 

 まどかの照れ笑いは、やっぱり愛らしい。僅かばかり視線を上げれば、そこにはまどかの素敵な姿が見える。

 これは天国だろうか。はたまた、幸せな拷問なのだろうか。どちらでも構わないが、何にしてもまどかは素晴らしい。

 こうやってずっとまどかを眺めていても、きっと飽きないだろう。しかし、このまま見つめ合っていてはアイスが溶けてしまう。それは勿体無い。

 まどかもきっと、そう思ったのだろう。ちら、と私の顔を見た後で、どもりながらもスプーンを渡してくる。

 

「ほ、ほら。ほむらちゃん。次はわたしが食べさせて貰う番だよ」

「そ、そうね」

 

 もしかして、最後までこうやって食べさせ合うつもりなのだろうか。このパフェは相当の量が有るので、かなり時間が掛かってしまうだろう。

 私はそれでも良い。まどかも、それで構わないのだろうか。少し、聞いてみたくなった。

 

「まどか」

「え?」

「今、楽しい?」

 

 私の口から出たのは、意図とは異なる質問だった。

 そんな事を聞く為に話しかけた訳じゃないのに、無意識の中で勝手に尋ねていた。

 私は、不安に思っているのだろう。私はまどかを楽しませられているのか、迷惑じゃないのか、傷つけてはいないか。デートという混乱する状況の中で、相応の負担を覚えていた様だ。

 尋ねてみて初めて、自分の内心が理解出来た。そして気になるのは、まどかの答えだ。彼女は微笑んでいて、私に向かって明るく優しい瞳を向けていた。

 

「うん、すっごく」

「……そう、なら良いわ」

 

 まどかは、嘘を吐く子じゃない。

 本当に楽しんでくれているのだろう。喜びに包まれた私は、そのままスプーンを握っていた。

 少し多めに、まどかの口に一応入る程度の大きさで調整して、その小さく可愛らしいお口へ投入出来る様に計算する。

 もっと、まどかの嬉しそうな顔が見ていたい。

 それが今の私の、偽りも強がりも無い本音だった。

 


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