幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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ヒャッハー!

 

 

 

 

 

 

 

博麗。

 

 

その名は幻想郷において特別な意味を持つ。博麗大結界を管理する幻想郷の守護者であり、人と妖怪のバランスを保つ調停者。

 

 

しかし何より幻想郷に住む人妖からの認識は人からは妖怪から身を守ってくれる存在として、妖怪からは人を守る存在として取られている。

 

 

それがある意味では最も厄介と言える。なぜならば博麗は人と妖怪のバランスを保つ者。つまりそれがどちらかに寄ってはならないのだ。

 

 

幻想郷は、人間は妖怪を恐れ妖怪は人間に畏れられなければならない。

 

 

人間は妖怪が存在する為に必要不可欠な存在。人間が恐れることで妖怪はその存在を保つことが出来る。しかし、ただ人間が恐れ妖怪が思うままに力を振るっては人は絶望し人口を減らしていくだけだ。博麗の巫女は妖怪の抑止力となりそれを抑えている。

 

 

では博麗の巫女は人間の味方といえば完全にそういう訳ではない。巫女が退治するのは人間を襲う妖怪だけ。つまり襲わなければ巫女は妖怪を退治しない。それは常に巫女は妖怪の後手に回っているということでもある。

 

 

それはある意味で仕方が無い。博麗の巫女が妖怪をむやみに退治しては人は増長する。その結果妖怪根絶を人が掲げ妖怪との全面戦争にでもなったらそれこそ幻想郷は崩壊する。妖怪の好きにさせては人間は逃げ惑い数を減らし妖怪は存在を保てなくなる。

 

 

その絶妙な人と妖怪のバランスを博麗の巫女は保たなくてはならないのだ。

 

 

もちろんある程度知恵のある妖怪達もそれは知っていた。そして長い幻想郷の歴史の中で力と知性を持つ妖怪達の中ではある暗黙の規則が出来た。

 

 

自分達の存在を保つために定期的に人間を襲う。もちろん全ての妖怪がその規則に従っている訳ではない。しかし、その結果として人里はたびたび妖怪の被害に遭いそれを博麗の巫女が解決するというサイクルが続くことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおおおおおおおおおおおお!!」

 

 

人でも獣でもない姿形の魑魅魍魎。目の前の黒い結界で身動きを封じられた異形の群に向って走る。その数は六。その中でも一番巨大な妖怪の頭めがけて槍を突き立てる。

 

 

「があああああああ!?」

 

 

深々と槍は脳天に突き刺さっり妖怪は悲鳴を上げる。もがこうにも幾重にも張られた黒い結界が身動きを封じ同時に体を蝕んでいく。

 

 

「はあぁ!!」

 

 

槍に力を籠め深々と突き刺して妖怪の息の根を止める。それを確認すると次の妖怪へと向き直る。一匹の妖怪が牙を突き立て結界を破りこちらに向ってきた。

 

 

牙を突きたてようとこちらへ飛び掛る犬のような妖怪との間に鉄格子のような結界を張る。顔だけをこちらに突き出し胴体で止まる形になった妖怪の口めがけて槍を突き出す。

 

 

槍が牙を折り顎を砕く。すぐさま結界で動きを封じ槍を振り下ろし頭を潰した。残りは四匹。内三匹は力が弱いのか結界を破って出てくる気配はない。このまま結界の呪いで殺せるだろう。残り一匹は……。

 

 

「ッ!!」

 

 

先程まで居た最後の妖怪が姿を消していた。いつの間に結界を破ったのかその姿は見当たらない。

 

 

まずい。そう考えすぐさま引き返そうとした時。

 

 

「キィィィィィイイイイイイイイ!!」

 

 

金切り声のような叫びと共に頭上から昆虫のような姿の妖怪が飛び掛ってきた。

 

 

 

「!!っくぅ!」

 

 

結界を張る暇もなく咄嗟に槍を盾に代わりに構え受け止める。しかし受け止めきれずに体制を崩し妖怪に覆いかぶされる形になる。

 

 

「キィ!キィ!」

 

 

ガチガチと目の前で妖怪の顎が俺に喰らい付こうと鳴っている。

 

