修学旅行の振り替え休日
「さて、買い物にでも行くか」
今日は前にこのかと約束した通り、このかが晩御飯を食べに来る。話を聞いたネギやアスナ、刹那も来るらしいので多めに食材を買わなければならない。
シロウは普段着の黒いシャツとズボンに赤いジャケットを着て寮を後にした。
「ほう……」
スーパーに向かうには桜通りを通る。
前に来た時は満開の桜だったが、今は桃色の花弁は散り緑の葉が顔を出している。
「そうか、アレからもう数ヶ月も経つのか」
そう、前に来たのは吸血鬼事件の時である。アレから数ヶ月。月日が経つのは早いものだ。
などと考えながらしばらく歩いていると、前の方から道路に向かってボールが飛び出してきた。
「ん?」
その後をボールの持ち主であろう少女が追う。
「まずい!」
道路の向こう側からは、トラックが迫っている。このままでは、あの少女は轢かれてしまう。
「
足に強化を掛け、少女の下へ走る。少女の下へ着くとすぐさま少女を抱き上げ横に飛び、間一髪シロウの横数cmの位置をトラックは通過していった。
「馬鹿やろう! 気をつけやがれ!」
トラックの運転手は止まりもせず、漫画のような定番の捨て台詞をはいてその場を去った。
「少女の存在にも気づいていなかったヤツがよく言う……っと、大丈夫か?」
「……」
腕の中にいる少女に問いかけるが反応がない。
どこか怪我をしてしまったのだろうか? と心配していると……
「れ」
「れ?」
「
キラキラと目を輝かせ、そんな事を言い出した。
はて?
「薪ちゃん、大丈夫!?」
「無事か、蒔の字!」
そこに、この黒髪の少女の友達であろう栗色の髪の少女と、白髪の眼鏡をかけた少女が現れた。
「おう。由紀っち、鐘、あたしは平気さ! レッドの兄ちゃんに助けてもらったからな」
「よかった~ありがとうございます。正義のお兄さん」
「友人を助けていただき、ありがとうございます」
2人の少女はそれぞれ礼を言う。
しかし……レッド? 正義のお兄さん?
「ああ、気にしなくていい。それよりも「あらあら、みんなどうしたの?」……む?」
シロウがレッドやら正義やらの呼び方について尋ねようとした時、聞き覚えのある声がした。
「あ、千鶴お姉ちゃん! 蒔ちゃんがトラックに轢かれそうなところを正義のお兄さんが助けてくれたの」
「正義のお兄さん? あら、衛宮先生」
「む、千鶴か? 何故此処に?」
現れたのは3-Aの生徒である那波千鶴。
「ふふ、私はこの幼稚園でボランティアをしているんです」
「幼稚園?」
今まで気づかなかったが、少女達が出てきた場所は幼稚園だったらしい。
園内では、他にも大勢の園児たちが楽しそうに遊んでいる。
「ええ。ほらみんな、衛宮先生に挨拶して」
千鶴がそう言うと、3人の少女が横一列に並ぶ。
「あたしは蒔寺楓! よろしくレッドの兄ちゃん!」
黒髪のショートカットで胸に黒豹? のバッジをつけている少女が元気よく自己紹介する。
「はじめまして正義のお兄さん、三枝由紀香です。」
栗色の髪を肩の辺りで整え、ほんわりとした雰囲気の少女になんだか和む。
「はじめまして氷室鐘といいます。よろしくお願いします」
白い髪で長髪の眼鏡をかけた少女がクールに言う。なんだか大人びた感じの子だな。
「はじめまして、私の名はエミヤシロウ。千鶴のクラスの副担任をしている」
少女達に対して私も自己紹介をし、疑問に思っていたことを口に出た。
「ところで、何故私はレッドの兄ちゃんなどと呼ばれているのだ?」
この子達とは初対面のはずなのだが? と、千鶴に尋ねる。
「衛宮先生、前にネコを助けた事がありませんか?」
「ネコ?……ああ。確か、前に川に流されていたネコを助けたな」
数ヶ月前、茶々丸と歩いていた時の事を思い出す。
あの時は軽い騒ぎになっていたから、見られていても不思議ではない。が、呼び名の由来はわからずじまいだ。
