黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ― 作:nyan_oh
少女は心細いのか、彼に体をピタリとくっついたまま、離れようとはしなかった。ときおり不安そうに暗闇の洞窟に目を向けては、目を逸らしてを繰り返している。
肩に手をおくと、少女はビクリと驚いて自分を見上げた。
「安心なさい。姫さまは約束を違えるかたではない。必ず、キミの知己を連れてくる」
うなずく素直さに、イャハムは微笑を浮かべる。
「それより、おなかが空かないか?」
顔を赤くして下を向く様子に、腰に下げた皮袋から、携帯食料の▽固形食(ショコラ)を取り出す。熱帯地域の希少な木の実から精製されたものを湯煎と冷却を経て板状に固めたものだが、栄養価が高く保存がきく。とはいえ、平民が手にするには届かない代物だ。
パキリ、と黒い板を半分に割り、少女へ渡す。
不思議なものでも見るように眺めたあと、パキン、とイャハムが口に含むのを見て、マネをした。
パキン。
固形の食料は口の中に閉じこめられると、とろけるように広がった。
「にが」
ははは、とイャハムが笑う。
「おいしくはないね」
パキン、ともう一口を含む。
「おなかが減っているなら食べておくといい」
柔らかな笑みを向けられた少女は、顔を赤くして手に持ったショコラを口に含んだ。
それを静かに眺めていた目が、鋭く変わる。
「――
伝家の宝刀を鞘から引き抜く。
たいまつの灯りに照らし出され、冴え冴えとした銀色の刀身が
「敵が一人と踏んで、襲いにきたか」
洞窟を囲む木々の奥から、無数の赤い目が光った。緑色の肌をした不気味な小人どもが、ギャイギャイと奇怪な声を上げて奥からあふれ出てくる。
「ずるがしこい小鬼どもだ」
おびえる少女をかばい、”
「――キミを残したのは、失敗だったかもしれない」
赤い目は、まだ増える。
「姫さまのもとへ」
イャハムは目で牽制しながら、少女に声をかけた。
駄々をこねるように首を振る少女。
「キミを守っては戦えない」
彼なりの優しさだった。
事実はこうだ。
これだけの数――自分一人では、まず勝ち目がない。
「姫さまに伝えてほしい。戻ってきては、ならないと」
空いた手で、少女を洞窟の入り口へと突き出す。
「すぐに、私もいく」
優しいまなざしを、少女は信じた。
うなずいて、走り出す。
赤い目の化け物どもは、陵辱する相手が減ったことに、ギャイギャイと不満そうな声を上げた。
それを、剣の一振りだけで黙らせる。
「――我が名はイャハム。ゼムオル侯爵家の名において、主君に仇なす外敵を皆殺しにせんと誓う」
絶望の底でも、誇りだけは失わない。
それが、我が家訓。
我が主君の、意志。
一匹でも多く道連れにすることだけを望み、彼はただ一振りの剣を掲げて化け物どもの群れへと雄々しく斬り込んだ。