さて、春香たちクルーが管制室へ行った翌日、宇宙戦士訓練学校では、無重力戦闘実技教習の授業が行なわれた。授業が終わると教官は、訓練生に声をかけた。この授業を受けているのはちょうど最終学年に属する者たちだった。
「よく聞け!これから名前を呼ぶ者は、十分後に式服を着用して講堂に集合するように。・・鞘葉猛 ・・・坂東平次、・・・土門竜介、・・・・。」
四十人の訓練生の名前が読み上げられ、名前を呼ばれた訓練生たちは、(こんな時に、いったい何があるんだろう...)といぶかりながら講堂にあつまる。
講堂の正面中央にある壇上に訓練学校の校長が昇る。演壇を前にして校長が立ち、口を開いた。
「当訓練学校は、宇宙戦士の養成機関であり、その目的は実戦で即戦力となる人材を育成することにあるのは諸君らもよく知っているところだろう。よって成績が優秀な者については、繰り上げで卒業させる制度がある。おめでとう、諸君。君たちは、来年度卒業予定者から特に選ばれて、本日繰上げで卒業してもらうことになった。したがって今から卒業式を行う。」
場内からはざわつきとどよめきがおこる。そのとき、教官に案内されて、後ろの入り口からはいってきたのは、赤いリボンをつけ、黒い軍服を着た「女の子」然としているが凛とした表情の若い女性であった。
「あれは...。」
繰り上げ卒業生たちはあっけにとられ、おもわずぽかんと口を開ける者もいる。
土門は隣にいた鞘葉の腕をつついてささやく。
「元アイドルでここの卒業生の天海先輩だぜ。今度宇宙戦艦ヤマトの艦長になったっていう...。」
春香は前方に進み、講堂にいる訓練学校の職員に案内されて壇上に昇ろうとして、つまづきころびそうになる。
「あわっ。」春香は思わず声をだすが、なんとか姿勢を立て直して苦笑する。
講堂は、ざわめきと、笑いをかみ殺しているような声がもれる。
「どうぞ、こちらへ。」
校長はほほえみながら春香を来賓席に座らせる。しかしほかに来賓は来なかった。
「これはどういうことなんだろう?突然の繰り上げ卒業式で、来賓はヤマト艦長の天海春香一人だけだなんて。」
「俺たち、ヤマトに乗り組むってことか。」
「そうなれば、願ったりだな。」
土門は胸のたかまりをおさえきれそうもなかった。
(あのヤマトに乗るのか。父さんと母さんに晴れ姿を見せたかったな...)
校長のあいさつ、ヤマト出航とその乗り組みのためであると卒業生に説明があり、春香のあいさつで卒業式は終わった。
土門は緊張した面持ちと足取りで校長室に向かう。
「土門竜介、入ります。」
「よし、入れ。」
ドアを開けてはいると、正面の机に校長、そのわきに春香と伊織がいた。
土門は、直立不動の姿勢をとる。
「地球防衛軍司令部からの辞令を伝える。土門竜介、准尉に任ずる。宇宙戦艦ヤマト乗り組みを命ずる。」
「は、はい。」
「がんばってね。」春香が微笑む。
土門はなぜか全身がふるえている。
「土門君のご両親は太陽観光船の事故で??」春香が尋ねる。
「はい。」
「そう...残念ね。お悔やみを申し上げるわ。」
伊織がつぶやく。
「はい。」
「ヤマト配属の希望は?」春香が尋ねる。
「伊織先輩と同じ、戦闘班の砲術科を希望します。ずっとあこがれてきたんです。お願いします。」
春香は根が優しいので動揺した。敵艦隊と戦うときは冷静な指揮官に徹することができるようになったものの、情にもろい部分は変わらない。人が死んでいるように見えないで指揮に徹することができる艦隊戦は春香向きなのかもしれなかった。希望通りにしてあげたいと
のヮの(目が泳ぎ)始める。
伊織がそんな春香をこづく。
「ど、土門竜介准尉、生活班炊事科勤務を命じます。」
土門は一瞬自分の耳を疑う。
「あの、今、なんと?」
「聞こえなかったの?生活班炊事科勤務よ。」伊織が答える。
「どうしてですか。」
「答える義務はないわね。」
土門は、伊織に一喝されてすごすごとロッカールームにひきあげる。
土門は、鞘葉とすれ違いかけたので、話しかけた。「どこ配属になったんだ?」
「ああ、戦闘班だ。」
「ええっ。戦闘班?」
「ああ、飛行科勤務だ。」
「どこ、最初に希望したんだ?」
「戦闘班飛行科だけど。」
「希望通りじゃないか。」
「操縦の腕を見込まれたってことだと思うけど。」
近くにいた坂東平次が口をはさむ。
「こいつは猿鞘林業の御曹司だからな。お前みたいな授業料節約のために訓練学校へ行った貧乏人とは違うってことじゃないの?」
「猿鞘林業って言えば、水瀬財閥系列の...まさか、そんなことで差別を?」
