黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《依頼》 ――

「さきほどは失礼した」

 

 大柄なひげ面の男は、そう言って高い位置から頭を下げた。

 

「気になさらずともよい」

 

 オリヴィアは立ち止まり、輝く銀髪を横に振るう。

 

「ハルパス卿の申されたとおりだ。我らには代償に適うべきものがない。情報提供で日々の糧を得られるなら僥倖(ぎょうこう)だ」

「貴国にはワシの知己も参加しておってな。八つ当たりをしてしまったようじゃ」

「すまない事をした」

 

 イャハムを従え、石畳の廊下で姿勢を正す。

 

「わたしの責任だ」

「なに。生粋(きっすい)無頼(ぶらい)の男よ。いまごろどこぞに落ち延びておるわ」

 

 ガハハハ! と豪快に笑う壮年の男に、オリヴィアは好感をもった。

 

「ワシはガシュトン・ドンブル。(おい)のあれからドンブル爺などと呼ばれておる」

「……ガシュトン? ”猛将”ガシュトンか?」

 

 音に聞こえた豪傑にして、ヨークランドのちはやぶる将軍。齢50を超えるというのに、いまだ戦場でその姿を見かければ、敵兵のほとんどはふるえあがる。

 戦斧を振り回す様はまさに悪鬼羅刹(あっきらせつ)が現れたかの如く、戦場における武勇伝は数知れない。

 

貴卿(きけい)の部隊とは、傭兵時代に一度手合わせした事がある。舌を巻くほどの鮮やかな調虎離山(ちょうこりざん)の計。力に頼らぬ知将軍。わたしは感服した」

「ふむ。誉められて悪い気はせぬが、あれはワシの作戦ではない」

 

 ポリポリとほほを()くと、後ろへ声をかける。

 

「誉められておるぞ」

 

恐悦(きょうえつ)でございます。姫将軍様」

 

 ほほえみながら大男の背後から現れたのは、(スタッフ)を手にしたローブ姿のミリアムだった。

 

「ミリアム殿?」

 

 いぶかしむように目を向ける。

 

「若輩ながら、黒峰騎士団にての作戦立案させていただいております」

 

 戦場という荒々しい場所に似合わぬ、繊細な容姿からの言葉に唖然とする。

 

「あなたがあの作戦の指揮を()ったというのか?」

「私の役目は最適な作戦を生み出すこと。指揮はもちろん、お養父(とう)さまのお役目ですわ?」

「お父さま??」

 

 さらに混乱するオリヴィア。

 

「ミリアムは、ワシが娘に迎えた養子でな。それだけの実力と器量があると見込んだ女傑(じょけつ)じゃ」

「女傑とはレディにかける言葉ではありませんわ」

「ふむ。すまぬ。褒め言葉じゃ」

 

 ガッハッハ、と笑う。

 

「そうか……ただ者ではないとはおもっていたが」

「私の生まれは魔法大国。なれど、かの国に未練はありませぬ。私はヨークランドの民として、この国の平穏を祈っております」

 

 ミリアムはけがれのないまなざしでオリヴィアを見つめた。

 

「つきましては、姫騎士様。お願いがあるのですが――」


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