黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《くすぶる思い》 ――

 アレスに連れられて広間へ通されると、そこに一人の騎士の姿があった。全身を覆う板金鎧(フル・プレート)には、ヴィステリア親衛騎士隊の紋章(エンブレム)が輝く。

 オリヴィアの姿をみつけるなり、彼は膝をついた。

 

「姫、よくぞご無事で」

「イャハム」

 

 親衛隊所属の騎士だった。

 名をイャハム。

 自慢の赤毛は、ここまでの苦労を忍ばせて、千々に乱れていた。よく見れば板金鎧にも、ところどころに斬撃を受けた傷痕やへこみが見受けられる。

 

「貴公も無事であったか」

「はっ! 畏れながら」

 

 そう答えた跡、彼は沈痛な表情を浮かべた。

 

「――王は、亡くなられたと」

「そうだ」

 

 短く答える。

 その様子に驚いたのは、アレスだった。

 

――こいつはまた、昨日とずいぶん様子が違うじゃねえの。

 

「だが、わたしがいる。わたしがいるかぎり、ヴィステリアは滅びぬ」

(しか)り」

 

 こうべをたれるイャハム。

 

「ヒュゥ」と口笛を鳴らすアレス。

 

 オリヴィアは一瞥をくれただけで、その態度に何も言うことはなかった。

 

「逃れてきた者の数は?」

「王国騎士及び兵士が300弱。民が200ほど。ケガ人も含めてですが」

「少ないな」

「申し訳ございません」

「謝ることはない。貴公らはそれだけの民を(まも)ったのだ。勲章(くんしょう)ものだな」

 

 与えてやれる勲章すら、今のわたしは持たぬがな。

 つぶやく声は心にとどめる。

 

「父も――その働きに感謝しよう」

「もったいなき、お言葉」

 

 絞り出すような声だった。

 

「なにがあったかは聞かぬ。ともにあの地獄より這い逃れた者だ」

「あの化け物どもを根絶やしにせねば、王の仇となりませぬ」

 

 イャハムの体は小刻みに震えていた。

 武者震いか、それとも――

 

「我が国の者たちの元へ行こう」

「は? 何言ってんだ、お姫さん? アンタこのあと王族議会に()ばれてるだろ?」

「我が身は我が民たちのためにある」

 

 オリヴィアは振り向きもせず断言した。

 

「それなら先にこっちと話つけろよ。あんたら含めて難民どもをどうするかって――」

「難民ではないっ!!」

 

 叫ぶ。

 

「彼らはヴィステリアの民だ。誇り高き、我が父の民だ」

 

 アレスはがしがしと髪を掻き、めんどくさそうに舌打ちした。

 

「オレはあんたのお目付役なんだよ。勝手な行動されるとオレがどやされんだろ」

「どやされれば良かろう」

 

「はぁ!? ちょっと、待てよ!」

 

「イャハム。民たちの元へ行こう」

「はっ」

 

「勝手に話を進めんなって! オイッ!」

 

 アレスは「くそぅ!」と毒づくと、二人のあとを追った。


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