修学旅行
吸血鬼事件から早いものでもう数週間。何事もなかったかのように時は刻まれていく。
絶え間なく教室から聞こえてくる楽しげな声。それもそのはず、3年生は修学旅行を控えているのだ。その日が近づくにつれはしゃいでしまうのもしょうがないだろう。
だが、何故かそんな中シロウとネギは思案顔で学園長室へと足を向ける。
「いったい何の用なんでしょうか? はっ、まさか修学旅行が中止とか」
「いや、流石にそれはないだろう」
「そっ、そうですよね!」
どうやらネギは父親である
普通に考えれば今まで何の連絡もなかったし、生徒達も楽しみにしている修学旅行を急遽中止にすることなどありえない。
話があるとすれば、前に説明された関西呪術教会とやらの件あたりだろうとシロウは考えていたのだが、学園長室へ入った瞬間その考えは打ち砕かれた。
「ネギ君、エミヤ君。実はの、修学旅行が中止に……「ええ~!修学旅行が中止~!?」……む?」
そのまま へなへな と壁に寄りかかるネギ。
まさか本当に修学旅行が中止になるとは哀れなり。
「待て待て、まだ完全に中止とは言っとらん。ただ、ちょっと先方が嫌がっていての」
学園長は関西呪術協会が西洋の魔法使いであるネギが来るのを良く思ってないと説明する。
その為、ネギに特使として西の長に親書を届けてもらいたいらしい。
「ただ、道中西からの妨害があるかもしれんが……」
「わかりました、任せてください学園長。」
「うむ、では頼んだぞ。ああ、エミヤ君は話があるので残ってくれ」
「わかった」
こうなる事は大体予想は出来ていた。親書の件だけならば、わざわざシロウを呼ぶ必要は無い。
ネギが学園町室を出たのを確認すると、学園長は口を開いた。
「実は、問題なのは親書の事だけではなくての」
「このかの事……だけではないな。関西呪術協会で派閥でもあるのか?」
「むぅ……いつものことながら鋭いのぅエミヤ君」
頭に汗を浮かべながら、半ば呆れたように言う学園長。
そうは言っても推測しやすすぎる。ここへ呼び出される時は何かしらこのか関連の事で学園長が困っている時だ。
それに、このかの実家が関西呪術教会だという事も聞いている。
「なに、貴方からの説明を繋ぎ合せれば推測はそう難しくないさ。更に言えば、このかの護衛に京都の神鳴流剣士である刹那が付いているからな」
京都出身であるこのかが、護衛までつけて他県の麻帆良に入学している。
となれば、内輪で何か問題があるのでは? と推論するのはたやすい。
「うむ、その通りじゃ。西の奴らの中でこちらを良く思っていない者達が、このかの魔力を利用しようとするかもしれん。そこで、エミヤ君には刹那君と共にこのかの護衛を頼みたい」
「それは構わん。だが、ネギ君には話さなくてもいいのか?」
「ネギ君には親書のことがあるからの、あまり負担を掛けたくないのじゃ」
確かに、生徒達の面倒を見ながら親書を渡すという任務に加え、このかの護衛ともなれば戦闘は避けられないだろう。
魔法使いとはいえ、10歳のネギには少し荷が重い。
「わかった。このかの事は任せるといい」
「うむ、頼んだぞ」
修学旅行当日
少し早めに来たはずだったが、3-Aの生徒達は何人かもう来ている。
「おはよう、しろう~」
「ああ、おはようこのか。それとネギ君にアスナ」
「あ、シロウさん。おはようございます!」
「おはよう、士郎。じゃなくて、士郎先生」
ネギはよほど楽しみなのか、朝からテンションが高い。そんなネギに、保護者のアスナはやれやれといった感じだ。
それから、しばらくして3年生の全員がそろったので新幹線へと乗り込む。
「ネギ先生」
「どうしたんですか? 桜咲刹那さんにザジさん」
「エヴァンジェリンさん達がいない為、私達の班は2人になってしまったのですが」
「あ、わかりました。それじゃあ桜咲さんはアスナさんの班に、ザジさんはいいんちょさんの班でお願いします」
どうやら、エヴァは修学旅行に来ないようだ。
普段の授業はサボっているが、エヴァは旅行が好きそうだから、来ると思ったのだが……
「ああ、件の呪いか」
そこでシロウはエヴァの登校地獄の呪いの事を思い出す。
宝具の中には、エヴァの呪いを解くことも可能なモノがある。言ってくれれば力を貸す事も出来たが、仮にも世界最強を名乗っているのだ。そう易々と他人に頭を下げる事はできないだろう。
