医務室でアナライザーはしばらくの間わめきつづけていた。
「アノ星ハオカシインダヨ。ミンナコノボクノイウコトヲシ信ジテクレナインダ。」
「わたしは信じるわ。」
あずさはアナライザーをなだめようと笑顔で答える。
「先生ニ信ジテ貰ッテモモウ遅インダヨ。上陸シチャッタンダカラ。」
「アナライザーさん、飲みますか?」
「先生、先生ハコノ大事ナトキニ、コノボクニオ酒ヲ飲メトイウノデスカ。」
「無理に飲まなくてもいいわよ。」
「飲ミタクナインジャナク、飲メナイデス。」
「なんか....春香ちゃんも律子さんもなんだか遅いわねえ。何もなければこんなに調査に時間かかるわけないのに...。」
あずさはつぶやく。アナライザーはふてくされて黙りこみふて寝をはじめた。
(万一、アナライザーさんの言っていることが正しいとすればわたしたちのほうがおかしいということになる。だけど、どうやったらそれがわかるのかしら...。)
ジリリ...医務室のヴィジホンがなる。画面に律子が映る。
「あれ?律子さん?」
「あずささん、アナライザーいますか?」
「アナライザーさんはふて寝してるわ。」
「大至急起こしてください。協力してほしいんです。」
「律子さん、もしかして何か起こったの?」
「そうなんです。みんなまぼろしをみて、生理学検査をしていることころです。ほかに思い当たる手がかりはアナライザーです。」
「わかったわ。起こしてくるわね。」
「アナライザーさん、起きて。」
「何デスカ?イッタイ?」
「律子さんが協力してほしいって。」
「イヤデス。」
あずさは何度も説得しようとするがアナライザーはがんとして耳を貸さない。
「どうしました?アナライザーは?」
「それが協力したくないって言ってるのよ。」
「協力したくない?ですか?」
「『ボクノイウコトヲ信ジテクレナカッタ技師長ノカオモミタクナイ。』って言っているのよ。」
あずさの困惑した顔が通信機に映る。そばで聞いていた技術班の女の子が律子の通信機をとりあげる。アナライザーのスカートめくりの被害にあっていた子のひとりだった。
「アナライザーさん、聞こえる?こんどデートしてあげるから。」
おなじように「被害」にあっている子が通信機をうばうようにして
「わたしもデートしてあげるから。お願い。」
つぎに春香が代わる。
「アナライザーさん、出番ですよ、出番。いまやらなければアナライザーさんの男がすたりますよ。」
「アナライザーさん、いい加減に起きたら?艦長やあなたの好きな女の子たちのたのみなのよ。」(くやしいわね。わたしだって十分に若いし、容姿に自信あるのに..。)
アナライザーはしぶしぶ起きてヴィジホンに向かう。
「何デスカ、艦長?」
「アナライザーさん、さっきはごめんね。この星はおかしい。力を貸してほしいの。」
「ボクナドヨリ、モット頼リニナルメカガ沢山アルデショウ。」
「それがだめなの。頼りになるのはアナライザーさんだけなの。お願い。」
春香の姿が消えてアナライザーの「被害」にあったことのある技術班の女の子が映る。
「アナライザーさん。」彼女は手を合わせてアナライザーをみつめる。
「お願い。」
「わたしからもお願い。」もうひとりの女の子もおなじようにポーズをとって画面に映るアナライザーをみつめる。
「アナライザーさん、どうするの?」
「ワカリマシタ、行キマスヨ。行キマス。」
アナライザーは医務室を出て行った。
「春香ちゃん、いまアナライザーさん着艦口へ向かったわ。」
「ありがとうございます。あずさ先生。」
いったん着艦口にもどったコスモハウンドは、アナライザーをのせてふたたびケプラー22bへ向かって飛び去っていった。
「生理学検査、終了しました。」
「結果は?」律子がたずねる。
「みなさん、正常値です。」春香は答える。
「やっぱりね。」
コスモハウンドがベースキャンプについてアナライザーが下りてくると律子は
「アナライザー、本当にごめんね、あなたが正しかったわ。」
深々と頭を下げる。
「「アナライザーさん、ごめんね。」」
技術班の女の子がだきついてみせる。
坂東が
「今度こそ、かわいい女の子に抱きつかれて狂ったりするなよ。」
とはやしたてる。
「ナニオー、ボクハ正常ダ。ボクノ性能ヲ今コソ証明シテミセル。」
「アナライザー、わたしたちには地球そっくりに見えるこの星が、ラム艦長によるとバース星そっくりに見えるらしいのよ。手がかりはないかしら。」
「ハイ。精神疾患ニヨル幻覚症状ヲモタズ、薬剤ヲツカワズ生理学的ニ正常ナハズナノニ幻覚ヲミルケースヲ考エルコトニシマス。」
