幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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どうしようもなくても、引けない時がある

 

 

 

 

鬼。

 

 

それははるか昔から日本において恐れられていた存在である。その歴史は古く中国にも伝わっており、その意味は死者や亡者を表していた。ある説ではインドから伝わった仏教の夜叉や羅刹の姿から鬼が派生したのではないかと言う説もある。その他にも鬼の誕生には諸説あるが、鬼という存在はその呼び方や姿形の差異はあれど広く世界に伝わっている存在であるということだ。

 

 

鬼とはある意味で恐怖そのもの。その力、その姿は様々に伝えられ人を畏怖させる。それは此処、幻想郷においてもまた同じである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人里。その歴史の中で里が襲われたことは何度かある。妖怪と人間が暮らす幻想郷ではそれはむしろ当然と言えた。当時も博麗の巫女がいたが妖怪の数の前にその被害は決して少なくはなかった。それでも賢者と巫女の力により幻想郷の歴史が進むにつれその被害は少なくなってきていた。

 

 

だがそれは突然、やって来た。

 

 

それは暴力そのものだった。それは災いそのものだった。鬼。子どもでも知っている恐ろしき妖怪。里を囲む柵を破壊し家を吹き飛ばす。それを前に人々は叫び、逃げ惑うことしか出来ない。

 

 

ドガァァァァァッ!!

 

 

鬼が大地を揺らす。その度に悲鳴と破壊音が人里全体に響いた。蜘蛛の子を散らすように人は逃げ惑う。けれども鬼の前では人は逃げることさえ敵わない。ある者は踏み潰され、ある者は弾け飛び、ある者は叩き潰され、ある者は引き千切られ、またある物は食いちぎられた。これこそが鬼。これこそが妖怪。人々が恐れ、怖れ、畏れる存在。人は今再認識していた。妖怪とはかくも強く、人間の脅威となるのだと。

 

 

だが、それでも……抗う人間はいる。

 

 

破壊を撒き散らし進む鬼。その鬼に向って飛来する無数の矢。それは雨の如く鬼に降り注ぐ。鬼から離れた場所に、里の退治屋たちが集結していた。

 

 

「迂闊に鬼に近づくな!一箇所に集まらずに常に拡散して鬼を撹乱しろ!生半可な攻撃は効かないぞ!時間を稼げ!」

 

 

退治屋の頭領が先頭に立ち指示を下す。退治屋たちはバラバラに鬼を囲い矢を槍を放つ。

 

 

■■■■■■■■ッッ!!

 

 

だが、鬼の前にはまったくの無意味。人間の矢や槍など鬼にとっては紙屑同然、何の脅威にもなりえない。鬼が腕を振るう。あっけなく家が丸ごと吹き飛んだ。

 

 

「怯むな!視界を封じて動きを止めろ!」

 

 

鬼の膂力に怯んだ退治屋たちが頭領の一喝で我に帰る。四方八方から煙幕弾が鬼に向って投擲される。煙幕が鬼を包み込む。視界を封じられた鬼は、構わず前進する。その鬼の真横から、丸太が突き出された。巨大な一本の丸太を数十人がかりで持った退治屋たちが鬼に突貫した。バキバキという音と共に丸太が割れる。真横からの突然の襲撃に前進しかけていた鬼は膝を付く。そこに鬼の頭上から幾重もの網が投げ込まれた。網は次々に鬼へと被さっていく。煙が晴れると、そこにはすっかり姿が見えなくなるほどに網が被さっていた。ただの妖怪ならばそこで捕えられていただろう。しかし、何度も言うが相手は力の化身、鬼。何重にも重なった網を両腕で引き千切り再び姿を現す。

 

 

「ぬうぅぅんっ!!」

 

 

そこに大太刀を振り上げていた退治屋の頭領が、鬼の脳天目掛けて刀を振り下ろした。全盛期を過ぎ老いて尚、衰えぬその筋力と大柄な体格から振り下ろされる刀は鬼の頭に激突する。単純な一撃のみの強さで言えば、その一太刀はひしがきをも越えているかもしれない。

 

 

ガギィィィィンッ

 

 

まるで岩に叩き付けたような音が響く。頭領はすばやく鬼との距離を取る。鬼の額からは僅かに一筋の血が流れていた。

 

 

■■■■■■■■■■■■■■■■ッッ!!

 

 

鬼が吼える。その咆哮は周囲を吹き飛ばし軋ませる。初めて鬼が怒りを露にした。頭領を睨みつけると。鬼は残りの網を引き裂き突進する。頭領は近くの倉へとすばやく入る。おそらくは貯蓄用の倉であろうそれは他の建造物よりも丈夫な造りをしている。が、そんなもの鬼にとってはどれも大差ない。壁を粉砕し中に突貫する。

 

 

■■■■■■■■ッッ!?

