正義の味方にやさしい世界   作:アンリマユ

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決別

 

 

地下へと通じる廊下を歩きつつ、己の状態を確かめるように両拳を握りしめる。

ピリピリと痛みが走るが動かすことはできる。それに、その痛み自体が神経に損傷がないことを確認させてくれる。肉体的な負担は多々あるが、過剰な解析による頭痛も収まってきた。残りの魔力も6割はある。

 

「通常戦闘程度ならば、問題はないか」

 

何故シロウが地下へ向かっているのか。

それは遡ること数十分前。試合を終え、会場を出ようとした時刹那に呼び止められた。

なんでもネギとの試合後、超のアジトを調べるといって地下へ潜ったタカミチに同行させていたちびせつなと連絡が取れなくなったらしい。

当初刹那は自分も試合を辞退してタカミチの救出に向かおうとしたが、「剣と幸福、どちらも掴むのだろう? ならば試合を楽しんで来い」とシロウがそれを止めた。故に、シロウは一人で地下を目指しているのだが。

 

「人の気配……一人、ではないな」

 

自身の背後。地下への入り口方面から近づく気配に耳を澄ませる。聞こえるのは女性と思わしき声と、4、5人の足音。

外から来たということは、超、もしくはその協力者が戻ってきたのかもしれない。

シロウは西洋剣を投影し、お互いの姿がギリギリ見えない距離で声をかける。

 

「やれやれ、こんなところに何の用かな? この先は何もない。迷ってしまったのならまっすぐ引き返すといい。武道会の会場へ出られるはずだ」

 

返答はない。が、怯えている様子でもない。

ということは、来るべくしてこの場に来たという事。

敵と判断し一歩前へ出ようとした瞬間、向こうの方が動いた。

瞬動で接近してきた人物は得物を振り上げ……

 

「む」

 

「え?」

 

お互い硬直した。

 

「アスナ……君は何をしているんだ?」

 

「し、士郎!?」

 

やってきた人物はアスナだった。その後ろには高音、愛衣、そして世界樹の説明の際に見かけたシスターの少女が2人……のうちの一人は、よく見れば3-Aの生徒 春日美空だった。驚くことに彼女は元から魔法生徒だったらしい。

シロウがいたことに驚くアスナ達に、刹那から頼まれたことを説明する。かくいうアスナも、こそこそ動いていた美空から無理やりタカミチの事を聞き出したらしく、タカミチを救出にきたらしい。

それならばと、シロウはアスナ達と一緒に行動することにした。

 

「ねぇ、士郎」

 

無言で薄暗い地下を進む時間が居心地悪かったのか、アスナが話しかけてきた。

 

「どうした?」

 

「うん。エヴァちゃんの事なんだけど……」

 

エヴァ、か。そういえば私が刹那と舞台へ向かった後も、アスナはエヴァと話していたんだったか。

 

「士郎と刹那さんが試合に向かった後ね、エヴァちゃんがまだ自分を人殺しだって言うから、襲われたりとか戦争とかで仕方なかったんでしょ? って言ったら「少なくとも、最初の1人は憎しみをもって殺した」って言われたの」

 

自らの体を望まず吸血鬼にされた。その怒りは常人には計り知れないだろう。

それを考えれば、10歳の少女が憎しみに飲まれても無理はない。

 

「それで、私何も言えなくなっちゃってさ」

 

アスナの表情は暗くなる。まるで、自分の能天気さを恨むように。自分ではエヴァを救えないというかのように。

 

「アスナ、君の明るさは好ましいものだ。その明るさには人を元気にする力がある。だがな、この世界にはそれだけでは割り切れないものも確かにあるんだ。特に、エヴァのように長く生きたものにはな……」

 

聖杯戦争で凛と再開して、彼女の彼女らしさに救われた気がした。

だが、それでも自分が数多くの人々の命を奪った事に変わりはないし、衛宮士郎(過去の自分)への憎しみを忘れる事はできなかった。

衛宮士郎への執着が消えたのは、士郎の剣が自らの胸を貫く直前だ。

だから、エヴァにもそれだけ大きな要因でもない限りは……

 

