幻想郷に中途半端に転生したんだが   作:3流ヒーロー

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危なくても手が出る気持ちはわかる

 

 

 

 

 

体が完治しないままに、俺は博麗神社に戻ることになった。

 

 

人里を離れる前に、俺は里の周りを大きく見回る。最近はずっと退治屋に任せていたが、これは俺に任された一番重要な仕事である以上、戻る前に一度やっておかなくてはならない。俺が休んでいる間に被害が出てしまったならなおさらだ。

 

 

「………」

 

 

見回って分ったがやはり妖怪の縄張りが徐々に人里に向って広がっていた。以前は博麗の巫女が、今は俺が定期的に回ってここは人間の場所である事を主張していたのだが2月ちょっと経つだけで妖怪はその場所へとやってきている。

 

 

妖怪が縄張りを広げている場所の上空に結界を張り上から周囲を一望する。ちらほらと見える妖怪の姿。その中には以前俺が死闘を繰り広げた山犬の妖怪に匹敵するであろう妖怪の姿があった。なるほどアレが来たことでそれに従う妖怪も人里近辺までやって来たと言う訳か。以前の俺ならば罠を仕掛け自分の有利な場所で奇襲を仕掛けていただろう。今の俺は病み上がりであの時とは違い万が一にでも正面切っての戦いなど出来ないし、体も鈍ってしまっている。だがそれでも俺はもうあの時とは、以前までの俺とは違う。

 

 

俺は何も療養中ずっと弟妹たちと遊んでいたわけではない。霊力と魔力の運用の鍛錬や新しく薬になる霊草・魔草の知識を学んだりしていたのだ。そしてもちろん、結界に関しても考察と実験を重ねてきた。自己を深く沈めていく。自分の中に深く深く沈みソレを掴む。そして自分の望む形へと引き出していく。

 

 

「結」

 

 

眼下に見える妖怪たちが結界に覆われる。その結界は以前までの暗闇が渦巻くような結界ではなく、黒曜石の様に濁りにない黒い色をしている。

 

 

『ギィィィィィィィィィィ…………………………………………』

 

 

妖怪たちの断末魔の叫びが響き渡り、そしてすぐに消えていく。叫びの鳴り止んだ結界を解除するとそこには黒く汚染され、形状をとどめていないボロボロの姿の妖怪の残骸があった。その残りカスは風に吹かれると風化した塵の様に消えていった。

 

 

これまで以上の力の成長に思わず拳を握る手に力が入る。かつては一匹退治するだけでも苦労した妖怪が今はものの数秒で倒すことが出来る。その事実に喜びを噛みしめる。

 

 

「ガァァァァァァァァァァァァ!!」

 

 

しかし、やはりそれよりも力のある妖怪は今だ健在である。結界の中で力の限り暴れまわっている妖怪に強力になった結界も大きく揺れている。そして死に物狂いの抵抗に耐え切れなくなった結界に亀裂が生じて……

 

 

「結」

 

 

壊れる前に再び結界を張った。妖怪が結界を壊そうとその上に新たな結界を張っていく。この結界に囚われた時点で、もう勝敗は決していた。後は妖怪が力尽きるのを待つだけの消化試合だ。

 

 

そして張られた結界が三つ目になると妖怪も力尽きたのか抵抗が止んだ。しばらく様子を見た後、結界を解くとそこには他の妖怪と同じく黒い塵となった妖怪の姿があった。それをそれを確認した後、一端ひしがきは人里へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

人里に妖怪退治が済んだ事を報告し、ひしがきはすぐに博麗神社へと向った。その顔はかつて苦戦した妖怪たちを一方的に駆逐したことによる喜び……ではなく正反対の険しい顔をしていた。確かに力の成長は喜ばしい。しかし、その喜びはすぐに過ぎ去りひしがきは今後について考えていた。

 

 

