今年初めての投稿になります。
いや、今年は年始から忙しいです。最近は寒くて朝の通勤が辛いし大変です。職場では体を壊す人もちらほらいます。皆さんもお体に十分に気を付けてください。
魔理沙は博麗神社から人里方面に向かって飛んで行く。特にやることのなかった魔理沙はなんとなく博麗神社へと寄ってみたのだが、霊夢も先代もどこかに出かけていて不在だった。博麗神社で霊夢が帰るのを待っていてもいいのだが、もしかしたら先代の方が早く帰ってきてしまうかもしれない。魔理沙は厳格で寡黙な霊夢の母が何となく苦手だったので、仕方がないので人里の方まで行くことにした。
「けどめずらしいよな~。霊夢の母ちゃんまでいないなんて」
魔理沙が知る限り霊夢の母、先代巫女が博麗神社にいなかったことは一度もない。以前霊夢から話を聞いたことがあったが、昔ある異変を解決した際に重傷を負って巫女として致命的な後遺症が残ってしまったらしい。それ以来巫女を退いて霊夢を育てる事に専念したと聞いた。
だから彼女自身が博麗神社から出かける事はほとんどなく、霊夢が出かけている時でもいつも神社で留守番をしていた。しかし、今日に限ってその先代巫女までもいないと来ている。
「……ひょっとしたら何かあるのか?」
いつもの日常とは違う不協和音。霊夢達のような直感はなくとも多くの異変解決に携わってきた魔理沙はどこか不穏な物を経験で感じていた。
魔理沙は人里から少し外れた場所の空を飛んで行く。
「ん?」
魔理沙は下に見知った顔を見つける。ちょうどいいと魔理沙は地面へ降りていく。
「おーーい!」
「え?」
その人物は突然真上から呼ぶ声に驚いた様子だったが、相手が魔理沙だとわかると軽く手を振って応えた。歳は二十歳頃のその青年は片手に花ともう一方の片手に大きな箱を持っている。魔理沙は地面に降りるといつもの様に挨拶をした。
「よっ、久しぶり。いろはの兄ちゃん」
「よぉ。魔理沙も久しぶりだな」
彼、いろはの
「こんな所でどこ行くんだ?」
「これから仕事だよ。お墓の周りを囲う塀がだいぶ傷んでるからな。少しずつ直してくんだ」
そう言ってその青年は持っている大きな箱を見せる。どうやら中身は大工道具一式が入っているらしい。
「それと、ついでに墓参りもな」
そして今度は反対に持った花を軽く持ち上げた。
「そっか。お仕事お疲れさまだな。ところでいろはが何処にいるか知らないか?いつもいる場所に行ったけどいなかったんだ」
「いろはか?……いや、今日はまだ見てないけど、急用か?」
「あ~そうじゃないけど、知らないならいいんだ」
そう言うと魔理沙は再び箒にまたがると飛び上がる。
「それじゃあ、仕事頑張ってな~!」
「おお~、じゃあな~」
手を振る魔理沙に青年も手を振って返す。魔理沙をしばらく見送った青年は再び里の外れにある墓へと向かった。
霧の湖から少し離れた森の一角。
ガギィンッ
「くっ!」
「………!」
周囲の木々が切り倒されたその場所で、いろはとひしがきは火花を散らせていた。
「…フッ!」
いろはが刀を振るう。
ギギィンッッ
「っ!」
ひしがきが槍を突く。
ガガガガガガガガッッ!!
常人では目に見えぬ速さで互いが互いの武器を繰り出す。そのたびに甲高い音が鳴り響く。だがもはや、
ギィンッガガギッガガガガガガィンッッガギギガギギギギギギィンッッッッ!!!
