桜通りの一件から数日。いつもと変わらず授業は進む。
あれから桜通りで吸血鬼が出たという噂は聞かない。
そして、エヴァンジェリンは学校を休んで……もとい、サボっている。
学園長の話ではよくあるとのことなので、この間の件が関係しているわけではないと思うのだが……。
「一度彼女とは話をしておいた方がいいか」
今回の件に限らず、エヴァンジェリンがこの地の警護をしているのなら一度話をすべきだろう。
つまらない誤解で敵対するのは避けたい。
───そして放課後。
HRが終わり、帰り支度を済ませて席を立つ絡繰茶々丸を呼び止める。
「絡繰、少しいいだろうか?」
「なんでしょうか、衛宮先生? それから、私の事は茶々丸と呼んで頂いて構いません」
「そうか、では茶々丸。エヴァンジェリンと話がしたいのだが、彼女の家を知らなくてね。空いている時でいいから案内を頼みたい」
「わかりました」
茶々丸は思案した様子もなく即答する。
多少警戒されるか思案すると思ったのだが、思いのほかすんなりOKを出されたのでさすがにシロウも驚いた。
「今日はネコ達にエサをあげるくらいしか予定はありませんので、お待ちいただければ今日にでも」
「わかった、そういうことなら私もつき合おう。急な話なのにすまないな」
「いえ。マスター……エヴァンジェリンさんとは同じ家に住まわせてもらっているので特に問題はありません」
マスター。そして、同じ家に住んでいるか。
この間は流れ上茶々丸がエヴァンジェリンの従者だと推測したが、間違いなさそうだ。
「では、いきましょう」
「よろしく頼む」
放課後の生徒がまだ下校をしている中、浅黒い肌に白髪、黒いシャツとズボンに赤い薄手のコートを羽織った若い教師と制服を着たロボットの女子生徒という奇妙な2人組は、野良猫の集まる広場へと向かう。
途中、風船が木に引っ掛かってしまった少女を助けたり、荷物が重くて運べないおばあさんを手伝ったり、道行く子供達の相手をしたりと時間を食ってはしまったが、茶々丸の生き生きした? というのもおかしいかもしれないが、生き生きした表情が見れたので良しとしよう。
そして、あと少しで広場へとつこうかという時、直ぐ近くの橋の方から数人の悲鳴等の騒がしい声が聞こえてきた。
「何かあったのでしょうか?」
「ああ、少し様子を見てみるか」
茶々丸と共に広場へ向かう道から逸れ、橋の方へ向かう。
「大変! どうしましょう?」
「警察に連絡だ!」
橋の上や土手には野次馬が群がり、何やら騒いでいた。
野次馬達が指をさす方向を見れば、そこには川に浮かんでいるダンボール。
そして、その中にはおびえた様子で鳴く、白い子猫の姿があった。
「いけない!」
「まて」
子猫の姿を確認した茶々丸はすぐに川へと向かうが、シロウの静止の声でわずらわしそうにしながらも立ち止まる。
その表情はいつも無表情の彼女にしては珍しく、明らかに苛立ちの色が見える。
「なんでしょう?」
「私が行こう。生徒を、ましてや中学生の女の子を濡らすわけにはいかないからな」
「えっ、あのっ」
シロウの言動にによほどびっくりしたのか、一瞬フリーズしておろおろする茶々丸。
これは好機とシロウは茶々丸を無視して通り過ぎ、土手にいる野次馬たちの中へ。
見た目の異様さも相まってか、まるでモーゼの十戒の如く野次馬は割れ、シロウは難なく川に入り子猫の救出に成功した。
「いいぞー、兄ちゃん!」
「かっこいいー!」
見ていた野次馬達が賛辞を送る。当然最初子猫を助けようとした茶々丸も。
「ありがとうございます。衛宮先生」
「気にするな。それよりも、子猫が無事でよかった」
子猫は今私の手の中で「みゃーみゃー」と元気に鳴いている。
これだけ元気なら、助けたかいもあるというものだ。
しかし、今ので服が濡れてしまった。まさか、濡れたまま他人の家にお邪魔すわけにもいかない。
「すまないが、一度着替えに帰ってもいいか?」
「わかりました。私はあちらで猫達にエサをあげてますので」
シロウは茶々丸の指差す方向を確認し頷く。
広場の方にはすでに数匹の猫が集まり、茶々丸の持ってきたエサを まだか まだか と待ち構えていた。
「了解した。では、また後で」
シロウは寮へと走り出す。
(……そういえば、ネギ君とアスナは何をしていたんだろうか?)