今のひしがきならばこれまで人里を襲ってきた妖怪、大妖怪を除くほとんどの妖怪程度なら苦もなく倒せるだろう。しかし、今まで自分が倒してきたのは下級、強くて中の下程度の妖怪だ。苦もなく倒せたとは言え自分の結界は未だに中の下の妖怪にも破られてしまっている。今のままではとても上級の妖怪、大妖怪クラスには手も足も出ない。

 

 

今までは野良猫に追われるだけの鼠が策と武器を持って生き残ってきた。野良猫に正面から戦えるだけ鼠が強く大きくなったとしても、はたして虎や熊に勝てるだろうか?ましてや犀や巨象に立ち向かえるだろうか?大妖怪の実力を目の当たりにしてしまったからこそ、その不安をひしがきは抱えていた。

 

 

仮に今の自分が風見幽香と対峙した所で、その結果はあの時と変わらないだろう。千の力を持つ相手に一が十になったところで敵うはずがない。それを考えるだけで、ひしがきは震え上がる体を両手で抱きしめた。しかし、震えは治まるどころか全身にいきわたりそのまま膝を付いて倒れそうになる。あの時、自分を心のそこから恐怖と絶望で支配した感覚が、未だに心と体から消えずに残っていた。

 

 

ひしがきは歯を食いしばって踏みとどまる。目を閉じて大きく息を吸い深呼吸を繰り返す。そうしてしばらくすると少しずつひしがきの体から震えが治まっていった。ようやく落ち着いたひしがきは道の端に腰を下ろし座り込んだ。背中に嫌な汗が流れているのを感じた。

 

 

「…………はっ」

 

 

ひしがきは思わず自嘲の声を漏らす。何が敵うはずがないだ。この様じゃそれ以前に、もう既に負けてる。もし、風見幽香にあったら、その時点で恐怖で失禁するかもしれない。

 

 

―――――けど、もしそれでまた見逃してくれるなら………。

 

 

「っ!!!」

 

 

その考えが頭をよぎった時、ひしがきは自分の額を殴りつけた。無意識に出たその拳は額から血を流させる。あるいはそれはひしがき自身も気づかない防衛本能だったのかもしれない。今それを認めてしまったら、きっと自分はもう戦えなくなってしまうような気がした。

 

 

「……………」

 

 

心も体も完治しないまま、再びひしがきは立ち上がり、博麗神社に向う。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

博麗神社に着くと、案の定神社は埃を被っていた。ひしがきはとりあえず荷物を置いて襖を開け放ち神社に風を通す。何はともあれまずは掃除をしなければならないが、ひしがきは縁側に座り一息ついた。

 

 

「はぁ~、疲れた」

 

 

体はまだ完治していないのだ。掃除をした後は薬を調合しなければならない。その薬あってこその完治まで後2,3週間程なのだ。薬が無ければまだ完治までが長くなる。体が治るまで、もし妖怪が来たのであれば使えるのは結界のみ。今日の妖怪程度だったら問題ないが、そんな都合のいいことが起こらないのは身をもって知っている。ただでさえ地力が低いのだ、ならば一刻も早く万全の状態に整えておく必要がある。

 

 

ふと結界について考える。風見幽香の件がきっかけに自分は力の使い方を学んだ。それはひどく感覚的なもので言葉にはし辛いが、とにかくひしがきは能力者として新たなステージへと一歩踏み出した。しかし、同時に疑問が浮上してきた。自分の『界を結ぶ程度の能力』は結界を創り出す能力だ。後天的に陰陽道、神道、そして呪術を組み合わせてその能力を底上げしてきた。

 

 

だが新しく自分が創り出した結界は『黒かった』。呪術を組み合わせてもいなかったのに黒かったのだ。思えばあの時、一番最初にルーミア相手に黒い結界を張ったときも呪術のじゅの字さえ無かったにもかかわらず俺は黒い結界を張っていた。そしてその結界には、確かに妖怪の体を蝕む力があった。

 

 

俺はひょっとして大きな勘違いをしていたのかもしれない。そもそも今まで呪術と思っていたそれはまったくの違う力なのではないだろうか。そうだとしたら自分が今まで呪術を組み合わせて使っていた結界はなんだったんだろう?