「エヴァちゃんと同じこと言ってる。エヴァちゃんも私の明るさは好ましいけど、そう簡単には割り切れないって」

 

「そうか……昔、両儀 式。私の過去に出てきた着物を着た女性だが、彼女に言われた事があるんだ」

 

 

 

思い返すのは伽藍の堂を発つ前日。

 

「衛宮、お前ここを出るのか?」

 

荷物を整理している士郎に、修行の時以外はあまり積極的に話しかけてこない式が珍しく声をかけてきた。

そのことに驚きつつ、手を止め答える。

 

「ええ、そろそろ世界を回ろうと思います」

 

「正義の味方になる為に、か?」

 

「はい」

 

士郎がそう答えると、式の表情がこわばる。

それは本当に彼女にしては珍しく、他人心配しての動揺。この場に橙子と鮮花がいたら、さぞ驚いただろう。なぜなら「伽藍の堂」の人間である橙子や鮮花ですら、幹也に関すること以外で式のそんな表情を見たことはないのだから。

 

「お前の理想にケチつけるわけじゃないけどさ、よく覚えておけ」

 

式は言う。この先、士郎が人を救い続けるというのなら、必ず人を殺さなければならない時があるだろうと。

そして、人を殺せるのは一度だけ。そこから先はもう意味のない事になる。 たった一度きりの死は、大切なものなんだと。

 

「誰かを殺してそれを使いきった者は、永遠に自分を殺してあげることができない。 人間として、死ねないんだ」

 

「大丈夫ですよ、式さん。俺は誰も殺す気はありません」

 

この時の士郎は何もわかっていなかった。正義の味方を目指す自分が人を殺すことなどあるはずがない。

ただ、全てを救うという理想だけを信じていた。

 

そんな士郎に、式はどこかあきらめたような表情で溜息をついた後、士郎の胸倉を掴んで睨みながら言った。

 

「いいか衛宮、人を救えるのは人だけだぞ。過ぎた願いは自身を滅ぼす。もしお前が人を殺して(やめて)でも人を救い続けるというのなら、その矛盾がいつかお前を殺す(壊す)だろう」 

 

式は言うべきことは言ったといわんばかりに手を放すと、そのまま伽藍の堂を後にした。

 

その後、シロウは式の言った通り大切な人()を殺す。

体を剣にして感情を殺し人々の命を救い続けるが、数多くの願いが零れ落ちる。

そして世界と契約し正義の体現者となった士郎は、人あらざる存在「英霊」となった。

 

 

 

「その後は、君も知っての通り過去の自分に憎しみを抱き、自分殺しをしようとしてしまった」

 

式の言う通りだ。人をやめた者が人を救えるわけがなかった。

人を救いたいなら、同じ人の心をもって救わなければいけなかった。

ただただ、命を救う行為を続けてきた私は。

救えなかった人にしか目を向けず、救えたモノに気づけなかったオレは。

人の心を救う事ができていなかった。

 

「士郎……」

 

「……すまん少し話がそれたな。つまりエヴァの考え方は両儀 式が言うように、人を殺してしまったが故、人として死ぬ事も、人並みの幸せを得る事も許すことができないんだろう。まして、1人とはいえ憎しみで殺したとあっては尚更な」

 

「難しいね」

 

「そうだな。こればっかりはエヴァ自身がどうするかだからな。だが───」

 

───君はそのままでいい。

そう言うと、俯いていたアスナが顔を上げる。

エヴァ自身がアスナの明るさを好ましいと思っているのなら、アスナがそばにいればきっとエヴァも変わることができる。

災害で全てを失い伽藍洞となってしまった衛宮士郎を人間に戻した藤村大河の様に。

守護者として摩耗した英霊エミヤに昔を思い出させてくれた遠坂凛の様に。

 

「君ならきっとエヴァを変えることができるさ」

 

シロウの言葉に「ありがとう」とアスナは笑顔で頷く。

その時、シロウの耳に金属の擦れる音が聞こえた。

 

「皆止まれ。どうやら敵のようだ」

 