一体どれだけの攻防がこの場で起きているか、一瞬のうちに響く音からはもう判別することができない。ただその苛烈さだけをその音が物語っていた。
「ぐ、ぅ……!」
しかし、一見すると激しい攻防の様に見えるこの戦いは、その実一方的であった。ひしがきはいろはの刀を防ぐのに精一杯…いや、それさえも危うい状態だった。
嘗てひしがきがいろはと戦った時、その時は模擬戦だったとはいえひしがきはいろはに勝っていた。だがそれはひしがきの経験と鍛錬があったからこそ。それからいろはもまた多くの経験を積み鍛錬を重ねてきた。
そして何より、いろはは天武の才を持っている。今やいろはの実力は、白兵戦においてはひしがきより遙かに勝っていた。事実、いろはの刀は徐々にひしがきに無数の傷をつけていた。
「チィ!」
「…っ!」
一瞬のうちに放たれる無数の斬撃。くらえば細切れになるその斬撃をひしがきは槍で突いてはいなし、躱していく。しかし、それでも全てを完全に防ぎきれずにひしがきの体はまた無数の傷を負う。
「………」
無傷のいろはに対し、無数の傷を負うひしがき。しかし、今のいろはを相手にこの程度で済むことはさすがと言えた。
ひしがきは長く戦いに身を投じているだけあって実力は高い。槍の腕も達人の域だ。それでも、いろはは別格である。その剣才は長い時を生きるこの幻想郷の強者たちからしても恐るべしと言う他ない。凡才がどれだけの鍛錬を積もうとも、修羅場をくぐろうとも、決して届き得ない領域へとそれは足を踏み入れる事ができる。その領域に居る相手に、ここまで食い下がれるひしがきを逆に称賛するべきなのである。
それでも、徐々に限界がやって来る。とうとういろはの刀が、今までとは違い大きくひしがきの肩へと振り下ろされる。
「…!?」
だが、その刀がひしがきを切り裂くことはなかった。いつの間にか、ひしがきの体には黒く染まった数珠が鎧の様に巻かれていた。以前からひしがきが呪いの力を込めていた呪具。長い間呪いの力を込められたその数珠は今ではかなりの強度を持っている。それをひしがきは体に巻き付ける事では防具として活用していた。
「………」
「はぁ…はぁ…はぁ…」
二人がいったん距離を空ける。ひしがきはここまで致命傷を負わずに凌いでいるが肩で大きく息をしている。それに対していろはは大きな疲労はなく、静かにひしがきの隙を伺っている。
ひしがきに余裕は全くなかった。一瞬でも気を抜けばひしがきは斬られていた。故にひしがきは全神経をいろはに集中し持てる全ての力で防いでいたのだ。僅かでもいろはから集中を切らしていたら斬られていただろう。
恐ろしい。恐ろしいほどに強くなっている。
ひしがきは先ほどいろはの刀が当たった個所に触れる。ヌルリ、とそこには生温かい感触があった。やはり、とひしがきは息を吐く。先ほど数珠を巻いた個所。その部分の珠は既に斬られていた。
(……俺が、長年かけて作った呪具をこうも簡単に)
いろはの手に持った刀を見る。離れた場所からでもわかる。あれは名刀だ。それも歴史に名を遺すであろう最上の業物である。最初にあっさりと結界を切られた時からおかしいとは思っていた。あの結界はひしがきがとっさに張ったものとはいえ全力の結界だった。そして、今こうしてひしがきの呪いを数年注がれた数珠さえ切り裂いた。明らかにそれはいろはの剣の腕だけでは説明がつかない。何故そんなものをいろはが持っているか疑問はあるが、今はそんな事よりもこの場からどう生き延びるかを考えなければならない。
「…なんで」
いきなり、いろはが口を開くとひしがきに問いかける。
「…なんで、攻めない?」
「……そんな余裕あると思うか?」
ようやく呼吸が落ち着いてきたひしがきは息を整えようと数回大きく息を吸い込む。
「…違う」
「……何?」
「…お前の戦い方はそれだけじゃないはず」
「………」
「…なんで使わない?」
いろはが言っていること。それは言うまでもなくひしがきにとってもっとも使い慣れた武器である結界だった。ここまでの戦いにおいて、ひしがきが結界を使用したのは出会い頭に蛮奇たちといろはを分断した一度きり。いろはとの戦闘に結界はまだ使ってはいなかった。
「……簡単に言ってくれるな。俺の張った結界を、いとも簡単に斬っておいて」
確かにいろははひしがきの張った結界を簡単に斬り裂いている。そういう意味では確かにいろはに対し結界は有効打とは言えないかもしれない。
だが、そんなことはひしがきの人生の中では珍しくなかった。結界で動きを封じられない敵。結界で滅する事の出来ない敵。そんな敵と戦ってきたひしがきにとって、たかが結界を簡単に斬り裂かれる程度で結界が使えなくなるわけがない。全体を封じ込められないのならより小さい箇所を複数展開すればいい。逆に広範囲の結界を張って周囲ごと浸蝕してしまえばいい。頭部を覆って一瞬でも視界を封じてもいい。結界を障害物として活用してもいい。ひしがきにとって結界は実に汎用性に富んでいる。
にもかかわらず、ひしがきはそれをしない。それはなぜか?
