正義の味方にやさしい世界   作:アンリマユ

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なんとか……過去編……終了。


エミヤの過去 《後》

「……シロウさん」

 

今まで黙っていたネギが口を開く。

 

「シロウさんは、頑張って、努力して、守護者と言う存在になり、正義の味方……理想を叶える事ができたんですよね?」

 

「……」

 

「シロウさんが弟子入りテストの時僕に厳しくしたのは、シロウさんが辛い思いをしたからですか? でも、辛い思いの果てにシロウさんは夢を叶えた。なら僕も……」

 

「ネギ君。オレ(・・)はね、正義の体現者にはなれたけど、正義の味方にはなれなかった。理想は、叶えられなかったんだ」

 

「え?」

 

「それに、一つ勘違いをしている。守護者というのは正義の味方ではなく、ただの掃除屋(・・・)なのだよ」

 

 

エミヤの記録は続く。

 

守護者となったエミヤが呼び出される世界は、いつも事が起こってしまった後だった。

人間が起こしてしまったことに対する後始末。エミヤは事件の原因となる人間、事件に関係する人間を排除することによって、結果としてその何十倍、何百倍という人類を救った。

だが、奇しくもそれは、エミヤシロウが生前やっていた事と何も変わりが無かった。

 

 

 

「どういうことだシロウ。守護者という存在は、その名の通り人を救う存在ではないのか? これではあまりにも……」

 

お前が報われないではないか。エヴァはその言葉を口には出さなかった。

 

「見ての通りさ。守護者……その中でも抑止の守護者(カウンターガーディアン)と呼ばれる存在は、既に発生した事態に対してのみ発動する」

 

世界を滅ぼす要因が発生した瞬間に出現してこの要因を抹消する。

霊長の抑止力(アラヤ)との契約により力を得た『一般人』が滅びの要因を排除し、結果『英雄』として扱われる。

 

「……つまり私は、多くの人を救ったから『英雄』になったのではなく、守護者として都合の良い『一般人』だったから『英雄』にさせられたのだ」

 

 

 

 

自分の信じた理想()に裏切られ、それでも永遠に続く守護者としての戦い。

その最中、エミヤ何度も考えた。自分の理想は間違いだったのではないかと。

いつしかエミヤは正義の味方という理想を目指した自分を憎むようになった。

そして、万に一つでも可能性があるならば、衛宮士郎(エミヤシロウ)という存在を消す(殺す)と決めた。

 

 

そこは“座”と呼ばれる場所。上も下も無い空間。

そんな空間で、突然体か引っ張られる。

 

「ああ、また呼ばれるのか」

 

また守護者として召喚され人を殺すのかと思った。だが、今回は違った。

頭の中にあらゆる情報が流れ込んでくる。聖杯、マスター、サーヴァント、クラス。

 

「これは……聖杯戦争か!」

 

かつて自分が見た赤い弓兵が英霊エミヤなのだとしたら、このエミヤが呼ばれる可能性もあるのだ。

 

「まさか、本当にチャンスがやってくるとはな」

 

この幸運に感謝しながらも現世へと召喚される。

だが、エミヤが目にしたのは自分を呼んだマスターの姿ではなく、全身に感じる浮遊感と迫りくる屋根だった。

 

「は?」

 

案の定エミヤは屋根を突き破り、その衝撃で部屋は滅茶苦茶になった。

辺りを見渡すが、マスターらしき人物は見当たらない。とりあえず座れる場所を見つけ、座っておく。

その直後、ドンッ と扉を叩く音がして、不満そうな顔で赤い少女が扉を蹴破って入ってきた。

 

「それで、アンタなに?」

 

「開口一番それか」

 

頭が痛くなる。多分この少女がマスターなのだろうが、人のことを屋根の上に召喚しておいて、いきなり「アンタ何?」とはこれいかに。

 

「これはまた、とんでもないマスターに引き当てられたものだ」

 

思わずやれやれといった感じで肩を竦めてしまう。

これは貧乏くじを引いた。こんな事で自身の目的を果たせるだろうか?

そんな様々な考えをしつつ、マスターである少女と口論?(少女が一方的に怒っているだけだが)を繰り広げ、挙句の果てには“令呪”まで使われてしまう。

だが、今になってようやくわかる。目の前少女が優れたマスターである事が。

ハッキリとラインが確認でき、流れてくる魔力は申し分ない。それどころか令呪による「私に従え」という曖昧な命令に強制力を感じる。これは認識を改めなければならない。

その後、少女の部屋へ移動し、自分のクラスをアーチャーだと教えるとセイバーでなかったことにがっかりする少女。その事については後々後悔させる事にしよう。

 

「それでアンタ、何処の英霊なのよ、アンタ?」

 

少女が私が何処の英霊か、つまり私の真名を聞いてくる。

 

「ふむ、私の真名か。私の真名は……」

 

あれ?

 

「……それは秘密だ」

 

「は?」

 

エミヤの言動にぽかんと口をあける少女。

無理もない。聖杯戦争において最も重要である自身のサーヴァントが真名を教えないといったのだ。

 

「あのね。つまんない理由だったら怒るわよ?」

 

「いや、これは中々に深刻な問題だ。何故かと言うと、自分でもわからない」

 

「はああああああ!? なによそれ、アンタわたしの事バカにしてるわけ!?」

 

「マスターを侮辱する気はない。どうにも記憶が曖昧でね、聖杯から与えられた知識以外、自分の事が一切わからない。だがこれは、不完全な召喚を行った君のつけだぞ。どうも記憶に混乱が見られる。自分が何者であるかは判るのだが、名前や素性がどうも曖昧だ。まあ、さして重要な欠落ではないから気にする事はなかろうよ」

 

と言いつつも、実際自分でも参っていた。まさか自分の名前がわからないとは。

 

「気にする事はないって、気にするわよそんなの! アンタがどんな英霊が知らなきゃ、どのくらい強いのか判らないじゃない!」

 

自分のサーヴァントの真名がわからないことにあわてる少女。

記憶が曖昧な筈なのに、何故かそんな少女を見て“らしくない”と思ってしまった。

 

「そんな事は問題ではなかろう。些末な問題だよ、それは」

 

「些末ってアンタね、相棒の強さが判らないんじゃ作戦の立てようがないでしょ!? そんなんで戦っていけるワケないじゃない!」

 

「何を言う。私は君が呼び出したサーヴァントだ。それが最強でない筈がない」

 

こんな事であわてる少女が見たくなかったエミヤは堂々と言い放った。

エミヤの言葉を聞いて少女は黙り込んでしまう。しばらくすると、多少頬を染め照れつつも嬉しそうに言った。

 

「……ま、いっか。誰にも正体が分からないって事には変わりはないんだし、敵を騙すにはまず味方からっていうし。分かった、しばらく貴方の正体に関しては不問にしましょう。それじゃアーチャー、最初の仕事だけど」

 

一変して少女は真面目な顔をする

 

「さっそくか。好戦的だな君は。それで敵は何処だ?」

 

召喚されていきなりとは驚いたが、頼もしい限りだ。

敵がどんな相手だろうと、我がマスターに勝利を捧げて見せよう……と、意気込んだのだが、少女から渡されたのは箒とちりとり。

 

「下の掃除、お願い。アンタが散らかしたんだから、責任もってキレイにしといてね」

 

キラリ と、極上の笑みで少女は言った。

反論するエミヤに少女は「マスターの命」として掃除を頼んだ為、逆らえば令呪の力により身体能力のランクが下がってしまうだろう。

 

「了解した。地獄に落ちろマスター」

 

了解しつつも精一杯の反抗をして部屋を後にした。

 

「……ふぅ」

 

部屋を片付けているうちに曖昧だった記憶が鮮明に思い出される。

我が真名は英霊エミヤ。過去の自分を殺す為に、聖杯戦争に参加した。

そして、少女のことを少しだけ思い出した。それは最後まで自分の身を案じてくれた女性。

 

「……」

 

長きに渡る戦いで磨耗した記憶では少女の名前は思い出せないし、過去の聖杯戦争時の事も覚えていない。

だが、かつての自分のサーヴァントと赤い少女の姿だけは色褪せる事無く覚えていた。

衛宮士郎を殺す為には少女を裏切らなければならないだろう。

 

「だが、せめてその時が来るまでは……少女()のアーチャーでいると誓おう」

 

 

 

朝方、少女の為に紅茶の用意をしているとちょうど少女が起きてきたが酷い。

いや、何が酷いのかと言うと少女の表情というか状態というか。たぶん少女は朝が苦手なのだろう。目を半分だけ開けて気だるそうにやってきた。

目覚ましの意味も込めて紅茶を手渡す。おいしそうに紅茶を飲む少女の顔を見て思わず頬が緩んでしまう。

 

「それより貴方、自分の正体は思い出せた?」

 

