京都の夜空を赤い影が疾駆する。
赤い影は屋根から屋根へ跳躍し、このかを抱えて走るサルの着ぐるみを着た妙な女の前へ降り立った。
「待て」
「ちっ、もう追いついたんか!?」
シロウを見てすぐに追ってだと気付いたという事は、電車内でのツバメ、風呂場でのサルの式神の術者とみて間違いないだろう。
着ぐるみ女は札を出し呪文を唱えると、たくさんの
「
干将・莫耶を投影しサルを切り刻む。しかし、着ぐるみ女はその隙をついて再び逃げ出した。
進行方向からして、どうやら着ぐるみ女は駅に向かっているようだ。
「ちびせつな、敵は駅に向かっていると刹那に伝えろ」
「はいっ!」
駅に着くと、着ぐるみ女は電車の中へと入るのでそれに続く。
「このかを返してもらおうか」
「くっ! お兄さんもしつこいどすなあ」
「待てー」
電車のドアが閉まる直前、ネギ達が飛び込んできた。
何とか間に合ったようだ。
「このかお嬢様を返せ!」
「フフ……ほな、2枚目のお札いきますえ。お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす」
先程と同様、着ぐるみ女は呪文を唱えると、またも札を投げてくる。
すると……
「なっ!?」
札から大量の水が出てきた。
先ほどの術とのあまりの違いに反応が一瞬遅れ、流されそうになる。
「まずい!」
この狭い車両の中で流されるのは危険と判断し、すぐに刹那達を抱き寄せ手摺りを掴む。
「ゴガ、ゴボ!?」
シロウはまだ大丈夫だが、このままではネギ達の息がもたない。
いきなりの洪水で驚いたアスナやネギは、十分に息を吸えなかったのか、既に溺れそうだった。
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投影するのは中国に伝わる八振りの霊剣の一つ。水を斬ると二つに割れたという伝説を持つ剣。
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「ごほっ……斬空閃っ!!」
水が割れ自由になった刹那は、斬撃を飛ばし列車のドアを破壊した。
水は破壊されたドアから全て流れ出し、シロウ達も無事脱出する。
「はぁ、はぁ……嫌がらせはあきらめて、おとなしくお嬢様を返すがいい」
「ハァハァ、なかなかやりますなあ。しかし、このかお嬢様は返しまへんえ」
何度も術を行使した事で流石に疲労したのか、着ぐるみ女は肩で息をする。
しかし、往生際の悪い事。また着ぐるみ女は逃げ出した。
「え……」
「このかお嬢様?」
アスナとネギは、状況がよくわからないようだ。
だが、シロウはようやく確証を得た。着ぐるみ女がこのかをお嬢様と呼ぶという事は、やはり西の……
「刹那、やはりあの女は……」
「はい。どうやらお嬢様を利用して、関西呪術協会を牛耳ろうとしている連中のようです」
「何よそれ!」
「な、何ですかそれ!」
アスナとネギ君は、刹那の言葉に驚いている。
このかの件を知らないネギ達が驚くのも無理ないが、今は説明している暇はない。
不満げなアスナとネギを一先ずなだめ、再び着ぐるみ女を追う。
「くっ……私がついていながら」
「いや、刹那のせいだけではない。私も油断していた」
シロウは自分が腹立たしかった。
自分がが油断しなければ、このかはさらわれなかっただろうに。
「あの女、どうやらもう逃げる気はないらしいな」
そうこうしている内に、着ぐるみ女に追いつく。
いや、追いつくというより、着ぐるみ女が待っていたという方が正しいか。
「ようここまで追ってこられましたなあ」
いつの間にか、着ぐるみ女は着ぐるみを脱ぎ普通の和服になっている。
「そやけどそれもここまでですえ。3枚目の呪符いかせてもらいますえ」
「おのれ、させるか!」
女がまた札を構えるのを見て、刹那が飛び出す。
どんどん術の威力が上がっている札を警戒するのはいいが、このかの事で完全に冷静さをうしなっている。アレは危険だ。
「まて、刹那!」