 

 

中に入った途端に鬼が転倒する。その倉は多く貯蔵できるように下が低くなっており段差が出来ていた。鬼は足を大きく踏み外し転げ落ちる。またその中には油がたっぷりと引いてあった。

 

 

「今だ!火を付けろ!」

 

 

鬼が倒れている隙に別の出口から脱出していた頭領が声をかけると倉の中に火矢が数本射れられる。油を伝い火は瞬く間に広がる。油の中を転げまわった鬼にももちろん火の手は襲い掛かった。火を浴びながらも鬼は怯むことなく立ち上がる。

 

 

その時、鬼の頭上から瓦礫ごと倉が崩れ落ちた。

 

 

 

 

 

博麗の巫女という存在が居る為に、人里の退治屋について誤解をしている者は人間妖怪問わず少なくない。なぜなら人間は弱い。博麗の巫女と言う例外はあれどその認識が強い。実際それは間違いではない。人間は妖怪と比べてあまりに非力だ。

 

 

しかし、考えて欲しい。それは現代においても同じなのだ。例えば人間は獅子には勝てない。人間は虎には勝てない。他にも狼、熊、豹あるいは象、犀、河馬。その力で言えばシマウマにさえ人間は劣る。だが人間はそれらの獣にはない知恵がある。その知恵で以って人間は獣を下すことが出来る。

 

 

それはこの幻想郷においても同じである。力の劣る彼らは妖怪に対してその知恵で策を練り武器を作る。まして幻想郷において退治屋とは対妖怪の専門家である。それはこの現状を見てもらえれば納得してもらえるだろう。さっきまで破壊の限りを尽くしていた妖怪。人間では到底太刀打ちできないその妖怪を相手に策を練り、撹乱し、挑発し、罠にはめた。熟練された手腕である。

 

 

「やった!」

 

 

「倒したぞ!!」

 

 

崩れ落ちた倉の下敷きになった鬼を見た退治屋達が歓声を上げる。ひしがきの活躍によって妖怪の被害にあまり遭わなかった退治屋たちは始めての大きな妖怪の襲撃を撃退したことによる達成感に包まれ喜びの声をあげる。

 

 

「……………騒ぐんじゃねぇ!!」

 

 

しかし再び頭領の一喝によって歓声が止む。見ると頭領だけでなく頭領と同じ世代の退治屋たちは油断なく構えていた。瞬間、瓦礫が弾け跳んだ。砕け跳んだ瓦礫は散弾の如く周囲に襲い掛かり数人に食い込む。

 

 

「全員下がれぇ!!」

 

 

退治屋達が距離を取る。瓦礫が弾け跳んだ場所から黒い煙を立たせながら鬼が姿を現した。その姿は僅かに表面が焼けているだけで目立った外傷はない。

 

 

「……化け物め」

 

 

誰かがそう吐き捨てた。そこにいるほとんどが自分達の勝利を確信していた。立てた策略通りにことが進みこれ以上ないほどに見事に成功した。実際、彼らは見事に戦ったといえよう。頭領の下、それぞれ適確に動き役割を果たした。ただ一つ、彼らに敗因があるとしたら、相手が鬼であったということだろう。

 

 

「…若い連中は里の人間を避難させろ。あとは俺たちがやる」

 

 

「し、しかしそれでは…」

 

 

「さっさとしねぇか!ひしがきが来るまで持ちこたえるくらいは出来る。あいつなら何とか出来るだろう」

 

 

「は、はい!」

 

 

そう言って退治屋の大部分は人の避難へと向った。残ったのは頭領を含めた数人だけである。

 

 

「……ひしがきなら勝てますかな?」

 

 

「……さぁな。だが今の所それしか手はねぇ」

 

 

頭領たちは鬼に向って構える。時間を稼ぐこと。倒すことが出来ないのであればそれが自分達の役割である事を頭領たちは分かっていた。それ以上言葉を交わさずに頭領が鬼の正面に立ち、その周りを離れて数人の退治屋が囲んだ。

 

 

鬼が、再び吼えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いろはは走っていた。突然の妖怪の襲撃に混乱する人々を掻き分け逃げる方向とは逆に走る。その背中には頭領から貰った刀を背負っていた。

 

 

「はぁ…はぁ…はぁ…」

 

 

妖怪の襲撃に、いろはは動揺していた。妖怪が襲撃して来たことにではない。いろはの気がかりは兄のひしがきだった。ずっと里を守ってきた優しい兄。その兄がみすみす里に妖怪が入ってくる事を許すはずがない。ということは兄の身に何かがあったということだ。事の真偽を確かめるために里を襲っているであろう妖怪の元にいろはは走っていた。今そこには里の退治屋達がいるはずだ。行けば何か分かるかもしれない。

 

 

あまりにも無謀かつ曖昧な考えでいろはは里を走っていた。ひしがき仕込の霊力で体を強化しているいろはは風の様に駆け抜ける。そして、それと出会ってしまった。

 

 

「―――――」

 

 