魔力で視力を強化する。暗闇の奥に見えるのは何十という数の武道会で高音の対戦相手だった田中さんという名のロボ。確かあのロボの製作は工学部。葉加瀬 聡美が関係しているはず。という事は、彼女もグルである可能性が高い。

 

「来るぞ、皆構えろ」

 

西洋剣を投影しアスナ達の前へ出る。

 

「衛宮先生ー! お姉さまが!?」

 

「フ、フフフフ……そういえば私、皆様の前に素肌を……」

 

愛衣の声に後ろを見れば、高音が自分の世界に入っていた。

年頃の乙女が素肌を晒してしまったことを思えば仕方ないことだとは思うが、今は遠慮願いたい。

 

「高音は使い物にならん。放っておいて目の前の敵に集中しろ!」

 

そんな事を言っているうちに、射程距離まで近づいた田中さんの口が開きビームが出る。

その光線を剣を盾にするように地面に突き立て、なんとか防ぐが拡散した余波が後方のアスナ達を襲う。

 

「みんな、無事……か?」

 

「きゃー!?」

 

「いや~ん!?」

 

余波に直撃したアスナと愛衣はスカートと靴下が不自然にボロボロになっていた。

外傷がかすり傷程度なところを見ると殺傷能力は低い様だが、アレに当たると服が破けていくようだ。

なんというか……違う意味で恐いな。

 

「アスナは私と前衛、愛衣と美空は後ろから魔法で援護! ココネは高音を見ていてくれ」

 

「くっ、やってやるわよー!」

 

「は、はいっ!」

 

「え~」

 

「……(コクリ)」

 

全員の返事を合図にシロウとアスナは田中さんへ駆け、愛衣は呪文の詠唱を始める。

ロボならば牽制は必要ないと頭部目掛けて振り下ろした剣は。

 

「む? 硬いな」

 

頭から顔辺りまで斬った所で剣が止まってしまう。

シロウは一刀両断するつもりで剣を振り下ろしたのだが、腕に怪我をしているとはいえ半分も斬れないという事はかなりの強度だという事だ。

 

「やあっ!!」

 

掛け声とともに聞こえる爆発音。見れば、アスナの方も咸掛法を使った力技で強引にロボを破壊している。

そこへ呪文の詠唱を終えた愛衣の声に、シロウとアスナは左右に別れ後ろへ下がる。

 

「我が手に宿りて敵を喰らえ『紅き焔(フラグランテイア・ルビカンス)』!!」

 

放たれた焔は田中さん達を包み、小さな爆発を起こす。今ので5、6体は破壊できただろう。

残るはあと数体……と思ったのだが、さらに奥から10体の田中さんが現れる。

装甲の堅い田中さんを破壊するのは苦労する上に、こう狭い地下だと二次災害のことも考え宝具の使用がでない。

 

「ちょっ!? 衛宮先生! 後ろからもきたー!!」

 

と、背後からの奇襲で挟み撃ちにされ、先ほどから何もしていない美空が焦って騒ぐ。

 

「少しは君も手伝え! 魔法の射手(サギタ・マギカ)くらい使えるだろう!」

 

「そうよ! 美空ちゃんもちょっとは手伝いなさい!!」

 

「え? 美空ちゃん? どこ?」

 

この期に及んでまだのたまう美空に、ついにアスナがキレた。

美空の両肩をがっしりと掴みもの凄い迫力で詰め寄ると、さすがの美空もふざけるのを止め仮契約カードを取り出した。

 

「でも悪いねー、私のアーティファクト足が速くなるだけだから逃げ専門なんだよね」

 

「へっ?」

 

美空の足にアーティファクトが装備される。

まさかとは思うが、美空のヤツ……

 

「つーわけで……さいならっ♪」

 

美空はココネを担ぐと残像をその場に残すほどの速さで天井や壁を駆けていった。

戦闘において、勝てない敵の場合は即座に逃げるのが定石だ。それは理解しているのだが……なんか納得いかない。

 

「高音・D・グッドマン復活ッ! ご安心を、ここからは私も一緒に戦います」

 

美空の離脱とほぼ同時に、いいタイミングで高音が現実に戻ってきてくれた。

最初から戦ってくれていれば尚良かったのだが、それは言うまい。

その間にも続々と田中さんの数は増える。もはや数える事は不可能なくらいに。

 