「お札さんお札さん、ウチを逃がしておくれやす。喰らいなはれ、三枚符術京都大文字焼き」
女の呪文と共に、巨大な大の字の炎が刹那を襲う。
「ちっ! I am the……」
シロウはアイアスを投影しようするが、
「
その前に、ネギの魔法によって炎はかき消された。
そして、ネギはアスナに魔力供給をしアーティファクトを渡す。
「行くよ、桜咲さん!」
「え……は、はい!」
ネギとアスナの介入で、刹那はなんとか冷静さを取り戻したようだ。
気を取り直しアスナと刹那が呪符使いの女を攻撃しようとした瞬間、2体の式紙に邪魔される。
「ウチの
女は得意げに語るが、隙だらけだ。これならばネギ、アスナ、刹那の3人で抑える事ができるだろう。
シロウは着ぐるみ女から一度意識をはずし、異様な殺気でこちらを伺うもう一人の人物に声をかけた。
「せっかく気配を消しても、その殺気で意味がないな」
「あはは~、ばれてましたか~。どうも~、神鳴流です~。月詠いいます~」
神鳴流……刹那と同じ流派か。
西の呪術師だけでなく、神鳴流の剣士も反旗を翻した様だ。
「邪魔をするのなら、排除させてもらう」
「いけずやな~お兄さん、そんなこと言わんと楽しみましょう~」
話し方こそ おっとり としているが、その体からは異様な雰囲気が漂っている。
「生憎、戦いを楽しむ趣味などないものでね」
「いきますえ~。え~い、や~、と~」
シロウは月詠の剣撃をいなし反撃を試みる。
しかし、やる気のない掛け声とは裏腹に、その剣閃は鋭く反撃の隙がない。
「お兄さんお強いな~。これならどうや~、ざ~んが~んけ~ん」
今までの鋭い剣技とは違い、重い一撃がシロウを襲う。
斬岩剣。その名称から高威力の一撃と判断したシロウは干将・莫耶を交差させその一撃を防いだ。
「む!?」
予想を遥かに上回る重い一撃。片手で受けていれば、腕事弾かれていただろう。
「お~すごいですね~。じゃ~これでどうですか~? ざ~んが~んけ~ん……」
月詠は再び斬岩剣を放とうとした為、シロウは受けるのではなくいなそうと試みる。
しかし……
「にれんげ~き!」
「!!」
いなした剣の軌道は直角に曲がり、再びシロウを襲う。
やむを得ず剣で受けるシロウだが、今の肉体では筋力的に斬岩剣を何度も受けられるほど強くはなく、干将・莫耶を弾かれ無防備になってしまった。
「隙あり~!」
「フッ」
無防備のシロウに容赦なく迫る剣閃。
しかし、月詠の刀はシロウの手にある干将・莫耶に止められた。
「ほえ? どーやったんどすか~?」
「悪いが、敵にタネを明かすほどお人よしではないのでね」
シロウは月詠の刀を押し返し距離を取ると同時に干将・莫耶を投げつける。
「ほわっ!?」
月詠が干将・莫耶を防いだ瞬間。
「ふっ!」
シロウが新たに投影した、黒鍵8本によって壁に縫い付けられた。
「しばらくそこでじっとしていてもらおうか」
「え~、ほんまお兄さんはいけずやわ~。もっと楽しみましょ~?」
壁に縫い付けられ身動きが取れず、プラプラと刀を振りながら月詠は言う。
こんな状況だというのに、態度が変わらないとは。肝が据わっているのか、それとも天然なのか……
「さっきも言ったが、私に戦いを楽しむ趣味はない。それより君はまず心を鍛えるべきだ。戦いを求め続ければ、いつか魔に落ちるぞ」
それだけを告げ、シロウはすぐに刹那たちの下へ向かった。
「……魔かぁ。魔に落ちたら、お兄さんは相手してくれはるんかな~?」
シロウから少し離れた場所。刹那達は呪符使いの女相手に苦戦していた。もちろん実力的なものではなく、現状のせいでだ。
このかの事を気遣って、積極的に攻撃する事が出来ない刹那達。それを小馬鹿にするように、呪符使いの女は笑いながら言った。
「甘ちゃんやな、人質が多少怪我するくらい気にせず打ち抜けばえーのに」
「このかをどーするつもりなのよ」
「せやなー。まず、呪薬と呪符で口を利けんようにして、上手いことウチらの言うコト聞く操り人形にするのがえーな」