途中から自分と茶々丸の事を追いかけてきていた、ネギとアスナの行動を疑問に思いながら。
「さて、待たせたら悪いし急がなければ」
シロウは新しい服に着替え家を出る。といっても、学園長に頼んで今月の給料を先にもらい同じ服を数着買っただけなので、先ほどと何も変わらない。
違うとすれば赤いコートがないくらいか。シャツやズボンは数着買えど、コートまで複数は買わない。
早足でシロウが広場へと戻ると、そこにいたのはくつろぐ野良猫たち。
「茶々丸?」
周囲を探すが茶々丸はいない。彼女の性格からいって勝手にいなくなるという事はないと思うのだが……
「!!」
先ほど子猫を助けた橋の向こう側。民家の屋根の上で茶々丸とネギ、アスナの3人を発見する。
3人の間に流れ得る空気は明らかに緊迫している。
「まさかとは思うが……」
嫌な予感がしてシロウは駆け出した。
距離にして300メートルといったところだろうか。そこで事態は一変する。
アスナの体がネギの魔力で包まれ、茶々丸と接近戦を始め、ネギの周囲には魔力でできた光の球体が停滞する。
あの魔法がどのようなモノかはわからないが、茶々丸の焦りの表情から、食らえばただではすまないだろうことがわかる。
シロウは足を魔力で強化をして走るが、間に合うかどうか微妙なところだ。
「くそっ、間に合わないか!」
放たれる九つの魔力の矢。すでに矢を切り裂く為の
だが届かない。あと10秒。たった10秒早く気が付いていれば間に合ったというのに。
そんなシロウの耳に、小さいながらも確かに声が聞こえた……
「すいませんマスター……衛宮先生、私が動かなくなったらネコ達の事を頼みます」
そんな、諦めた茶々丸の声が。
「たわけ! そんな台詞を吐く暇があるなら最後まであがけ!」
叫びと共にシロウは自らの足に限界以上の魔力を注ぎ込む。
足の筋肉、骨が軋む。血管は切れ、内出血をおこし青黒い痣となる。
だが、それがどうした。自分の生徒も守れないヤツが、何を護れるというのだ。
今まで私は多くのモノを取り零してきた。イリヤのおかげでせっかく得た2度目の生なのだ。
この世界では何一つとして大切なモノを取りこぼしてやるわけにはいかない!!
「
今この瞬間に限り、シロウはあの青い槍兵をも凌駕する速さで魔法の矢と茶々丸の間に入り、全ての矢を切り伏せた。
「きゃっ! いったい何!?」
「い、今誰かが……!?」
魔法の矢がかき消されたことにより煙で視界が悪くなる。
突然の事で困惑したネギとアスナは、煙が晴れ現れた人物に更に驚いた。
「シ、シロウさん……!?」
「何で士郎が! まさか士郎も魔法使いなの!?」
アスナはネギ君と共に茶々丸を狙い、私の魔術を見て『魔法』という単語を出した。
つまりアスナは魔法のことを知り、エヴァンジェリンの事もネギ君から聞いた上で、全てを知った上で、今の行為に手を貸したという事か。
「やいやい、アンタ邪魔しないでくれよっ!」
ネギ君の肩に乗っているイタチ? が何か言っているが、私が一睨みするとネギ君の後ろへと隠れる。
使い魔か何かの類であろうが、今はどうでもいい。そんなことよりも……
「どういうつもりだ、ネギ君」
「えっ? あの?」
いつもより強い口調のシロウに威圧感を感じたのか、数歩下がりながらネギは何がなんだかわからないという顔をする。
それが無性に腹立たしかったのか、それともシロウの癇に障ったのか。シロウの威圧感と語気は更に強くなった。
「君は今、茶々丸を殺そうとしたんだぞ」
「え……あ……」
シロウが真実を突きつけると、ネギの顔は見る見るうちに青くなった。
まさか、この子はそんな事も理解せずに茶々丸を襲ったというのか?
