黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《喪失》 ――

 いたましい雰囲気に包まれている。

 窓の外は夜のとばりに落ちている。ガタゴトという馬車の音が、前に進んでいることだけを示すのみで、荒野はどこまでも広がっていた。

 かつての大戦のあと。ヨークランドとヴィステリア間で行われた血で血を洗う戦の爪痕(つめあと)は、いまだ大地に根深く残されている。

 

 人間対人間であるときでさえ、このありさま。

 人でないものが相手では、どれほどの血で、大地が汚されるのか。

 

 仇をとる、と言い出すかとおもったが、オリヴィアは冷静だった。

 父のなきがらをその場に置き捨て、ヨークランドに身を寄せることを了承した。

 血のにおいに引きつけられ、人外どもがあつまってくるからだ。数日の逃走のうちに、彼女は痛いほどそのことを理解していた。

 墓に()める時間も残されてはいなかった。

 

 下を向いたまま、己の無力をかみしめている。

 

 窓の外に向けないだけましかもしれねえ、とアレスは思った。

 女にゃ刺激が強すぎる。

 

 通りすぎる村。

 消し炭のようになった家。

 打ち壊されたガレキの隙間に、人のむくろが山のように積まれている。

 女、子供、老人――化け物どもは容赦(ようしゃ)がなかった。千切られ、木の棒に串刺(くしざ)しにされた生首が、街灯のように一列に並べられている。

 

 胸くその悪くなる光景だ。

 

 許しを()い、泣き叫び、絶望した顔が次から次に窓の外にあらわれては消えていく。

 

――まさか、こんなに簡単にヴィステリアが落ちるたァな。

 

 ヨークランドに並ぶ大国だった。

 国にライバルなんて関係は存在しない。奪うか、かすめ取るか、たがいに腹を満たすために領土を食らい、無限に肥えようと手を伸ばす。

 子供のころ、隣の国は人を食べると教えられた。帰らぬおまえの父がその証拠だと突きつけられた。

 だからこそ、必死に剣を学び、父に並ぶ剣士になると(ちか)った。

 

 ”賢王”の治世になり、その関係が一変した。

 成人となった年、父が帰ってきた。

 まるで拍子抜けだ。

 父は殺されたのではなかったか。奴らの腹に収まったのではなかったのか。

 ヴィステリアは休戦協定を結び、融和策を推し進め、両国間の人材交流を推奨した。

 第一王女を、ヨークランドの后にさしだした。

 

 最初は懐疑的(かいぎてき)だった議会もしだいに協調姿勢に軟化(なんか)し、いまではかつて敵国間であったことなどウソのように、その関係は改善した。

 父は今、母とともに安穏(あんのん)と暮らしている。

 

 俺たちはなんのために戦おうとしたのか。

 父に戦士としての誇りはないのか。

 帰ってきてからは、言い争うことばかりだった。こちらへ出るときも、父はヴィステリアの民を助けろ、とほざいた。

 

 俺は、なんのために戦士になったのか。

 

――俺は、ヨークランドの戦士だ。

 他国のために、命などくれてやるものか、と思った。

 

 がくん。

 

 馬車が大きくゆれた。

 

「?」

 

 窓の外の光景は変わっていない。

 大きな石にでもつまづいたのか?

 

 いや――

 

「どうしたのです?」

 不安そうな声を手をあげて制し、立ち上がるなりランタンを持ち、足で扉を蹴りつける。

 バン! と開いた木のドアに、とおくはなれていく街道が見える。

 

「ったく、いそがしい国だな」

 片腕と片足をのこし、そとへ身をにのりだすと、

 

――ヒュンッ

 

 耳元を矢がすり抜けていった。

 後ろをみれば、人と馬、人馬一体の化け物が四本足で加速しながら弓をつがえている。

 

「おっと」

 

 ドスッ、と元いたからだの位置に、太いやじりがつきささり、縦にふるえた。

 

「敵襲です。飛び道具、もってますね」

「!」

 オリヴィアがクレイモアーに手をかける。

 

「落ち着いて」

「御者がやられてます。とりま、まずい状況ですね」

「馬車を元の道にもどしましょう」

「いえ。このまま行きます。おそらく、街道は奴らに張られています。迂回(うかい)したほうがいいですね」

 

 腰のベルトから数本の短剣を抜きとる。

 

「奴らをはがしましょう。四本足の化け物に追いつかれるまえに。ミリアムさま、お願いできますか?」

「わかりました」

 

 硬い表情で、女はうなずいた。


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