アスナの絵に描いたよーなセリフに、呪符使いは更に嘲笑うようにそんなことを言った。
だが、呪符使いのそのセリフは、怒らせてはいけない相手を怒らせてしまった。
「このかお嬢様にそのような事は絶対にさせはしな……!!」
怒りにまかせ呪符使いに斬りかかろうとした刹那は急に止まる。
刹那は冷や汗を掻いた。自分の怒りなど可愛く思えるほどの殺気と怒気。そして、それと同時に飛んできた何か。
「ひっ……ひぃ!?」
呪符使いはその場にへたり込み、その顔を恐怖に染める。
壁に刺さるのは、一本の剣。剣の飛んできた方向へ振り返ればその殺気の主が誰だかわかるのに、刹那もネギもアスナも、誰一人として微動だにできない。
一歩、また一歩と近づく足音。自分の横を殺気の主が通り過ぎ、ようやくその姿を確認することができた。
「そうか、貴様はこのかにそんなことをするつもりだったのだな」
殺気の主はエミヤシロウだった。
冷静な言葉に込められた感じた事の無いような殺気と怒気。
有無を言わさぬシロウの言葉に、呪符使いは完全に冷静さを失っていた。
「う、うわぁぁぁああああ!!!!」
めちゃくちゃに投げつけられた呪符。その呪符は刃となり、炎となり、流水となってシロウを襲う。
しかし、呪符はシロウに届く前に核である札の部分を剣で穿たれ消滅した。
そして、遂にシロウは呪符使いの目の前まで来た。
「……」
───私は知っている。
ただ、力があるだけで利用された少女を。
大人のくだらない願望の為に利用され、苦しんだ少女を。
忘れるわけがない。彼女を
故に、私はその時に決めたのだ。二度とそのような事は起こさせないと
「ち、近づいたらこのかお嬢様がどうなっても知りませんえ!」
千草は必死にこのかを盾にするが、その行為はシロウの怒りを逆撫でする行為に過ぎない。
「やってみるがいい。だがその場合、貴様がこのかに何かをする前に───私が貴様を殺す」
「あ、あぁ……」
振り上げられた手には剣が握られている。
もう呪符使いは分かってしまった。自分は何をしても、何を言っても助からないのだと。
けれど、シロウの剣が振り下ろされることはなかった。
「……新手か」
呟きと同時にシロウは振り向き、飛来する石の槍に剣を叩きつけた。
石の槍はコンクリートの地面に突き刺さり、シロウの剣は折れ、魔力となって消滅する。
砂煙が舞う中現れたのは白髪の少年と彼に助けられたであろう月詠、そして獣の耳の生えた少年だった。
「まさか、君の様なイレギュラーがいるとはね。ここは引かせてもらうよ」
月詠とは違う意味で異様な雰囲気を出す白髪の少年。
シロウを牽制しつつ、白髪の少年達は呪符使いの女を連れ水の中へと沈んでいった。
「転移魔法……か」
ふと振り返ると、刹那達が固まっていて、ネギとアスナにいたっては座り込んでしまっている。
その光景を見てやっとシロウは冷静さを取り戻し、殺気も怒気も納めた。
「すまなかった」
シロウが頭を下げると、3人は はっ となって動き出す。
「士郎先生、貴方はいったい……」
「う、う~ん」
「お嬢様!」
刹那は何か言いかけたが、このかの事を思い出しすぐにこのかの下へ行く。
「んー……あーせっちゃん、ウチ夢みたえ。変なおサルにさらわれて、でも、しろうやせっちゃん、ネギ君にアスナが助けてくれるんや」
気絶していたこのかはまるで寝ていたかのように目をこすりながら目を開き、刹那の顔を確認すると嬉しそうに語った。
「よかった、もう大丈夫です。このかお嬢様」
「あ……よかった~、せっちゃんウチの事嫌ってる訳やなかったんやな~」
無事なこのかを見て、初めて刹那は柔らかな笑みを見せる。
そんな刹那を見て、このかも刹那が自分の事を嫌っていたわけではないと知り笑顔になった。
「そ、そりゃ、ウチかてこのちゃんと話し……はっ!」
京都弁で話し始めた刹那は、何を思ったのか、いきなりこのかから離れる。
「し、失礼しました!! 私はこのちゃ……お嬢様を守れればそれだけで幸せ。いや、それよりも陰でひっそりお支えできればそれで……あの、その……御免っ!」