 

「このぉ!」

 

 

引き剥がそうとするが俺の腕力では妖怪を持ち上げることができない。妖怪は足をばたつかせ俺に向って顎を鳴らし続ける。

 

 

「!ちぃ!」

 

 

妖怪と自分の間に結界を張る。隙間からすばやく抜け出し妖怪との距離をとる。妖怪は結界を顎で砕き再びこちらへと向ってきた。

 

 

その体は結界の呪いで既にボロボロになっているにもかかわらず早い動きで正面から飛び掛ってくる。勢いが衰えないならば結界を張ってもまたすぐに砕かれるだろう。

 

 

ひしがきは槍を構え正面から妖怪を迎え撃つように構えた。相手はこちらより大きい。正面から勢いをつけて来ている分突進力もある。正面からぶつかるのは一見愚策に見える。

 

 

ドスッ!

 

 

しかしひしがきの槍は微動だにせず妖怪を受け止め貫いた。槍の反対側、石突に地面を支えにするような結界を張り槍を固定していた。

 

 

妖怪は貫かれてしばらくピクピクと動いていたがしばらくして動きを止めた。

 

 

槍を引き抜き残りの結界を解除する。閉じ込められていた妖怪は全身が黒く染まり死に絶えていた。一応念を入れて槍を突き刺す。万が一にでもまた襲い掛かれないように用心深くしておくに越した事は無い。

 

 

そして、全ての妖怪の退治を確認すると、大きく息を吐いて安堵する。近くの木を背にもたれかかるとそのままへたり込んでしまった。

 

 

「はぁ……」

 

 

顔を伏せ息を吐くひしがきの表情は見えないがその顔が優れないのは漂う空気から察せられた。博麗の代理を務めてから3ヶ月。またひしがきは一日を生き残った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

まるで決まりごとのように定期的に襲ってくる妖怪を退けること4回目。たかが4回といってもまだ力の弱い自分には十分死地とも呼べる妖怪の退治を4回経験してきた。その中で危うく死に掛けたのは軽く10回を越える。

 

 

そんな綱渡りを今回も無事に渡り終えた。

 

 

「………………………………………………………」

 

 

手を握る。しっかりと感触がある。深呼吸をする。大きく息が出来る。胸に手を当てる。鼓動が伝わってくる。顔を上げる。視界が目の前の景色を写す。

 

 

自分が今此処で生きているのを実感する。

 

 

「ははっ……」

 

 

思わず笑いが漏れた。自分の命がまだ続いている事に心の底から安堵する。

 

 

博麗の代理を務めてから3ヶ月が過ぎた。まだ、3ヶ月しか経っていない。これを1年間も続ける?冗談だろ?

 

 

「……楽観してたわけじゃないんだけどなぁ」

 

 

目の前に黒く横たわる妖怪の亡骸を見る。これは以前俺が必死になってようやく倒せた鼠妖怪と大体同程度の妖怪だ。

 

 

あの時は必死になって倒せたが今では結界で動きを封じるだけで倒せるようになっていた。これだけ見ると大した進歩に見えるかもしれない。実際俺は自分が強くなったと過信していた。

 

 

しかし、先程俺が手こずった昆虫の妖怪あれもカテゴリーで言えば下級妖怪に分類される。妖怪も様々な種類がいる。もちろんその強さもピンからキリまである。今までより強いからと言っても元々が底辺にいたのだからそこから多少強くなったところで威張れることではない。

 

 

実際目の前で妖怪でもトップクラスの力を目の当たりにしているのだから自分の力が今だ弱いのは自覚している。もっと力をつけなければこのままではいずれ本当に取り返しのつかないことになる。

 

 

ああ、そういえば前に疑問に思っていた件の答えが出た。何故自分はルーミアの攻撃を防ぐことが出来たのか?答えは簡単初めから防いでなんてなかったからだ。

 

 

何せ俺の結界は性能は増したとはいえ未だに下級妖怪にさえ破られる程度の結界しか使えないのだ。それでルーミアを防ぐなんて事は出来やしない。

 

 