「それをこの子達は見ていたらしいんです。川に流されていたネコを赤いマントのお兄さんが助け出して、そのまま颯爽と帰っていったと。その後、園内は正義の味方のお兄さんの話で大騒ぎだったんですよ」
ふふっ、と千鶴は笑う。
颯爽と帰っていった? ……そういえば、あの時は服が濡れたからネコを茶々丸に預け着替えに家に戻ったな。
つまりは、あの時着ていた投影品の赤いコートを少女達がマントと勘違いして、正義の味方などと思ったわけか。
「まいったな。私は正義の味方なんて言われるほど、立派な人間ではないんだが」
千鶴の言葉に対し苦笑いで返す。
真っ先にネコを助けようとしたのは茶々丸だし、私がしたのはただのおせっかいだ。称えられていいはずがない。
それに、正義の味方などと名乗るには、この手は血に汚れすぎている。
「あら、そんな事ないですよ? 正義の味方とは本人がどう思っているかではなく、その行動を見た人や助けられた人が正義の味方だと感じたからこそ正義の味方になるんです」
「……」
千鶴の言葉に、シロウは無言で耳を傾ける。
「この子達は貴方の行動を見て正義の味方だと思った。それなら、やっぱり衛宮先生はこの子達にとっても、救われたネコにとっても正義の味方だったんですよ」
「この子達にとっては正義の味方……いや、しかし……うむ」
昔の私ならば千鶴の言葉に対して、やはり自分は正義の味方などではないと直ぐに否定しただろう。
だが、今私は直ぐに否定の言葉が出せなかった。ただ単に反応が遅れたのか、麻帆良での生活ゆえなのかはわからないが、千鶴の言葉をすんなりとはいかずとも受け入れる事ができた。
そうだ、私もそうだったではないか。
あの時の切嗣の笑顔が、切嗣の語った理想が綺麗だったから憧れ、正義の味方を目指した。
子供達を見る。
すると、3人とも笑顔で私を見上げていた。
「ありがとう、千鶴」
今の言葉で全てが納得できたわけではない。私の罪が消えるわけでもない。だけど。
まさか、まだ中学生の少女に正義の在り方を諭されようとは……本当にこの世界へ来れて良かった。
「あら? 私は先生にお礼を言われるような事はしていませんよ?」
あらあら、ととぼける千鶴。
「ふっ、君にその気がなくとも、私は君の言葉に感謝している。故にありがとうだ」
「ふふっ、どういたしまして」
「レッドの兄ちゃんも、千鶴姉ちゃんも何2人して難しい話してんだよー」
シロウ達の話しが理解できず、つまらなかったのか楓が言う。
「ああ、すまんな。なに、簡単なことだ、私は千鶴に正義の味方の意味を教えてもらったのだよ」
「なんだ? レッドの兄ちゃんは正義の味方も知らないのかよ、だっさいなー」
「まっ、蒔ちゃん!」
「蒔の字、この方は正義の味方とは何たるかと言う大事な話をしてたのだ、邪魔をするんじゃない」
楓に対し由紀香はおろおろし鐘は説教をする。
「いや、いいんだ。本当に、今頃正義の味方がどんな存在か理解するなんて……ださいな」
微笑むシロウの前で、尚もじゃれあう3人。本当に仲がいい。
そういえば、遠い昔この少女達のような友人がいたような気がする。確か彼女達も、3人いつも一緒で仲が良かったな。
「衛宮先生。もしよろしければ、少しこの子達と遊んでいきませんか?」
「レッドの兄ちゃん遊んでくれんのか?」
「わぁーい」
「それはありがたい」
千鶴の提案に3人は喜ぶのだが……
「すまない。今日は夕食に人を招待していてな、これからその材料を買いにいくのだよ」
「えーなんだよー」
「残念です」
「それならしょうがないですね」
断ると3人がしゅんとしてしまう。仕方がないとはいえ、これは罪悪感を感じてしまう。
「では、今度改めて遊びに来るとしよう。それでいいかね?」
「おう!」
「うん!」
「はい!」
シロウの言葉に対し、元気に返事をする。どうやらこの子達の笑顔を曇らせずにすみそうだ。
「それでは失礼するよ」
「はい、またいつでもいらしてください」
最後に千鶴に一言声をかけ、幼稚園を後にする。
