黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《賢王崩御》 ――

「うわああああっ!」

 

 恐慌(きょうこう)した兵士がわめききながら武器をふりまわす。

 だが――

 

 グシャ

 

 真上から巨大なこん棒がふり下ろされ、声をうしない物言わぬむくろとなって転がった。

 巨大な身長の化けものは、血にまみれたこん棒を引き上げ、下卑(げび)た笑みを浮かべた。

 取り囲む兵士たちに動揺がはしる。

 

「ぬぅ」

 

 兵士にかかえられ、青い顔をした王は、白く長いひげの奥でうなった。

 なぜこのようなことになったのだ。

 

「王をまもれ!」

 

 巨大な化け物のまわりには、それを小さくしたようなもの――それでも成人した人のサイズだが――たちが、人間からうばった武器を手に奇声をあげている。

――いや、歓声、なのだろう。

 

「オリヴィアはどうした」

「さきほど偵察(ていさつ)に――」

「間の悪いことだ」

 

 戦時を長くはなれたことが(わざわ)いした。

 

 賢王と呼ばれ、外交に通じ、戦が起ころうとするたびにそれを回避するための手段を(こう)じてきた。

 それはすべて、民のためであった。

 戦はなにより民の生活を、心を疲弊(ひへい)させる。田畑を(たがや)し、子をなし、国を(ほこ)りに謳う。そのために必要なのが平和だった。

 数十年につづくかつての戦乱が過去となりかけてきたというのに。

 

(天は、無慈悲(むじひ)なものだ)

 

 ゆえに、ヴィステリア兵士たちには戦の経験がなく、急のときをようしても戦い方を知らぬ。

 いや、頭で戦術論がわかっていようとも、(からだ)がいうことをきかぬのだ。

 恐怖に打ち勝てるのは経験しかない。

 わが娘、オリヴィアのように、他国に志願して戦の経験を積まぬかぎり。

 平和が、徒(あだ)となったか――

 

「武器を貸せ」

「! 王!?」

 

「わしが指揮を()る」

 

 ”賢王”と呼ばれるその前、他国から呼ばれていた名は”狂戦士”。

 ”狂戦士”であるがゆえに、わたしは平和を()うた。

 

 みずからの失策は、自らで挽回(ばんかい)せねばならぬ。

 

 平和の象徴である白いマントを脱ぎ捨て、老王は受け取った剣をかまえた。

 その白いマントは、すでに朱に染まっていた。

 

 

§

 

 

「これは――」

 

 息をのむ。

 ここ数日を生き延びた、屈強な兵士たちが血まみれになり地面に転がっている。

 ひとりにかけよると、まだ息があった。

 

「どうした!」

「おう、が……」

 

 がふっ、と血の塊をはきだした。

 

「しっかりしろ!」

 

「われらでは――勝てませんでした。なさけ……ない」

 血とともに、涙があふれでた。

 

「王は――父上は!?」

「あ、ぐ」

 

 最後の力をふりしぼり、指を動かして場所を示す。

 オリヴィアがそちらを見たあと、がくん、と力がぬけた。

 こときれたのだ。

 

「まさか――」

「おそかったか」

 

 駆けつけた使者二人は、言葉をうしなった。

 人の所行とは思えないむくろのあと。切り刻まれ、はぎ取られ、つぶされた、かつて人であった肉塊。

 ふらり、とよろめいた女を、男はささえた。

 

「――すぐに、我が国に伝えねば」

 

「おうッ!! ちちうえッ!」

 

 絶叫して走るオリヴィア。

 白いマントをめじるしに駆けつける。

 あれは、父上がもっとも大事にしていたもの。みずからの過去を()い、生涯を(つい)やして手に入れようと欲した(あかし)

 

「――――!!」

 

 あるべき物がなかった。

 膝からくずおれ、むくろを抱き上げる。

 血まみれになった白いマントの上の死体には、かつて自分に向けられただろう笑み――それすら受かべることがかなわぬ、

 

 首が、刈り取られていた。


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