抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。   作:ソナラ

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9(終) 不束者ですが、よろしくお願いします。

 ――風加子猫は、あまり良くない母の元に生まれた。

 風加子猫の容姿に嫉妬して虐待を働く母は、女としても母としても最低だったと言える。

 だからゲームの風加子猫は心を閉ざしてしまった。それを開いたのは木竹竿役という、鬼畜だが独占欲が強く風加を自分のものとして扱う男だった。

 

 風加さんは、そんな境遇に転生したが腐ることはなかった。

 すでに前世として人生を経験していたことが、凶暴な母の虐待を一歩引いたところから見れるようにさせた。加えて、自分が風加子猫だったことは風加さんにとっては大きな生きる理由だったのだ。

 

 いずれ母は死に、木竹竿役の元へ預けられる。

 かつて自分が憧れた最推しに出会えるのだ。だからこそそれは風加さんに力を与えたし、母の虐待を乗り越えることができたのもそのお陰だと言ってもいい。

 

 だけど、そうして人生を過ごすうちに、ふと思ってしまったのだ。

 

 

「――アタシと、風加子猫は違う、って」

 

 

 とても、とても当たり前のこと。

 俺がそうであるように、風加さんもまた感じていたのだ。木竹竿役の女は風加子猫以外にありえない――と。そうなった時、風加子猫ではない自分が木竹竿役のものになるのは違うのではないか?

 

「でも、それだけじゃないんです」

「と、いうと?」

「――アタシの知ってる木竹竿役は、風加子猫に対する木竹竿役なんですよ」

 

 人とは、決して一面だけの存在ではない。

 風加さんの母は風加さんにとっては最悪だが、若い頃はよくモテたそうだ。風加さんの母と恋愛をする男にとって、風加さんの母がいい女であったときもあるのだろう。

 同じように、木竹竿役はゲームにおいて、風加子猫のこと以外を考えない。

 意図的に描写を省いているのだから当然で、それはすなわち風加さんにとって、木竹竿役はそこしか見えていない人間なのだ。

 

 もしも、それ以外の部分が風加さんにとって許容できないものだとしたら。

 

 ――それは、風加さんの“推し”ではないのだろう。少なくとも、話を聞いていて俺はそう思った。

 

「それでも、やっぱり推しと同じ世界に転生したからには、一度は推しに会ってみたいじゃないですか。遠巻きでも、直接顔を合わせなくたっていいから」

「……まぁ、そうかもな」

 

 だから、生きる理由自体を風加さんは見失わなかった。変化が訪れたのは風加さんの母が亡くなってから――俺の叔母に身元を保証されてからだという。

 

「おばさまが木竹竿役にアタシを預ける事はわかってたから、聞いてみたんです。木竹竿役ってどんな人かって」

「……それで?」

 

 叔母は恐ろしい人だ。とにかく気が強くて男を尻に敷くタイプ。そんな人の俺の評価は、なんとなく聞くのが怖くなってしまう。

 まぁ、

 

「真面目すぎるほどに真面目で、見ていて心配になる人……だそうです」

 

 ――思いもよらない評価で、俺は目を丸くするのだが。

 叔母は、そんなことを俺に思っていたのか……? 普段、ほとんど干渉してこないからそんなに気にされていないのだと思っていた。

 

「そして、真面目だからこそしっかりしていて、子供だけど一人にして心配にならない人……だそうです」

「ああ……なるほど」

 

 いや、違う。

 認められていたのだ。叔母は俺のことを、認めてくれていた。だから一人でも大丈夫だと思った。それは――少しだけ嬉しい。

 

「それを聞けば、解っちゃいますよね。木竹さんは木竹竿役じゃない……って」

 

 流石に同じ転生者だとは思わなかったけど、と風加さんは苦笑するが。

 まぁそりゃ、流石にふたりとも転生者でそれも同じゲームをプレイしたことが有るとか、想像もしないけど。というかそれはむしろ俺のセリフじゃないだろうか。

 抜きゲーの竿役が最推しの人とか、あらゆる世界を探してもそう見つかる気がしない。

 

「でも、そうすると――」

 