あの時ルーミアは俺に攻撃をしなかったのだ。何故なら最初ルーミアは俺を侮っていた。しかしそれが仇になりまんまと罠に嵌まり醜態を晒す羽目になったのだ。そんな俺が追い詰められた時にいきなり今までと違う結界を出した。力こそ弱かったとはいえ一度罠にかかったルーミアは警戒し一端距離をとることになりそこで博麗の巫女が現れたのだ。

 

 

っとこれが俺の考えた憶測なわけだが、おそらくこれで正解だろう。というかそれ以外理由が考えられない。

 

 

とにかくまだ弱いとはいえ俺の結界は確実に効果を増してきている。この調子でというにはあまりにスローペースだが少しでも早く能力を向上させていかなくてはならない。今のところ俺の攻撃手段はこの結界と、霧雨の主人から貰った槍しかないのだから。

 

 

俺は持った槍を肩に担ぐ。赤銅色の長い槍。その穂先は無骨で大きくまるで仏像……知識の中にある十二神将などが持つ武神の槍のようだ。その大きさはまだ体が小さい俺と比較してもかなりの大きさだ。軽く俺の3倍はあるだろう。俺はこれを『霧雨の槍』と呼んでいる。

 

 

俺の知識の中に『霧雨の剣』と言うものがある。後に霧雨魔理沙から道具屋を開く森近霖之助に送られた物だがそれはかの有名な『草薙の剣』だ。

 

 

同じく霧雨から送られた槍。聞いた話では魔を払う力があると聞いてもしやこれも名のある槍なのではと試そうとしたがこの槍、見た目通りかなりの重量があり持つのでやっとでとても子どもの体で扱えるものではなかった。しかし、その効果は本物。寧ろ期待以上で妖怪に対しこの槍は抜群の効果を発揮した。

 

 

なんとかこの槍を有効活用しようと考えた俺は以前博麗の巫女の戦いぶりを見たとき、自分には到底まねできない戦い方ではあったがその身体強化を自分にも出来ないかと考えた。今こうして俺が槍を担いでいられるのは霊力による身体強化によるものだ。

 

 

もちろん正面から体を使って戦おうなんて真似はしない。そもそも俺の霊力は多くなくすぐにガス欠になってしまう。あくまで局所的な機動力を付けるための方法として鍛えていたのだが今は槍を扱うために使用している。

 

 

結界。槍。身体強化。

 

 

この三つが俺の戦う術。この三ヶ月の間俺はこれら鍛え実践を経験してきた。初めは満足に槍を扱えず逆に霊力を使いすぎて倒れそうになり死に掛けた。此処に来てようやくまともに立ち回れるようになったといえるだろう。

 

 

しかし、それで安心できるわけではない。何故なら、まだ下級以上の妖怪による襲撃が起きていないからだ。

 

 

力と知恵を併せ持った妖怪に結界で動きを封じて槍で突くなんて単純な戦法が通じるはずもない。もし、今そんな妖怪に襲われたら、確実にその時が自分の最後だ。

 

 

いつの間にかひしがきは走っていた。先の戦闘による疲れも忘れて、その顔には何かに終われるような悲痛な表情が浮かんでいた。

 

 

はやく、強くならないと。その強迫観念は途切れることなくひしがきを追い詰めていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗の巫女の不在で一時恐慌状態になっていた人里は落ち着きを取り戻していた。そこには各有力者たちの根回しが功をそうしたおかげである。何より博麗の代行が今のところその役目を全うしていることも里の安定に大きく貢献していた。

 

 

しかしまた不満の声も少なからず上がっている。言うまでも無く博麗の巫女とひしがきには圧倒的な実力の差がある。これまでの4度の妖怪の襲撃。ひしがきは4度とも生き残り妖怪を退治した。だがその結果出た被害は少ないものではない。

 

 

博麗の巫女ならこんなことにはならなかった。博麗の巫女ならもっと被害をなくせた。もともと落ち着いたばかりの人里は不満が表れやすくなっている。そのひしがきに対する苦情が既にちらほらと出始めていた。

 

 

そんな中で人里の被害ではなくひしがき本人を気に懸ける者は少なかった。鈴奈庵の夫人、里長、霧雨の主人。

 