「ほかに何が考えられる?」
土門は言葉に詰まった。
「あの女!元アイドルで竜宮小町だかなんだか知らないが、金持ちだからって鼻にかけやがって」
土門の心に激しい怒りがこみあがってきた。
宇宙戦艦ヤマトのドッグは、北アルプス山中の秘密ドッグにある。
土門や坂東が送迎用の反重力バスから降りると巨大なヤマトの雄姿が目の前にあった。
上空からはわからないように巧妙に雪に隠されている。
富士山のふもとにある大規模遊園地のジェットコースターくらいの高さはあろうか、数々の武勲を打ち立ててきた波動砲口がある。視線をうごかすと船体の甲板位置から三連装主砲の細長くみえる砲門が姿を覗かせていた。
土門はヤマトの栄光の歴史を思い出し、歴史の証人に対面しているという感動が胸の底からこみあげてくるのを禁じえなかった。
(今日から、俺は、ヤマト配属の宇宙戦士なんだ....。)
ヤマトの甲板に昇ると、名簿を手にした青みがかった長髪の美しい女性士官がいる。
(ああ、あの人が如月航海長か...。前評判どおり、きれいで知的な人だ。)
土門は、敬礼し、
「土門竜介、着任しました。」
「土門君は、生活班だったわね。アナライザー案内して。」
「ツイテコイ」
艦内の通路は矢印が描かれたいわゆる「動く歩道」になっている。反対側を乗組員や荷物運搬カートが通っていく。
土門はすごいなあと思いながら眺めていた。
生活班長室につくとアナライザーは、
「班長、新人デス。」
班長室のドアをひらくと、気の弱そうなおとなしそうな男性が、背を向けてパソコンのキーボードを打っているのが見えた。およそ戦闘とは縁遠い、土門がもっとも軽蔑する種類の男性だった。
土門はカッとなって
「班長?おれはこんな女々しいやつの下で働かせられるのか。」
「コノ野郎。班長ニ失礼ジャナイカ。貴様、謝レ、班長ニ謝レ。」
「やるか。」土門とアナライザーは取っ組み合いをはじめる。
平田は、困惑して土門に声をかける
「こんな自分の下で働くのは不満かもしれないが、そんなに不満なら、砲術長や艦長に自分の実力を認めさせれば配属を考えてくれるかもしれないぞ。ここで取っ組みあっても何の解決にもならないと思わないか。」
「望むところだ。あの金満お嬢様に俺の実力を見せてやる。」
土門は第一艦橋へ行き、伊織を呼び出す。
「水瀬班長、自分と砲術シュミレーションで勝負してください。」
伊織は、闘志に燃えている土門を見つめた。
「にひひっ。わかったわ。」
春香が
「伊織、あまり土門君を刺激しないで。」
伊織はにやついた顔をひきしめて春香に向けて
「春香。彼に...ぐつ...。」
というがふたたび「にひひっ。」と伊織は土門を刺激するようにわざと笑いを浮かべる。
土門は頭に血が上ってしまう。
砲術シュミレーションがはじまった。
伊織は、シュミレーターに出現する敵の陽動にひっかからず、つぎつぎと冷静な砲撃で沈めていく。伊織の命中音が響く中、一方の土門は頭に血がのぼっていて冷静な判断ができず、敵の砲撃を浴びる一方で自分の砲撃があたらない。
「あつ、外れた...また...。」
終わってみればシュミレーターの電光掲示板に
水瀬伊織100、土門竜介68
が表示される。
68点といえばそこそこのように見えるが、普段の土門から考えられないほどの悲惨な成績である。
「土門、自分の欠点がわかった?こんどはあたしと直接勝負する?」
【推奨BGM:SYMPHONY OF THE SUN】
そのとき照明が点滅し、二人のシュミレーター対決を見物していたアナライザーが
「アグ、アグ、ヒヒヒ....ガピー、ガピー。」
アナライザーが苦しんでいるかのように見える。
「何か起こったのかしら。勝負はおあづけね。技術班だれかいる?」
「はい。」たまたま近くをとおった青矢印の乗組員が返事をしたので
「こいつ、みといてくれる?あと律子に連絡して。」
と伊織はアナライザーを彼に預ける。
「土門、たぶん説明や指示があると思うから、中央作戦室に来て。」
「はい...。」土門はぼそっと返事をした。
春香は甲板で休憩していたが、鳥が「ぎゃあ、ぎゃあ」という異様な鳴き声をあげて飛んでいく。不審に思っていたところに、空に美しいカーテン状のもの、すなわちオーロラが現れる。
(普段は見られないのに...やはり、ただ事ではないことが起こっている...。)
「艦長、ここにいたの?」
「律子さん。」
「中央作戦室に来て。みんなにも説明するわ。さっき、伊織がいなかったようだけど?」
「土門君と砲術シュミレーターです。」
「そうなの。仕方ないわね。」