一番聞かれたくない事を聞かれてしまった。

だが、目的を果たす為には話すわけにはいかない。

 

「いや、残念ながら」

 

「そう」

 

これ以上は昨日の繰り返しになると思ったのであろう。少女はそれ以上何も言わなかった。

 

「それじゃあ出かけましょうか。貴方の呼び出された世界を見せてあげるから」

 

そう言って立ち上がる少女。

だが困った。外を歩くのは構ない。地形の把握も重要なことだ。だが、彼女に自己紹介をしてもらわねば、少女の名を呼ぶ事が出来ない

いつまで経っても自己紹介をする気配がないので、仕方なくエミヤの方から切り出した。

 

「まて。君は一つ大切な事を忘れている」

 

「え? 大切な事って、なに?」

 

頭に?を浮かべる少女。

ああ、何だろう。今唐突に思い出した。この少女には“うっかり”があるのだった。

 

「……まったく。君、まだ本調子ではないぞ。契約において最も重要な交換を、私たちはまだしていない」

 

「契約において最も重要な交換――?」

 

ここまで言えばわかると思ったのだが、少女はぶつぶつとしばらく呟くが、眉間のしわがどんどん深くなっていく。

 

「……君な。朝は弱いんだな、本当に」

 

「ちょっとアーチャー、あなたいつまでも私の事 君 君 って……あ! しまった、名前……」

 

いささか時間はかかったが、気づいてくれた様でエミヤは胸をなでおろす。

 

「それでマスター、君の名前は? これからはなんと呼べばいい」

 

少女は一瞬嬉しそうに微笑むが、すぐにそっぽを向いてぶっきらぼうに言った。

 

「わたし、遠坂凛よ。貴方の好きなように呼んでいいわ」

 

「遠坂……凛?」

 

名前を聞いた瞬間、磨耗した記憶から彼女の事が鮮明に思い出される。

そうだ、彼女の名は「遠坂凛」その名の通り凛とした女性だ。

 

「それでは凛と。……ああ、この響きは実に君に合っている」

 

エミヤはは出来る限りの親愛を込めて言った。

本当は昔みたいに遠坂と呼びたかった。だが今の彼はエミヤであって衛宮士郎ではない。

今はサーヴァント アーチャーなのだ。

その後、凛と共に深山町と新都を回り、最後にビルの屋上から新都を見渡す。

 

「最初からここにくれば手間が省けたものを」

 

「何言ってるのよ。ここなら確かに全景は見渡せるけど、実際にその場に行かないと町の構造はわからないでしょ?」

 

「そうでもないが、アーチャーのクラスは伊達ではないぞ。弓兵は目が良くなくては勤まらん」

 

「ほんと? じゃあここから遠坂邸()が見える、アーチャー?」

 

「いや、流石に隣町までは見えない。せいぜい橋辺りまでだな。そのくらいならタイルの数ぐらいは見てとれる」

 

「うそぉ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎さん、その目の良さはクラスの能力なのかい?」

 

今まで黙っていた真名が自分自身狙撃手である為、興味深そうに聞いてきた。

何でもクラス能力ではないのであれば、その術を教えてほしいらしい。

 

「いや、確かにアーチャーのクラスには幾らか視力向上の付加があるが、私はもともと視力が良くてね。普段でも1km、魔力で強化すれば4kmは見て取れる」

 

「なっ!?」

 

真名にしては珍しく、唖然とする。

そして、エヴァがぼそっと呟いた。

 

「……デタラメなヤツだな」

 

「吸血鬼の君に言われたくないな」

 

 

 

 

翌日、学校に行くと結界が張られていた。エミヤと凛は犯人を誘き出す為、学校に残る。

すると現れたのは結界を張った犯人ではなく、真紅の槍を持つ青い槍兵だった。

エミヤは凛を抱え見晴らしのいい校庭へと移動する。

 

「手助けはしないわ。あなたの力ここで見せて」

 

凛の声と同時に干将・莫耶を投影し構える。

 

「はっ、弓兵風情が剣士の真似事かぁっ!!」

 

眉間、首筋、心臓と急所を容赦なく狙うランサーの槍をエミヤは悉くいなす。

弓兵というクラスにもかかわらず二刀を巧みに使いこなすエミヤに、ランサーは一度距離をとった。

 

「てめぇ何者だ? 二刀使いの弓兵なんざ聞いた事もねぇ」

 

「そういう君は分かりやすいなランサー。君ほどの槍使いはそうはいまい? それにその真紅の槍」

 

エミヤがランサーの正体を見破った瞬間、ランサーから殺気が噴出した。

 

「貴様、俺の真名を……ならば食らうか、我が必殺の一撃を」

 

「止めはしない。いずれ越えねばならぬ敵だ」

 

二人の間にしばしの静寂が訪れる。

 

「誰だっ!!」

 

音の方向を見ると、制服を着た青年の後姿が。どうやら男子生徒がまだ残っていたらしい。

ランサーは目撃者を消すため男子生徒を追う。凛とエミヤもその後をすぐ追いかけたが一足遅く、男子生徒は血を流し倒れていた。

 

「アーチャー、ランサーを追って」

 

「了解した」

 

凛の指示に従いまだ近くにいるであろうランサーの姿を探すが、さすがに最速の英霊であるランサー。どこにもランサーの姿は見当たらなかった。

凛の所へ戻ると、凛は父親の形見のペンダントに込められた魔力を使い男子生徒を助けていた。

 

「……そうか、君だったのか」

 

エミヤは懐に入れてあったペンダントを取り出す。それは生前自分の命を救ってくれた人が落とした物。

今凛が男子生徒を……衛宮士郎を救う為に使ったペンダントと同じ物だった。

 

 

 

 

 

一連の流れを見ていて、アスナが急に手を上げて言った。

 

「ねぇ、士郎。やっぱり赤い騎士って士郎だったってこと?」

 

「そうだな。確かに最初にランサーと戦っていたあいつは英霊エミヤではあるが、私ではない」

 

「どういう事?」

 

「少し難しいかもしれんが、聖杯戦争に呼ばれている英霊たちは“座”と呼ばれる場所にいる本体からのコピーなのだ」

 

「偽者ってこと?」

 

「ふむ。何をもって偽者と定義するかはこの際置いておくが、オリジナルではない、という点では偽者と言ってもいいのかもしれない。わかりやすく言えば、オリジナルの記憶を持った分身だな」

 

「それって、刹那さんの式神とか楓ちゃんの分身の術のすごい版みたいな感じ?」

 

すごい版とは何とも幼稚な表現だが、中学生のアスナ達にはその表現の方が理解しやすいだろう。

 

「ああ、そう解釈してくれて構わんよ」

 

 

 

 

 

凛と衛宮士郎が帰ったのを確認してからエミヤも遠坂邸へと戻る。

家に着くとエミヤは凛にペンダントを返した。自分のものだと言うことは告げずに。

 

「それ、お父様のペンダント……拾ってきてくれたの?」

 

「もう忘れるな。それは凛にしか似合わない」

 

やっと返すことができたペンダント。エミヤは心の中で凛に礼を言った。

 

「(ありがとう、遠坂)」

 

その後、目撃者が生きていればランサーはまた命を狙うだろうことに気づき衛宮邸へと向かった。

衛宮邸へ近づくと眩い光とともに新たなサーヴァントの気配、どうやらセイバーが召喚されたようだ。

凛達はそのまま家の中に入ろうとするが、塀を乗り越えてセイバーが現れる。

エミヤはその姿が自分の知る彼女(セイバー)と重なり、体が一瞬硬直してしまい傷を負ってしまう。

だが、止めを刺そうとした剣は衛宮士郎の令呪によって止められた。

流れでそのまま衛宮士郎を言峰教会まで連れて行き、その帰り道バーサーカーを連れたイリヤスフィール・フォン・アインツベルンと戦闘することになる。

エミヤは見晴らしのいい高い屋根へと移動し矢でセイバーを援護する。

しばらくするとセイバーがバーサーカーを誘導するように動き出した。

 

「この方向は……墓地か」

 

セイバーの考えが読めたエミヤは、いち早く墓地が見渡せる高台へと移動し弓を構える。

 

「凛、でかいのを放つ。少し離れろ───I am the bone of my sword(我が骨子は捻じれ狂う)

 

凛に念話で注意し、返事を待たず螺旋剣()を番える。

 

偽・螺旋剣(カラドボルグ)!!」

 

放たれる螺旋の矢はバーサーカーまでの距離を一瞬でゼロにして直撃と同時に大爆発を起こす。

壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)』内包された魔力を膨れ上がらせ爆発させる、宝具を投影できるエミヤだからこその戦術。

バーサーカーに傷は与えられなかったものの、エミヤに興味を持ったイリヤスフィールは凛達を見逃し去っていった。

翌日、昨日あれだけの事があったにもかかわらず、のこのこと学校へやってきた衛宮士郎に凛は怒りを覚える。

 