「あ……せっちゃん。一緒の班やなぁ」
「あ……」
このかの言葉にお辞儀だけして、刹那は行ってしまう。
「む? 刹那はこのかと仲が悪いのだろうか……いや、でもそれなら護衛などしないか」
悩みながらも、教職員用の席に着く。
新幹線が発車してしばらくすると、何か光の玉のようなものが飛んできた。
「衛宮先生~」
「ん?」
よく見ると、手のひらくらいの大きさの刹那だった。
「君は、刹那か?」
「はい! 私は桜咲刹那の式紙で、ちびせつなと言います」
式紙……確か、陰陽師が使う、使い魔みたいなものだったはずだ。
「そうか、よろしくちびせつな」
そう言うと、ちびせつなはペコリと可愛くお辞儀する。
「あの、本体が話があるので来てほしいと言っているんですが」
本体という事は刹那か。
話とは、やはりこのかの護衛の件だろうか。
「わかった」
ちびせつなに続き、刹那の下へと向かう。
列車と列車の境目。洗面所や自動販売機が設置されている場所に、刹那が立っていた。
「どうした刹那?」
「士郎先生、わざわざすみません」
刹那の下に着くとちびせつなが ポンッ と人型の紙になる。
使い魔の様に契約する必要がないうえ、依代になるものが紙だけとは式紙とは便利なものだ。
「お嬢様の事で少し話が」
「ああ、学園長から大体の話は聞いている。私もこのかの護衛をする様言われた」
「そうなんですか、士郎先生がいるのなら心強いです」
刹那はこの前の夜よりだいぶ私の事を信用してくれているようだ。
それはとてもありがたい事だ。
……ああそうだ、このかとの事を聞かなくては。
「そういえば刹那。先ほどの君の行動、このかを避けてるように見えたのだが?」
「えっ! い、いえ、そんな事は」
このかの名前をだすと、あからさまに慌てだす刹那。
これはでは嘘をついていないと思う方が難しい。
「刹那、君達に何があったかは聞かん。だが、このかを守るというならば、その身だけでなく心も守らなければならないという事を忘れるな」
「え?」
「私は、ただ一振りの剣となって人々を護ろうとした少女を知っている───」
シロウは国を守る為に王となった少女を思い出す。
《王は人の心がわからない》
そう、彼女は国を、民を守る為、人ではなく王であり続けた。
自分の心を殺し、より多くの民の命を救った。
しかし、いついかなる時も王であり続けた彼女の姿を見て、民は王の心がわからなくなった。
そして、王も民の命を救う事に必死になりすぎて、臣下の心も、民の心も分からなくなってしまった。
だからこそ私は……オレは、彼女の心を救いたかった。
「正直、見ていられなかったよ。その少女を救いたいとも思った」
故に、大切な人を守る為に、自分の心を殺してまで一人戦おうとしているこの少女に、そんな思いはさせたくなかった。
「今の私は彼女を救えたかどうかさえ思い出せないがね」
「士郎先生、それはいったい……?」
そんな事を話していると、どうも列車内が騒がしい事に気づく。
「なんだ?」
「どうしたんでしょうか?」
様子を見ようと扉を開けた瞬間、手紙を銜えたツバメが飛んできた。
キンッ という音と共に走る白銀の線。
驚くことに、刹那はこの狭い通路の中で野太刀を居合の様に抜き放ち、ツバメを真っ二つに斬り裂いたのだ。
着られたツバメは紙切れとなって床に落ちる。
「式神か……と、これはネギ君の親書じゃないか」
ツバメが持っていたのは、ネギ君が持っているはずの親書だった。
「なるほど、これが西からの妨害か」
なんとも幼稚な……
などと思っていると、ネギが慌てた様子でやってきた。
「待てー!」
「ほら、ネギ君これだろ? ダメじゃないかちゃんと持っておかないと」
シロウは親書をネギに差し出す。
「あ、シロウさん、ありがとうございます。助かりました。」
「いや、礼を言うなら刹那に言ってくれ。取り返したのは刹那だからな」
「え、桜咲さんが? ありがとうございます」
刹那が取り返したという事に、ネギは多少疑問を持ったようだが、素直に礼を言った。
「いえ、気をつけた方がいいですね、先生。特に……向こうに着いてからはね」
そう言って、刹那は席へと戻る。
……はぁ。やれやれ、素直じゃないな刹那も。
あんな言い方では、色々と誤解されてしまうだろうに。
「さ、ネギ君。我々も戻ろう」
「はい、そうですね」