そのとき腰の携帯用通信機がなったので律子は通信機をにぎって通話をする。
「え、アナライザー?。運搬カートに乗せて工作室へつれてって。」
中央作戦室にあつまると律子が説明する。
「今、世界的な電波障害が起こっている。連邦大学宇宙物理学部と太陽エネルギー省の観測局に照会したら太陽活動の活発化ということだったわ。この異常はすぐにおさまるだろうけど、宇宙物理学部は、最近は頻発化の傾向があると考えているようだわ。」
「サイモン教授の説、いよいよ現実味が増してきたわね...。」千早がつぶやく。
「うん...。」春香が返事をする。
春香は、伊織と土門がいるのに気づき、伊織に土門に話をするよううながす。
「土門、私は、あなたに謝らなければならないことがある。太陽観光船の事故の後、私も遺体の捜索にあたったんだけど...。」
「えつ...先輩が遺体の捜索をしてくださったんですか。」
「艦長といっしょにね。だけどご両親の遺体を見つけることはできなかったの。ごめんね。」
「知りませんでした。失礼しました。」
「土門、私はね、あんたをみていてガミラスとの戦いのときに冷静さを失うことがあった自分自身をみているようで、恥ずかしかったの。それから猿鞘林業の彼は、単純に春香と山本が決めただけで私はかかわっていないわ。私がかかわったらまずいものね。」
それから伊織は春香に向き直って
「艦長、土門と甲板へ出ていい?」
「うん。行ってきて。しっかり伊織の後輩を思う気持ちを伝えて。」
春香は微笑んで伊織と土門を送り出す。
【推奨BGM:美しき太陽】
「土門、きれいな夕日だね。」
「はい。」
「この伊織ちゃんみたいなかわいいアイドルと夕日をみられるなんて、あんたは幸せもんだぞ。」笑いながら伊織は土門をこづく。
「伊織先輩、「元」でしょ。」土門は苦笑する。
「そんな細かいことはいいの。土門、あの夕日は今はきれい。だけどね、知ってるとは思うけど、あの太陽の中では恐ろしいことが起こっているの。私たちヤマトのみんなで力を合わせて立ち向かわなければいけない。こんなの私向きじゃないんだけどね。個人プレイしたがるあんたの気持ちもわからないではないけど、ヤマトでは、それはだめなんだから。土門は砲術科志望だったわね。」
「はい。」
「成績表に私に似て「わがままでややむらっけがある」って書かれていたわ。でも指揮官と砲術班は、常に冷静でないといけない。だから、あんたを見ていると危なっかしくて。大砲撃ちの道はけわしいってこと。苦労して苦労して這い上がってきて。」
「竜宮小町のようにですか?」
「もう、知ってたのね///。でもここには、冷静にならなくていいようにあんたを連れてきたの。思いっきり叫ばない?」
「はい。」
「ばかやろー。変態、ど変態、der変態ミサイル!土門のお父さんとお母さんを返せ~!」
伊織は夕日に向かって叫ぶ。
「ほら、あんたも思いっきり叫びなさいよ。いざ戦いとなったら冷静になんなきゃならないんだから。」
「「ばかやろー。変態、ど変態、der変態ミサイル!俺(土門)のお父さんとお母さんを返せ~!」」
二人は思いっきり夕日へ向かって叫んだ。
「ところで伊織先輩?」
「なあに?」
「冷静さを養う、とか、苦労して這い上がるっていう話はいいんですが、なぜ生活班炊事科なんです?」
伊織は顔を赤くして
「もう。そんなことつっこまないでよ。…」と言った後、伊織は間をおいて話し出した。
「わたしの大親友が家がすごく貧しくて家族の分まで食事をつくっていたの。わたしは水瀬の家の内部のことしか知らなかったから、ほんとに彼女には頭がさがったわ。その彼女のように立派になってほしいっていうことなの。私は世間知らずだからそのくらいしか思いつかなかったってこと!。
まあ、がんばんなさい。」
「そうですか。わかりました。」
土門は苦笑した。
(伊織先輩かわいいなあ。)
土門はくやしさを忘れていた。
原作では、いきなし古代が土門を生活班炊事科に配属します。その理由はいろいろ想像できますが、なにか腑に落ちないと自分としては感じていましたが、春香と伊織が相談してきめたらこうなるだろうなと想像してみました。なんともツンデレで世間知らずだけど、仲間想いで情にあついところのある伊織らしさが描かれていると感じていただけたら嬉しいです。
それから猿鞘林業とは、水瀬財閥のCMに日立のCMと同じようなモンキーポッドが出てくるため、「モンキー=猿、ポッド=鞘」と直訳したものです。国内に万が一にも同じ名前の会社がなさそうな名前にしました。