 

 

一つ一つ整理してみよう。最初は透明な結界だった。陰陽道、神道で赤い結界を張れる様になった。ルーミアとの戦いで死の間際に俺は自分の境遇を呪い、その時に黒い結界が発動した。俺は 『呪った』と思い呪術と自分が相性がいい事を知った。そして結界に呪術を組み合わせ黒い結界を張った。そして風見幽香の件で、俺は自身の力を引き出し方を体得した。その結果呪術を必要とせずに同じ効果の黒い結界を張ることが出来た。

 

 

次に俺の能力『界を結ぶ程度の能力』について考えてみる。透明な結界は今でも張れる。もちろん最初の頃と比べると強度・精度・規模・範囲は格段に上がっている。自分の中にあるソレを引き出せば更にその力は跳ね上がる。逆に引き出さなければ何かの術式を加えない限り変化は無い。

 

 

ここで一つの仮定をしてみよう。仮に俺のその『力』が結界とは別のものだとしたら?それは俺の心の変化によって一度黒い結界となって現れた。そして俺はソレを呪術的なものだと思い使っていたとしたら?それは呪術と言う枠から不完全な形を持って現れていたのではないか?そして、力の使い方を知った俺はソレから呪術と言う枠を無くし本来の形で出すことが出来たのではないだろうか?

 

 

だとしたら、俺が呪術だと思っていたこの力は一体何なのか?

 

 

「………」

 

 

自分の中にあるものを確かめようとするように両手を見つめる。もし、今以上に自分の中に深く沈めるようなになったらこの力の正体もわかるのだろうか?いや、それ以前に深く沈んだらどうなってしまうのだろうか?

 

 

「……ああ、もうっ」

 

 

頭をがしがしと掻き毟る。頭の中のもやもやが晴れずにイライラする。今考えたことも所詮は仮定の話に過ぎない。そうかもしれないしそうじゃないかもしれない。結局は何も分らず仕舞いなのだ。得体の知れない気味悪さを一端振り払う。

 

 

「まずは掃除だ!ピッカピカにしてやる!」

 

 

そう言って気合をいれ、腕をまくり中に入る。ほうきを片手に、掃除を始めようとして……

 

 

 

 

「失礼する」

 

 

後ろから声が掛けられた。その瞬間ひしがきは全身に霊力と魔力による強化を施し大きく後ろに飛びのいた。すぐさま槍を手に取り声のした方に構える。

 

 

戦いの中でひしがきはその感覚を研ぎ澄ましてきた。力が弱く臆病であるが故に、ひしがきは妖力であれ魔力であれ霊力であれその大小を感じることが出来たし、妖怪や人間の気配を察することもできるようになっていた。しかし、ひしがきはさっきまで確かに何の気配も感じていなかった。

 

 

つまり相手は自分に一切の気配を感じさせない程に気配を消していた。そんな相手が只者であるはずも無くひしがきは一気に警戒を最大級にまで上げて相手を見据えた。

 

 

「ふむ、さすがに今まで生き残っていただけあってなかなかの反応だ」

 

 

その相手を見た時、ひしがきは発動しかけた結界を思わず止めた。彼女の事を知っていたからだ。無論、知っていたからと言って攻撃の手を止めるほどひしがきはこの世界で甘く生きてはいない。しかし、その相手が相手だけに敵か味方かをひしがきは判断しかねていた。

 

 

大陸の道士を思わせる服、奇妙な帽子に身を包んだ女性。何より目を引くのはその後ろに見える九本の尻尾。

 

 

「はじめましてというべきか、人里の博麗。私は妖怪の賢者である八雲紫の式、八雲藍と言う」

 

 

そういって彼女は庭先に立って俺を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いきなり現れた彼女、八雲藍は傍らに置いてあった箒を手に取ると「掃除か、手伝おう」と言って掃除を始めた。いきなりの事でどうすればいいかわからず固まっていたひしがきは問いただそうとしたが、

 

 