スーパー到着。
「さて、何を買おうか?」
一番自信があるのは和食だが、中学生は食べ盛りの年頃だろう。人数も多いし、ここは質よりも量で攻めるべきか?。
などと思ってはいるものの、質を落とすことなど微塵も考えていないシロウである。
「ふむ。ならば中華でいくか」
次々とカゴへ入れられていく野菜たち。そのどれもが安くとも質の良い物。
その目はどんな小さな傷みも見逃さない。まさに「鷹の眼」である。
今ここに、歴戦の
───数分後
「よし、これだけあれば十分か」
そこには、カゴいっぱいに入った食材を持ち、上機嫌でレジへと向かう1人の男の姿があった。
「おや?」
足取り軽く上機嫌で歩く帰り道、見覚えのある人影を見つける。
「エヴァに茶々丸ではないか?」
「ん? ああ、シロウか」
「こんにちは衛宮先生」
「買い物か? エヴァがいるなんて珍しいな」
シロウはスーパーで茶々丸とはよく会うのだが、エヴァが一緒にいるのは初めてだった。
「まあな、ちょっとした暇つぶしだ。それにしても貴様、何だその両手いっぱいの食材は?」
シロウの両手に下がるはちきれんばかりのレジ袋を見て、エヴァは怪訝な顔をした。
確かに一人暮らしの男が使う量にしては、買い置きにしても多すぎる。
「今日はこのか達が飯を食べに来るから中華でも振舞おうかと思ってな」
「貴様が料理だと?」
「ああ、数少ない趣味の一つだからな、それなりに自信はある」
エヴァは不可解そうな表情でこちらを見ていたが、しばらくして、
「よし、私も食うぞ」
そんな事を言い出した。
「……何故だ?」
「何故も何もあるか。私は貴様に魔法を教えてやるのだ、飯ぐらい作っても罰は当たるまい」
別に料理を御馳走するのは構わないのだが、なぜエヴァはこうまでえらそうにできるのだろうか? これは才能といってもいいレベルだ。
「その件ならば、君に私の魔術の情報を教える対価という事ではなかったか?」
そのまま了承するのもつまらないので、少しからかってみる。
「ぐぅぅぅう~」
エヴァの顔は見る見るうちに赤くなる。
こうしてみると、真祖の吸血鬼とは思えない。見た目相応の少女だ。
「そっ、そうだ! 確かに貴様に魔法を教えるのは魔術の情報への対価だが、私に教わるという事は私の弟子になるという事だろう。ならば師である私に料理を作るのは自然な事ではないか!」
師に対して料理を作るのが自然かどうかは置いておくとしても、確かにエヴァは私の師匠ということになるのか。
まぁ、ここまで必死になっているわけだし、感謝をしていないわけではない。そろそろ勘弁してやるか。
「ふぅ、わかった。私の負けだよエヴァ、君も今夜の食事に招待しよう」
「そーか、そーか、わかればいいんだ。では行くぞ」
エヴァは急に上機嫌になり、軽い足取りで寮へと向かう。
やれやれ、現金な事だ。
「衛宮先生、少し荷物お持ちします」
「いや、構わんよ。女の子にこんな重い物を持たせるわけにもいかんしな」
「女の子……ですか?」
茶々丸は無表情ではあるが、驚いている気がする。
「違うのか?」
「……いえ、ありがとうございます」
いつも無表情な茶々丸だが、礼を言った茶々丸の顔は少し笑っているような気がした。
「さあ、
「はい」
寮までの道のりを、エヴァと茶々丸の3人で歩いて行く。
「よし、茶々丸これをテーブルまで運んでくれ」
「はい」
出来上がった青椒肉絲を皿に盛り付け、茶々丸に渡す。
ちなみに、手伝ってくれるのは茶々丸だけでエヴァはお茶を飲んでくつろいでい
その時ドアがノックされた。
「しろう、来たえ~」
どうやらこのか達が来たようだ。
「鍵は開いてるから勝手に入ってくれ」
「はーい、おじゃましまーす。ってあれ? なんでエヴァちゃん達がおるん?」
「ああ、買い物の帰りにばったり会ってな。エヴァ達も一緒に食べる事になった。すまんな」
「ううん。人数が多いほうが楽しいし、別にかまわんよ」
「もう少しでできるから、座っててくれ」