「やれやれ、いつになればゴールが見えるのやら」

 

……それから数分。

 

「くっ、そろそろ腕が限界か……」

 

何十体目かのロボを破壊し終え、ついに腕が上がらなくなってきた。

 

「アスナ、大丈夫か?」

 

「なん……とか! 高音さんと愛衣ちゃんは?」

 

「はぁ、はぁ……もう魔力がありません」

 

「MPが、MPが~!!」

 

みんな体力と魔力の消耗が激しい。かくいうシロウも、度重なる剣の投影だけでなく、アスナ達を守る為に盾の投影や魔法の矢を使った為魔力、体力の消耗が大きいのに加え、痛めていた両腕はすでに剣を振り上げるのは難しくなってきている。

しかし、田中さんはまだ数十体はいるし、6本足で動く変なロボまで現れだした。

そんな時、シロウ達が弱っている事に気が付いたのか、前後の田中さんが一斉に口を開き、6足ロボの頭部も光出す。

 

「まずい、全員私のそばへ集まれ!」

 

アスナたちが集まり田中さんの口からビームが発射された瞬間、残る全魔力を総動員して前後に盾を投影する。

 

鏡の盾(ミラー・アイギス)!!』

 

それは、ペルセウスがメデューサを退治する際に用いた鏡のように磨かれた銀色の盾。

宝具ではないが、ごく少量の神秘を保有し『反射』の効力がある鏡の盾は全てのビームを反射する。

狭い通路内でたくさんのビームが反射しロボ達にダメージを与えつつ煙をおこし目くらましの役割を果たす。

シロウは即座に鏡の盾を通路の前後に投げ、

 

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)

 

宝具ではない鏡の盾では小規模な爆発しか起こせないが、反射したビームで損傷しているロボ相手なら十分だ。

晴れてきた視界に映るのは、バラバラになり動きを止めたロボ達。

 

「やったの?」

 

「ああ、おそらくは」

 

煙が舞っていてまだ安心は出来ないが、動く影は見当たらない。

 

「あ、まだ残ってる!このー!!」

 

「おい、待てアスナ!……ん?」

 

煙の中に人影が現れたのを見つけたアスナは、影に向かってハリセンを振り下ろす。

だが、現れた影には先ほどのロボと違い人の気配がする。しかもこのタバコの臭いは……

 

「あたっ!? ひどいな~明日菜君」

 

「た、高畑先生!? すすすすすすみません!!」

 

やはりタカミチだった。おそらくタカミチはアスナに気づいていたのだろう。避けるそぶりすら見せず、ハリセンではたかれた所を ぽりぽり とかいている。

にしても運がいい。アスナが疲れて咸掛法を使えない状態でなければ頭がつぶれていたぞ。

 

「無事だったかタカミチ」

 

「君も来てくれたのかい? 悪いね、エミヤ。高音君達もありがとう」

 

「いえ、当然のことをしたまでです」

 

「はい!」

 

2人とも麻帆良で学園長の次に強いといわれる魔法使い(タカミチ)に褒められたのが嬉しいのか、高音と愛衣は終始笑顔を浮かべている。

しかし、タカミチは拘束されていたはず。どうしてこの場所にいるのか。

 

「ああ、それは少し協力してくれた子がいてね」

 

タカミチの視線を追うと、通路の曲がり角から五月が顔だけ出してお辞儀をしてきた。足元には美空とココネが気絶している。

 

「なるほど」

 

超、聡美、五月が関係しているという事は超包子のメンバーが今回の件に関わっているということか。

それならば、エヴァは今回の件に関与する気はなさそうだし、茶々丸も今回は敵と考えた方がいいな。

 

「それじゃ行こうか、この先が超君のいる部屋らしいからね」

 

タカミチとちびせつなの後に続き通路の先にあった階段を登る。

すると、何十台というパソコンが置いてある部屋に着いたが、超の姿は見当たらなかった。

 

「我々が来るとわかっていて、いつまでもここにいるわけがないか……」

 

「むむ! 本体さんから連絡です!」

 