「今ならば、あの小僧を殺すことはたやすいぞ?」

 

「わかってる。私がやるから、貴方は先に帰ってなさい」

 

そうは言うが凛では衛宮士郎を殺すことができないだろう。なぜならそれが遠坂凛という魔術師だからだ。

 

「凛、それは甘さだぞ」

 

「うるさい。マスター命令よ」

 

「……了解した」

 

仕方なくエミヤは遠坂邸へ帰ることに。

しばらくすると怪我をした衛宮士郎を連れて帰ってきた。話を聞くとライダーと思わしきサーヴァントに襲われたらしい。

話し合いの結果、凛の提案で学園にいるサーヴァントを倒すまで衛宮士郎と共闘することになる。

 

 

 

 

 

数日後の夜、凛の下を離れ1人探索をしていると足取りのおぼつかない衛宮士郎を見つける。

その様子が気になり後を追うと、柳洞寺についた。

 

「柳洞寺……キャスターか」

 

霊体化して階段を登ると、アサシンと思わしきサーヴァントとすれ違う。

一瞬目が合いアサシンはこちらに気づいたが、さして興味もなさそうにエミヤを見逃した。

境内に着くと士郎はキャスターに令呪を奪われそうになっていた。

エミヤにとって別に士郎の令呪がどうなろうが知ったことではないが、自分以外の者に衛宮士郎を殺されては困る。

レーザーのような魔力弾を放ち空間固定までもを使うキャスターを、干将・莫耶と偽・螺旋剣を用いて深手を負わせるが止めは刺さず構えを解く。

 

「どうやら私と戦いに来たというわけではなかったようねアーチャー」

 

警戒していたキャスターだが、こちらに戦闘の意思がないことがわかったのか緊張を解き口を開く。

 

「不必要な戦いは避けるのが主義だ。剣を執る時は必勝の好機であり、必殺を誓った時のみだ。意味のない殺生は苦手でな」

 

そう言ったエミヤに興味を持ったキャスターは、自分につくよう交渉してくる

確かにキャスターにつけば凛の令呪の効力は消え、衛宮士郎を殺す機会が増えるだろう。

だが、現時点ではキャスターにつくメリットはない。───現時点では。

エミヤが否と答えるとキャスターは空間転移で去っていった。

キャスターを逃がしたことに当然の如く怒る士郎。そんな彼にエミヤは事実を突きつける。

 

「無関係な者を巻き込みたくない、と言ったな。ならば認めろ。一人も殺さない、などという方法では、結局誰も───救えない」

 

だが、その事実を受け入れられない士郎はキャスターを追おうとする。

その無知さに殺意が沸き、エミヤは無防備な背中を投影した莫耶で斬りつけた。

 

「がぁっ!?……お……まえ」

 

「外したか。殺気を押さえ切れなかった私の落ち度か、咄嗟に反応したお前の機転か。……まあ、どちらでも構わないが」

 

後ろヘ後ずさる士郎との距離を詰め莫耶を振り上げる。

 

「最期だ。戦う意義のない衛宮士郎はここで死ね」

 

「戦う……意義、だって……?」

 

「そうだ。自分の為ではなく誰かの為に戦うなど、ただの偽善だ。お前が望むものは勝利ではなく平和だろう。……そんなもの。この世の何処にも、ありはしないというのにな」

 

そうだ、平和な世界を夢見て戦い続けた。だがその先に平和など無くあったのは絶望だけ。

そしてエミヤは理想という海に溺れてしまった。

 

「さらばだ、理想を抱いて溺死しろ」

 

エミヤは剣を振り下ろす。だが、士郎は間一髪のところで後ろに飛び階段の下へと落ちていった。

追撃するもセイバーとの戦いを邪魔されたアサシンによって止められ、その間に士郎はセイバーによって連れて行かれた。

家に帰ると凛に事情を説明するよう要求され説教される。挙句の果てには協力関係にある限り衛宮士郎を襲うことを禁ずると令呪まで使われてしまった。

 

「まさか令呪まで使われるとはな。……やれやれ、これでいよいよキャスターを利用するしかなくなったな」

 

 

 

数日後、穂群原学園の結界が発動するも、術者であるライダーがキャスターに殺され被害は少なくてすむ。

凛達はキャスターのマスターが葛木宗一郎である事をつきとめ奇襲を仕掛けるも失敗に終わる。さらには藤村大河を人質に取られセイバーを奪われてしまう。

凛は傷を負った衛宮士郎をつけ離し、キャスターが現在陣取っている言峰教会へ向かう。

 

「(セイバーという守りがなくなった今、衛宮士郎を殺すことは容易い……ならば)」

 

エミヤは心の中で凛に謝り、思考を完璧に切り替える。

凛とキャスターの会話を遮り前に出た。

 

「以前の話受けることにするよキャスター」

 

凛の令呪を無効にする為、エミヤはキャスターにつく事にした。

キャスターの宝具である『破壊すべき全ての符(ルール無ブレイカー)』により凛との契約が切れる。

エミヤは後に凛にはセイバーと契約して聖杯戦争を続けてもらうと考えていた為、自分が無償でキャスターにつく事を条件に、この場では凛を見逃してもらった。

 

 

 

「アーチャー」

 

「何かね?」

 

教会の周囲を見張っていたエミヤにキャスターが声をかけてくる。

 

「セイバーが堕ち次第バーサーカーを叩きます。だから貴方はその前に偵察に行ってきて頂戴」

 

どうやらアインツベルンの森には結界があるらしく使い魔では偵察ができないらしい。

 

「了解した」

 

郊外にある森まで着く。そこにはキャスターの言った通り、結界が張ってあった。

確かに強力な結界ではあるが、あくまで侵入者を感知し森を迷わせる程度の結界。

霊体化して感知されないよう気を付ければ、偵察くらいなら支障はない。

しばらく森を進むと見えてきたのはイリヤの住む古城。正面から入るわけにもいかないので窓から侵入すると、いきなりイリヤスフィールと会ってしまった。

 

「あら? リンのアーチャーじゃない?1人で何か用?」

 

ばれてしまって今さら隠れる必要もないので実体化する。

 

「突然の訪問申し訳ない。だが、何故私の事がわかった?」

 

「私は聖杯だもの、サーヴァントが近づけばわかるわ」

 

「なるほど。いや、失念していたよ」

 

だが、「リンのアーチャー」と言ったという事は、エミヤがキャスターについたという事までは知らないようだ。

しかし、イリヤは一転して冷徹なマスターの顔へと変わる。

 

「今日は何御用かしら? なんならバーサーカーで相手してあげてもいいわよ?」

 

「できれば遠慮願いたいな」

 

今ここでバーサーカーとの戦闘は避けたい。

キャスターが念の為にという事でラインを切っている今、全力で戦う事はできないだろう。

どうしたものかとエミヤが考えていると くー と可愛らしくイリヤのお腹が鳴った。

 

「「……」」

 

「お腹がすいているのかね?」

 

「~~~!!」

 

イリヤは顔を真っ赤にしてこちらを睨む。

その表情は年相応のものであり、エミヤも体の力が抜けてしまう。

 

「はぁ……キッチンを貸したまえ。簡単なもので良かったら私が作ろう」

 

「えっ!? アーチャーって料理できるの?サーヴァントなのに?」

 

「サーヴァントだって生前は食事をしていたんだ。料理ができても不思議ではあるまい。まぁ、君が嫌だというならばこれで失礼するが?」

 

「ううん、じゃあお願いしようかしら。その代わり今日は見逃してあげるわ」

 

「クッ、それは有り難い」

 

無邪気に笑う少女の笑顔に、ついついエミヤの顔も緩んでしまう。

冷蔵庫の中には卵とパンしかなかったので、スクランブルエッグにパンを焼いて出しす。食事をしながらイリヤはいろいろと話してきた。

この城にはイリヤと2人のメイドの3人で住んでいて、今メイドの2人は買出しに行っているがなかなか帰ってこないらしい。

食事が終わり食器を洗っているエミヤに、暇だったのかイリヤはリビングから移動してきた。

 

「アーチャーって本当に英霊らしくないのね」

 

「生憎、私は君の相棒(パートナー)と違い偉大な事は何もしていない。凡人がいくらか人を救った末に英雄と呼ばれただけだからな」

 

「ふぅ~ん……えいっ!」

 

「……何をするイリヤスフィール」

 

イリヤはいきなり背中に飛びついてきた。

エミヤは濡れた手を拭くとイリヤが落ちないように手を後ろに回し、必然的におんぶをする形となる。

 

「ちょっと昔の事を思い出しちゃった」

 

「昔?」

 

どこか寂しげに、懐かしそうに少女は言う。

 

「うん。お父様とお母様と一緒に住んでた時の事」

 

「……」

 

「なんかアーチャーってお父様に似ている気がするの」

 