「ウチも手伝うわ」
「私も手伝います」
このかと刹那は荷物を部屋の隅に置くと、直ぐに手伝いにいてくれた。
横目で確認すると、ネギとアスナはエヴァと何か話しているようだ。
「ああ。じゃあ茶々丸と一緒に皿を運んでくれ」
そうこうしているうちにシロウは回鍋肉、八宝菜、麻婆豆腐と次々に料理を完成させていく。
「よし完成だ。食後にはデザートの杏仁豆腐もあるからな。それじゃあ、いただきます」
「「いただきます!」」
シロウの号令を合図に、皆それぞれ箸を伸ばす。
「すご~い、美味しい~」
「しろうほんまに料理得意やったんや~」
「見事です!士郎先生」
「美味しいです!シロウさん!」
「ほぅ、なかなかやるではないか」
皆それぞれに感想を述べる。どうやら喜んでもらえたようだ。
そんな中、一口も料理に手をつけず、バツの悪そうな顔をしているものが一人。
「あの、衛宮先生、私は食事は……」
自分の前にも料理が置かれている事に、茶々丸が申し訳なさそうに声をかけてくる。
「食べる必要がないだけで、食べられないわけではないのだろう?」
栄養になるかどうかは別として、何度か飲み物を口にしている姿を見た事があるので食べられないという事は無いだろう。
「それは、そうなのですが……」
「なら気にする事はない。食事とはみんなで食べるとさらに美味しくなるものだ。ただ、茶々丸にとって迷惑だというのであれば謝ろう」
「いえ、そんなことは。……ありがとうございます」
そう言って、茶々丸はぎこちないながらも嬉しそうに食べ始めた。
その光景を見て、遠い昔の記憶が蘇る。
セイバーがいた、凛がいた、桜がいた、、ライダーがいた、イリヤがいた、藤ねぇがいた。時にはセラとリズ、バゼットにカレンがいたこともあった。みんなで楽しく食事をした日々。
その日々が衛宮士郎であった頃の記憶なのか、アーチャーとしての記録なのかはわからない。
けれど、また大勢で食事ができたらいいなとシロウは思った。
食事が終わり、刹那やアスナ達はそれぞれの部屋へと帰っていった。
残ったのは、洗い物を手伝ってくれているこのかとお茶を飲んでいるエヴァ。
ちなみに、茶々丸はエヴァが私に魔法を教えるのに色々と必要なものがあるらしいので、準備をしに先に帰った。
「さて、そろそろ帰るか」
エヴァが立ち上がって言う。
「帰るのか?」
私達と一緒に部屋を出る気が無かったのなら、何故さっき茶々丸と帰らなかったのかと問いただしたい。
「ああ。貴様は後で家に来い、早速魔法を教えてやる」
「わかった」
エヴァの言葉に首だけ向けて返事をする。
「しろうエヴァちゃんに魔法習うん?」
横で皿を拭いていたこのかが不思議そうに問いかける。
「私は魔法が使えないからな」
「え? でも修学旅行で剣とか出してたやん」
「アレは正確には魔法ではないんだ」
「?」
よくわからないといった顔をするこのか。
私自身こちらの魔法について詳しくないから、どう説明すればいいのか……
「そうだな。私の魔術はエヴァやネギ君の使う魔法とは少し違ってな。その中でも、私の魔術は更に特殊だからエヴァに魔法を教わろうと思ってるんだ」
「へ~」
このかは返事をしているが、たぶん理解できていないだろう。
「そうだ、おい」
そんな時、エヴァから声がかかる。
「どうした、忘れ物か?」
「違う! 家に来るとき近衛このかも連れて来い」
「へ、ウチも?」
急に自分の名前が出たので きょとん とするこのか。
「ああ、お前とシロウは仮契約をしているだろう。その辺も色々と説明してやるから来い」
「うん、わかったわ」
「ではな」
そう言って今度こそエヴァは帰る。
「すまんなこのか」
「別にええよ、ウチも興味あるし」
その後、シロウとこのかは洗い物を済ませエヴァの家へと向う。
しばらく森の中を歩いているとログハウスが見えてきた。
「着いたな」
「ここがエヴァちゃん家なん?」
「ああ」
