黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《丸呑み》 ――

 岩を模した形はオリヴィアらを見ている前で次第に軟化し、ブヨブヨとした半透明体になっていく。硬質化の溶けたその中に、取り込まれた村人たちの標本が並ぶ。

 

「まずいな」

 

 役に立たないとは理解しているものの、唯一の武器(たより)であるショートソードを構えるアレス。

 

「こいつら、オレたちも取り込む気だぜ?」

 

 おそらく、ブヨブヨとした身体自体が消化器官なのだろう。蛇が飲み込んだ獲物をゆっくりと体内で消化していくように、この不定形の化け物どもは、じわじわと獲物を解かしながら栄養としていく。

 

 取り込まれたモノの中には、ピクピクと動いている者も何人かいた。不定形生成物の体内から、むき出しになった目玉をぎょろりと向けてきた者もいる。

 込み上がってきた吐き気に、目をそらさざるを得なかった。

 

「ミリアム殿、さきほどの魔法で、一気に奴らを殲滅することは出来ないか?」

「残念ながら、ここでは――魔法は威力が高い分、広域の野外戦には向きますが、こういった狭い場所での施行は巻き添えで崩落を招く危険が高いのです」

「そう、都合良くはいかぬか」

「すみません」

「謝る事ではない」

 

 物理攻撃はもとより、他の攻撃手段も持たず、これでは八方ふさがりだ。

 囲まれているのがさらにやっかいだった。逃げ出すにも退路がない。

 

 焦る。

 

 青い光に照らし出された洞窟内は肌寒いほどだが、自分があのような姿になると想像すると、冷たい汗が噴き出してくる。

 

「オリヴィア様、気づいたことがあるのですが」

 

 二人に守られるように囲まれたミリアムが、声をひそめて話しかける。

 

「なんだ?」

「あのものども、おそらく、取り込めるのは一人が限度ではないでしょうか? 二人以上を取り込んだものは見受けられません」

 

 ざっとおぞましい敵を見渡し、うなずく。

 

「そのようだ」

「ならば、すでに取り込み済みのものの脇を抜け、逃れることを考えましょう」

「だが、それでは、彼らが――」

「残念ですが、あの状態で解放したとしても、長く生きられることはできないでしょう」

 

「う……む」

 

 苦渋を顔に浮かべ、うなずく。

 

「倒すすべもない以上、逃げるしかないのか」

「はい。あの子には――酷ですが」

 

「しかたありませんよ。保護できただけでもめっけものとしましょうや」

 

 アレスも賛同のようだ。

 だが、本当にもう助けられる者はいないのかだろうか? さらに奥に、まだ助けを求める者がいるのではないか?

 

「奥にいくのは自殺行為だぜ? 行き止まりなら、それこそ万事休すだ」

「――わかっている」

 

 見捨てなければならない。

 その事実が、口惜しく、腹立たしかった。


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