黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ― 作:nyan_oh
「よく無事で――」
抱きしめられたオリヴィアは、かつてのぬくもりに心の底からふるえた。
幼(おさな)いころは、よくこうして、なぐさめられたものだ。
「おひさしゅうございます、姉上」
「そのような
やさしい言葉に、姉のいたわりを感じる。
「――再会の喜びはそのくらいにしておけ」
玉座に片ひじをつき、ヨークランド王は退屈そうに呼びかけた。
「――はい、すみません。あなた」
「公務だ。王と呼べ」
「はい――王」
姉は去るとき、片手でほほをなでていった。
「
ヨークランドの隣の玉座に座る姉の姿から眼を引きはがし、片ひざをついてこうべを下げる。
「はっ。ヨークランド王ハルパス卿。ヴィステリア火急に際し、貴国の人道に適う救援の所存、父に成り代わりまして御礼申し上げます」
「王妃たっての願いでな。人選に間違いはなかったか?」
「はい。ミリアム殿、アレス殿には、いくども助けられました」
「そうか、大義であった」
ミリアムとアレスは、一歩下がってひざをついている。
「は! しかしながら、ヴィステリア王までは力及ばず――」
「ふむ」
「父上が――!?」
口もとを押さえ、ヨークランド皇后でもある姉は言葉をうしなった。
「わたしがついていながら、うかつでした」
過去のくやしさを言下ににじませ、オリビアは下を向いた。
「”狂王”は、果てたか」
ヨークランド王はわずかに口の端を曲げた。
顔を上げ、玉座をにらむオリヴィア。
「同盟国の王であろうと、父の
「”賢王”とよんでほしいのか? だが貴様の父の手にかかり、数千という
「父は祖国を
「貴国から手を出したのであろう」
「ヴィステリアは侵略戦争などせぬ!」
「貴様の父の代ではな。貴君が知らぬだけであろう」
「そんなことはないッ!」
「敵国であったのが一転、手を結ぼうなどとたわけたことをほざく老害だ。屍の上に築かれた
腕に手をかけられ、ヨークランド王は言葉を止めた。
「ヴィステリア王は、平和であることを信条とされたのです。それは私で証明されましたでしょう?」
「……ふんッ」
まるで子供のようにそっぽを向くヨークランド王。
「オリヴィア。まずは休みなさい。さぞ疲れたでしょう?」
「いえ! それよりも!」
オリヴィアは
「千騎をお貸しください! 我がヴィステリアを
「馬鹿なことを」
ヨークランド王の
「
むき出しにされた殺意に、その場にいる誰もが一つの見解に至った。
この姫は、すでに正気を失っている。
「千騎あれば、なんとでもなると抜かすか」
ヨークランド王がゆるりと
「ミリアム、貴様の見立てはどうだ?」
「
ミリアムは、憎悪の念を吹き出す細い体に
「たった千騎では、3日ともたず、
「そんなことはない!」
「続けろ」
「ヴィステリアも平和な国とはいえ、兵士たちの
「帰ってきた者は?」
「3人ほど。彼らとともに、ヴィステリア国民と兵士を
難民、という言葉を強調し、居並ぶ将官の一人が答えた。
「ふむ。オリヴィア姫。千騎には足りぬが、貴殿の国民と兵士をそちに返そう。それでいかようにもなすが良い」
「なっ――」
「我が国の民は貸せぬが、貴殿の国の民なら汝の勝手にするがよい」
「それは――」
「できない、と申すか?」
押し黙ってしまった女騎士をあざ笑うかのように、ヨークランド王は言った。
「他国の者なら徴収できて、自国の者は徴収できぬか?」
オリヴィアは歯ぎしりした。
この場所に来るまで目にした
どれほど恐怖でここまで逃げてきたものか。
それを再度、戻って戦えと。
できるわけがない――
「ふん」
「あなた」
后の声にも、ヨークランド王は身を動かさなかった。
「オリヴィア。あなたは疲れているのです。今宵はもう、休みなさい」
「姉上」
顔を上げると、一筋の涙がほほを使って絨毯の上へとこぼれ落ちた。
「わたしは、悔しい」
「涙を流すなら、今この一度のみにしなさい」
優しい声ではあるが、強い意志が秘められている姉の言葉。
「王亡き今、彼らを率いるのは、もはやあなたしかいないのです」
こうべを垂れて、オリヴィアは
「アレス」
ミリアムの後ろで彫像のように固まっていた若騎士は、その言葉に顔を上げた。
「あの娘についておけ」
「はっ!」
頭を下げると、急いであとを追った。
「ふん」
「ありがとう、ヨハン」
横からの笑い声に、そっぽを向く。
「化け物どもを知る貴重な情報源だからな。頭を冷やせば、戦力にもなるだろう」