「私が……切嗣に?」

 

そう呟いてから切嗣の名を出してしまった事に後悔した。

だが、イリヤは気にならなかったようで話を続けた。

 

「話し方とか格好とかはぜんぜん違うけど、なんか雰囲気が似てる気がする」

 

「……そうか」

 

「遅くなって申し訳ありませんお嬢様。ただいま帰りました」

 

「イリヤ、ただいま」

 

その時、玄関からメイドの2人の声が聞こえたので、イリヤをそっと降ろす。

 

「では、そろそろ失礼するよ。イリヤスフィール」

 

「イリヤでいいわアーチャー。ご飯おいしかった、ありがとう。でも、次に会うときは容赦しないんだから」

 

笑顔で言うイリヤにこちらも不適に笑って返す。

 

「フッ、イリヤこそ。その時は覚悟しておくといい」

 

そう言ってエミヤは窓から外へと飛び出した。

 

「あれ? そういえば、何でアーチャーは切嗣の事知ってたのかしら?」

 

 

その後エミヤがイリヤと生きて会う事は叶わない。

教会へ帰ると、キャスターに八人目のサーヴァントによりイリヤが殺された事実を知らされる。

 

 

 

 

翌日、ランサーを連れた凛、士郎の3人が教会へとやってきた。

ランサーがエミヤの相手をし、その間に凛と士郎でセイバーを取り返す算段らしい。

だが、それはエミヤにとっても好都合。凛がいればキャスターを出し抜く事も可能だろうし、そうなれば自分に向けられている監視の目も消えるからだ。

 

凛と士郎を通しランサーと対峙する。学校での戦闘と同様、干将・莫耶で応戦するがランサーの槍は前回よりも重く鋭い。

それもそのはず、ランサーは令呪によって一度目の戦闘では全力が出せないという制約があった。つまり、今のランサーこそ彼の真の実力なのだ。

対するエミヤは修練・経験の積み重ねによって1%でも可能性があればそれを手繰り寄せることのできる眼、『心眼』をもってして立ち向かう。

それはセイバーの『直感』のような生まれ持っての才能ではなく、凡人がひたすら自らを鍛え、経験を積んだ極み、戦闘の境地。

だが、心眼をもってしても捌ききれない神速の槍はエミヤの体を削っていく。致命傷こそ無いものの体は血まみれである。

 

「解せんな……貴様、これだけの腕を持っていながらキャスターについたのか。貴様と凛ならば、キャスターになぞ遅れは取るまい」

 

「驚いたな。何を言い出すかと思えば、まだそんなことを口にするのか。ランサー、私は少しでも勝算の高い手段をとっただけだ。凛がどう思おうと、私はこれ以外の手段は無いと判断した」

 

自信に満ちた声に罪悪感など無い。エミヤは真実、主を裏切ったことを悔いてはいなかった。

その事実がランサーを苛立たせる。

 

「そうかよ。訊ねたオレが馬鹿だったぜ」

 

ランサーは静かに槍の穂先をこちらに向ける。

 

「たしかにオマエは戦上手だ。そのオマエがとった手段ならばせいぜい上手く立ち回るだろう。だが、それは王道ではない。貴様の剣には、決定的に誇りが欠けている」

 

その言葉とともにランサーからは闘気が噴出す。

誇り守る事こそがランサーの生き方。

生前の彼は己が主に忠誠を誓い、友を守る為に、国を守る為に、誇りを守る為に戦い。死ぬ瞬間でさえ自らの体を岩に縛り、倒れる事無く、誇り高い最期を迎えた。

 

「ああ、あいにく誇りなどない身だからな。だがそれがどうした。英雄としての名が汚れる?は、笑わせないでくれよランサー。汚れなど成果で洗い流せる」

 

それが英霊エミヤの戦い

勝つ為ではなく、負けない為に戦ってきた。負けない為にあらゆる手段を使い、結果として勝利を得た。

故に誇りなどというものはとうの昔に捨てた。

 

「そんな余分なプライドはな、そこいらの狗にでも食わせてしまえ」

 

その瞬間、空気は変わる。

ランサーから出ていた闘気は殺気へと変わり、周囲の温度を下げる。

 

「狗といったな、アーチャー」

 

「事実だ、クー・フーリン。英雄の誇りなど持っているのなら、今のうちに捨てておけ」

 

「────よく言った。ならば、オマエが先に逝け」

 

ランサーは広間の入り口まで跳び退き、そこで獣のように大地に四肢をつく。

距離にして百メートル以上。それは明らかに槍の間合いではなかった。

 

「オレの(ゲイ・ボルク)の能力は聞いているな、アーチャー」

 

地面に四肢をついたランサーの腰が上がる。その姿は、号砲を待つスプリンターのようだ。

 

「行くぞ。この一撃、手向けとして受け取るがいい!」

 

ランサーは全身をバネのようにしならせ真上へと跳躍───否、飛翔する。

最高点にに達したランサーの体が弓なりに反り。

 

突き穿つ(ゲイ)────』

 

真紅の魔槍を振りかぶる。

 

『────死翔の槍(ボルク)!!!!』

 

放たれるは真紅の流星。これこそが魔槍ゲイボルクの真の使用法。

その呪いを最大限に開放し、渾身の力を以って投擲。

放たれれば躱されようと必ず相手を貫き、敵に刺されば無数の鏃を撒き散らしたという伝説の宝具。

心臓命中よりも破壊力を重視し、一投で一部隊をも吹き飛ばす。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

対するエミヤが用意するのは、トロイア戦争でへクトールの投げ槍を防いだとされる英雄の盾。

 

『────熾天覆う七つの円環(ロー・アイアス)!!!』

 

現れたのは桃色に輝く七枚の花弁。

だが、投擲武器に対する最高の守りであるはずのアイアスはゲイ・ボルクとの衝突で一瞬にして六枚の花弁が散ってしまう。

 

「ぬぅ……ぁぁああああああああ!!!!!」

 

エミヤは残る魔力を最後の花弁に注ぎ込む。

その身を貫かんとしていた深紅の魔槍はようやく勢いを失い カラン と音を立てて地面に落ちた。

 

「驚いたな。アイアスを貫通しうる槍がこの世にあるとは。君のそれは、オリジナルの”大神宣言(グングニル)”を上回っている」

 

傷は重症である。腕はいまにも千切れそうなほど力なく垂れ下がり、その表情は苦痛に歪み、想像を絶する頭痛に耐えている。

 

「……貴様、何者だ?」

 

対するランサーは無傷ではあるものの、己の全てをかけた一撃が防ぎきられたという苦い敗北感と、烈火の如き怒りがあった。

 

「ただの弓兵だが? 君の見立ては間違いではない」

 

「戯言を。弓兵が宝具を防ぐほどの盾を持つものか」

 

「場合によっては持つだろう。だが、それもこの様だ。魔力の大部分を消費したというのに片腕を潰され、アイアスも完全に破壊された。……まったく、私が持ち得る最強の守りだったのだがな、今のは」

 

軽口を叩き続けるエミヤをランサーは睨みつける。だが、ランサーからは以前のような嫌悪さはもうなかった。

ランサーは認めたのだ、自分が背負ってきた誇りの全てと同じだけの矜持をエミヤが持っている事を。

 

「それより気づいたかランサー。キャスターめ存外に苦戦していると見える。こちらに向けられていた監視が止まった」

 

「……そうかよ。そうじゃねえかと思ったけどな。テメエ、もとからそういうハラか」

 

「無論だ。言っただろう。勝率の高い手段だけをとる、と」

 

「ふん。とことん気に食わねえヤロウだな、テメエ」

 

そう言ってランサーは背を向け姿を消した。

エミヤは教会の地下へと向かう。地下には地に伏す凛と士郎、そしてキャスターを庇う様に立つ葛木宗一郎の姿があった。

 

「凛、やはり君は詰めが甘い───投影(・・)開始(・・)

 

現れた剣群が葛木とキャスターを襲う。

キャスターは葛木を庇い消滅し、キャスターが消えてなお戦闘の意思を見せる葛木をエミヤは切り捨てる。

その行動にに対し、衛宮士郎は当然の如く怒る。そんな士郎を斬ろうとするが、セイバーによりそれを阻止された。

エミヤは邪魔はさせないと言わんばかりにセイバーを壁まで吹き飛ばし、凛を剣の檻で封じる。

 

「やっぱり、何でよアーチャー! アンタ、まだ士郎を殺すつもりなの!?」

 

剣の檻の隙間から凛が必死に叫ぶ。

 

「……そう、自らの手で衛宮士郎を殺す。それだけが守護者と成り果てたオレ(・・)の、唯一つの願望だ」

 

消耗しきった身で士郎を庇ってセイバーは立ちはだかる。

 