 一歩、風加さんは俺に近づいて、

 

 

「今度は、木竹さんのことが気になってきたんです」

 

 

 そう、正面から伝えてくれた。

 思わず、胸が高鳴るのを感じる。好きな人に自分が気になると言ってくれるのは、それだけ嬉しいことだったんだ。

 

「アタシ、ずっと思ってるんですよ。人は一人じゃ変われない……って」

「変わるには、何かしらの外部からのきっかけが必要、ってことか?」

「はい。アタシだったら木竹竿役と、転生がそうでした」

 

 逆に言えば、人は良くも悪くも他人によって変わってしまう。風加さんはいい方向にかわれたけれど、俺の場合は周囲の環境のせいで、こうして引きこもってしまったわけで。

 

「木竹竿役も、そうだったと思うんです」

「……鬼畜竿役にも、影響を受ける周囲があったってことか?」

「はい。これはアタシの解釈なんで正しいかはわかりませんが、木竹竿役は周囲に対するコンプレックスのようなものがあったんだと思います」

 

 木竹竿役は、親の遺産によって働かずとも生活できるだけの資金があった。その上で家に閉じこもって、外界との接触を断つ選択を選んだ。

 ゲーム内ではそれに対する掘り下げはない。だが風加さんが言うには掘り下げがないだけで、設定としてはその辺りも存在していたのではないか、とのことだ。

 

「木竹竿役は家から出ないんじゃなくて、出たくなかったんじゃないかって思います。少なくとも彼は物語の冒頭で、“インターホンが鳴って、それに答えたことはとても久しぶりだ”と言っていました」

 

 通販などで荷物が届いても、木竹はすべて間接的にそれを済ませていたということだ。直接相手の顔を見ることはなく、宅配ボックスなどを使っていたらしい。

 ゲームでもそのことはわざわざ描写されていたそうで、風加さんはそう解釈したらしい。

 

「そういうふうに、人は良くも悪くも変わってしまいます。だけど思ったんです。木竹さんは、変わらないままなんじゃないかって」

「……俺が?」

「そうです、おばさまは言っていました。木竹さんは変わらない人だ、と」

 

 不思議だった。俺だって、他人の影響で変化して、こうして閉じこもることを選んだ人間だ。親の遺産にかまけて、自立を怠っている俺のどこに、木竹竿役との違いが有るんだ?

 

 

「本当に嫌なら――多分木竹さんは、アタシではなく風加子猫を選んでいたと思います」

 

 

 ――それは、本質的に。

 俺があの時、どうして風加さんに告白したのかを察しているがゆえの発言だった。――逃げてもいいのだと。木竹竿役と風加子猫のように、バッドエンドの破滅を選んでも良かったのだと、そう言っている。

 

 だからこそ。

 

「それを選ばなかった時点で、木竹さんは強いんです。かつてそうであったように、今も変わらず」

「……そんな」

「もしも本当に外がイヤで引きこもってる人が、こうやってデートを受けてくれますか?」

「…………あ、いや」

「アタシがでかけたいといった時に、何気なくついていこうなんていえますか?」

 

 ――何も言えなくなってしまった。

 たしかにそれは、俺が人が嫌で引きこもっているわけではないことの証明だ。

 

「もしも木竹さんに変化があったとすれば、それは自分を正したからです。無理に無茶なことを背負わないようにしようと、そう改めたから――そうしないように、木竹さんは内にこもったんじゃ、ないんですか?」

「……困ったな、君に言われると本当にそんな気がしてくる」

「そうですよ! そしてそんな木竹さんだから、私は強く関心を惹かれたんです」

 

 ――そして、

 

「そして、そんな強い人に好かれたいから、私いろいろ頑張ったんですよ?」

 

 俺は、大きな誤解をしていた。

 風加さんが化粧をするのも、家事をするのも、全ては誰でもない俺のためだった。俺に好かれたいからそうしたのだとしたら。

 

「アタシ――好きと、推しは、分けて考えるタイプなんです」

 

 この子は、最初から俺のことを――

 

「そ、それでその!」

 