その時、ちびせつなが連絡を告げる。

現在まほら武道会決勝戦 ネギ・スプリングフィールドVSクウネル・サンダースの試合を行っているそうなのだが、そこで大変な事態が起きているらしい。

本体の刹那が動揺している為ちびせつなも上手く説明できないらしいが、とにかく直ぐにでも会場に来てほしいとのこと。

とはいえ、地下を長く移動して数回階段を上っている。現在が地上より3階分ほど高い位置の部屋だということはわかるのだが、正確な場所はわからない。

 

「エミヤ! こっちに窓がある早く……あ、あれは!?」

 

窓を見つけたタカミチが外へ出て驚きの声を上げる。

タカミチの後を追い窓から外に出ると、丁度まほら武道会の会場が見渡せた。

 

「!! ……なるほど。これがアルの目的か」

 

舞台の上にいるのは倒れるネギと、ネギに手を差し伸べる赤毛の男。修学旅行の時、詠春見せてもらったナギ・スプリングフィールドの写真と同じ顔。

どのような方法かは知らないが、アルはネギにナギとを会わせるのが目的だったらしい。

 

「あれが英雄といわれたネギ君の父、ナギ・スプリングフィールド……」

 

なるほど。確かに彼からは聖杯戦争で相対した英霊たちに似た、英雄の持つ雰囲気のようなものを感じる。

 

 

 

 

 

 

「んー、ここでこうやってお前と話してるって事は、俺は死んだっつーことだな……悪いな、お前には何もしてやれなくて」

 

ナギはネギが子供の頃、6年前の雪の日に告げた台詞と同じ言葉を告げ、呆然とするネギの頭に手のひらを乗せる。

 

「こんなこと言えた義理じゃねぇが……元気で育ちな」

 

ネギには聞かなければならないことが沢山あった。

しかし、いざ父を目の前にして頭が真っ白になり、言葉を発することができなかった。

必死に口を動かして何かを伝えようとして、ようやく声から音が発せられようとした時。

 

「ナギッ!!!」

 

駆けつけたエヴァの大きな声に遮られた。

 

「お?」

 

師匠(マスター)?」

 

「え? 師匠(マスター)? へ? ほぉー、ふーん」

 

ネギがエヴァの事を師匠と呼んだ事にナギは一瞬驚くが、2人を交互に指差しながらニヤニヤと笑い出した。

そんなナギに一喝をすると、エヴァは登校地獄の呪いの事を問い詰めた。

 

「呪い? ……あぁーーーっ! 呪いな! 凄く気になってたんだけどよぉー……解きにいけてないのか俺?」

 

エヴァの言葉で、今思い出した! というように ポンッ と手を打つナギ。実際今思い出したのだろう。

さすがに不味いと感じたのか、額に汗を掻きながら渇いた笑いを浮かべるが、エヴァはさほど気にした様子もなくどうでもいいと言う。

 

「どうせ忘れてたんだろう。それに呪いは他のやつが解いた」

 

「へっ? 呪いを解いたやつがいるのか? 自分で言うのもなんだが、かなりの魔力使ったからそう簡単には解けないはずなんだが」

 

呪いが解ける人物がいたことに、ナギは純粋に驚いている。

 

「ああ、異世界からきたエミヤシロウという魔術使いがな」

 

「異世界? エミヤ? ……そうか」

 

ナギは何度かシロウの名を呟き、懐かしそうに笑う。

本当にこの時代にいるのか、と。

 

「貴様、シロウを知っているのか!?」

 

「さてな? んなことより、なんか用があるんじゃねーのか? もう何秒ももたねぇぜ」

 

シロウの事も気になったが、今のエヴァには幻影とはいえナギがここにいるという事実の方が重要だった。

色々と聞きたいこと、言いたいことはたくさんあるが、そんな時間もないならば願うことは一つ。

 

「では抱きしめろ、ナギ」

 

「やだ」

 

即答するナギに目に涙を潤ませながら睨み付けるエヴァ。わかっていた。わかっていたのだ。断られることは。

一見軽そうに見えて、その実思慮深く信念を持っている。それこそが、エヴァンジェリン・A・K・マクダウェルが魅かれたナギ・スプリングフィールドという男なのだ。とはいえ、即答されたことは恨めかしい。

