抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 作:ソナラ
「できました……! 完全再現風加子猫自室……です!」
俺と風加さんは、現在風加さんの自室となる予定の部屋にやってきていた。先日まで荷解き前の荷物が置かれているだけだったその場所は、きちんとした自室へと変貌していた。
しかし、なんというか……地味な部屋だ。女性がここで暮らすには、いささか可愛げが足りないというような。理由は今さきほど風加さんが言った通りなのだけど。
一言でいうとその部屋を、俺は幾度となく見たことがあった。
何故か、これも単純な理由。一般的に、低予算の抜きゲにわざわざオリジナルの背景なんて用意されるわけがない。はい、俺はこの部屋を前世において幾度となくいろんな低予算ゲーやエロCGで見たことがあります。
「どうですか木竹さん!! あ、えっと木竹さんは原作をそこまでおぼえてないんでしたっけ」
「そうなんだけど……この部屋には見覚えがあるといいますか……」
逆に、風加さんはこの背景にあまりピンときていないようだった。彼女はたまたま木竹竿役が癖にぶっ刺さっただけで、あくまで一般的な女オタクである。
この部屋がいろいろなエロゲーやらなんやらで腐るほど使い回されているといっても、ピンとはこないだろう。
それと、俺は風加さんに原作をあまり覚えていないことは既に伝えてある。ここを伝えておかないと風加さんからいらぬ勘違いを受ける可能性があったからだ。
風加さんをがっかりさせてしまうかもしれないとも思ったが、ここは誤魔化さないほうが誠実だろうという判断である。そして幸いなことに、風加さんはそれもそうですよねぇと納得した様子でうなずいていた。
とはいえ、
「でも、こうして風加子猫の自室を再現できたのは正直感慨深いです! もうすっかり夜ですが、そうなるとほら、原作だと初日の夜といえば風加子猫のバージンが散らされた瞬間! 今頃ですかね!?」
「開き直らないで慎みをもって、風加さん!」
風加さんの方は、バッチリと展開を覚えているらしかった。
そして風加さんは開き直った。一番さらけ出してはいけないことを覚えた風加さんは、完全にヤケになっているようだった。
これ、夜に一人になったあたりで冷静になったりしないだろうか……今日は寝れるだろうか……
(なお、予めここで記しておくと案の定寝れなかったようで、翌日の風加さんは死にそうな顔をしていた。そして開き直りは黒歴史となってなかったこととなった)
「アタシ、あのセリフが好きなんですよ」
「ごめん多分覚えてないとおもう……」
「最初のえっちが終わった後に放心してる風加子猫に、“これからお前の全ては俺のものだ、俺のことだけを考えて生きろ”って木竹竿役が言ったシーン!」
「ほんとに覚えてなかった!」
そんな事いってたのか、なんてやつだ木竹竿役。とんでもない男である。
ベッドの上で、おそらくその時の放心状態を再現しているらしい無敵の人、風加さん。とはいえそのポーズは何となく覚えがあった。
理由は、割りとしょうもないものだけど。
「ところでこうしてると思い出しませんか?」
「……」
「回想でこの態勢の風加子猫のスチルがびっしりと鎮座していたあの光景」
「黙っていたのに無視して続けたね?」
触れたくなかったから、思い出したけど黙っていたのに。
というか、風加さんはCGのことをスチルと呼ぶのか。女オタクはそういう文化だというのは知っていたけど、リアルでその単語を聞くときが来るとは思わなかった。
ともあれ、風加さんの言いたいことは単純。
「ずっと思ってたので言いたいんですが、原作ってスチル少ないですよね」
「十枚しかないからね……」
そう、風加さんが言っている回想をびっしり埋め尽くす光景というのは、回想のページの一つが『風加子猫が正常位をしているシーン』で埋まっていることを指す。
この作品、低コストの抜きゲにしてはシーン数が多い。その数なんと三十強。結構なプレイバリューである。が、それに対して基本CGの数はなんと十枚しかないのである。