「掃除はやっておく。お前は休んで薬の用意をしておけ。話はそれからだ」

 

 

そういってせっせと掃除を始める彼女に何もいえなくなってしまったひしがきは、落ち着けないままに言われた通りにすることにした。

 

 

 

ゴリゴリ…

 

 

分量を正確に量った霊草をすり鉢ですり潰していく。形がなくなるまでよくすり潰した後、そこにあらかじめ用意しておいた別の霊草を加え、また新たに乾燥させて砕いた魔草の根を入れる。この時に量が少しでも違ってしまうだけで良薬が劇薬に変わってしまうので細心の注意を払って薬の調合を行う。

 

 

三種の薬が完全に混ざるまでゆっくりと、しかし手早く手を動かす。混ざり終わった後は必要な分量を小さな匙で僅かに掬いそれ以外は小さな陶器の入れ物に入れる。用意しておいた湯呑みに匙をいれ白湯を入れる。ほんの僅かしか入っていなかった薬は白湯に溶けると透明な白湯を暗い緑に変えた。何とも形容しがたい香りを漂わせるそれを、ひしがきは一度大きく深呼吸した後一気に飲み干した。

 

 

「~~~~~~~!!」

 

 

その味は言わずとも顔を見るだけで分る。口の中で暴れまわる(本人がそう感じているだけ)その混沌とした味をひしがきは根性で飲み干す。

 

 

「うぇ………」

 

 

里に居るときに何度も飲んだ薬だが、まったく慣れない。良薬口に苦しと言うが苦いどころか全身にダメージが来るレベルだ。こんな薬を涼しげに飲んでいたらそれはそれで何か終わっている気がする。主に味覚的な意味で。

 

 

薬の入った陶器を大事に保存した後にさっき八雲藍と話した部屋へと向う。途中で気づいたがあれから30分ほどしか経っていないのに、いつの間にか神社の掃除があらかた終わっていた。襖をあけて中を見てみるとそこには誇り一つ無い。廊下も綺麗に磨かれている。何となく襖のくぼみを指で擦ってみる。指先にまったく塵一つ付いていなかった。

 

 

何このスーパー式神。一家に一台欲しい。割と本気でそんな事を思う。とにかく神社が綺麗になったことはいいことだ。改めて部屋へと向う。襖を開けるとそこには八雲藍が正座で座っていた。

 

 

「来たか、とりあえずそこに座るといい」

 

 

「……わかった」

 

 

そう言われ俺は彼女の正面に向かい合うように座る。八雲藍は何所から取り出したのか湯飲みにお茶を入れると俺に差し出した。

 

 

「……どうも」

 

 

今更警戒するのも馬鹿馬鹿しいので俺は素直に湯飲みを受け取った。仮に彼女が俺に何かをするつもりならとっくにされているだろう。俺は黙って湯飲みをすすった。………あ、うまい。

 

 

「さて、とりあえず改めて自己紹介でもしよう。私は八雲紫の式、八雲藍。この幻想郷を管理する賢者の従者を務めている」

 

 

「ひしがきです。勝手ながら、人里の選出を受けて博麗を名乗らせていただいています」

 

 

「ああ、別に謝る必要は無い。紫様も人里が博麗を選んだことについては黙認している。お前が今博麗を名乗っていることに問題は無いので気にする必要は無い」

 

 

「……そうですか」

 

 

黙認している。それはつまり八雲紫は人里の考えを知っていて何もしていないということだ。長い時を生きてきた彼女にとって、人間の考えることなどお見通しだろう。もちろん、俺の置かれている状況にも彼女はある程度知っているのだろう。

 

 

「……………」

 

 

何故助けてくれなかったのか、と今更言うつもりもないし責めるつもりも無い。それは俺が、もっと言うなら人間側の勝手な都合だからだ。しかしだからと言って何故何もしてくれなかったという思いがやはり俺の中にあった。出来ることなら何かしらの助力は欲しかったのは事実なのだから。

 

 