あまりの早計さに、怒りでシロウの拳は震える。
「で、でも、こうでもしないとエヴァンジェリンさんには……」
「エヴァンジェリンの件は知っている。なるほど、確かに戦略として君の行動は正しい。だがなネギ君、君は先生だろう? 自分の生徒に危害を加えてどうする」
「ちょっと待ってよ! 何もそんなに怒らなくても……」
ネギの背後にいたアスナだが、今のシロウの威圧感に流石に危機感を感じたのか、ネギを守るように間に割って入った。
「そんなに怒らなくても、だと? 君は人の命を奪うような危険行為をした者を簡単に許せというのか?」
「そんな大げさな……」
「大げさではない。放った本人はわかっているだろうが、先の魔力の矢は茶々丸を
シロウが視線をネギに移すと、ネギは更に顔を青ざめながら俯く。
「で、でも! 茶々丸さんはロボットだから体くらい壊れても……!」
恐怖で混乱していたのか、アスナは思ってもいない言葉が出てしまう。
言ってからしまったと思ったが、もはや遅い。今の言葉は完全にシロウを怒らせた。
「
「あう……え、あ……」
「それと、今日君達が茶々丸をつけていたのは知っている。なら見ただろう? 茶々丸が何をしていたかを、どんな顔をしていたかを。それでも尚、彼女をロボットだと言う事は私が許さん」
アスナもわかってはいるのだ、自分達が間違っていたこという事は。
ただ、年上の自分がネギを守らなければという思いで空回りしてしまっている。
「ネギ君、私が言った事をよく考えてみてくれ。……それと、そこのイタチ」
「ひっ!?」
シロウが改めて睨み付けると、イタチは全速力でその場を離れ、屋根から突き出た煙突の陰に隠れる。
「あまりネギ君に変な事を吹き込むな」
そう言い残し、シロウは茶々丸を抱えてその場を離れた。
ネギ達のもとを離れたシロウと茶々丸は、町から少し離れた森の中を歩いていた。
「怪我はなかったか」
「はい、私に問題はありません。むしろ、衛宮先生の方が重傷だと思うのですが?」
ぎこちない足取りで自分の後を追うシロウを見て、茶々丸は心配そうに言う。
確かに私の方が重傷ではあるが、茶々丸も十分にボロボロなだろうに。
今日の行動でも分かるが、本当にやさしい娘だ。
「なに、この程度の傷は慣れっこだよ。……鞘もあるしな」
セイバーとの繋がりがない為、まともな使い道は投影して盾として使うくらいだが、魔力を通せば治癒力を促進する程度の力は発揮してくれる。
「何か?」
「なんでもない、気にするな」
頭に疑問符を浮かべる茶々丸を流し、2人は森の中へと入っていく。
歩くこと数十分。少し木々の開けた場所に、お洒落なログハウスが見えてきた。
「ここがエヴァンジェリンの家か。学園からは少し遠いが、自然に囲まれたよいところだな」
「マスターは人が嫌いなので、静かなこの場所がお好きなんだそうです」
言いながら茶々丸はドアノブにカギを差し回す。
シロウに後についてくるよう目配せして、家の中へと入っていった。
「ただいま帰りました」
「ああ、遅かったな茶々ま……なんだそいつは?」
私の顔を見るなり、ソファの上で寝転がり、黒いワンピースをだらしなく着崩したエヴァンジェリンはめんどくさそうに呟いた。
確かに私は招かれざる客かもしれんが、その露骨に嫌そうな顔をするのはやめてほしい。
「なんだとはまたご挨拶だな、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェル君。引きこもりの不登校生徒を改心させようと、家庭訪問に来たのだよ」
「おいっ、茶々丸! なんでこいつを連れてきた! さっさと捨ててこい!」
おい。人を野良犬や野良猫のように言うな。
「すみません。マスターに話があるそうなのでお連れしました」
怒るエヴァンジェリンに、茶々丸は冷静にサラリと答える。
しかも、すでにお茶の準備までしているではないか。エヴァンジェリンよ、少しは茶々丸の冷静さを見習いたまえ。
「私に話だと?」
「ああ。先日の件の謝罪と、私の事情を説明しにな。勘違いで敵視されてはたまらん」
「先日……? あっ、あの狙撃手は貴様か!! あと一歩というところで邪魔をしおって!」