「生活班ノ皆サン、海ノ中モ調ベテクダサイ。」
生活班は、この惑星にひろがる90%以上の海にもぐってみることにした。
その光景はすばらしいものだった。
海底は一面平坦なサンゴ礁がどこまでもつづく。各種の色鮮やかな、そして地球でみたことのあるような魚が泳ぎ、腕足類、甲殻類などが海底を這っている。
サンゴ虫を食べるオニヒトデや一種の巻貝が大量発生しているところに出くわすと、どこからともなくイゾギンチャクのような巨大な触手があらわれる。ヒトデや貝をつつんで次々に食べていくのである。そして貝殻が触手から排出されていく。
生活班は撮影した画像をアナライザーに送る。
「断層映像装置ヲワタシニツナイデクダサイ。精密観測シマス。」
アナライザーを通じて断層映像装置から出力された図は驚くべきものだった。
「なんかマリモのようなウニのような...深さ2900kmからは岩石になって、マントルと核のようなものがある...。」
そしてそのマリモのようなウニのような深さ2900kmの「層」にはところどころに空洞が見られる。
「総合シテミマストコノケプラー22bソレ自体ガ生命体トオモワレルトイウコトデス。海底デ生活班ノ皆サンガ見カケタノハ、普段ハ、体の表面ニ住マワセテイルサンゴカラ栄養ヲエテイルノデスガ、オニヒトデナドサンゴノ天敵ガ発生スルトサンゴノ天敵デアルヒトデヤ巻貝ヲ捕食スルトイウコトデス。」
「それと幻とどういう関係があるの?」
「コノ星カラハ、強力ナテレパシートイウカ思念エネルギーガ発信サレテコノ星ニ来ル人ノ風俗、習慣、経験ノ違イトイッタ記憶ヲヨビサマシテ投影シテイルノデス。一種ノ催眠トイッテモイイカモシレマセン。」
「どうしてそんなことをする必要があるの?」春香が尋ねると律子が答える。
「宇宙の厳しい環境と外敵から身を守るため...とでも説明すれば理解できるわね。」
「なるほど。」
「天海艦長。」
「どうかしましたか?」
「ボラー連邦のベムラーゼ首相自らがバース星に状況視察に訪れたとのことです。至急お会いしたいとのことです。」
「...。」
「春香、表敬に伺わなければならないわね。」
「はい。律子さん。」
「コスモ生命体だとわかったケプラー22bに移住するかどうかはあとで考えましょう。」
「意思ヲ持ッタ生命体デスカラ環境ヲ著シク変エルヨウダト人類ヲ排除スル恐レモアリマス。他ノ星ヲ探査シテ発見シタホウガ安全ト思ワレマス。」
「そうですね。」
第一艦橋へ戻った春香は、舞へ報告した。
「ケプラー22bは、驚くべきことですが巨大なコスモ生命体であることが判明しました。」
「コスモ生命体?宇宙にはいろんな驚きがあるのね。」
「意思を持つコスモ生命体ですので、人類とうまく利害があえばいいのですが、50億人もいるとこの「惑星」の遺志にそぐわない行動をする人もいるでしょうし、万一人類の存在が邪魔であると感じたら排除にかかると思われます。このことから、最悪の場合の一時的な移住地にしかならないと思われます。」
「わかったわ。」画面の向こうの舞がうなずく。
「っていうか知的生命体がいるのと条件が変わらないわね。永住地にはなりえない。」
「それから、ボラー連邦のベムラーゼ首相がバース星に状況視察にいらしたので表敬にうかがうことにしました。」
「そう...。」舞の表情に一瞬にやけた笑みがうかぶ。
「春香。万一飲めない条件がつきつけられたら従わなくていいのよ。地球の全権大使として地球の立場をしっかり伝えてね。」
「はい...。わかりました。」
舞はにっこり微笑むと画面から消える。
「千早ちゃん、ワープ準備。」
「了解。」
「ラム艦長、ヤマトもワープいたします。」
「うむ。こちらもワープする。バース星で直接お会いしましょう。」
ヤマトとラジェンドラ号はケプラー22星系から姿を消し、
一気に900光年以上をワープし地球から1500光年のバジウド星系へ向かった。
「ワープ終了。」
ワープが終了すると全体的にはグレーだが黄色と青のしまの見える惑星眼前に見える。
「バジウド星系第4惑星バース星まであと5000宇宙キロ。」
「バース星から通信ですぅ。」
細面の人物が画面に映る。
「わたしはボラー連邦所属バース星総督府警備隊長レパルスである。ラム艦長からお話はうかがっている。地球連邦及び諸君のご好意には感謝している。なにか頼みごとがあれば、便宜をおはかりするので、遠慮なく申し出ていただきたい。」
「了解。お言葉に甘えて、船体の点検と植物の採集をお許しいただきたい。」
「よろしい。先導するので、寄港されたい。」