 

「まあいい。では頭を撫でろ」

 

「それでいいのか?」

 

「どうせそれ以上の頼みは聞かんだろう」

 

長年追い続け、思い続けていたが故、エヴァにはナギのことがよくわかっていた。

対するナギもそんなエヴァのことは嫌いではないが、一度言った事を変える気はない。

自分(ナギ)が愛する女性は、ただ1人だけなのだから。

 

「心を込めて撫でろ」

 

「あいよ」

 

ナギは普段と変わらない軽い返事で、けれどありったけの心を込めてエヴァの頭を撫でる。

その気持ちがわかったのかエヴァの目からは涙がこぼれた。

 

「ネギ……お前が今までどう生きて、何があったのか俺は知らない。けどな、この若くして英雄ともなった偉大かつ超クールな天才&最強無敵のお父様に憧れる気持ちはわかるが、俺の後を追うのはそこそこにして止めておけよ」

 

「大丈夫ですよ父さん。前に、シロウさん……エミヤシロウという人に言われたんです。僕はただ父さんに憧れているだけだって。それでは、何を護るべきかも定まらないって。だから、僕の目標は変わらず父さんだけど、みんなの力を借りて頑張りたいと思ってます」

 

ネギの言葉にナギは安心した。まあ、それでも自分が目標だというのはつまらないが。

ナギは上を向き、少し離れた建物の淵に立つ人物を一度見つめる。自分の息子を見守ってくれていた、大切な友人を。

 

「───ありがとよ」

 

彼にだけその言葉が届くように、周囲に聞こえないような小声でぼそりと呟く。

そして、視線をネギへと戻した。

 

「ネギ。お前は、おまえ自身になりな。───じゃあな。もう、泣くんじゃねぇぞ」

 

その言葉を最後に一度強く発光した後、光は収まっていき、ナギはフードを被ったアルへと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

屋根の上からネギ達を見ているシロウ。

 

最初ナギはネギ、そして途中で現れたエヴァと話をし、再びネギと会話を始めその頭を撫でた所でこちらを向き

シロウと眼が合った。

それは一瞬。周囲の誰も気づかなかっただろうが、目のいいシロウのみ読み取ることができた言葉。

 

───ありがとよ

 

ナギは確かに私に、エミヤシロウに向けて礼を言った。

直後、ナギは発光と共にアルへと戻る。

 

「タカミチ、やはり彼が」

 

「ああ、アルのアーティファクトは色々と条件があるけど、一度だけ特定人物の全人格完全再生ができるんだ。だからさっきのは、間違いなくナギ本人といっていい」

 

「そうか……」

 

アルビレオ・イマ、そしてナギ・スプリングフィールド。『紅き翼(アラルブラ)』の2人が私を知っている。

これで私の予想はかなり真実に近づいた。おそらく、紅き翼(アラルブラ)はエミヤに会った事があるのだ。

いったい何故……? と、そこまで考えた所でタカミチから声がかかり、思考は中断される。

 

「エミヤ。ちょっと仕事に付き合ってくれないかな?」

 

「……わかった」

 

 

 

 

 

その後、武道会の3位までが表彰台に上り、会場に現れた超により表彰される。

表彰式が終了し、人がはけたのを確認してから廊下を歩く超を囲むように降り立った。

 

「これはこれは皆さんおそろいで……お仕事ご苦労様ネ」

 

超を囲む魔法先生の人数はシロウとタカミチを含め7人。

逃げる事は不可能なこの現状においても、超は落ちついている。

最初からこうなることがわかっていたのか、それともこの状況で尚逃げる算段があるのか。

タカミチもそれを理解しているのか、表情こそ笑顔だが警戒を怠らずに前に出た。

 

「職員室まで来てもらおうかな、超君」

 

「それは何の罪カナ?」

 

「ハハハ、罪じゃないよ。ただ話を聞きたいだけさ」

 

あくまで普段と変わらずに接するタカミチ。しかし、場の緊張感は高まる。

その空気に耐えられなかったのか、一人の魔法先生がタカミチとチ超の間に割って入った。

 