それから興奮気味のエヴァンジェリンを茶々丸の入れてくれた紅茶を飲みながら落ち着かせ、学園長の時同様、簡単に自分の事を説明した。
「なるほどな。だいたい事情は分かった」
簡易な説明だけで反発せずにその事実を受け入れ理解する所は、さすがに色々と噂に名高い吸血鬼といったところか。
「が、貴様自身の事が何もわからんな」
「だから言っただろう。私は英霊で、ある人物に助けられてこの世界に来たと」
「アホか貴様。この世界に来た事情は理解したが、貴様の人柄が見えてこない。そんな奴を敵か味方か判断などできるか」
エヴァンジェリン言うことはもっともだ。
もし立場が逆だったら、シロウもエヴァンジェリンと同じ結論を下すだろう。
「私に過去でも話せというかね?」
「ふん、馬鹿にするなよ? 誰にでも聞かれたくない過去ぐらいあるだろう、特に貴様のように英霊なんてモノになってしまうほどの者ではな。貴様の過去に興味がないといえば嘘になるが、それを詮索しようとも思わん」
エヴァンジェリンはぶっきらぼうな口調に多少の寂しさを感じさせつつ、茶々丸の入れた紅茶を飲みほし、テーブルに置かれたお菓子を口に放り込んだ。
「ではどうしろと?」
「繰り返しになるが、過去を話せとは言わん。だが、貴様自身、嘘偽りなく自分を言い表してみろ。その言葉で貴様を信用たる人間か判断してやる」
エヴァンジェリンの目はスッと細まり、今までで一番真剣な表情になる。
故に、シロウも偽りなく自分を表すに相応しい言葉を選んだ。
「そうだな……私は理想に溺れた愚か者さ。平和などというありもしないモノを目指して、いつしか“正義の体現者”となってしまった者だよ」
お互い見つめあい、一方は真意を探り、一方は偽りなく全てを曝け出す。
部屋の中を重い空気が支配する。それは、一秒を十秒くらいに感じてしまうほどに。
だが、エヴァンジェリンの不敵な笑みで、その空気は霧散した。
「……なるほど“正義の体現者”か。なら私は、さしずめ“悪の体現者”といったところだな。フッ、私と貴様は正反対の存在のようだが、何故か近しいモノを覚えるよ。なぁ『正義の味方』?」
多少の……いや、かなりの皮肉を込めて、エヴァンジェリンはシロウを正義の味方と呼ぶ。
「生憎、正義の味方は廃業したのだよ。今の私は精々そこらのお人よし程度の存在だ。だから、君が人を殺さないのであれば、私は傍観に徹させてもらう。……だが」
弛緩した場の空気をもう一度引き締める。
これから発する言葉が本気だと言わんが如きに。
「私の手の届く範囲にいる者。このかや3-Aの生徒に危害を加えるのならば、相応の覚悟をしてもらう事になる」
「ふん、安心しろ。女、子供は殺さん主義だ」
冷静に返事はしたが、エヴァの心は心底楽しみを感じていた。エヴァは直感した。この男は、面白い存在だと。
真祖の吸血鬼であり、最強の魔法使いである自分が認められるほどの男。退屈凌ぎには十分の存在だ。
その後、エヴァンジェリンがシロウの世界の魔術に興味があるので話せと言い、シロウも色々とこの世界の魔法の事が知りたかったのでそれを了承した。
結果的にその日は泊まる事になり、次の日も日曜で学校がないからと徹夜でエヴァンジェリンの相手をさせられた。
結果、月曜日エヴァンジェリンは風邪で学校を休んだ。
「10歳の少女の体で夜更かしなどするからだ」
そんなことを呟きつつ、昼休み中に午後の授業の準備をしてしまおうと机から教材を出していると、真剣な表情でネギが近づいてきた。
「シロウさん」
「ん、どうした? ネギ君」
ネギの表情は休み前とは違い、何かを決意したような顔つきだった。
おそらく、ネギをそうさせる何かが休日中にあったのだろう。
「この間はありがとうございました。僕は、取り返しのつかないことをするところでした」
「いや、気づけたのならいいんだ」
本当に気づけたのなら、な。
もう少し、ネギ君の様子を見たほうがいいだろう。ネギ君からは、どことなく昔の私に近しいものを感じる。
もしも衛宮士郎と同じ道を歩むのであれば、その時は私が───
「俺っちもすまなかったな旦那!」
ネギの肩から顔を出す白いイタチ。
昨日も思ったのだが、喋っている。使い魔の類だろうか?