改めて目の前の女性を見る。砂金のような金色の髪。月の様な瞳に透き通るような白い肌。九本の尻尾の毛並みは黄金の稲穂を思わせる。

 

 

金毛白面九尾の狐。

 

 

おそらく日本では知らぬ者のいない正真正銘の大妖怪。かつて数々の権力者達をその美貌で操り国を滅ぼした傾国の美女。その顔を見れば、なるほど確かにその姿は人にあらざる美しさを持っている。しかし風見幽香やルーミアを知っている自分からしたら、その美しさもまた恐ろしい。

 

 

彼女がここに居るのは間違いなく主である八雲紫の命令だろう。それ以外には考えられない。一体妖怪の賢者は俺に何を求めているのか。鬼謀神算といわれる妖怪の賢者は一体何を考えて彼女を俺の元に送ったのか。

 

 

身構える俺に向かい八雲藍は茶を飲んだ後俺を見てこう言った。

 

 

「今日からお前の世話をすることになった」

 

 

「………………………………………………………………はい?」

 

 

「今日からお前の力になろう。と言っても博麗の仕事を私が行うわけにはいかんからな。身の回りの世話やお前が望むなら稽古の相手にもなろう。私が出来ることであれば頼んでくれて構わない」

 

 

なんですと?

 

 

「………どういうことですか?貴方は賢者の従者と言った。何故、今になって自分の助力を?」

 

 

「…そうだな一つ一つ説明していこう」

 

 

藍はそういうと語りだした。

 

 

「まず里の者から聞いているかもしれないが博麗の巫女が再起不能の負傷を負ったのは知っているな?」

 

 

その問いに俺は頷く。

 

 

「これは紫様にとっても非常に予想外の事態だった。とある妖怪…いや怨霊といってもいいその存在相手に巫女は戦い勝利をしたが、その代償は大きかった。重傷を負った巫女は一命を取り留めたが再び巫女として戻ることはとても出来ない体になっていた」

 

 

怨霊…。巫女が怨霊相手に戦ったと言うのは初めて聞いた。

 

 

「私は紫様と共にその怨霊によって出た被害を最小限のものにするべく動いていた。随分時間が掛かってしまったがその処理はほぼ終わっている。紫様は次代の巫女を探し始めた。…その時既にお前は代行として動いていたが、紫様は一刻も早い巫女の選出をしようとした。紫様がお前に関わらなかった理由は、お前なら多少察することが出来るのではないか?」

 

 

「……………」

 

 

俺は何も答えなかった。多少は言えるかもしれない。しかし確実に全ては言えない。長く生きている賢者の考えなど知ろうとするだけ無駄だ。ただ確かなことは、そこに自分の意志が無いということだけだった。

 

 

「紫様は出来るだけ早く巫女を見つけようとしていた。しかし、なかなか条件に合う巫女候補はいなかった。まったく居ない訳ではないが…ただの一時凌ぎになるのが目に見えていたのでな、これにも紫様は苦労しているようだ。しかし、ようやく巫女に相応しい者が見つかった」

 

 

「見つかったのか!?」

 

 

それを聞いて思わず俺は声をあげて詰め寄る。新しい巫女が見つかった。それはつまり俺が博麗を名乗る必要が無くなったと言うことだ。ようやくこの状況から抜け出せるのかと思うと心が歓喜する。

 

 

しかし、それに対し八雲藍は首を横に振って答えた。

 

 

「素質はある。才能もな。しかし、まだ幼い子どもだった。さすがにまだ博麗の巫女としては未熟すぎた」

 

 

ようやく博麗から降りられると思ったがそんなうまく事は運んでいかないようだ。あと3ヶ月で一年が過ぎるが未だに次代の巫女は見つかっていないようだ。

 

 

(…………ん?次代の巫女?)