「何甘いことを言っているんですか、高畑先生。この子は要注意生徒どころではない、危険人物だ! 魔法使いの存在を公表するなんてとんでもない事です!!」

 

タカミチに甘いと言って起こるのはガンドルフィーニ教諭。

彼は実力はあるらしいが、熱くなりやすいようだ。だが、この場で熱くなるのは感心できない。

 

「そう熱くなることもあるまいガンドルフィーニ教諭。現状で超が逃げることは不可能、まずは冷静になれ」

 

「君は黙っていてくれ! 衛宮先生」

 

睨むようにこちらを見て怒鳴るガンドルフィーニに思わず肩をすくめる。

どうも彼は新参者の私が気に入らないようだ。ここは口出しはせず傍観に徹した方が賢明か。

 

「何故君達は魔法の存在を世界に対し隠しているのかナ? 強大な力を持つ個人が存在する事を秘密にする方が、人間社会にとっては危険ではないカ?」

 

「なっ、それは逆だ! 無用な誤解や混乱を避け、現代社会と平和裡に共存するために我々は秘密を守っている! それに、強大な力などを持つ魔法使いはごく僅かだ!!」

 

ガンドルフィーニの言い分は正しい。正しいが、楽観的すぎる。

何故自らの組織をそこまで信じられる? 何故強大な力を持つ魔法使いが僅かだと言い切れる?

確かにこの世界の多くの魔法使いは人々の為にその魔法を使い、影で世界に貢献しているといえよう。

しかしそれは汚い部分から目をそむけている、理想しか視ず、現実に目を向けていない人間の戯言だ。

超の意見に賛成するわけではないが、ガンドルフィーニの言葉はあまりにも軽すぎる。

そんな教科書に載っているような奇麗事では、信念なき言葉では、信念を持って動いている超を説得する事など不可能。

 

「と、とにかく、多少強引にでも君を連れて行く!」

 

「待てガンドルフィーニ教諭」

 

説得が無駄だと思ったガンドルフィーニが魔法を行使しようとした為、シロウはそれを制する。

だが、それが気に入らなかったのか、ガンドルフィーニはさらに熱くなり、シロウにまで食って掛かってきた。

 

「まぁ待ちたまえ。君の言い分は正しいが、生徒相手に魔法で実力行使は早計だろう。今のところ超に抵抗のそぶりもない」

 

「この子は今まで何度も我々を探るような行動をしている! ただの生徒じゃない! さっきから超君を庇うような動きばかり、君も仲間なんじゃないのか!?」

 

「いや、私は……」

 

「おー鋭いネ、ガンドルフィーニ先生。エミヤ先生には、昨日仲間にならないかと誘ったところだヨ♪」

 

狙ったかのように超は昨日の出来事を話し始める。シロウが断ったという結果は言わずに。

そのせいでガンドルフィーニだけではなく、他の魔法先生も動揺をみせる。

そして、何を焦ったのかガンドルフィーニはシロウに捕縛魔法をかけた。

シロウの体に巻きつき、その身の自由を奪う魔法の矢。

 

「みんな、衛宮先生は僕が抑える。多少手荒になっても構わないから超鈴音を捕まえるぞ!」

 

「ハイッ!」

 

一斉に超に向けて魔法を放つ魔法先生たち。

それはシロウにかけたものと同じ捕縛魔法などではなく、攻撃用の魔法の射手(サギタ・マギカ)だった。

シロウとガンドルフィーニのやり取りに気を取られていたタカミチはそのことに気づくのが一瞬遅れ、止めることができないだろう。

無抵抗の少女が攻撃されるという状況に、シロウの身体は反応していた。

 

「───投影、開始」

 

手のひらに現れた干将・莫耶は捕縛魔法を容易く切り裂き、超に向けられた魔法の矢もすべて切り裂く。

 

「君たちは正気か? 仮にも魔法先生ともあろうものが、生徒に危害を加えようとするなど」

 

「超鈴音はもはや生徒ではない! 犯罪者だ!」

 