ヤマトはバース星宇宙港にゆっくり着陸し、鞘葉が操縦するコスモハウンドが生活班をのせて植物採集にむかった。
ヤマトが宇宙港に寄港し、春香、千早、律子がタラップをおりてくるとレパルスと警備隊員が笑顔で出迎える。
春香はレパルスと握手をする。
「ヤマトの寄港を心から歓迎します。アマミ艦長、ラム艦長からお伺いしましたが、あなたは戦闘指揮に優れているだけでなく、美しい方ですね。」
「いえとんでもない。ご好意に感謝します。」
春香はおせじにかすかにほおをあからめる。
「ラム艦長、お久しぶりです。ご無事でなによりです。」
「警備隊長。任務お疲れ様です。」
「アマミ艦長、ラム艦長、ボローズ総督も、首相閣下もまもなく到着します。ささやかですが歓迎パーティを開きますのでぜひご出席いただきたい。」
「喜んでご招待をお受けします。」春香は左腕を斜めに胸に当てる。
「うむ。隊長、お気遣いありがとう。わたしよりも地球の皆さんを歓待していただきたい。」
「承知しています。」
平田、アナライザー、土門は、コスモハウンドを降りると反重力車に乗り込み、手ごろな針葉樹林を見つけて作業を始める。
前方の視界がひらけると有刺鉄線のようにレーザーバリヤーがはりめぐらされた区画の中に小屋が点在し、その小屋の中から囚人が警備兵に追い立てられて伐採作業をはじめる。
警備兵たちは、生活班をみつけ、なにやら怒鳴ってくる。
土門たちは翻訳機のスイッチを入れた。
「わたしたちは、警備隊長の許可を得て、植物採集をしています。」
警備兵の返事は
「だめだ。ここは立ち入り禁止区域だ。帰れ。」
仕方なく、これまで採集した植物をつんで帰ることにする。
「まるで強制収容所だな。」平田がつぶやく。
「どんな罪を犯したか知らないが、みなやせこけて、よろよろしていたな。残酷な話だ。」
「見てはいけないものをみてしまったようですね。」鞘葉がはきすてるようにつぶやく。
「仕方ない、ほかの場所をさがそう。」土門がいったとき、警備兵がいない別の区画の囚人たちが整然とあつまっていっせいにひざまずき、胸のペンダントを夜空へ向かってかざしているのが見えた。
「何だ?あれは?」
反重力車をものかげにつけてのぞく。
夜空には、美しい女性の姿が映し出された。
囚人たちはその「映像」へむかって
「ムターニャ・シャルバート」
「ムターニャ・シャルバート」
と低く静かな声で呪文のように唱える。
しばらくすると、ズダダダダダ...ズダダダダと銃声が響く。
囚人たちの礼拝を「発見」した警備兵がかけつけてきたのだ。
囚人たちはにげまどうが、警備兵の背後からおそいかかる囚人たちもいて、銃を奪われて,撃ち倒される。いくつもの反重力車にのった囚人たちがバリアを発している柵をたおして脱走する。
「おい、集団で脱走したぞ。」
「なにかあるとやばいな。俺たちもヤマトへもどろう。」
土門たちは反重力車に再び乗り込んでヤマトへ戻った。
宇宙港のヤマトでは、物資補給や点検作業が行われている。
数台の反重力車が止まり、バラバラと囚人たちが降りてくる。
何事だろうと乗組員が近づこうとすると囚人たちはいきなり衝撃銃を撃つ。
「何をするんだ。」
別の乗組員が威嚇射撃をする。
ズギューン、ズギャーン、ズギューン、ズガーン...
と銃声がひびく。
その間に別の囚人のグループが侵入口をさがしていた。そして、機関部員がサブノズル周辺で点検口をあけて、内部をチェックしているのを発見し、衝撃銃で撃つ。
その機関部員は、全身麻酔で倒れた。その機関部員をのけぞらせると、やっと一人通れるような狭い点検口を囚人たちは続々と侵入していく。
囚人たちは波動エンジンの制御パネルの裏側にあるハッチから機関室へたどりつき、つぎつぎに飛び降りてくる。
「なんだ?てめえらは!」赤城が囚人たちを誰何する。
「動くな。動くと撃つぞ!」
囚人たちは衝撃銃をいっせいに構える。
「このやろう。なめんじゃねえぞ。」赤城が反撃しようとするのを太助がとめる。
「われわれは、この艦を占拠する。直ちに発進体勢を取れ!」
「何だと。」
囚人たちは唖然とする機関部員たちに衝撃銃をつきつけ、
「そこから動くな。一歩でも動いたら射殺するぞ。」
「この艦をのっとってどこへ行くつもりなんだ。」太助が囚人たちをにらみつける。
「われわれの聖なる星シャルバート星へ行くのだ。」
囚人たちのリーダーが答える。
「シャルバート星??」
太助はなにがなにやらわからず唖然とするばかりだった。
ベムラーゼ首相の表敬にうかがうべくバース星に停泊したヤマト。補給や修理をおこなっているとなぞの囚人風の集団が艦内に進入して来た。