京都駅到着
「皆さん、京都に着きました!」
「いえーい!」「京都ー!」
3-Aはいつにも増して元気いっぱいだ。
だが、それはシロウも同じだった。この世界に来るまで戦い尽くめの毎日だったのだ。多少気分が高揚しても仕方ないと言えよう。
「ふむ、このかの護衛があるとはいえ、私も少しは楽しむか」
「しろう何してるん、早くいくえ~」
「ああ、今行くよ」
落ち着いて旅行などした事がなかったシロウは、軽い足取りで歩いていく。
清水寺
「おお~ここが噂の飛び降りるアレかー」
「誰か飛び降りろー!」
「いや、「清水の舞台から飛び降りる」というのは、思い切って物事を行うことの例えであって、実際にやる事では……」
「では、拙者が」
馬鹿な事を言っている生徒達にシロウが説明をしていると、一人の生徒が本当に飛び降りてしまった。
「
生徒達に見えない様、服の中に手を入れて投影したのは性悪シスターが好んで使うマグダラの聖該布。
女性相手では多少丈夫な布に過ぎないが、落下した生徒を捕まえるだけならば十分な力を発揮してくれるだろう。
「
「ご、ござっ!?」
意思を持っているかのごとく、マグダラの聖骸布は落下していく長瀬楓を拘束する。
「楓、周りに迷惑がかかることはしないように。もし次にこんな事をした場合、今夜は簀巻きの状態で寝てもらうことになる」
「……はいでござる」
地主神社 恋占いの石
「これで、某N先生との恋愛は見事成就ですわ!!!」
「ずるーい、いいんちょ目開けてるでしょ」
目を瞑っているはずなのに、まるで見えているかのようなスピードで歩く雪広あやか。
恋する乙女のパワーは無限大である。
「きゃーまたカエルー!?」
しかし、あやかとまき絵は途中に仕掛けられていた落とし穴に落ちてしまう。
中には、何故かカエル。
「くっ、何故こんなところに落とし穴がっ! あやか、まき絵大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですわ衛宮先生」
「私も平気~」
音羽の滝
「うぃ~」
「ひっく」
音羽の滝で水を飲んだ生徒の様子がおかしい。
顔はほんのりと赤くなり、足取りがおぼつかなくなっている。
「なあ、ネギ君、様子がおかしくないか?」
「そういえば……」
シロウとネギは急いで滝の水を確認する。
「これは……酒?」
「キャー!みんな酔っ払ってる」
「ええ~!」
「まずいぞネギ君、新田先生達にばれたら修学旅行が中止になってしまう!」
「あわわわわっ!」
シロウとネギはまだ酒を飲んでいなかったアスナ、刹那、このかの3人に協力してもらい、泥酔している生徒達を急いでバスに放り込んだ。
ホテル嵐山
「ふう、やっと落ち着いたか」
酔っ払って寝てしまった生徒達を部屋に運び、やっと一息つくことができた。
その時、通路の先から源しずな教諭がやってくる。
「衛宮先生、教員は早めにお風呂を済ませてくださいね」
「わざわざすみません、しずな教諭」
「いえいえ。ネギ先生も今お風呂に行ってるから早く行ってあげて」
「わかりました」
今日の疲れ(主に精神的な)を癒す為、風呂場へと向かう。
風呂場へ入るとそこには日本の和を感じさせる見事な露天風呂……ではなく、裸のネギと刹那がいた。
裸なのは風呂だから当然だろう、だが何故刹那がいるのか。
「刹那、ネギ君、何やってるんだ?」
「士郎先生!?」
「シロウさん!?」
「あ、あのこれは……!!」
刹那が状況を説明しようとした瞬間、
「ひゃぁぁああ~~~~~」
と、脱衣所から悲鳴が聞こえた。
「こ、この悲鳴は」
「このか!?」
「お嬢様!?」
シロウと刹那は同時に動き出す。
ドアを開けると、このかとアスナが小ザルに服を脱がされそうになっていた。
「このかお嬢様に何をするかー!」
激怒した刹那は、刀を手にサル達に斬りかかるが……
「キャッ、桜咲さん何やってんの! その剣本物!?」
「ダメですよ、おサルさん切っちゃカワイそうですよー」
ネギとアスナに止められ、刹那は身動きが取れなくなってしまう。
その間に、小ザル達はこのかを連れて行こうとする。
「たわけ! 何をしている、あのサル達は式紙だ!」
シロウはネギ達を叱咤しながら、干将・莫耶を投影しサルを斬る。
「数が多いな」
「士郎先生下がって!」
シロウが邪魔なサルを切ったところに。刹那が滑り込む。