――――――――兄上
「………っ」
ただ単に、ひしがきにはいろはを傷つける事など出来ないという事だ。いろはは、ひしがきにとって大切な妹。家族だ。たとえひしがきにとって自分を多くの意味で救ってくれた彼女たちを傷つけた相手だとしても、ひしがきにはいろはを結界で呪うなど出来なかった。……したくなかった。
だから、ひしがきは蛮奇たちが逃げ切れるだけの時間を稼いぐためにいろはの刃を防いでいた。十分に時間を稼いだ後に戦闘から離脱し、転移していろはよりも先に蛮奇たちに合流して身を隠す。それがひしがきの狙いだった。だから今はただひたすら耐える。ここにいろはを引き付けて彼女たちが安全な場所までたどり着くのを待つ。
「……戦う気、ないの?」
いろはがここに来てひしがきに構えた刀を横にずらした。
まずい。いろはは勘の鋭い子だ。自分が時間稼ぎをしている事に気付くかもしれない。いろはは彼女たちを斬る事が自分の役目だと言った。……ならば恐らく、それは霊夢とも無関係ではないはずだ。
ひしがきの脳裏に、霊夢もまた彼女たちを狙っているのかもしれないという最悪の状況が頭をよぎる。だが、彼女がそんなことをするともまた思えない。とにかく今はいろはをここに留めておかなくてはならない。
「…彼女たちを斬る事がお前の役目と言ったな。何故、それがお前の役目なんだ?」
時間を稼ぎといろはの動向を探る二つの意味を込めてひしがきが問いかける。
「………」
いろはは答えない。そう簡単に答えてくれるはずもないとわかっていたひしがきはさらに言葉を続ける。
「それとも、本当は俺に恨みでも晴らしに来たのか?」
ひしがきのその言葉に、いろはの刀がピクリと反応する。その反応に手ごたえを感じたひしがきは更に言葉を続ける。
「そんなに、俺が憎かったか?俺があの時―――――――鬼からお前の家族を守れなかった事が、そんなにも許せなかったか?」
「――――――」
ひしがきの問いに、いろはは答えない。その顔は俯いていて見ることが出来ないが、ひしがきは憎悪に歪んでいると思っていいた。かつて自分はその事でいろはに斬られている。そしてその後もいろはは自分に対して憎しみを持っていた。ならばこの問いでいろはは怒り、自分に向かって来ると、そう思っていた。
「…お前を、許せない」
だが顔を上げたいろはの顔は、ひしがきの予想と違い憎悪に満ちてはいなかった。
「…でも、もう恨むのはやめた」
その言葉に、ひしがきは一瞬何を言われているか分からなかった。それは全くの予想外の言葉だった。家族思いのいろはが、家族を守る事の出来なかった自分を恨まないとそう言ったのだ。
驚愕するひしがきに向かって更に、いろはは言葉を続ける。まるで誰かに誓う様にして、いろはは語りかける。
「…霊夢と一緒に居て、思った。お前は、自分の役目を果たせなかった。里の人たちも沢山悲しんだ。霊夢も、新しく巫女になってからも、お前のせいで苦労してた」
それは以前霊夢から聞いた。自分が博麗の代理として、里の人間に不信感を抱かせてしまった事で、霊夢は巫女に付いた当初苦労したと、前に愚痴を零したことがあった。
「…全部、お前が弱かったから」
そう、それは俺のせいだ。理不尽に課せられた役目だった。最初から、自分では力不足と分かっていたことだった。だが、それを仕方ないとも理解はしていた。必要な事だとも分かっていた。だから、何が悪かったかといえば俺が弱かったからだ。俺の弱さが、罪だった。
「…………でも、それも…お前が悪かったわけじゃない」
「……………え?」
その言葉に、ひしがきの頭の中が真っ白になった。その言葉は、以前にも言われたことがあった。苦労したと自分に話した時の霊夢と、自分の傍にいてくれる彼女たちもまた、そう言ってくれた。
いろはは僅かに目を伏せる。思い出すのは霊夢と過ごしてきたこれまでの日々。退治屋として里で暮らし、友として霊夢と一緒に居た生活。だからこそ、次第に見えてくるようになった。里の人間が博麗の巫女に望む事。巫女が必死になったとしても、それが全て里の人間に理解されない事。
嘗ていろはは霊夢の働きが里の人間から理解されなかった時、その理不尽に怒った。霊夢はそんないろはを諌めた。それは仕方のない事だと、向こうもまた生きることに必死なんだと、例えそれを向こうが理解しなくとも、自分はそれを理解しなさいと言われた。そうしなければ、自分が憎しみに捉われるだけだと。
いろはは目を開く。目の前にひしがきがいた。嘗ては憎悪しか抱かなかった相手だ。今も嫌いだ。今も許せない。でも、
「…だから恨まない」
もう、憎む事はやめよう。いろはは大きく息を吐く。そして、ひしがきを見る。それは憎しみではなく、決意の籠った目だ。
「…私があの妖怪を斬るのは、約束したから」
「約、束………?」
未だに驚愕から抜け出せないひしがきは、呆然と呟く。あまりの衝撃に構えも解いて棒立ちになっているひしがきに、いろはは告げる。
「…一緒に居るって」
「!!」
―――――兄上、おしごといつもがんばってるから。
ひしがきの脳裏に、昔交わした小さな想いがフラッシュバックする。
「…霊夢はもう、覚えてないけど。私はずっと忘れない」
―――――わたしもおっきくなってつよくなれば、
それはある少女が、自分の為に抱いた小さな願い。
「―――一緒に居るって」
―――――一緒にいられるでしょ。
忘れるわけがない。一番最初に自分を救ってくれた無垢な想いを。そう言って恥ずかしそうに笑った少女の顔を。………ああ、そういうことか。そういう風に、いろはの中では記憶が書き換えられていたのか。だからいろはは霊夢をあんなに気にかけていたのか。
「…だから邪魔をするなら」
いろはが再び、刀を構える。
「…お前を斬る」
嘗て自分に向けられた想いを前に、ひしがきは生まれて初めて、恐怖以外で後ずさった。
次回、いろはとひしがきの間に何が起こったのか。勘のいい人はもう予想がついているかもしれませんが、どうしていろはがひしがきを憎んでいたのかが分かります。