 ――と、思考を巡らせて、そこで風加さんはずいっと俺に近づいてきた。先程まであった距離がぐっと近づいて、間近に風加さんの顔がある。

 いよいよ、俺は気恥ずかしくて視線を反らしてしまった。

 そして反らした先に風加さんが移動してきて、諦めた。

 

「き、木竹さんもアタシのことが好き、とのことでしたが!」

 

 どうやら、そこに話を持っていくとさすがの風加さんも気恥ずかしくなるらしい。お互いに赤くなる顔をまじまじと眺めながら、今は話をしていることだろう。

 

「つ、つきあってしまいますか? アタシ達!」

「あ、いや、えっと――」

 

 俺は、少しだけ逡巡して。

 

「……今は、やめておこう」

「え――」

「――だって、風加さんはまだ学生だろ? 自分でも言っていたじゃないか、人生をやり直してみたいって」

 

 あ……と、何だか風加さんが停止する。

 けど、コレは俺の偽らざる本音だ、きちんと伝えておくべきだと思う。

 

「だったらもっと、風加さんのやりたいことを全部するべきだ。それに叔母さんからは、保護者って名目で風加さんを預かってるんだから、その面目は守らないとね」

「あ、う……」

「だから」

 

 そう、俺は端的に言った。

 

 

「学校を卒業して、自立したら。その時は一緒になろう」

 

 

 偽らざる、俺の本音だ。

 

「う、うう、うああ……まさか恋人になるより先に、プロポーズをされるとは思いませんでした。……でも木竹竿役と風加子猫だって、肉体関係から始まってるわけですしね……」

「後々自分に突き刺さる発言はやめるんだ、風加さん!」

 

 先日の二の舞いになるぞ、と俺は彼女の煩悩をなんとかかき消す。

 仮にこの告白を思い出す時、この一言がついて回るのは絶対にまずい!

 

「はっ……し、失礼しました! で、でも木竹さんが悪いんですよ!」

「何故に!」

「そういうことをしれっと言っちゃうことです! 最初にアタシを受け入れてくれたときもそうでした!」

 

 顔を真赤にしてうずくまる風加さんは可愛らしいけれど、しかしなんというか、これはあれだ。

 近所迷惑になりかねないな?

 

「うう……アタシ、こんな幸せでいいのかな?」

「君はこれまで頑張ったんだから、幸せにならなきゃダメだ」

「そういうとこぉ!」

 

 言いながら風加さんは立ち上がる。

 お互いに何とか落ち着いて、そうなると今度はこの初春の夜が、寒さとなって襲いかかるわけで。

 

「……とにかく、中に入ろう」

「は、はい……」

 

 そういって、俺は扉を開く。電気の灯らない暗い室内が広がっていて、俺はそこに光をともした。

 

 直後、

 

「あの」

「……何だ?」

 

 ぽつり。

 もしくは、おずおずと言った様子で、風加さんに呼び止められて振り返る。

 

 風加さんは玄関の前に立っていた。

 それが、初めてこの家にやってきた彼女と重なる。風加子猫を待っていた俺のもとに現れた、風加子猫とは印象の異なる美少女、風加さん。

 その時はブレザーの制服で、今は風加さんが選んだ私服だけれど。

 

 自然とその二つの姿は重なって。故に、今この瞬間がその時と同じであると言うことに俺は思い至ったのだ。

 

 きっと、風加さんも同じように思い至ったのだろう。

 どこか緊張した様子で――ともすれば、最初にこの場所に立っていたときよりも緊張した様子で、俺を見ている。

 

 ――ああ、しかし。

 この家は、ゲームにおいては檻だった。

 木竹竿役にとっても、風加子猫にとっても。時にはその檻の中で、二人は果てた。けれども。グッドルートでは二人は生きることを選んだのだ。

 

 同じように、とはいえないけれど。

 それでも、ここは。

 

 ――これから俺と、風加さんが暮らしていく家だ。

 

 かくして、

 

 

「木竹さん。不束者ですが、よろしくお願いします」

 

 

「ああ、……こちらこそ、風加さん」

 

 

 抜きゲーの鬼畜竿役に転生した俺は、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。




以上になります。
ありがとうございました。

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