そういえば、このかはエヴァの家に来た事はないんだったな。
軽く扉をノックすると、茶々丸が出迎えてくれた。
「お待ちしてました衛宮先生、このかさん。マスターがお待ちですので奥へどうぞ」
「ああ、失礼するよ」
「おじゃましまーす」
シロウとこのかは茶々丸の後に続き部屋の奥へと進む。
階段を下りると水晶の中にミニチュアのリゾート地が入っているような置物がある部屋に着いた。
「なんやこれ~?」
このかは興味津々といった感じで水晶を覗き込んでいる。
魔力を感じると言う事は何かの魔法具だろうか? 部屋を見回すが肝心のエヴァの姿が見あたらない。
「茶々丸、エヴァはどこにいるんだ?」
茶々丸に尋ねる。
すると、茶々丸は部屋にあった置物を指差した。
「マスターは別荘にいます」
「別荘?」
「はい、これはマスターが作った別荘で、魔法により水晶の中に圧縮された空間となっています。この中ではこちらでの一時間が一日となり、また、別荘に入ると最低一日は出てくる事ができません」
なるほど、浦島太郎の話の逆と言う事か。
それにしても、この世界の魔法はすごいな。空間の圧縮に時間操作など殆ど“魔法”の域ではないか。
凛がこれを見たらなんと言うか……
「では衛宮先生、このかさん。この魔方陣の上へ乗ってください。そうすると中に入る事ができますので」
茶々丸の指示に従い魔方陣の上に乗る。
すると魔方陣が光だし、シロウとこのかは一瞬にして水晶の中にあった塔の上に立っていた。
「ひゃ~、すごいな~」
「これは……すごいな」
2人して驚きの声を上げる。
そこは水晶の中とは思えなかった。青い空に太陽、風まで吹いている。
「やっと来たか、遅いぞ!」
周りの景色を見渡していると、塔の中からエヴァが出てきた。……怒りながら。
「そんな事はないだろう? 君が寮を出てから、まだ30分程しか経っていないぞ?」
確かに後片付けをしてから来たので多少時間がかかったが、そこまで怒るほどではない。
「マスターは衛宮先生達が来る10分ほど前に「そろそろ来るだろうから先に入る」と言って先に別荘の中へ入っていきました」
別荘の中での1日が外での1時間と言う事は、エヴァは4時間程私達を待っていたと言う事か。
それならばエヴァが遅いと怒るのも納得がいく、が。
「エヴァよ、それは君の自業自得だろう? 外で待っていればよかったじゃないか」
「う、うるさい! もういいからさっさとはじめるぞ!」
「……やれやれ、エヴァにも困ったものだ。まさか、うっかりまで凛に似ているのではあるまいな?」
怒るエヴァの後に続き砂浜へと移動する。
「よし、ではまずはカードの説明からはじめるぞ」
「ああ、頼む」
「うん」
シロウたちの返事を合図にエヴァが説明を始めた。
1.従者への魔力供給
呪文によって定めた時間、魔法使いが従者に対して自らの魔力を送り込む。
これにより、物理的、魔術的な防御力、身体能力が向上させられるなどの効果がある。
また、魔法使いの習練次第で時間制限を延ばすことができる。
2.従者の召喚
遠方の従者を魔法使いの元へと転移させることができる。
ただし限界距離はせいぜい5~10kmと短い。
また従者の意志や状況に関係なく召喚してしまうため、強制転移魔法の一種とも言える。
3.念話
カードを額に当てて「テレパティア」と唱えることで、離れた従者に向けて語りかけることができる。
しかし、カード一枚では一方向に語りかけることしかできず、双方向の会話を行うためには従者にもカードを持たせる必要がある。
「と、まぁ主にこんな所だな。近衛このかによってはシロウは更に強くなるだろう。それともう一つ、アーティファクトの召喚ができる」
「アスナのハリセンのことか?」
京都でアスナが使っていたハリセンを思い出す。
確かアレはアスナ自身の
シロウは京都でアスナのハリセンを見た時、無意識に解析していた。その時に判ったのだが、なぜハリセンが“剣”の属性なのだろうか?
