黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《斜陽の騎士》 ――

 怪物(モンスター)

 

 それは童話のなかの悪者(わるもの)であり、伝説のなかの存在。

 詩人の歌う(うた)のなかにこそ存在し、子守歌とともにこどもをおどかし、教訓として、それは(たと)えにもちいられた言い伝えの伝承。

 そのはずであった。

 

 王都ヴィステルの城は壊滅し、名君とうたわれた王は逃げ延びた。

 それが、長く、ヴィステリア朝時代を築いてきた王国の、最後であった。

 

 

§

 

 

 ガタゴトと荒れ地を馬車がゆく。

 

 ひかれている馬は黒毛でつやがよく、まるまると太っていて力強い。

 ブルン、ブルンと豪快な息を吐いては、おのれの倍ほどもある箱馬車をたくましく引き回していく。

 御者はすぱすぱとキセルをふかしては、けだるげに煙を吐き出しては座席でのんきにくつろいでいる。

 

「――止まれ!」

 

 岩陰から飛び出してきた人影におどろき、黒馬は甲高い叫声をあげた。

 前足をふりあげ暴れだそうとするのを、たくみに手綱をつかって「どうどう!」と落ち着かせる。

 

「わたしはヴィステリア王国騎士団”紅騎”オリヴィア・スカール。勅命(ちょくめい)にて命じる! その馬車をわたしてもらおう!」

 

 御者は困ったように後ろをみた。

 

「旦那」

「急を要するのだ! はやく渡せ!」

「――気の荒い姫騎士だ」

 

 荷馬車のとびらがキィ、とひらくと、わしわしと髪を()いて男が出てきた。

「ようやく寝つけたと思えば――」

「わたしは強盗ではない!!」

 語気も荒く、銀の髪のオリヴィアは叫んだ。

「金ならココにある! これで馬車を売ってくれ!」

 

 ジャラ……

 

 かかげられたぬの袋には、みるからに大量の貨幣がつまっているとみえる。

 

「――落ちぶれた国の貨幣なんぞ、役に立つかよ」

 

 鼻で笑われ、女騎士はキッ! とにらんだ。

「アレス、言葉が過ぎますよ」

 馬車の中から声がする。

 

「ハッ」

 

 態度をひるがえし、馬車にむけ(ひざ)をついて頭をたれる。

 虚をつかれ、女騎士は馬車のほうをみた。

 

 奥から顔を出したのは、女だった。

 ゆったりと羽織られたローブは品があり、胸に刻まれたブローチがにじ色に輝いている。

 

「ご無礼をお許しください。わたしはヨークランドよりの使者。あなた様をお迎えにあがりました」

「ヨークランド――」

「ヴィステリア王はご健在でしょうか?」

「馬鹿なことを申すな!」

 

 血走った目を向けるオリヴィア。

 

「王はご健勝であらせられる! だが、こたびの戦で負傷なされた。はやく医者にみせねばならん!」

「なんでいちいちつっかかるかね、この娘は」

「貴様――」

 

 背中にまわされた手に、巨大なクレイモアーがにぎられる。

「いい加減になさい。王のご様子が心配です。室内ならば少しは手当もできましょう。はやく中へ――」

 

「ぎゃぁ!!!」

 

「!」

 女騎士はすぐさま身をひるがえしてかけだした。

「アレス」

「ハッ」

 

 二人も後を追った。


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