抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 作:ソナラ
風加さんが部屋にやってきてから数日がたった。
先述したと思うが、風加さんはこの春から進学する。彼女が着ているのは進学した際に通うことになっている学校の制服なのだが、どちらにせよ現在は春休みということになる。
つまりその数日の間、風加さんは家で色々と準備をしていた。
例の暴走のせいで一時は少し危うい感じになってしまっていたが、それはそれとして日常はそこそこ恙無く進んでいた……と思う。
二人で暮らしていく上で、最初に決めたことは家事の役割分担だ。
俺一人なら、適当に出前を頼んだりすればよかったが、これからは二人暮らしである。そういうところで横着をすると健全な日常を送れなくなる、ということで。
このあたりは叔母からも口を酸っぱくして言われたことではある。
まぁ、この場合問題は俺の方なのだが。風加さんは家事ができたのだ。もともと木竹竿役の下で家事をして暮らしていくことも想定していたようで、そのための準備ということだろうか。
もしも俺が転生していなければ、学校に通うこともなかったのだろうかと考えると少しだけ複雑な気分になる。
対して俺は家事なんてほとんど出来ない。全く出来ないとは言わないが、気合をいれないとやらない。そして料理のレパートリーはチャーハンと焼きうどんとスパゲッティくらいだ。
とてもじゃないが料理なんてできるとは言えない。これもリハビリだと風加さんは苦笑していたが。
まぁ、俺の家事はどうでもいいのだ。
概ね問題のない共同生活だったが――人間性においても、大きな問題は起きなかった。むしろどうも俺と風加さんはずいぶんと相性がいいらしく、一緒に暮らすというのはすごくしっくり来た。
の、だが。
問題がなくはなかった。
「えーと、風加さん?」
「はいはい何でしょう、木竹さん」
なくはない、というか。
本当に、些細な話なのだけど。
「……どうして部屋の中でも制服なのさ?」
「こ、これは……!」
風加さんは制服姿だった。
普段着が制服だった。というか制服を数着持ち込んで着回していた。そこまでして制服が着たいのかといえば、多分風加さんは力強くイエスと答えるだろうことは想像に難くなかった。
「これだけは……これだけは、こだわりなんです! 聖地には、聖地に相応しい格好で……! あ、木竹さんはそのままでいいですからね! コレはアタシ個人のこだわりなので!!」
「い、いやうん。咎めるつもりはないよ……」
というかそんな権利、俺にはないからね。
どうしても突っ込みたくなってしまうのは、ここ数日彼女とコントみたいなボケとツッコミを繰り返してきた癖のようなものなのだと思う。
打てば響くというか。
とにかく波長の合う、小気味の良い会話はしていて気分が良かった。
「というか、何をしてるんだ?」
風加さんは今、なにやらノートに色々と書き込んでいるようだった。ノートは学校で使うどこにでもある代物で、俺も前世では使っていたやつだ。
これがルーズリーフになると、学生らしくなってきたと感じるのだが俺だけだろうか。
ともかく。
「そ……」
なんだか、風加さんは恥ずかしそうだった。別に書いているものを隠すつもりはないようだったので、好奇心に負けた俺は近づいて、それを後ろから覗き込もうとする。
風加さんは少し迷ってから、顔を赤くしてそれをそそそ、と俺に見せてくれた。
「――創作活動、です……」
木竹竿役だった。
イラストである。
よく出来たモノクロの木竹竿役のイラストがそこにあった。素人目に見ても、間違いなくイラストレーターを名乗れる実力である。
正直、描いているのが木竹竿役でなければ、素直に称賛していただろう。
いやうん、彼女の癖を考えれば、とても自然な題材なんだろうけど。まさか前世の原作スタッフも、別世界で転生したオタク女に木竹竿役のファンアートを描かれているなんて、想像もできないだろう。
自分で言っていて頭が痛くなってくる字面であった。
「よ、よく描けてる……ね」
「あ、あはは……その、前世の経験といいますか。前世でもこうやって描いてたんですよ、木竹竿役」
「前世でも」
「はい、前世でも」
筋金入りだった。
というか俺たちの前世には、もしかして木竹竿役のファンアートがどこかに転がっていたのか……?