「そうだ。だがアーティファクトは人それぞれだ。早速貴様のアーティファクトを見せてみろ。使い方はわかるな?」
「ああ、
声と共にカードが光だし、専用の武器が現れる。
「これは……」
手に現れたのは一振りの剣───いや、形状からして日本刀だろうか? だが、それにしては反りがない。
刀身はまるで莫耶のように薄く濁っていて、切れ味がいい様には見えないし。鍔はなく、柄には赤紫色のボロボロの布が巻かれ柄頭から垂れている。
「なんか汚い剣やな~」
「なんだ、貴様ならば面白いモノが出るかと思ったが何だそのナマクラは」
エヴァはつまらなそうに言うがシロウは違った。この刀は
アスナのハリセンが解析できたのだからアーティファクトの解析ができないという訳ではないのだろう。
何せこれは刀、剣なのだ。
「おいどうした?」
無言のシロウを不審に思ったのか、エヴァが声をかけてきた。
「解析が……できない」
「は? 何を言ってるんだお前は?」
エヴァは私の言葉に首をかしげる。
「私はモノの構造を読み取る魔術が使える。さらに私は属性が“剣”だから刀剣類の解析は例外を除いてどんなものでも解析できるはずなのだ。だが、この刀は解析する事ができん」
そう、まるで英雄王の乖離剣のように理解ができず、解析ができない。
「おい、茶々丸」
「はい。今、魔法協会にアクセスして調べています」
茶々丸はすぐにシロウのアーティファクトについて調べる。
「わかりました。衛宮先生のアーティファクトの名称は『全てを救う正義の味方』。ですがこのアーティファクトについては不明な点が多く、記載されている情報は二つだけになります」
「構わん、話せ」
「はい。一つ目はその能力。その能力は《想いを力に変える》能力だそうです」
「茶々丸よ、想いを力に変えるとは具体的にどういうことだ?」
「申し訳ありませんが、能力に関してはそれ以外は何も」
想いを力に変える? 何とも曖昧な……。
実際に使わなければわからないと言うことか。
「そうか」
「そして二つ目。これはこの刀の銘なのですが……」
二つ目を話し始めた途端、茶々丸が急に黙る。
「どうした?」
「茶々丸?」
刀の銘に何か問題があったのだろうか?
「……刀の銘は、『エミヤ』だそうです」
「「な!?」」
「え!?」
茶々丸の言葉にシロウとエヴァはもちろん、今まで静に話を聞いていたこのかでさえ驚きの声を上げる。
が、それに構わず茶々丸は説明を続けた。
「平安時代、1人の男が災いから都を護る為に使った刀で、
この刀の銘がエミヤ。それは何の因果か偶然か。
「くっ、くはははははは! 面白い、面白いぞエミヤシロウ。まさか、正義の味方を目指した貴様のアーティファクトの名が偶然にも『
人の気も知らないで馬鹿笑いするエヴァ。
だが、そんなことよりも気になるのはこの刀だ。
エミヤという銘もさることながら、この刀からは宝具の気配がする。確かに宝具とは長い月日を得た物や、神々の手によって作られた武具の事だ。
その点で言えばなにも問題はないのだが……
「おい、エミヤシロウ」
「なんだ?」
「これから模擬戦をするぞ」
「は?」
いきなりのエヴァの戦闘発言に思考が停止する。
何故彼女はこうも180度違う展開に持っていけるのか。
「貴様、最初の目的を忘れたか?」
忘れるわけがない。今日はエヴァに魔法を習う予定だったのだ。さしずめ、私の戦闘能力を測るとかそんな所だろう。
「いや、忘れてはいない。それで君は魔法を教える前に私の実力がどれほどか知りたいと?」
「察しがいいじゃないか」
お互い距離をとって構える。
それよりも今は目の前の事に集中しよう。エヴァは他の事に気を取られていて相手をできるほど甘くない。
「このか、離れていてくれ。茶々丸このかを頼む」
「了解や~」
「分かりました」
茶々丸がこのかを連れて離れる。茶々丸がいれば、戦いの余波でこのかが怪我をする事もないだろう。
「ルールはどうする?」
話しながらも頭の中で干将・莫耶の設計図を組み立てる。
「ふっ、言うまでもなかろう? どちらかが反撃不可能となったら終了。それ以外は何でもありだ」
エヴァも両腕に魔力を集中させる。
「では」
エヴァが蝙蝠を集め黒い外套へと変え身に纏う。
「ああ」
こちらも同じように赤い外套を投影し身に纏う。
「「行くぞ!!」」
刀の正体はいったい……?
次回はバトルですね。
それではまた次回!!