前戯が二枚、本番が五枚、特殊な玩具を使ったシーンが一枚、エンディングがグッドとバッドでそれぞれ二枚。これがすべてである。
変わりに差分は結構多く、コスプレ差分とか緊縛差分とかも存在する。
が、大抵の場合エロシーンは正常位からスタートするので、回想シーンはそこをサムネイルになってしまうのだ。
ぶっちゃけどれがどのシーンだったか書いてないせいで、シーンは充実しているのに見返しにくくて使いにくいのは不評なポイントだった。
流石に原作の狂信者と言ってもいい風加さんですら、そのことは自覚があるようで、なんというか触れにくそうにしている。
「でもすごいんですよ、差分の数はとても多いんです、木竹さんは具体的に何枚あるか知ってますか?」
「いや知らないけどもしかして覚えてるのか……? えっと、150くらい?」
「312枚です」
「そんなに」
これは覚えているな……淀みなく言い切った風加さんの目は淀んでいた。アレは開き直りすぎて正気を失っているということでもあるが、オタクはたいてい自分に絶対の自信が有ると目が濁る。
オタクは正気にしてならず、というやつだ。
いやそんな言葉はないが。
「一番差分が多いのは、もちろんこの正常位の差分です。なんと二割」
「多いな……」
ちなみに次点は前戯だそうだ。言われてみるとアイツラ事あるごとに前戯してた気がするな……
「アタシが特に好きなシーンは何と言っても、中盤で風加子猫が若干木竹竿役にデレるシーンですね」
「淀みなく原作トークが始まったぞぉ」
風加子猫と同じ顔をした風加さんは、風加子猫の基本形態と言ってもいい態勢(正常位)でベッドに寝転んだまま真面目な顔で話をはじめてしまった。
何だこの空間。
「風加子猫って、そのシーンまでずっと自分の意志っていうのを表現してこなかったんですよ」
「そりゃまあ、心に傷を負った状態で鬼畜竿役に好き勝手されてたらなぁ」
「そんな風加子猫の頭を、木竹竿役が気まぐれで撫でるんです。それが少しだけ風加子猫の心を開くわけなんですが……アタシ知ってますよ、これDV」
「よしなさい」
まぁそりゃそうなんだけど。
乱暴な人が、時折優しくなるのはDVによくある事例というのは俺も聞いたことが有る。風加さんの場合は、多分実際に身に覚えがあるのだろう。
具体的には自分の母親とその恋人で。
「とはいえ、それはあくまで現実の話で、フィクションにおいてはそういう行動っていい兆候なんですよね。実際、木竹竿役と風加子猫の関係はそこからぐっと近づいていくわけですし」
まぁ、安易といえば安易な展開ではある。
そこはもちろん風加さんもわかっているようで、でなければいい兆候なんて表現はしないだろう。
原作、『鬼畜竿役と自分だけの好きにしてもいい従順な子猫』の内容を俺がほとんど覚えていないということを伝えた時、かるく風加さんからはあらすじは聞いていた。
親の遺産で生活していた木竹竿役のもとに、風加子猫が送られてくるというのは流石に俺も覚えていたが、その後木竹竿役は風加子猫をこの部屋に閉じ込め飼うことにしたそうだ。
最初のうちは乱暴な行為が続いていたが、風加子猫が過去の経験から性知識に長けていることを把握した竿役は、それを堪能するために風加子猫に調教を施すような方向へシフトする。
だんだんと快楽を感じ始めたことと、木竹竿役の態度が調教へ変化したことで若干軟化したこと。そしてその頭を撫でる行為が決定打となって、自我の薄い風加子猫は少しずつ木竹竿役に心を開くのだとか。
この展開は、正直言って陳腐といえば陳腐である。しかし、低価格の抜きゲーに奇抜な展開が求められているかといえば否である。むしろ徹底して陳腐にこだわっていると言ってもいいだろう。完成度の高いB級映画のようだ、とは風加さんの評。
だからこそ思う。風加さんがそれでもこのシーンを推す理由はどこにあるのだろう、と。
「どうしてそこが好きなのか、ですか? そうですねぇ、色々ありますけど」
ぎ、とベッドがきしんで、風加さんは起き上がる。
そのまま立ち上がると、俺の前に立った。なんだろう、不思議な態勢だ。
……まさか、CGのないシーンを再現しようとしてるとかじゃないよな?