刹那は早口でしゃべり終えると、脱兎の如く逃げ出してしまった。
「あ……せっちゃん」
このかは、しばらく名残惜しそうに刹那の走っていった方を見ていたが。
自分を助けてくれたのが刹那だけではない事を思い出し、振り返って皆に礼を言う。
「ネギ君もアスナもしろうも、ありがとうな」
「礼なんかいいわよ、親友でしょ!」
「はい、僕も先生ですから!」
ネギとアスナが返事をする中、シロウだけが無言で何も答えない。
「……」
「しろう?」
このかは、先程から無言のシロウを不思議に思い、数歩近づいてきた。
「すまなかった」
「え、何であやまるん? しろうは助けてくれたんやろ?」
このかはますます疑問に思う。
何故助けてくれたのに謝るのだろうか? そんな思いで首をかしげてしまう。
「いや、そもそも私がもっとしっかりしていればこのかがさらわれる事はなかった。結果的に無事だったとはいえ、決して許される事ではない」
「そんなことないて。ありがとうな」
「礼など私には言われる資格がない。本当にすまなかった」
必要以上に自分を責めるシロウ。このかには、そんなシロウが泣いている様に見えた。無論、本当に泣いているわけではない。
しかし、シロウの感情の無い様な顔を見ていると、何故か泣いてるように見えてしまったのだ。
「……えいっ!」
だから、このかはシロウが自分にしてくれたようにシロウの頭を撫でようとジャンプして……結果全然届かず、一瞬だったのでシロウの顔をはたいてしまった。
「あ、ごめんしろう。でもシロウもしつこいえ? そんなんいちいち悩んでたら、禿げてまうよ? 結果オーライ。もっと気軽に考えよ」
あまりの突然の出来事に、ネギもアスナも真剣な顔をしていたシロウでさえあっけにとられてしまう。
「こほんっ……。えーと、だからもうええんよしろう。しろうもさっき言ったやん、結果的に無事だったって。しろうはウチを助けてくれた、ならそれでええやん。それでも、まだ自分が悪いと思うんやったら。まだ自分を許せないんやったら……」
このかは、シロウの顔を見上げて言う。
「またウチが困ったら、助けに来てくれへん?」
「クッ……、くはははははははははは」
先ほどまでの空気は一変、シロウは豪快に笑いだす。
今まで自分にこんな優しい言葉をかけてくれた人がいただろうか?
裏切られ、裏切られ、裏切られ続けた人生で、こんなにも救われた事はあっただろうか?
「なんで笑うん、しろう! 変なのはしろうの方やのに!」
「いやいや失敬。なんだか肩の荷が下りたような気がしてね。私からも礼を言わせてくれ、ありがとうこのか」
故に、ここに誓おう。
このやさしい少女は、私が必ず護ると。
「それと約束しよう。このかが困った時は必ず助ける」
「約束やよ」
「ああ」
シロウは右手を胸に当て跪く。その光景は、まるで御伽話に出てくるお姫様と騎士のようであった。
そして、シロウは誓いの言葉を述べる。
「今よりこの身は君の道を切り開く剣となり、君を守る盾となろう」
───契約はここに完了した。
こうして修学旅行一日目は幕を閉じる。
どうもアンリです。シロウが怒ってる、シロウが怒ってるよ……愉悦♪
……ふぅ、そろそろ一日一話の更新ペースがキツくなってきた。というのも、今学校が学園祭に向けてかなり忙しくなってきて、前書いていたもののデータはありますが、修正する暇がない。一応ほぼ一日話投稿で行こうと考えていますが、場合によっては数日間が空くこともあるかもしれません。その時はご了承ください。
さて、それでは宝具……とまではいきませんが、シロウの投影した剣の紹介。
『
越王の勾践が鍛冶師に命じ、昆吾の神を祀って作らせた八振りの霊剣のうちの一つ。
この剣で水を斬ると、水は割れてふたたび合うことはなかったと伝えられている。
ちなみに、残る七つの霊剣は揜日、転魄、懸剪、驚鯢、滅魂、却邪、真剛という。
それではまた次回!!