黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《追いかけた背中》 ――

 血。

 紅い血が視界を染める――

 

 父が剣をふるっている。

 兵士たちに号令をかけ、巨大な影の化け物に向けて雄々(おお)しく駆けていく兵士たち。

 振り払われた一撃で、かれらは音もなく四散した。

 なげきの声。呪いの声。悲痛な叫び。

 全身が引き()かれそうな痛みに心が壊(こわ)れそうだ。

 

 それでも、父はあきらめようとはしない。

 ”狂戦士”は、狂っているからこそ狂戦士。

 わずか一騎になろうと、その剣は(しかばね)の山を築くためにふるわれる。

 自らの兵士たちの怨嗟(えんさ)の声を(かて)に。

 敵国の憎しみを一心にその身に受けようと、立ち止まることはしない。

 立ち止まれば、ふり返れば、彼らの(たましい)(むく)いることはできない。

 退()くことは許されない。

 ”狂戦士”だからこそ”賢王”になれた。

 狂っているからこそ、融和策という狂っている手段をとることができた――

 

 息子を殺された母親から、「死ね」とののしられた。

 父を殺された娘から、石を投げられた。

 友を殺された親友から、命を(ねら)われた。

 

 あの頃、自分は父のことを(にく)んでいた。

 肉親を殺した連中と仲良くしろといわれて、どれほどの国民が納得できようか。

 

 このような目に()うのは、すべて父のせいだと。

 (おさな)い自分には、父の背中が憎くて仕方がなかった。

 仲の良かった友が離れていき、宮中には自分の居場所がどこにもなくなった。

 

 その鬱憤(うっぷん)を晴らすために、剣に打ち込んだ。

「さすが”狂戦士”の娘だ」(かげ)であざけられたことも知っていた。

 それでも、すがるものはそれしかなかった。

 自分が悲しかった。

 

 成人を迎える前に、父に遊歴(ゆうれき)の許可を申し出た。

 息苦しいこの場所から、一刻も早く離れたかった。

 父は許可してくれた。

 

 遊歴の騎士となり、国内を見てまわった。

 

 どうしたことか、みな明るく生きていた。

 自分を見つけても、石を投げてくることはない。

 元気に走りまわる子供がいた。

 腹が減っていれば、果物を手に微笑んでくれる母親がいた。

 戦時下にいたときとは、空気が違っていた。

 

 ああ、そうか。

 

 父が見たかったのは、これなのだと気づいた。

 

 父が狂っていたのではない。

 

 この世界が狂っていたのだと。

 

 そう、理解したとき、その背中の大きさに言葉を失った。

 自らできることを、果たそうと思った。

 わたしには、剣がある。

 父の前に立ちふさがる敵を退(しりぞ)け、(たて)となり剣となる。

 己の道を決めたのは、このときだった。

 

 巨大な影に立ち向かう父。

 その背中は、かわらずに厚く、大きい。

 それは、(まも)るべきもの護ろうと決めた父の背中。

 幾万も流された血の数で形作られた平和でも、何者にも変えられない価値。

 しかし、その父すらも――

 

 血に、染まる。

 

 巨大な影は無数の憎悪にいろどられる。

 幾千、幾万、犠牲となったものたちは、なお、その憎しみを(つの)らせているのか。

 復讐(ふくしゅう)を果たせ。

 敵を殺せと。

 彼らの望みが、あの怪物(ばけもの)どもを()んだのか。

 平和などに(おぼ)れるなと。

 

 わたしもまた、その末席に加わるのだろうか。

 父の断ち切った連鎖を、またつなげるために?

 

 わたしは、どうすればよいのだろう。

 果たすべきこと。

 わたしの果たすべきこと。

 

 父上。

 お父さま。

 あなたの背中を見失いました。

 

 お父さま。

 あなたのお声をお聞かせください。

 

「お父さま……」

 

 うわごとのようなその言葉は、閉じたまぶたから涙とともにこぼれ、枕を濡らした。


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