「いつか言っていたな、セイバー。俺には英雄としての誇りがないのか、と。無論だ。そんなものが有るはずがない。この身を埋めているのは後悔だけだよ。……オレはね、セイバー。英雄になど、ならなければ良かったんだ」

 

その言葉だけでセイバーは全てを理解した。そしてそれと同時に気づいてしまった。アーチャーの正体……英霊エミヤという存在に。

それでもなおセイバーは衛宮士郎の剣となると誓った故に引かず、エミヤと数合斬り結んで力尽き倒れる。

邪魔者はいなくなり、エミヤが士郎へと止めを刺そうとした瞬間。

 

「────告げる!」

 

凛とした声が地下の空間に響く。

見れば、凛がセイバーに向けて檻から手を伸ばしている。

 

「汝の身は我が下に、我が命運は汝の剣に!聖杯のよるべに従い、この意、この理に従うのなら───我に従え!ならばこの命運、汝が剣に預けよう!」

 

「セイバーの名に懸け誓いを受ける! 貴方を我が主として認めよう、凛!」

 

凛の供給する膨大な魔力に満たされて、真の実力を現す剣の英霊セイバー。

エミヤは不利を意に介さずセイバーに突進するも、圧倒的な魔力と剣技の前に防戦一方となる。

 

「そこまでですアーチャー。キャスターを倒す為に、あれほどの宝具を使ったのです。依り代(マスター)のいない今の貴方に何ができる」

 

セイバーは切っ先をこちらに向けて言う。

 

「アーチャーのサーヴァントには、マスターがおらずとも単独で存在する能力がある。マスターを失っても二日は存命できよう。それだけあれば、あの小僧を仕留めるには十分だ」

 

「アーチャー、貴方の望みは間違っている。そんな事をしても貴方は……」

 

そう言ってセイバーは辛そうに唇を噛む。

 

「ふん、間違えているか……。それはこちらの台詞だセイバー。君こそいつまで間違った望みを抱いている」

 

それは憎しみに駆られたエミヤの心に残る唯一の本心。

エミヤの知る彼女がそうだったように、このセイバーもまたやり直しを望んでいる。

 

「アーチャー……」

 

セイバーの剣が一瞬緩む。その隙を突いてエミヤは距離をとった。

徒手空拳で立っているエミヤにセイバーは反撃の意思が無いと感じたのか剣を下ろしてしまう。

 

  I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

セイバー達には聞こえないようエミヤは小声で呟いた。この状況を覆す呪文を。

 

「セイバー、いつかお前を解き放つ者が現れる。それは今回ではないようだが……おそらくは次も、お前と関わるのは私なのだろうよ」

 

  Unknown to Death(ただの一度も敗走はなく)

 

  Nor known to Life(ただの一度も理解されない)

 

「だが、それはあくまで次の話。今のオレの目的は、衛宮士郎を殺す事だけだ。それを阻むのならば────この世界は、お前が相手でも容赦せん!!」

 

左腕を上げ最後の呪文を紡ぐ。

 

   ────unlimited blade works(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

エミヤが呪文を唱えた瞬間炎が走り世界は侵食される。

それは、一言で言うならば製鉄場だった。

燃えさかる炎と、空間に回る歯車。一面の荒野には、担い手のない剣が延々と続いている。

その剣、大地に連なる凶器は全て名剣。エミヤが使う干将・莫耶も、もとはこの世界より編み出されたもの。

 

「宝具が英霊のシンボルだと言うのなら、この固有結界(魔術)こそがオレの宝具。武器であるのならば、本物(オリジナル)を見るだけで複製し、貯蔵する。それがオレの英霊としての能力だ」

 

まるで墓標のような剣達の中心に君臨するエミヤ。

セイバーは唖然とする。無限に広がる墓標()の世界に。この世界が自分の世界と言う哀しき英霊に。

 

「試してみてもかまわんぞセイバー。お前の聖剣───確実に複製してみせよう」

 

エミヤは聖剣を使えば複製して対抗し、聖剣同士の衝突で凛や士郎がただでは済まないと言ってセイバーの剣を封じる。

エミヤが左腕を挙げると無数の剣が浮遊してセイバーに切っ先を向けた。

 

「躱すのもいいが。その場合、背後の男は諦めろ」

 

エミヤの号令とともに降り注ぐ剣の雨。

士郎は逃げるどころか限界間近の魔術回路を酷使しセイバーの前に出て、飛び交う剣を必死に投影して迎え撃つ。

激しくぶつかり合う剣と剣。砕け散った剣と共に固有結界は消失する。

エミヤは凛を捕らえて人質にとり邪魔の入らないところで決着つけると言い、士郎の提案でアインツベルン城で全ての決着をつけることになった。

 

アインツベルン城についてから凛を椅子に縛り付ける。

しばらくすると凛は目を覚まし、こちらを睨んできた。

 

「で。どういうつもりよアーチャー」

 

「どうもこうもない。オマエは衛宮士郎を釣る餌だ。それは自分でも判っているだろう」

 

「……ふん。私がいなくたって、士郎なら勝手に来るわよ。そんな事、貴方なら判るでしょうに」

 

「そうだな。だが、そこにオマエがいては都合が悪い。事が済むまで、目障りな邪魔者にはここで大人しくしていてもらう」

 

エミヤの声に以前のような親しみはない。今のエミヤは本当に冷徹な“掃除屋”だった。

それが悲しくて、悔しくて。凛は気落ちする。

 

「そう。どうあっても士郎を殺すっていうのね、貴方」

 

「ああ。あのような甘い男は、今のうちに消えた方がいい」

 

「ふん。士郎が甘いって事は言われなくても分かってるけど……」

 

そこまで言って凛は一度目を瞑り覚悟を決めた。

 

「それでもわたしは、あいつの甘いところが愛しいって思う。あいつはああでなくちゃいけないって、ああいうヤツがいてもいいんだって救われてる」

 

凛はアーチャーのマスターとしての遠坂凛ではなく、1人の遠坂凛という人間として衛宮士郎の生き方を認めた。

それは衛宮士郎を殺そうとするエミヤとの決別を意味した。

 

「けどアンタはどうなの。そこまでやっておいて、身勝手な理想論を振りかざすのは間違ってるって思ったわけ? 何度も何度も他人の為に戦って、何度も何度も裏切られて、何度も何度もつまらない後始末をさせられて────! それで、それで人間ってモノに愛想がつきたっていうの、アーチャー!」

 

凛の声はいつの間にか叫びに変わっていた。だが、エミヤは何も答えなかった。

しばらくするとギルガメッシュを連れた間桐慎二が現れる。

どうやら凛が目当てらしいが、エミヤは明日の朝までは渡す気はなかった。

エミヤが言った「君はマスターに相応しい」という言葉に機嫌を良くした慎二は、朝まで待てというエミヤの条件をあっさりと飲み、去っていった。

 

 

翌朝、セイバーとランサーを連れ衛宮士郎がやってきた。

ランサーは凛の救出に向かい、セイバーはエミヤと士郎の戦いを見届ける為に残る。

セイバーは一つだけ聞きたいと言って口を開いた。

 

「エミヤシロウの理想となった人物である貴方が、何故シロウを、自分を殺すような真似をするのです!」

 

エミヤはセイバーの問いには答えず、階段を一段ずつ下りていく。

 

「私にはわからない。守護者とは死後、英霊となって人間を守るものだと聞いた。その英霊が何故自分自身を殺そうなどと考えるのか」

 

セイバーの「守護者」という言葉にエミヤは歩みを止め、セイバーを見下ろした。

 

「違うよセイバー。守護者は人間を守る者ではない。アレは、ただの掃除屋だ。オレが望んでいた英雄などでは断じてない」

 

憎悪と嘲笑をこめて吐き捨てる。

確かにエミヤは幾らかの人を救い、出来る限り理想を叶え、世界の危機さえも救った。その果てに英雄という地位までたどり着いた。

だが、その果てに得たものは“後悔”残されたものは“死”だけだった。

殺して、殺して、殺し尽くした。己の理想を貫く為に多くを殺して、その数千倍の人々を救った。

 

その事実を知ったセイバーは言葉を失い唖然とし、言葉を続けることができなかった。

 

エミヤは求められれば何度でも命を賭して戦った。だが戦いに終わりはない。

何を救おうと、救われないモノは出てきてしまう。そんなものがある限り正義の味方は有り続けるしかない。

 

「だから殺したよ。一人を救う為に何十という人間の願いを踏みにじってきた。踏みにじった相手を救う為により多くの人間を蔑ろにした。何十という人間の救いを殺して、目に見えるモノだけの救いを生かして、より多くの願いを殺してきた。今度こそ終わりだと。今度こそ誰も悲しまないだろうと、つまらない意地を張り続けた」

 

語りながら一段、また一段と階段を下りていく。

 

「生きている限り争いは何処に行っても目についた。きりがなかった。何も争いの無い世界なんてものを夢見ていた訳じゃない。ただオレは、せめて自分の知りゆる限りの世界では、誰にも涙して欲しくなかっただけなのにな」