「ああ、貴様はあの時のイタチか。ネギ君の使い魔か?」
「ちっちっちっ、違うぜ旦那」
白いイタチは、器用にその小さな指を振る。
この間の事があってよくそんなフランクに話せるものだと、シロウは僅かながらに感心した。
「俺っちは由緒正しきオコジョ妖精のアルベール・カモミールってんだ。カモって呼んでくれ」
「オコジョ妖精のカモ……か」
いささか言いたいことはあるが、たぶんオコジョ妖精とは
「あの、シロウさん。僕エヴァンジェリンさんと正々堂々勝負する事にしました」
オコジョのせいで話がそがれていたが、ネギが口を開いて場の空気が真剣なものへと戻される。
正式な一対一の戦い。それがネギの出した答え。なら、シロウが口を挟めることではない。
「そうか、私は何もできないが頑張ってくれ」
「はいっ! あ、それでですね、今からエヴァンジェリンさんに果たし状を渡しに行こうと思うんですが……」
「待て、授業はどうする気だ。副担任という役職なのに申し訳ないが、私は授業はできないぞ」
一応一般水準の大学卒業程度の学力はあるので、わからないところを教える程度ならできるだろう。
しかし、授業となれば話は別だ。
「授業が始まるまでには、帰ってくるつもりです」
「……わかった。くれぐれも授業までに帰れないなどと言うことがないようにな」
そして、ネギはエヴァの家へと向かった。
「……しまった。そういえば、エヴァンジェリンは風邪で寝込んでるんじゃなかったか?」
ついさっきまでそのことを考えていたというのに忘れてしまうとは……凛のうっかりが移ったか?
「まあ……いいか」
結局、ネギは授業が始まっても帰ってこなく、他に手の空いてる教諭もいなかった為、シロウが授業する事になってしまった。
「藤ねぇ……オレ、はじめて貴女を尊敬したかもしれない」
そして、普段いいかげんに見えていた姉代わりだった人の仕事が、どんなに大変かを知ったのであった。
───そんなドタバタの日々を終えた翌日。「今夜ぼーやと戦う事にしたよ」とエヴァから告げられた。
時刻は夜の7時。科学技術を利用した学園結界の整備をする為、麻帆良は一時的に停電となり、暗闇が訪れる。
無論、停電中は結界も効果をなさないので、エヴァンジェリンは制限なく力を使えるというわけだ。
今シロウがいるのは、橋の見える位置にある高い家の屋根の上。
「ほう、捕縛結界とはネギ君もなかなか器用だな。戦略としても悪くない」
一見やられている様に見えたネギだったが、エヴァンジェリンが橋へきた時に予め設置しておいたのであろう捕縛用の魔法を発動させた。
さすが天才少年と言われているだけあって、中々の策士のようだ。
だが、相手は数百年を生きる真祖の吸血鬼。そう簡単に捕まえられるわけもなく、茶々丸によって捕縛結界は破られネギは血を吸われそうになる。
「ネギ君も頑張ったが、まぁ、こんなものだろうな……ん? あれは」
エヴァンジェリンの勝利かと思われた時、両サイドで結った長い髪を揺らしながら、橋に向かって走ってくる人影が見えた。
(何故かこの光景にデジャヴが……)
なんて思っていると、カモがマグネシウムに火を灯し強烈な発光によって茶々丸に目くらましをする。
精巧に作られているのが仇になったのか、ロボットである茶々丸に目くらましは十分に効果を発揮したようだ。
その隙に、前回同様アスナはエヴァンジェリンにとび蹴りを食らわせ、ネギとその場から離脱。
これでお互い2対2になったわけだが、茶々丸と素人のアスナでは戦力に差がありすぎるだろう……と考えていたシロウだが、実際は違った。
「ほう……?」
アスナはネギからの魔力供給と、素人とは思えない動きで完全に茶々丸を抑えている。
本当に、アスナには驚かされてばかりだ。
「
「
従者同士が戦っている間に、ネギとエヴァンジェリンの魔法がぶつかり合う。