「あ、誰かに見せたりとかはしてないですよ。入院しているときに暇だから、手慰みで描いてただけなんで。……一応、そこそこ練習したつもりですけど、下手の横好きですよねやっぱり」
「いや、そんなことないよ!」
思わず声を張って否定していた。
びっくりしたのか、風加さんの視線がこちらに向けられる。見上げる形で、視線がかち合ってしまった。
俺はなんとなく気恥ずかしくなって、視線を木竹竿役の方へ移して……移して、何かイラっときたので視線をあらぬ方向へと外した。
なぜ美少女から木竹竿役の方へ意識を向けねばならんのだ。
それと、入院云々には触れない。彼女はどうも前世もあまり良くない人生を送ったみたいだが、そこに触れるのはなんというか、マナー違反だろうという意識が勝った。
ともあれ、
「……ほんとに、よく描けてると思う。転生してからも練習したのか?」
「はい。……母に見つかると叩かれちゃうので、こっそりと隠れながらですけど」
――やってしまった。
そらした話題が地雷だった。言うまでもなくろくでなしな風加さん母は、娘のイラストの腕に嫉妬したらしい。
「……ごめん」
「謝らないでくださいよ! むしろ、母が嫉妬してくれたお陰で、自分のイラストに自信を持てたんですから」
そうか、風加さんは前世ではイラストを公開していないということは、それを初めて見せたのは風加さんの母ということになる。
「……羨ましいな、風加さんの母親は」
「えっ?」
「…………風加さんの絵を、この世界ではじめて見れたんだから」
「…………むぅ」
いけないな、嫉妬してしまっている。
こんなことに? ということにすら嫉妬を覚えるのは、俺が木竹竿役に引っ張られているのか? いや、それだったら俺はもっと嫌なヤツになっていただろう。
多分、素だ。
俺は前世から、独占欲が強かったのだな。……何となく、心当たりはなくはない。寝取られとか、死ぬほど嫌いだ。
「それにしても……書くのは木竹竿役なんだな」
「まぁ、そうですね……この世界にアタシと木竹さんはいますけど、ゲームはありませんから」
何気なく、俺は風加さんの書いた木竹竿役を眺める。よく描けているけれど、しかしこれは……
「っていうか……なんで裸なんだ?」
「いやだって、木竹竿役の私服の資料がないですし……」
――ご尤もで。
原作において、CGに写り込んでいる姿しかない木竹竿役は、基本的に裸だ。服を着ているシーンもあった気はするが、正直そんなところの資料なんて原作スタッフは作っていないだろうし、きっと適当だったはず。
原作狂信者の風加さんとしては、木竹竿役のデフォルトは裸ということになる。
まぁ、流石に局部は省略されているんだけど。
「でもアタシ、この木竹竿役が推しなんですよね。ほらこの筋肉」
「……そこだけ気合入りすぎじゃない?」
もちろん全体がよく描けているのだけど、そこだけやけに気合が入っているような気がした。
風加さんは、少しだけ恥ずかしげに、
「そ、そこが癖なので……」
と視線をそらして言った。
よかった、恥じらいは回復しつつある。
「というか、木竹竿役といえばやっぱり筋肉ですしね!」
「確かにそこはすごい印象にのこるけどさぁ!」
といえば、で語るものじゃなくない!?