 

 

そこで俺は違和感に気づいた。今代の巫女。彼女は俺の知識の中で博麗霊夢の前の先代巫女だったはずだ。つまり彼女の次の巫女は霊夢のはずである。しかし、今はまだ霊夢が巫女として活躍する人物や舞台は幻想郷にそろっていない。いや、確かに彼女の友人である霧雨魔理沙はいるがまだいろはと変わらない歳だったはずだ。ということは今八雲藍が言っていた未熟な巫女候補が霊夢だとするならば……先代と霊夢との間に空白の時間が空いている。

 

 

それに思い当たった瞬間ひしがきは言いようのない不安に駆られた。嫌な汗が噴出すのをひしがきは感じる。間違いであって欲しい。自分の予想が外れる事を願ってひしがきは八雲藍に尋ねる。

 

 

「今も、巫女候補は探しているんですよね?」

 

 

「…いや」

 

 

だが彼女は再び首を振って否定した。

 

 

「紫様はその子どもを次代の巫女として据えるつもりでいる。だがその間の数年間を巫女不在にしていくわけにはいかない」

 

 

ひしがきは血の気が引くのを感じた。まるで裁判で死刑宣告を告げられる被告人や病院で余命数ヶ月を宣告される寸前のような嫌な流れに鼓動がひどくうるさく聞こえる。

 

 

「そこで紫様は私をここに使わしたのだ。次代の巫女が成長するまでの数年間を、代わりにお前にやってもらうために。つまりお前は正式に博麗の代行者として認められたわけだ」

 

 

そしてやはりと言うべきか、その宣告は間違うことなくひしがきに告げられた。

 

 

「―――――」

 

 

目の前が真っ暗になるような、足元から崩れていくような感覚をひしがきは感じた。咄嗟に手を着いて体を支えられたのは、目の前にまだ彼女がいたからである。もしこれが一人きりであったならば気絶していたかもしれない。

 

 

「不安か?」

 

 

そんな俺に八雲藍は更に過酷な現実を突きつける。

 

 

「確かに正式に博麗の代行を務めるという事はこれまで以上にお前の立場は厳しくなるだろう。今までは人里に近寄る弱い妖怪ばかりを相手にしてきた様だが今後は最低限の博麗大結界の管理もしていかなければならない上に幻想郷のバランスを保つ為に自ら危険な妖怪たちを相手に戦わなければならなくなる。今までお前はよく生き残ってこられたが、今のお前では生き残ることは不可能に近いだろう」

 

 

そんなこと、言われなくても自分が一番よく知っている。自分が生き残ってこられたのは本当に運がよかっただけだ。しかしその運は、死ぬ事を避ける以外に俺に傾いてはくれない。

 

 

 

 

 

「……しかし、何もお前一人にそれを背負わすつもりも無い」

 

 

希望の見えない将来に愕然とするひしがきの頭に八雲藍は手を置いた。顔を上げるひしがきに彼女は安心させるように語りかける。

 

 

「今お前がいなくなってしまっては困るのはこちらなのだ。そんなお前をむざむざ死地にやったりはしない。私が、お前を助けよう」

 

 

その言葉はひしがきの傷ついた心に沁みていく。

 

 

「お前が壁にぶつかったのであれば、私が手を貸しその壁を乗り越えさせよう」

 

 

まるで飢えた腹を満たすように、喉の渇きを潤すように、

 

 

「お前が道に迷ったのであれば、私が手を引き先に導こう」

 

 

今まで誰かに助けてもらえなかったひしがきにとってそれは抗えない誘惑だった。

 

 

「お前が傷つき立ち上がれないのであれば、その傷が癒えるまで傍にいよう」

 

 

いつの間にかひしがきは頭に置かれた手を両手で握り締めていた。その存在を確かめるように、その感触を確かめるように、その温かさを確かめるように、強く握り締めた。

 

 

八雲藍はその手にもう一つの手を被せてひしがきの手を包み込む。その顔に浮かぶ笑みはあまりに蠱惑的で、あまりにも危険すぎる笑みだった。

 

 

傾国の美女。ひしがきの頭にその言葉がよぎった。

 

 

 

 

 

 

 

けれどもどうしても、その手を振り払うことだけは出来なかった。

 

 

 

 

 

 







次回、少し時間が跳びます。

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