黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《戦禍の饗宴》 ――

「誰か! 生きている者はいないか! 返事をしろ!」

 

 わき上がる怒りにクレイモアーを握る手に力がこもる。

 死体。

 死体。

 死体。

 無惨にもてあそばれた亡骸(なきがら)が、怨念をまといつかせて転がっている。首のある者。刈り取られた者。区別は不明だが、奴らは老若男女に関わらず、ヒトの首に執着しているようだ。

 化け物の一匹が、村人から奪った斧を使って男性の首を刈っていた。

 

「フゥゥゥゥ……!」

 

 駆けながら、気を溜める。一刀両断にしてくれる!

 化け物が気づき、ギイギイと声を上げた。

 わらわらと集まってくる小人の牙鬼(オーク)ども。

 

「――オリヴィア様!」

 

 イャハムの声に危険を察知し、怒濤(どとう)のような衝動をとどめて停止する。

 

「オーム・イル・フレア!」

 

 ミリアムの声。

 

 魔法かっ!?

 

 眼前の空間がクニャリとゆがむ。急激な温度変化に気流が乱れ、知覚された視界に不協和音が生じたのだ。化け物どもの中心に白い光の球が生じたかと思った瞬間――

 

 まばゆい輝きとともに膨れあがり、目も開けられないほどの灼熱の高温がほほを焼いた。周りの火など比べるべくもない、魔法によって錬成された異界の炎。渦を巻いて天上へと駆けのぼった。

 化け物どもが情けない鳴き声をあげ、すぐに消し炭へと変わり、声すらも消失する。

 

 現れたときと同じように、唐突にかき消えた。

 両手に余るほどいた化け物どもが、跡形もなく、その言葉通り死体すら残さず消えていた。

 これが、魔法――

 まざまざと破壊力を見せつけられ言葉をなくす。

 

「――お怪我は?」

 

 少女を抱えたイャハムが追いつく。

 

「すさまじいな」

 

 質問とは別の言葉を返す。まだ、ちりちりと炎の余韻が残っている。

 

「あれが魔法、か」

「われわれの知らないものですね」

 

 オリヴィアの知る魔法は、せいぜいが身を守るためのものだ。唯一ヴィステリアに仕えていた魔法使い、宮廷魔術師が施していたのは、外部からの攻撃をふせぐ防殻壁(ぼうかくへき)、治癒術、動植物と話す術――他国と戦争をしない国では、攻撃に用いる魔法など不要なものだった。

 

 傭兵時代ですら、魔法使いなどというものと共闘したことはない。彼らの間では、魔法使いはヒトではない――そんなウワサが、まことしやかに流れ、忌むべき者と吐き捨てられていた。

 今の光景を見て、その理由がわかった気がする。

 危険すぎるのだ。人が扱うべきものとして。

 

「オリヴィア様、驚かせてしまい、もうしわけありません」

 

 (スタッフ)を手にしたミリアムが声をかけてきた。

 

「……いや、助かった」

「化け物どもは討てるときに討っておかねば、後顧の憂いとなりましょう。オリヴィア様も巻き込まれずにすんで、よかった」

 

 ほっとした顔をする。

 自分のもつ能力の異質さを、自覚していないのか?

 可憐なほほえみの奥の、言葉にできない違和感を意識する。

 

「ミリアム様、安心しないでください。ヤツラはまだ、ごまんといますぜ?」

 

 アレスが抜き身のショートソードをふるって近付いてくる。その剣先から、化け物どもの血液らしき液体が飛び散った。

 

「ごめんなさい。アレス」

「いえ、あやまることはないッス。つゆ払いは任せてください」

 

 アレスの剣技もたいしたものだった。さすがに化け物に蹂躙(じゅうりん)されたヴィステリアに護衛として派遣されるだけのことはある。

 

「生きてるのは、その子一人ッスかね」

 

 イャハムの腕の中で、少女が肩をふるわせる。

 

「まだわからん!」

 

 否定の言葉がついてでた。

 

「せまい集落だぜ? これだけ駆け回って、誰も出てこねぇ。とっくに全滅しちまって――」

「アレス」

 

 ミリアムの制止に、「あ」と声に出してガリガリ頭を掻く。

 

「すんません」

「なにかがあったときに、みんなで集まる場所はないかい?」

 

 イャハムが優しく声をかける。

 

「――洞窟」

 

 ポツリと、少女がつぶやいた。

 

「洞窟が、あるの」

 

 今度ははっきりと、つぶやいた。


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