「神鳴流奥義───百烈桜華斬!!」
刹那の技でサルは消し飛び、花弁が舞う。その光景はとても綺麗で、剣技というよりも剣舞と呼ぶに相応しいものだった。
「せ、せっちゃん。よーわからんけど助けてくれたん? ありがとうな」
「あ、いや……っ!!」
このかに礼を言われると、刹那は逃げ出してしまった。
「……なぜ逃げる刹那よ?」
その後ロビーに移動し、このかが刹那のとの関係を話し始めた。
このかと刹那は小さい頃から友達で、よく遊んでいたらしい。
だが、このかが麻帆良に行く事になり一度離れ離れになってしまい、中学に上がり刹那が麻帆良にやってきたので、久しぶり遊べると思ったら避けられるようになっていたそうだ。
「……っ」
このかの目から涙が落ちる。
「何かウチ、悪いことしたんかなぁ……せっちゃん昔見たく話してくれへんよーになってて……」
その姿を見てあまりにもいたたまれす、シロウはあやすようにこのかの頭をなでる。
「……しろう?」
「大丈夫だこのか。刹那はこのかの事を嫌ってなんかいないさ」
「ほんま?」
「ああ、本当だ」
不安げに見つめるこのかにしっかりと頷く。
これは嘘でも励ましでもない事実だ。初めて刹那に合った時の事や、今までの刹那の行動を考えればこのかのことを嫌いになったとは考えられない。
「ただ、刹那はちょっと恥ずかしいんだろう。久しぶりに友達と会って、何を話したらいいかわからないんだ。だから、このかが諦めずに話しかければ、そのうち前みたいに話せるようになるさ」
私の言葉でどこまでこのかを安心させられるかは分からない。けれど言わずにはいられなかったのだ。
やさしい少女が泣いている。この身はそれを放っておくことなどできないのだから。
シロウの言葉が届いたのか、いつの間にかこのかの涙は止まっていた。
「そっか、ウチ頑張る!」
握りこぶしを作るこのか。
「ああ、その意気だ。さ、そろそろ就寝時間だから部屋に戻りなさい」
「うん! ありがとなしろう。それと、ネギ君にアスナも」
「いいのよ、友達でしょ」
「僕は先生ですから」
そして、このかは部屋へと戻る。
このかが部屋に戻るのを確認してから、シロウ達は西の妨害対策を練る事にした。
話し合いの結果、私シロウは外の見張り。ネギ達は、ホテルの中を見回る事になった。
「では、私は屋根の上で見張りをする」
「わかりました。僕達はホテル内を見てきます」
ネギとアスナと別れ、シロウが屋根へと向かう途中、刹那を見かけた。
刹那は、ホテルの出入り口に符の様な物を貼っている。
「結界か刹那?」
「あ、士郎先生。はい、これは式紙返しの結界です。士郎先生は何を?」
「私はこれから、屋根の上に周囲を見張りに行くところだ」
「そうですか。では、これを」
刹那が出したのは、ちびせつなだった。
「何かあれば、式紙を通じて連絡いたしますので」
「了解した。では行こうか、ちびせつなよ」
「ハイッ!」
満開の星空の下。ちびせつなと2人辺りを警戒していると……
「本体から連絡です! このかお嬢様がさらわれました! ホテルから逃げる犯人を確認してほしいそうです!」
と、ちびせつなが言った。
ホテルの中と外。両方を警戒しているのだから、不審者がいればすぐに気づく。
だが、気づかなかったという事は、
「ちっ、既にホテルに侵入されていたか……見つけたぞ」
シロウは気休め程度にと赤い外套を投影して身に纏い、このかの救出に向かった。
どもどもアンリです。今回は特に戦闘もなく、ゆったりとした感じですかね。まぁ、前の話でちょっとシリアスなシーンがありましたからね。
次回では軽くですが、いよいよシロウの戦闘シーンが登場します……といっても、やはりあまり派手なものにはなりそうにないです。派手な戦闘シーンは京都編のクライマックスを楽しみにしていてください。
さてと、それでは宝具……ではないですが、ちょろっと紹介を。
『マグダラの聖骸布』
マグダラのマリアがもっていたと言われる聖骸布。
相手を拘束することに特化した礼装で、特に男性には破ることができない。しかし、あくまで拘束するものなので、拘束によるダメージは与えられない。
マグダラの聖骸布については私もよく知りません。てへぺろ♪……すいません。
なので、もし何か追記がある方は感想の方にお書きください。
ではまた次回!