「そういえば木竹さんも、服の上から解るくらい鍛えてますよね?」
「……鍛えないと、体力がな」
「…………ですよね」
何となく覚えがあるのか、実感の伴った声で風加さんは納得した様子でうなずいていた。どこか遠くを見ているような気がするのは、その実感が前世に由来しているからだろうか。
「それにしても、久しぶりに書いたけど、やっぱり……」
ぐ、と風加さんは伸びをしてから、どこか感慨深そうにしながら、呟いた。
「やっぱり、アタシの最推しは木竹竿役なんですよね」
何気なく。
本当に、ただ何気なく。
そう、言った。
その時、俺は――
ふと、ゲームのあるワンシーンを思い出していた。
◆
それは、選択肢だった。
俺は――
>子猫からそれを取り上げることにした。
どうでもいいと切って捨てた。
原作『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』において、それはとても重要な選択肢である。
なにせ、その選択はゲームのエンディングを決める分岐なのだから。
曖昧な俺の記憶において、覚えていることが二つだけある。
バッドエンドの内容と、そしてこの選択肢だ。後者はたった今思い出したところなのだが。なぜ覚えていたのかというと、プレイした後に見たレビューにかかれていた一文がやけに印象に残っていたからだ。
確かその一文は、概ねこんな内容だった。
このゲームには選択肢が複数存在するが、実はエンディングにかかわる分岐は一つしかない。残りはダミー……というよりもおそらく制作が選択肢で影響が出るのを面倒くさがった結果、フラグにかかわる選択肢が一つだけになったのではないだろうか。
というもの。
つまり、その一つだけの選択肢がこれなのだ。
どういう状況でその選択肢が出現するのか。
先日、風加さんと木竹竿役に風加子猫が初めてデレるシーンの話をしたが、その辺りから木竹竿役も風加子猫に対する扱いを軟化させる。
特に象徴的なのは、風加子猫に朝食を作らせるというもの。それから、少しずつ部屋の中であれば自由に行動できるようになった風加子猫は、木竹竿役が集めている本を見つける。
いわゆるラノベとか、マンガとかである。
木竹竿役はそのラノベやマンガを読ませるくらいならいいかと考え読むことを許可するのだが、風加子猫が選んだのは主人公とヒロインのラブコメものだった。
この時、木竹竿役は理不尽にもその作品に男が出てくることに嫉妬するのである。この場面が、おそらくこのゲームで唯一男の存在が出てくる瞬間だ。
それ以外は徹底して木竹竿役と風加子猫しか描かないのだが。
ともかく、結果がこの選択肢だ。
そして、ここで重要なのはどちらの選択肢がバッドルートに分岐するのか、と言う話。
ある意味意外かも知れないが、
主人公とヒロインの一対一のエロに執着していた作品としては、不思議かもしれないがこのゲームにはこんな評価がある。
バッドルートこそがトゥルー。
ある意味、辻褄というやつだ。
木竹竿役は風加子猫に対してひどいことをした。だからその報いを受けなければ辻褄が合わない。と言うのは決しておかしな考えではないと思う。
何より嫉妬によってヒロインを束縛することのほうが、ゲームの趣旨としてあっているとも言える。
だからこそその趣旨を一貫したバッドエンドは評価が高い。
そして、その状況はある意味今の俺と風加さんにつながるところがある。
そう、嫉妬だ。
ことここに至って、この選択肢を思い出して。
俺は、自覚せずにはいられなかった。
俺は、嫉妬している。
何に?
言うまでもない、風加さんの最推しである木竹竿役に対してだ。
俺はたしかに木竹竿役に転生したが、それが木竹竿役とイコールになることはない。風加さんが風加子猫と絶対にイコールとならないように。
だから、俺は風加さんの最推しにはなれない。
そして最推しである木竹竿役が、妬ましい。
これまでもそうだったのだ。風加さんが木竹竿役に対する推し活をしていることを羨ましいと思ったのも、風加さんの口から木竹竿役のことを聞きたくないと思うのも。
全ては俺が木竹竿役に嫉妬していたから。
ああ、なんてこった。
それを自覚してしまえば、俺は理解せざるを得ない。
俺と風加さんの付き合いはたった数日、あまりにも短い。だっていうのに、そのたった短い数日の間に、俺は――
風加さんという女性に、恋をしてしまっていたらしい。
ここから恋愛話になります。