 

それは、紛れもなく衛宮士郎(自分自身)の願いのカタチ。

そして、誰しもが一度は願うであろう理想()

 

「一人を救えば、そこから視野は広がってしまうんだ。一人の次は十人。十人の次は百人。百人の次は……さて、何人だったか。そこでようやく悟ったよ。衛宮士郎という男が抱いていたものは、都合のいい理想論だったのだと」

 

「それは……何故」

 

「判りきった事を訊くなセイバー、君ならば何度も経験した事だろう。全ての人間を救う事はできない」

 

その言葉にセイバーは再び黙る。もはやセイバーは反論する意思を奪われていた。

 

犠牲を最小限に抑える為に、零れ落ちた人間を即座に切り捨てた。

それは、エミヤシロウが望んだ誰も悲しんでほしくないという願いと矛盾した正義の味方の在り方だった。

誰も悲しまない様にと口にして、その影で何人かの人間には絶望を抱かせる。

理想を守る為に理想に反し、自分が助けようとした人間しか救わず、敵対した人間は速やかに皆殺しにする。

犠牲になる“誰か”を容認してかつての理想を守り続けた。

 

「それが、英霊エミヤの正体だ。─────そら。そんな男は、今のうちに死んだ方が世の為と思わないか?」

 

「それは嘘です。貴方ならばその“誰か”を自分にして理想を追い続けたのではないのですか?」

 

セイバーの言葉に私は再び歩みを止める。

確かにそうだ。エミヤは犠牲になる“誰か”を自分にして戦った。

けれど、彼一人の犠牲で救えるほど世界は軽くない。

 

「貴方は理想に裏切られ道を見失っただけではないのですか? そうでなければ、自分を殺して罪を償おうとは思わない」

 

セイバーの償いという言葉にエミヤは心底おかしそうに笑う。

 

「オレが自分の罪を償う? 馬鹿な事を言うなよセイバー」

 

償うべき罪などないし、それを他人に押し付けるような無責任な事はしない。

そう、エミヤは誰も恨んではいないのだ。唯一恨んでいるとすればそれは自分自身。

 

「ああ、そうだったよセイバー。確かにオレは何度も裏切られ欺かれた。救った筈の男に罪を被せられた事もある。死ぬ思いで争いを収めてみれば、争いの張本人だと押し付けられて最後には絞首台だ。オレに罪があるというのならその時点で償っているだろう?」

 

「な─────うそだ、アーチャー。貴方の最後は……」

 

セイバーの顔は絶望に染まる。戦いの果てに敗れたならまだしも、彼は救った人間によって罰せられた。

 

「ふん。まあそういう事だ。だが、そんな事はどうでも良かった。初めから、感謝をして欲しかった訳じゃない。英雄などともてはやされる気もなかった。俺はただ・・・誰もが幸福だという結果だけが欲しかっただけだ」

 

だが、その願いは生前も死後も叶えられる事はなかった。

何度も見てきた。

意味のない殺戮も。

意味のない平等も。

意味のない幸福も。

自身が拒んでも見せられた。

守護者となったエミヤは自分の意思などなく、人間が作ってしまった罪の後始末をさせられるだけだった。

誰かを救うのではなく、救われなかった人の存在をなかったことにする掃除屋。

 

「そうだ。それは違う。俺が望んだものはそんなことではなかった! 俺はそんなものの為に、守護者になどなったのではないッ!!」

 

エミヤの声はもはや淡々とした口調ではなく叫びだった。

 

だからこそ、いつまでも繰り返される守護者の輪から抜け出す為に、自分殺しによる存在の消滅という奇跡に賭けたのだ。

それは、ただの八つ当たり。だがそれでも、やめるわけにはいかなかった。

 

ついにエミヤは最後の段を下り広間へと降り立つ。

 

「アーチャー。お前、後悔してるのか」

 

士郎は真剣な眼差しでエミヤを見据える。

その顔には恐れる様子は微塵もなく、むしろ妙に落ち着きが感じられた。

 

「無論だ。オレ……いや、お前は、正義の味方になぞなるべきではなかった」

 

「そうか。それじゃあ、やっぱり俺達は別人だ」

 

「なに?」

 

士郎の言葉に、エミヤは思わず眉を顰め聞き返す。

 

「俺は後悔なんてしないぞ。どんな事になったって後悔だけはしない。だから───絶対に、お前の事も認めない。お前が俺の理想だっていうんなら、そんな間違った理想は、俺自身の手でたたき出す」

 

その言葉とともに、エミヤと士郎はほぼ同時に剣を投影する。

2人の戦いは剣製を競う戦い。どちらかが敗北をイメージした瞬間、剣は砕け勝敗は決まる。

何度も折られ、何度も砕かれても士郎は剣製を続ける。剣の打ち合いでは士郎はエミヤには届かない。

切り傷だらけで満身創痍の状態の士郎。そのうち傷のせいではないモノ、流れ込んできたエミヤの末路を視る事によって士郎は顔色が悪くなってくる。だが、それとは逆に士郎の剣は鋭く、剣製は正確になっていった。

エミヤは絶望的な表情をする士郎を容赦なく偽・螺旋剣(カラドボルグ)で突く。心臓近くを抉られた士郎をさらに絶世の名剣(デュランダル)で斬りつける。

士郎は咄嗟に同じ剣を投影するも、粉々に砕かれ瓦礫へと倒れる。だが士郎は立ち上がり、再び剣を投影すした。

 

「そうか。認める訳にはいかないのは道理だな。オレがお前の理想である限り、衛宮士郎は誰よりもオレを否定しなければならない」

 

いまだ折れずに立ち向かってくる士郎にエミヤは絶望を突きつける。体だけでなく、その心をも完璧に叩きのめす為に。

 

「ふん────では訊くがな衛宮士郎。お前は本当に正義の味方になりたいと思っているのか?」

 

「何を今更……俺はなりたいんじゃなくて絶対になるんだよ……!」

 

「そう、絶対にならなければならない。何故ならそれは、衛宮士郎の唯一つの感情だからだ。逆らう事も否定する事も出来ない感情。……例えそれが自身の裡から、現れた物でないとしても」

 

その言葉に士郎の表情が凍る。そう士郎も薄々感づいていたのだ。自分自身の歪さに……

 

自分を救ってくれた衛宮切嗣。その切嗣の語った理想()が、ガランドウだった士郎の心に入り込んだ。

 

   “─────じいさんの夢は俺が”

 

その瞬間、衛宮士郎は正義の味方にならなければいけなくなった。

 

剣が奔る。罵倒を込めたエミヤの双剣は、かつてない勢いで繰り出された。

 

「そうだ、誰かを助けたいという願いが綺麗だったから憧れた! 」

 

はじめは憧れだった。

 

「故に、自身からこぼれおちた気持ちなどない。これを偽善と言わずなんという!」

 

それが自分の理想だと信じていた。

 

「この身は誰かの為にならなければならないと、強迫観念につき動かされてきた」

 

だから救う為に戦い続けた。

 

「それが苦痛だと思う事も、破綻していると気付く間もなく、ただ走り続けた!」

 

何があろうと、ただひたすら正義の味方になる為に。

 

「だが所詮は偽物だ。そんな偽善では何も救えない」

 

人を救う度に救う人数は増え、いつしか救いきれなくなっていく。

 

「否、もとより、何を救うべきかも定まらない―――! 」

 

そして、守らなければならない大切な人が、手のひらから零れ落ちてしまった。

 

 

怒涛の剣撃を受けてなお、士郎は倒れない。剣は消えかけ、体は立っているのが不思議なくらいだ。

それなのに士郎の心は折れない。むしろ強くなっていく。

 

「ふざけるなっ!」

 

怒声とともに顔を上げ士郎は呟いた。

 

I am the bone of my sword(体は剣で出来ている)

 

それはエミヤシロウを表す言葉。

 

「貴様、まだ」

 

セイバーとの契約が切れてなお、聖剣の鞘の加護により士郎は倒れず剣を握る。

 

「お前には負けない。誰かに負けるのはいい。けど、自分には負けられない!!」

 

それはありえない剣戟だった。

斬りかかる体は満身創痍。指は折れ、手足は裂かれ、呼吸はとうに停止している。踏み込む速度も取るに足りなければ、繰り出す一撃も凡庸。それでも、その一撃は今までのどの一撃よりも重くエミヤの剣を押し返していく。

何処にこれだけの力があるのか。鬩ぎ合う剣戟の激しさは今までの比ではない。

確実に首を跳ばす為、一息で上下左右の四撃を放つ。だが士郎はそれをも防ぐ。否、それを上回るスピードで反撃してくる。

 

「……じゃない」

 

士郎は何かを呟やいた。だが激しい剣戟の中聞き取る事は出来ない。

 

