黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ―   作:nyan_oh

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―― 《割に合わぬ交渉》 ――

「遅れてすまぬ」

 

 重厚な響きをあげて開けられた大扉をくぐり、円卓(えんたく)()へ足を踏み入れる。

 そろい踏みしたヨークランドの王族議員たちが、無遠慮(ぶえんりょ)にジロリと己を射すくめた。

 毅然(きぜん)とした態度をくずさず、くちびるを引き結ぶ。

 アレスは立ち入ることを許されず、イャハムのみを付き従えて参上する。

 

「これはこれは、亡国の姫君。ずいぶん湯浴(ゆあ)みの時間が長かったな」

 

 ヨークランド国王は、いやみを隠そうとすらせず侮蔑(ぶべつ)の笑みを浮かべた。

 

「貴殿がおられぬあいだに、ほぼ事は決まってしまったぞ?」

 

 明かりとりの窓から差し込む光だけのうす闇の()に、乾いた笑いがこだます。

 ヨークランドは国王一人の意見に依存せず、議会を開いて事の指針を決定する。

 彼らは人一人が行える裁量(さいりょう)の限界を知っている。

 かつては中央集権国家のなごりから王族のみが参加をゆるされた王族議会も、より洗練(せんれん)された選択を得るためにその幅を広げた。特に才覚のある者は平民出のものであろうと、その列に並べる。

 その場には、オリヴィアを助けた魔術師のミリアムもいた。

 

提言(ていげん)を願いたい」

 

 まとわりつく声をふりはらうのように、円卓をいきおいよく叩く。

 

「援助を願いたい」

「なんの援助かね?」

「わが民たちへ、食べ物と住む場所を」

「ふむ」

 

 ヨークランド王はぎしりと椅子にもたれ、円卓を囲む議員たちを見渡した。

 

「議論の余地があると思うか?」

 

「ありませぬな」

 

 シワだらけの顔の老人が、淡泊(たんぱく)に投げ捨てた。

 

「われらの国庫は他国へ渡すほど余裕がありませぬ」

「と、われらの財務卿(ざいむきょう)(おお)せであられる」

 

 からかうような態度は、この王の特長なのだろう。

 ムッ、としたような顔を見せたが、老人は口を開くことはなかった。

 

「住む場所ならいくらでもあろう。路地裏、ドブの中、スラム。大通りだけはやめていただきたい。わが国の美観を損ねる」

 

 別の一人が口にする。

 

「――彼らは、わが民であったのだぞ」

 

 押し殺した声で、オリヴィアは低く告げた。

 

「汝が民のために、われらがなぜ責を負わねばならぬ?」

「化け物どもが攻めてきても、そう言ってられるか?」

「われらはヴィステリアのような弱小国ではない。戦時に備えての備蓄もしておる」

 

 大きな髭をたくわえた武官らしき大男が言った。

 

「オリヴィア姫。あなたは交渉の仕方を知らぬな」

 

 退屈そうな顔で、ヨークランド王はひじをついた。

 

「”狂王”の娘とは思えぬ。別の親から生まれたか」

 

 失笑があがる。

 オリヴィアは拳を固く握りしめた。

 

「――(おそ)れながら」

 

 それまで黙っていたミリアムが口を開いた。

 議員の幾人かが露骨にいやそうな顔をする。

 

「申せ」

「ご配慮(はいりょ)感謝いたします。――かの化け物どもについて、われらはなにも知りませぬ」

「ふむ」

 

 わずかに身を起こす王。

 

「なにも知らぬ相手に立ち向かうは愚策が事。今はすこしでもあれらの情報を得て、火急に備えて分析すべきかと」

「貴殿らも戦ったと聞いたが?」

「いかばかりかは。けれど、オリヴィア様――ひいては、逃げてきたヴィステリアの民たちは、その貴重な情報を持っておられます」

「ほう」

「彼らより情報をいただく報酬として、食料の配給を約束されてはいかがでしょう?」

 

 ミリアムは、最後だけオリヴィアに向けて言葉を継げた。

 

「さすがは、魔法大国きっての秀才殿。交渉のすべにもいかばかりは長けておる」

恐悦至極(きょうえつしごく)にございます」

 

 皮肉にも礼で返すミリアムに、舌打ちが聞こえる。

 

「さて、ではオリヴィア姫。いまの意見はお聞きなられたかな?」

「……ああ」

「貴殿の持つ情報を対価に我らは食料を支払おう。いかがかな?」

「十分ではない」

「不服と申すか」

 

 ヨークランド王の声が冷たく変わる。

 

「これでも十分な譲歩(じょうほ)なのだがな」

「情報以外に、この身も差しだそう」

「なに?」

 

 不審な顔に変わる。

 

「奴らとの戦闘に、この”紅騎”オリヴィアも参加する。わが民たちが居るかぎりは」

「姫様」

 

 止めようとするイャハムを手で制す。

 

「今いる者たちの他にも、まだ逃れてくる者もいるだろう。彼らに対しても、同等の報酬をいただきたい」

「貴殿が死ねば、ヴィステリア王朝は滅ぶが、それでもよいのか?」

 

 おもしろがっているような口調。

 だがその実、こちらの覚悟をうかがっている目。

 

「ヨークランド王、昨夜の失礼をわびる」

 

 頭を下げる。

 

「――どのようなことになろうと、わたしは父の敵を討ちたいのだ」

「ならば、我々も」

 

 イャハムが最敬礼の形をとった。

 

「姫様とともに」

「頭の悪い上役を持つと、兵隊は苦労するな」

 

 ひげ面の大男が突然、「ガッハッハッハ!!」と大仰(おおぎょう)に笑い声を上げた。

 鋭い目をよこすイャハムに動じた様子もなく、自国の王に向けて口を開く。

 

「ヨハン。こいつらはワシが預かる」

「……その名で呼ぶな。ドンブル爺」

「これは失礼した。彼らを遊撃部隊としてわしのところで預かる。それでいいな?」

「かまわん」

 

「では……」

 

「話をするのに腹が減っていてはできぬだろう。好きなだけ食わせてやれ」

「すまない……ッ!!」

 

 オリヴィアは、再び頭を下げた。

 あんぐりと、財務卿と喚ばれた老人が口を開ける。

 

「お、王……」

「フン」

 

 つまらなそうに、彼はその身を深く沈める。

 

「オリヴィア姫」

「? なんだろうか?」

 

 立ち去りかけたところをふりむく。

 

「王になるなら、簡単に頭を下げるな。必要なときに、価値がなくなる」

「……感謝する。気をつけよう」

 

 オリヴィアはうなずき、円卓の間をあとにした。


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