「風加子猫は頭を撫でられたことで、少しだけ木竹竿役に心を開くんですけど、そのときにいったセリフって、“捨て……ないで……くだ、さい”……だったんですよ!」
捨てないで、の部分だけうつむいて風加さんは言った。当たり前だが風加さんは風加子猫なので、うつむいて弱気な声をだすととても似合う。
いやまて当たり前じゃないぞ、そんな当たり前この世に俺と風加さんの間にしかない。
少し、おかしくなってしまった風加さんにあてられているのかもしれなかった。
「それに対して、木竹竿役は最初、“何を言っているんだ”って返すんです。本気で」
「そもそも捨てるっていう発想すらなかった、ってことか」
「そういうことですね! それから、“捨てるわけがないだろ、お前は俺のものなんだぞ”って返すのが、本当に最高で……!」
「なんか、風加さんって束縛するような言葉が好きだよな」
確か最初に言ったセリフも、そんな感じだったよな。
えーと、これからお前の……なんだっけ?
「“これからお前の全ては俺のものだ、俺のことだけを考えて生きろ”?」
「そうそれ」
本当に彼女はこのゲームのセリフをすべて覚えているんじゃないだろうか、という具合にするするとセリフが出てくる。
何がそこまでさせるのか。
オタクには時折、他人には理解できないこだわりを有するやつがいる。そういうのを指して、人は変態というのだろうと俺は思った。
間違いなく、今のヤケになっている風加さんは変態のそれである。失礼極まりないが。
とはいえ、彼女の好きな部分を抜き出すと、木竹竿役が女性に受けるのは何となくわからなくもない。独占欲の強いイケメンというのはそれだけで女性ウケがいいのだ。
まぁ、木竹竿役がイケメンかどうかはさておくとして。
だけれども、今度は別の部分がわからなくなる。どうして木竹竿役だけが風加さんにここまで刺さったんだ? 最推しというからには、風加さんの中で隣に並ぶものがないほど木竹竿役は推しのはずなのだ。
聞いている限り、木竹竿役に普通の俺様系イケメンとの違いを俺は見い出せない。
なにか理由があるのは間違いない。シナリオの展開が刺さったとか、そういう理由が。
でも、何となくそれを風加さんに聞くのは躊躇われた。そこまで踏み込んでしまえば、きっと彼女は高速詠唱を我慢出来ないだろう。
そうなってしまえば、果たして終了するのは何時になるか。
いや、それよりも――
俺はなんというべきか。
――――風加さんの口から、木竹竿役の深い部分を聞きたくない、なんて。
そんなことを、思っているなんて。
それはない……はずだ。
「木竹さん! 木竹さん!!」
ふと、少し考え事をしていたからか、楽しげな風加さんに呼びかけられる。俺に前に立っているのは変わらないが、先程やってみせたような風加子猫のマネではなく、自然体の風加さんからの問いかけだった。
「木竹さんはなにかゲームで覚えてることってありますか!? 木竹竿役のこととか、風加子猫のこととか!」
「あ、いや……そうだなぁ、パッとはでてこないな」
そのままの勢いで問われて、俺はそう端的に答える。特に意識はしていなかったから、すぐには浮かんでこなかったのは本当のこと。
ああ、でも。
そう言ってから思い出した。
このゲームは、とにかくバッドエンドの評判がいい。
徹底して安易な抜きゲーに徹していた原作において、おそらくそこだけはライターのこだわりだったのではなかろうかというほど。
内容は、もちろん逮捕だとか風加子猫が逃げるといたような安易なものではない。
一言で言えば、それは――
二人きりの閉じた世界。
そんな、美しい破滅の情景だったような。
俺は、そんなことを、ふと思い出していた。
完結までのストックがありますので、よろしければお付き合いください。