ガンドルフィーニの言葉にシロウは自分の思考が冷めていくのを感じた。

彼の言葉も行動も、何一つ間違ってはいない。かつての自分ならば、彼と同じ行動。否、彼のように言葉など交わさず発見次第その身を拘束しただろう。

しかし、今のシロウにはそれはできない。超の事を知ってしまった。その信念も、目的も。

 

「エミヤ先生、礼を言うネ。ありがとう。そして───3日目にまた会おう。魔法使い諸君」

 

シロウ達が睨みあっている隙に超は袖から懐中時計を取り出し、一瞬の空間の歪とともにその場から完全に消え去った。

突然の事に驚く魔法先生達。そんな中、シロウは冷静に手を床についた。

 

「……解析(トレース)開始(オン)

 

「何かわかるかい、エミヤ?」

 

「この場自体に何か細工があるわけではないな」

 

周りの床などには何も異常が見当たらないし、周囲を見渡してみても超は見当たらない。

 

「気配も完全に消えているところを見ると、転移魔法の一種だろう」

 

「そんな馬鹿な! 超鈴音が魔法を使えるという情報はない!」

 

「情報はなくとも、超が魔法が使えるという可能性は0ではない。それに彼女は消える寸前に、懐中時計のようなものを取り出していた。おそらくは魔法道具(マジック・アイテム)だろう。魔法道具(マジック・アイテム)があれば、一般人でも転移することは可能だと思うが?」

 

事実を突きつけるとガンドルフィーニは黙る。

正直な所、私は超に向けて魔法の矢を放った彼らに対し怒りを感じている。多少高圧的になってしまっても勘弁してもらいたい。

 

「ぐっ、そ、そもそも君が邪魔をしなければ超鈴音を捕らえることができていた! それに君を勧誘したと言っていた話はどういう事だ!」

 

「あれは私と超の個人的な問題だ。答える気はない」

 

「貴様!」

 

「止めないか2人とも」

 

更に口論を続け、ガンドルフィーニがシロウの胸倉を掴もうとしたところで神多羅木とタカミチガが2人を引き離すように止めに入る。

 

「落ち着きましょうガンドルフィーニ先生。エミヤ、君も言いすぎだよ」

 

「くっ……すまない、高畑先生」

 

「……失礼した」

 

魔法先生の中でもそれなりの地位のある2人に止められ、シロウもガンドルフィーニも素直に謝罪をした。

しかし、これではっきりした。

 

「とりあえず、超君のことは学園長に報告しに行こう。エミヤはどうする?」

 

「すまないなタカミチ、やはり私は組織というものの中には馴染めないらしい」

 

自嘲気味に言うシロウに、タカミチは何か言おうと口を開きかけるが、何を思ったのか首を振ってその言葉を飲み込む。

その表情は、タカミチのせいではないのにとても申し訳なさそうで、辛そうだった。

 

「わかった、学園長には僕から言っておくよ。……皆さんも、僕に免じてこの場はこれで」

 

タカミチの言葉に魔法先生たちは戸惑いながらも頷く。

 

「エミヤ……すまない」

 

「いや、全ては私の責任だ。君が気に病むことではない。……今までの事、感謝する」

 

シロウはタカミチの返答を待たず、その場を後にした。

 

 

 

沢山の人々のの様々な声が聞こえる。楽しんで笑う声。驚いて叫ぶ声。感動して泣く声。

学園全体が見渡せる屋根の上で人々を見下ろすシロウ。

魔法先生たちとの関係は悪くなってしまったが、あの場で超を捕らえれば超は後悔し、絶望し生きていくことになるだろう。

全てを捨てる覚悟を持って挑んでいる超。そんな彼女を救うには、こちらも全霊をもって答えなければならない。

 

「生徒の事を全力で受け止めてやるのが教師の役目。───故に、後悔はない。そうだろう、エミヤシロウ」

 

シロウは自分に言い聞かせるように呟く。

こうして、麻帆良祭2日目午前中のまほら武道会は幕を閉じるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




はい。てな感じで投稿完了です。
毎回毎回更新が遅くてキャラがぶれていないか心配です(泣)
さてさて、次回……がいつになるかはわかりませんが、ついに次回あの男が登場です!
お楽しみに!

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