「……なんかじゃ、ない……!」

 

なおも士郎は呟く。それは先ほどよりも大きな声。

 

一歩、後ろに引くだけで相手は自滅するというのに、エミヤはその一歩が引けない。

一歩でも引けば、決定的なモノに膝を屈する予感がある。

 

聞き取れない声は次第に大きくなる。その時、エミヤは初めてその姿を直視した。

千切れる腕で、届くまで振るい続ける。あるのはただ、全力で絞り上げる一声だけ。

 

「……、じゃない……!」

 

剣を振るう度にその声は大きくなり、エミヤへと届く。

 

「……なんかじゃ……ない!」

 

勝てぬと知って、意味がないと知って、なお挑み続けるその姿。それこそがエミヤが憎んだ過ちに他ならない。

だというのに、何故───それがどこまで続くのか、見届けようなどと思ったのか。

 

まっすぐなその視線。

過ちも偽りも、胸を穿つ全てを振り切って。

立ち止まることなく走り続けた、かつての自分(その姿)は───とても美しく見えた。

 

「─────決して、間違いなんかじゃないんだから……!」

 

その言葉とともに士郎の剣が胸に突き刺さる。

 

「アーチャー……何故?」

 

無抵抗で剣を受けたエミヤに対しセイバーは問いかける。

 

自分の胸に刺さる剣にエミヤ自身驚いていた。

何故だ。何故自分は剣を受けてしまった?

 

「俺の勝ちだ、アーチャー」

 

その言葉で全てを理解した。

 

「……(ああ。そうか、オレはお前を認めてしまったのだな)」

 

エミヤはゆっくりと目を閉じ口を開く。

 

「ああ……そして、私の敗北だ」

 

自分に言い聞かせるようにその言葉を噛み締める。

その時、丁度凛がやってくる。どうやらランサーは救出に成功したようだ。

凛は二階から広間へと飛び降り士郎の無事とエミヤの傷を確認し、喧しくも気遣いの言葉をかける。そのいつもと変わらない様子につい口が緩んでしまう。

 

「……まったく、つくづく甘い。彼女がもう少し非道な人間なら、私もかつての自分になど戻らなかったものを」

 

そうは言うが、内心は良かったと思っている。

再び遠坂凛と出会い、衛宮士郎と戦った事で自分の想いを思い出すことが出来た。

 

「……敗者は去るのみ、だな」

 

凛には何も告げずその場を去ろうとした時、階段の上にいくつも浮遊する宝具を見た。

 

「チッ!」

 

咄嗟に士郎を突き飛ばす。階段の上を見上げると、そこには腕を組むギルガメッシュの姿が。

ギルガメッシュは腕を上げ、再び無数の宝具を撃ち出した。エミヤは体を宝具に貫かれながらも再度、士郎を突き飛ばす。

土煙がおきる中、視線で衛宮士郎へ言葉を送る。

 

“──────お前が倒せ”

 

自分を負かした以上、正義の味方を目指す以上は、あの敵を倒しきれと思いを込めて。

さすがに体が限界なので霊体化してその場を離れる。しばらくすると城は燃え廃墟と化した。

 

 

 

瓦礫の中を歩く、灰に塗れてはいるがそこは中庭なのだろう。花壇らしきものがあり、そして……小さく盛り上がった地面に石が置かれていた。おそらくこれは凛と士郎が作ったイリヤの墓だろう。

 

「……すまない」

 

その言葉が届くことなどないと知っていながらも、エミヤは墓の前で頭を下げる。

自分が復讐など望まなければ、もっと早く昔の自分を思い出していれば、あるいは救うことが出来たのかもしれない。

 

投影(トレース)開始(オン)

 

残り少ない魔力で投影したのはバーサーカーの斧剣と柄から刀身までもが真っ白な剣。

その二振りの剣を墓へと突き立てる。

 

「私にはこれぐらいしか出来ないが、せめて安らかな眠りを」

 

エミヤは手を合わせ、ギリシャの大英雄と雪のような白い少女の姿をその胸に刻み付けた。

 

「後は、桜か……」

 

再び霊体化したエミヤはアインツベルンの森を後にする。

───最後の責務を全うする為に。

 

 

 

柳洞寺地下、大聖杯の前に老人と少女が立っている。それは、間桐臓硯と間桐桜だった。

 

「カカカ、馬鹿な連中よ。ここで待っておれば簡単に英霊の魂が手に入るというのにのう」

 

臓硯は薄気味悪く笑う。その顔はもはや人とは思えないものであった。

 

「桜よ、準備は良いか?」

 

「……はい。お爺様」

 

臓硯の後ろで俯いていた桜が前へと出る。桜が大聖杯へと近づいたその時。

 

「ギャ!?」

 

何処からか投げられた黒鍵が臓硯を貫いた。

 

「ふん。微かに残る記憶を手繰りよせて来てみれば。やはりここだったか間桐臓硯」

 

どうやら臓硯はエミヤの過去と同様、大聖杯から“座”へと戻ろうとする英霊の魂を桜の聖杯のカケラに移そうとしていた様だ。

 

「あなたは……アーチャーさん」

 

「ぐぅぅ、貴様どこぞの英霊ぞ!何故この場所を知っている!」

 

黒鍵が深く刺さって動けない臓硯は苦しげに口を開く。

動きを封じられてはまずいと感じた臓硯は、自ら腕を切り離し自由になる。

 

「ほう? 自ら腕を切り離したか。消えろ」

 

再度投影した黒鍵は3本。その全てが臓硯の額、喉、胸へと突き刺さり、醜い寄生を上げ、その肉体は絶命した。

 

「───投影(トレース)開始(オン)

 

次いでエミヤの手に現れたのは穂先から赤い液体が滴る白い槍。

 

「え……あの、何を?」

 

槍を見て後ずさる桜の胸に、有無を言わさず槍を突き刺し真名を唱える。

 

死を宣告せし聖なる槍(ロンギヌス)

 

槍を抜くとドス黒い血とともに無数の虫が流れ出る。

だが桜自身の胸には血はおろか、槍の刺さった後さえも残ってはいなかった。

 

「蟲が……お爺様が消えた? どうして!?」

 

死を宣告せし聖なる槍(ロンギヌス)

それはキリストの死を確認するためにロンギヌスという男が使った槍。

穂先からキリストの血を滴らせた白い槍で、邪悪を“浄化”する力を持つ。

だが、ロンギヌスの能力はそれだけではない。ロンギヌスのもう一つの能力は「死の確認」。

桜のような明確な生者には傷一つつけることは出来ないが、すでに死んでいる筈の者、死んだふりをしている者に対して絶対的な力を持つ。前者はグールやゾンビ等の死者、後者は仮死状態や精神の転移等、肉体は死んでいるにもかかわらず生きているモノ。

なので既に肉体が無い筈の臓硯が桜の心臓近くに巣くって生きていた事実により、この能力が発動した。

 

「これで君は自由だ、これからどうするかは自分で決めるといい。もし魔術師を続けるというのなら凛を頼るのもいいだろう。あれは中々に面倒見がいい、ましてや自分の妹だからな」

 

エミヤは桜に背を向け出口へと歩いていく。桜は何がなんだかわからずオロオロしている。

すると、歩いていたエミヤはふと立ち止まり、桜に顔を向けていった。

 

「気づいてやれなくてごめんな、桜」

 

「あ……」

 

バツが悪そうにしながらの苦笑い。桜はその光景に見覚えがあった。

それは数年前、兄である慎二が自分()に暴力を振るっている事を先輩(士郎)が知った時の事。

自分()の為とはいえ、友人である(慎二)を殴ってしまった先輩(士郎)は、今のアーチャーと同じようにバツが悪そうな苦笑いを浮かべて。

 

《気づいてやれなくてごめんな、桜》

 

同じ台詞を言っていた。

 

「……先輩?」

 

 

 

 

大聖杯を後にして境内へ行くと、士郎はギルガメッシュと戦闘し、凛は慎二の救出に向かっていた。

幾度となくギルガメッシュの撃ち出す宝具を投影しては破壊され、ついにギルガメッシュはエアを出す。

しかし、士郎は解析のできないその剣に唖然とするだけ。

 

「馬鹿が。得体が知れなければ、まずは防御態勢をとれ!」

 

エミヤは右手を突き出し、士郎の前にアイアスを投影する。

大幅に魔力が減り自分の存在が希薄になった気がしたが、ギルガメッシュが本気でなかったと言うこともあり、なんとか士郎は一命を取り留めた。

勝ち目がないと悟った士郎は片目を瞑り、手を突き出す。士郎の腕には光る刻印が。

 

「そうか、凛とラインを繋いだか」

 

凛から魔力供給を受け固有結界を発動させるつもりらしい。

士郎が固有結界を発動させたのを確認してから凛のもとへと移動する。柳洞寺裏の湖は辺り一面肉の塊に覆われていて、膨れ上がった肉片の中から凛の声が聞こえる。

 