2人の魔法は、属性こそ違うが同種の魔法。最初は拮抗していたものの、やはり経験の差か、エヴァンジェリンの闇の吹雪がネギの雷の暴風を押し始める。
「これは、僅かな差でネギ君の負けだな」
そう思った瞬間、
「へクションッ!」
くしゃみと共にネギの魔力が瞬間的に跳ね上がり、エヴァンジェリンの魔法を押し返してしまった。
「……は? いや、まさか本当にネギ君がエヴァンジェリンに勝ってしまうとは」
そう感心? していた時、丁度学園都市の電気が回復し始めた。
都市の中心からだんだんと明るくなってくる。だが、そこでエヴァンジェリン、茶々丸、シロウの3人は気が付いた。
電気が供給され始めたと言いうことは、間もなく学園結界は再起動すると。
「マスター!!」
「きゃんっ」
茶々丸が叫んだが遅かった。結界が復活した事によりエヴァンジェリンの魔力は封印され、電気ショックを受け気絶したかのように川へと落下していく。
「まずい! 彼女が吸血鬼なら……!!」
世界が違うとはいえ、大まかな部分はシロウの世界と同じ。
ならば、吸血鬼であるエヴァンジェリンは流水に弱い可能性がある。
すぐにシロウは足を強化し、屋根の上を跳んでいく。
「
投影するのはライダーが使っていた鎖つきの短剣。その片方を橋の上にいる茶々丸に投げる。
シロウがいる事に気がついていたのか、茶々丸は驚いた様子も見せず頷いて短剣をしっかりと掴む。
そして、もう片方は鎖の部分を自分の右腕に巻きつけ、落下するエヴァンジェリンを抱き寄せた。
「ぐっ……無事かね? エヴァンジェリン」
「なっ!? 貴様……!!」
エヴァンジェリンは、全裸でシロウの腕の中にいる状態に気づき暴れだす。
「放せ、バカ!」
「放すのはいいが川へ落ちるぞ?」
「むっ……!」
結界のショックで一瞬意識が飛び混乱していたエヴァンジェリンだが、状況を把握すると直ぐにおとなしくなった。
この期に及んで暴れるほど、冷静さを欠いているわけではないらしい。
「ふん。私は別に流水が苦手なわけではないが……すまん、助かった」
普段のエヴァンジェリンらしからぬ素直な感謝の言葉に、不謹慎ながらも笑いが漏れてしまう。
「クッ、まさか君に素直に礼を言われるとは。明日は雨か?」
「っ!! 何だとこのっ、人が素直に礼を言えばっ」
「君は人ではないだろう」
「うがぁぁぁあああーーーー!!」
どうもこの少女を見ていると、姿形は全く違うというのに、私の恩人でありパートナーであった赤い少女を思い出しからかいたくなってしまう。
「すまん、冗談だよエヴァンジェリン」
「……エヴァでいい」
「ん?」
「エヴァと呼べと言ったのだっ!」
ああそういうことか。
エヴァンジェリンの言いたい事を理解し、今度は何のからかいもなく真面目に答える。
「了解したよ───エヴァ」
こうして吸血鬼騒動は幕を閉じるのであった。
はいどうもアンリマユです。僕の事は親しみを込めてアンリさんと呼びなさい♪(某漫画のチートキャラ風)。
はい、こんな感じでとりあえず吸血鬼篇的なモノが終わりひと段落です。次回からは修学旅行編というか京都編というか……まぁ、わかりやすく言えばこのかと刹那が一杯出てくる話ですかね。
えーとはい。それで今回からあとがきで、話中に出てきた宝具紹介をしていきたいと思います。
『
春秋時代に、呉王の命によって名工・干将が作り上げた夫婦剣。
なかなか剣が完成せず思い悩む夫を見た妻の莫耶が、神の加護を得る為の人身御供として自ら炉に飛び込んだという逸話がある。干将の妻・莫耶の命を以って五山精、六英金を溶け合わせた、陰陽を体現した夫婦剣であり、紛失しても必ず持ち主の元へ戻るといわれ、互いに引き合う性質を持つ。
尚、アーチャーのいかなる趣向か、刀身には魔除けと思われる言葉が刻まれている。
鶴翼不欠落
心技至泰山
心技渡黄河
唯名納別天
両雄倶別命
――――両雄、共命別。
それでは、また次回!