目の前に現れたそれに言葉を失った。今までに妖怪と遭遇したことは何度かある。その場には兄もいたが、自分ひとりで退治できた。その時は、自分でも役に立てると、兄と一緒に妖怪退治が出来ると喜んだ。だが、それは違った。高圧的、圧倒的、凶悪的、威圧的、暴力的、それを見たときそんな言葉が頭に浮かび、そのどれとも当て嵌まらない。そんな言葉でそれは言い表せなかった。実際それは正しい。

 

 

歴史に名を残す美術品を目の当たりにして、ただの美しいでそれは言い表せない。あまりにも美味な料理を食して、ただの美味しいではそれは言い表せない。ならば世界にその姿を残し、古くより言い伝えられてきた暴力と畏怖の化身を目の当たりにして、いろはが言葉を失ったとしてもそれは無理のないことである。ただの人間なら、その場で気を失ったか腰を抜かして動けなくなるだろう。だが、

 

 

「…………」

 

 

いろはは天才だった。刀に、武器に……そして戦いに。

 

 

いろはは背中の刀を抜いて構えた。その顔に恐怖はあっても気負いはない。その目には畏怖は合っても迷いはない。凛と構えるその姿は、曇りない刀剣を思わせる。

 

 

鬼と視線が交差した。その周囲に頭領たちの姿はない。

 

 

「…いく」

 

 

■■■■■■■■ッッ!!

 

 

そして、戦いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~~~~~~っ!!!」

 

 

ひしがきは、叫んでいた。声には出さずとも、心の中で絶叫していた。

 

 

人里の中を駆け抜ける。そこにはいつもの町並みが広がっているはずだった。今は、ただの破壊の後が続いている。家が崩壊していた、道が割れていた……そして、人が息絶えていた。今まで必死になって守ってきたものが壊されていた。

 

 

「…ひぐっ……ぐずっ…」

 

 

ひしがきは後悔に、恐怖に、押し潰されそうになっていた。心が悲鳴を上げ大粒の涙が流れていく。ただ一刻も早く追いつかなければならなかった。今のひしがきには鬼に勝つための算段などない。冷静に戦略を練り罠を考える余裕はなかった。思考は塗りつぶされ、ただがむしゃらに追いかけていた。頭の中に博麗になってからの6年間が過ぎっていた。走馬灯にも似たそれはひしがきを更に深い後悔の渦へと引きずり込んでいく。

 

 

―――――――――――ッ

 

 

鬼の咆哮が聞こえる。それはもう遠くはなかった。

 

 

「~~~~~ッ!!」

 

 

全力で走る。もっと速く。もっと早く。ひしがきは後先考えずに走る。そして走り抜けた先には、倒れ臥す数人の退治屋たちと頭領がいた。

 

 

「……頭領ッ!」

 

 

ひしがきは頭領の傍に駆け寄る。頭領は右腕を肩から抉られ倒れていた。けれどもまだ何とか息があった。

 

 

「…ひ……がぁ…」

 

 

ひしがきは何も言えずにうろたえながら頭領を抱き起こす。

 

 

「……頭領……俺っ…」

 

 

それでも何か言わなければと、グシャグシャになった顔でひしがきが声を搾り出そうとする。そんなひしがきを見ながら頭領は、残った左手で最後の力を振り絞ると、ひしがきの肩に手を置いた。

 

 

「………頼む」

 

 

その一言は重くにひしがきに圧し掛かった。ひしがきは頭領の手に自分の手を重ねて、ひどい顔で何度も頷く。それを見た後頭領の体から力が抜け、その手が地面に落ちた。

 

 

■■■■■■■■ッッ!

 

 

鬼の声が聞こえた。

 

 

頭領を静かに横たえると、ひしがきは瞼を閉じ項垂れた。頼む、頭領の死に際の一言は今のひしがきにとって重責だった。さっきはあまりに突然の出来事で勢いに任せて鬼と戦うことが出来た。だが今度は違う。今になってひしがきは恐怖に震えていた。今までに、自分よりも強い敵と戦ったことはあった。奇跡的に大妖怪クラスから生き延びたこともある。だがそれでも、何の勝利の算段もなく、自分から圧倒的に強い妖怪と戦わなければならないのは、今回が初めてだった。

 

 

今まで自分がいた場所は、紛れもなく死地だった。だが今のひしがきの心境は死刑台に上がる前の囚人だ。行けば間違いなく死ぬ。何の準備もなく、この身のままで鬼と戦い勝つ術はひしがきにはない。必死になって勝つ方法を模索する。だがそれでも頭の中の冷静な部分が告げていた。行けば死ぬ、と。

 

 

ドガァァァァァァッ

 

 

破壊音が聞こえた。それでも、行かなければならない。無意味でもいく以外の選択肢をひしがきは持っていない。顔を上げる。涙で歪む視線の先には鬼が、

 

 

「え?」

 

 

鬼が戦っていた。何と?誰と?他の退治屋?いや。頭領以外に鬼と戦える人間を、ひしがきは知らない。では誰だ?今鬼と戦っているのは、誰だ。

 

 

滲んだ瞳に、桜色の衣が映った。

 

 

「………いろはっ!!」

 

 

ひしがきは弾ける様に駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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