「ここまで、かな……いい加減、立ってるのも辛く、な……」

 

それはとても弱弱しい声。凛は自分の命をあきらめ、セイバーに聖杯の破壊を命じようとしている。

違うだろう? 遠坂凛という女性はこんな所ではあきらめない。こんな所では死なない。否───この私が死なせない。

 

「アンタにも謝っとかないと。慎二助けられなかっ────」

 

「いいから走れ。そのような泣き言、聞く耳もたん」

 

「え?」

 

驚く凛をよそに、エミヤは剣の雨を降らせた。宝具ではないにしろ、剣の豪雨は肉を蹴散らし道を作る。

凛が池に飛び込んだのを見てセイバーはエクスカリバーで聖杯を破壊し、聖杯という舞台装置が無くなった彼女は満足そうに消えていった。

単独行動のスキルがあり、消えるまでまだ猶予のあるエミヤは凛が無事なのを確認してから境内へ戻る。

すると、孔に飲み込まれたギルガメッシュに引きずり込まれそうになる士郎の姿があった。

 

「まったく、手間をかけさせる。こちらはもう殆ど魔力がないというのに」

 

ぼやきながらも黒塗りの弓と一振りの剣を投影する。

 

「……ふん。お前の勝手だが、その前に右に避けろ」

 

もがく士郎に一声かけ、()を放つ。剣はギルガメッシュの額に突き刺さり、孔の中へと押し込んだ。

士郎はもう限界だったのだろう。一度眼が合った後眠るように気絶してしまった。

 

先ほどの投影で限界だったのか、体が薄れていく。

エミヤは境内から少し離れた、町を見下ろせる高台へと歩いた。

 

「アーチャー!」

 

そこへ、凛が走ってやっくる。

 

「残念だったな。そういう訳だ、今回の聖杯は諦めろ凛」

 

いつもと変わらない口調でエミヤは凛に言う。

主を失い英雄王の一撃を受けてなお、最後の瞬間の為、現世に踏み止まり少女を見守り続けた。

赤い外套はボロボロで鎧もひび割れて砕けている。

 

「────っ!」

 

エミヤの姿を見て凛は言葉に詰まってしまう。何を言うべきか思いつかない。

この少女は、ここ一番の大事な時に機転を失う。

 

「クッ」

 

そんな変わらない少女の姿を見て思わず笑いが漏れてしまう。

 

「な、何よ。こんな時だってのに、笑う事ないじゃないっ」

 

「いや、失礼。君の姿があんまりにもアレなものでね。お互い、よくもここまでボロボロになったと呆れたのだ」

 

いつもと変わらない何の変哲もないやり取りだが、エミヤの顔には笑みが残っている。

そんなエミヤに凛は言った。

 

「アーチャー。もう一度私と契約して」

 

だがエミヤはその申し出を断った。

今の彼には後悔も未練もない。彼の戦いは終わったのだ。

 

「けど! けど、それじゃ。アンタは、いつまでたっても……」

 

「救われないじゃないの」と言葉を飲み込んで少女は俯いた。

そんな、泣きそうな顔の少女を見たくなかった。彼女にはいつも、その名の通り凛としていてほしかった。

 

「────まいったな。この世に未練はないが」

 

だからこそ言おう。

いつだって前向きで、現実主義者で、とことん甘い。いつも私を励ましてくれた少女に。

 

「────凛」

 

呼びかけに凛は顔を上げる。

 

「私を頼む。知っての通り頼りないヤツだからな。─────君が、支えてやってくれ」

 

と、他人事のように別れを告げる。それは、この上ない別れの言葉。

 

未来は変わるかもしれない。

遠坂凛が衛宮士郎の側にいてくれるのなら、エミヤという英雄は生まれないかもしれない。

 

そんな希望が込められた、遠い言葉。

 

もう既にエミヤと士郎は違う存在。エミヤが守護者から解かれることはない。けれど、それを承知で凛は頷いた。

だからこそ、何もしてあげられなかった少女に。生前も、死後でさえも自分を救ってくれた少女に。彼は満面の笑みを返した。

 

「うん、わかってる。わたし、頑張るから。アンタみたいに捻くれたヤツにならないよう頑張るから。きっと、あいつが自分を好きになれるように頑張るから……! だから、アンタも─────」

 

今からでも自分を許してあげなさい。

言葉にはせずとも、その想いは確かに心に響く。それがどれほどの救いになったか。

今この時、エミヤはようやく理解した。始まりのあの日、縁側で切嗣が見せた笑顔。

 

   “ああ。安心した”

 

後の事を託す事ができる人間が現れた安心感。

エミヤは少女の姿を誇らしげに記憶に留める。

 

「答えは得た。大丈夫だよ遠坂。オレも、これから頑張っていくから」

 

最後に一言だけ残しエミヤは消滅した。

 

その後、エミヤは英霊の座に戻る途中の大聖杯の中で、救えなかった白い少女イリヤと再会する。

イリヤは聖杯の力を使い、エミヤに新たな命を与え、異世界へと送った。

 

そして、エミヤは新たな世界で1人のやさしい少女と出会う……

 

 

 

 

 

 

 

「これが私、英霊エミヤの全てだ」

 

「「……」」

 

あまりにも壮絶なシロウの過去を見て皆唖然としている。

 

「ネギ君は私と似ているからな、君には私と同じようになってほしくなかった」

 

真剣に、けれどもやさしげに言うシロウをネギも真剣な眼差しで見つめた。

 

「だが、これは私の傲慢(エゴ)だ。……すまない」

 

「いえ……僕の考えが甘かったんだと思います。何も知らずにシロウさんには失礼なことを」

 

「いや、いいんだ。刹那達も、ネギ君の試験の時は危険な目にあわせてしまってすまなかった」

 

試験の時に危険な目にあわせてしまったことに対し、刹那、アスナ、古、真名、楓にも頭を下げる。

みんなどうしたら言いかわからないようで戸惑っている。

そんな空気を打ち破ったのは、アスナだった。

 

「でもさ、あれは士郎の世界の話でこの世界では関係ないんじゃない? 魔法使いはみんな立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指してるんでしょ?」

 

アスナの発言に古やのどか、夕映などのまだこちら側に詳しくないものは頷く。

だが、エヴァはその言葉をバッサリと否定した。

 

「かわらんよ神楽坂アスナ。確かにこの世界の魔法使いの大半は立派な魔法使い(マギステル・マギ)を目指している。だが、力があるという事はそれを悪用しようとする者もいるという事だ」

 

「でも」

 

エヴァの言葉に対しそれでも反論しようとするアスナを真名が手で制した。

 

「龍宮さん?」

 

「事実だよ神楽坂。私は昔偉大なる魔法使い(マギステル・マギ)のパートナーとして世界を回っていた」

 

「「えっ!?」」

 

真名の発言にアスナだけでなくネギも驚く。

 

「だが、どこも争いは絶えなかったよ。それこそ士郎さんの過去のような光景も多々あった」

 

真名はどこか遠い目で空を見上げている。

それでシロウは理解した。彼女もまた大切な誰かを失ったのだろうと。

 

「……」

 

シロウは浜辺へ向けて1人歩き出す。

そんなシロウに、心配そうにこのかが声をかけた。

 

「しろう?」

 

「すまない。少し考えたいことがあるんだ」

 

「うん……」

 

「それと……皆もう一度よく考えてくれ。こちらの世界に足を踏み入れるということは、大なり小なり危険な目に遭うということを。それは、自身の未来を狭めてしまう可能性があるということを」

 

それだけ言ってシロウは浜辺へ移動し、近くの岩場へ腰を下ろす。

 

「……前から不思議に思っていたが、何故私に衛宮士郎だった頃の記憶がある」

 

英霊エミヤとなった時点で全てのエミヤシロウの記憶が記録として残る。だから知っていること事態はおかしくはない。

だが、先ほど過去を見せた時、エミヤの記録ではなく自分自身の過去を思い出す(観る)事ができた。

この世界にきてから段々と過去を思い出している。

 

「……この世界に来た事と何か関係があるのか」

 

 

 

 

 

 

 

その頃、別荘の外では犬上小太郎が千鶴と夏美に拾われ、学園に忍び込もうと怪しい影が動きだし始めていた。

 

「……では、エミヤシロウの相手は君に任せるよ」

 

「承知した。そなたはそなたの目的を果たすとよい」

 

 

 

 

 

 

 




なんとかエミヤの過去を書き切りました。……だいぶ端折りましたけど。
にしても、《後》が一番長くて大変でした。
さて、ここからはネギま!の原作にそりつつオリジナルな展開へと持っていきたいと思います。
が、そろそろまた忙しくなってきましたので、次の更新はまた間が空いてしまうかもしれません。ほんとすいません。
ではまた次回。

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