 

人里で寺子屋を開いている教師、上白沢慧音もまたその一人であった。

 

 

彼女は神獣・白澤と人間とのハーフである半獣であるが、長く人里を見守ってきた人物として里から大きな信頼を寄せられていた。

 

 

里に住む多くの人間を子どもの時から知っている彼女にとって彼らは家族ともいえる存在である。里に住む人間もまた同様に彼女を思っていた。そんな慧音にとって幼い子どもが博麗を名乗り人里を守っていることを僅かばかり気に病むことだった。

 

 

慧音はひしがきのことを知らない。ひしがきの弟妹は慧音の寺子屋に通っているが直接会った事はなかった。

 

 

ひしがきが畑の守役をしていた時、慧音は子どもにそんな仕事を押し付けて大丈夫なのかと何人かに尋ねた。その時は問題ない、ちゃんと備えはしてある、能力もあるから心配ないとまったく気負っている様子がなかったために慧音は彼らを信じた。

 

 

ひしがきもまたその勤めを長くこなしていることから慧音はこれなら大丈夫かと安心した。しかし、これが博麗の巫女の代理ともなれば話は別だ。

 

 

博麗という名がどれほど重みを持っているかは彼女も知っていた。まして正式に選ばれてもいない子どもにそれは荷が重いを通り越して圧死してしまうほどの重荷だ。

 

 

慧音は何故そのようなことになったかを確かめるべく里長に事にしだいを問いただした。いずれ慧音の耳にも入るだろう事を予期していた里長はひしがきがその任に付いた経緯を全て話した。

 

 

そして全てを聞いた慧音は大きな衝撃を受けた。慧音は人間が好きだ。人里が好きだ。だから将来里を支えていく子どもたちを自分が導こうと長年教師をやってきた。

 

 

ひしがきの事も、里の事情を考え口は出さないでいたが、いずれ自分が教師として彼に様々な事を教えたいと思っていたのである。それが自分の知らぬ間に手の届かない場所で苦しんでいる。慧音はすぐにやめさせるように内心怒りながら里長に言った。

 

 

しかし、返ってきた返事は否。しかし、それでも食い下がる慧音に里長は静かに告げた。

 

 

「では、慧音先生には他に案があるのですか?」

 

 

そう言われ慧音は口を紡ぐ。彼女も人里の恐慌具合は重々承知している。不安に怯える子どもたちを安心させようと励まし里のために尽力してきた。

 

 

しかし、だからと言って黙認できるほど彼女は非情ではない。慧音の性格を知っている長もまた彼女のために用意しておいた説明を述べる。

 

 

博麗を名乗るのは次の巫女が選ばれるまで。

 

おそらく1年もすれば巫女は選ばれる。

 

その間博麗を名乗れるのは長い間里の守ってきたひしがきだけ。

 

里はひしがきのために全面的に協力をする。

 

その役割の内容は今まで里の中でやってきたことと大差はない。

 

 

里長は懇切丁寧にひしがきの役割を説明した。渋い顔で黙って聞いていた慧音であったが『里のために、どうか理解と協力を頂きたい』と言う長の言葉にしぶしぶ頷いた。

 

 

慧音も状況は理解しているためこれ以上は無理だろうと判断し近いうちにひしがきに会いに行こうと心に決めその場を後にした。しかし、慧音は里の状況を正確に理解してもひしがきの状況を正確には理解してはいなかった。

 

 

基本的に慧音は里の人間を信頼している。里長の里を想う気持ちも知っているため疑うことをしなかった。また役割の内容は今まで里の中でやってきたことと大差はないというのはまったくの見当違いだ。

 

 

今まで力の強い妖怪は博麗の巫女が退治してきた。ひしがきが退治してきた妖怪は相手にもされなかった弱小妖怪。これからは今までよりも力のある妖怪を相手にしなければならない。

 

 

そして、それは博麗を名乗る者にしか分からないことであるが……。博麗とは妖怪にとって恨みの対象でもあるのだ。

 

 

 

 

これを知るのは今はまだおそらく博麗の巫女本人と、妖怪の賢者のみである。

 

 

 

 


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