黄昏に染まる空の果て ― 紅《くれない》黙示録 ― 作:nyan_oh
「こんなところに駐留しているのか!?」
馬車から降り立ったオリヴィアは目を開き、目前の光景に驚きの声を上げた。
案内された場所は、ヨークランドの中心街から離れたスラム。
――そこからさらに外側にある、
民や騎士たちがたがいに身を寄せ合い、ひたすらに疲れた表情で座りこんでいる。
寝どこもなく、食料もない。
着の身着のままで逃げてきた彼らには、金もなく、腹も空かせ、生きる気力すらなくしかけていた。
「どういうことだ!?
「オレに当てられても困るんだよ」
つめよってきたオリヴィアに、アレスはがしがしと頭を
「まだヨークランドは、アンタ等ンとこの難民を受け入れるとは決めていない」
「あの化け物どもは、すぐにでも貴国に責めてくるかもしれんのだぞ!?
「だから、一兵卒のオレに当たんなって」
「ヴィステリアは貴国からの難民だろうとこころよく引き受けた! その恩を
「ハァ。たく、姫さんはコレだから」
「なにッ!?」
「おっと」
気色ばんで愛用の大剣に手をかけたオリヴィアから距離をとる。
「難民ってのは、それだけでやっかいなんだ。公費を無駄に食い、治安を乱す。国が無事なら請求だってできるから受け入れただろうが――」
「ヴィステリアは、滅びてなどいない!」
「ああ、わかったわかった。落ち着けって。とにかく、そのデカイ剣をしまえよ。心臓に悪い」
「姫様」
イャハムが声をかけた。
「まずは無事であることを、民と、われらにお伝えください」
「くっ――」
怒りの目をアレスから外し、イャハムの言葉に従う。
「みなの者!!!!」
息をおおきく吸い、腹から声を出す。
「わたしはヴィステリア国の第三子、”紅騎”オリヴィアである! ここまでよくぞ、たどり着いてくれた!!」
騎士の幾人かが顔をあげ、オリヴィアの姿に疲労を押してたどりつき、頭を
「
民たちの反応は薄かった。
それでも語りかける。
「あの化け物どもにより、わが父は無念にも斃(たお)れた。だが!! わたしは父王の志に従い、必ずやあの賊どもを討ち取ろうと
「あの――」
薄汚いぼろを着た女が、おそるおそるに声をかけてきた。
「食べ物を」
「心配するな。じきにくる」
オリヴィアは
「おとといから、なにも食べていないんです。なんでもいいんです。なにか、食べるものを」
「くどいっ! 食い物のことなど、あとにしろ!」
「ああ……」
ヨロリと女がよろめくと、腕にかかえた赤子がむずがった。
ンギャァ――
ンギャァ――
耳障りな声に、顔をしかめる。
まるで、あの化け物どもを思い出すような声だ。
「どうか、食べものを」
「わしらにも」
それまで座り込んでいた民たちが、幽鬼のように立ち上がった。
「はらが減ったんだ。なんでもいい。ここにはなにもない」
「たのむ。メシを食わせてくれ」
亡霊のように手を伸ばしてくる民たちに、オリヴィアは後じさった。
「下がれっ! 下がれっ!」
イャハムが間に入り、彼らをたやすく押し返す。
どん、と尻餅をつくオリヴィア。
ガシャン! と音を立て、クレイモアーが地面にぶつかった。
「なん、なのだ。わたしは、そなたらのために――」
「見てらんねえな」
アレスはオリヴィアのわきに腕を差し込み、むりやり立ち上がらせた。
「な、なにをする!」
「ノブレス・オブリージェ。わかるか?」
真剣な表情でたずねられ、オリヴィアは呆然とした。
「貴族の義務、ってヤツだ。貴族が普段遊んでていいのは、いざって時に命を張って民を守るからだ」
「いわれなくとも」
「ついでに言っておいてやる。そいつは剣を持って戦うことだけじゃないこともある。今、てめぇにできることは、ここにはねえ」
「わたしは彼らの王として――」
「やつらにゃ、アンタは王に見えちゃいない。自分を救ってくれないヤツに、民は心を預けない」
「わたしは王位継承者だ」
「そうだな。先頭に立って導くヤツには、それ相応にやるべきことが用意されている。結果を出したいなら、王族議会に顔を出せ」
「わたしは、部外者なのだぞ」
「――それで納得するんなら。いつまでそこに居ろよ。お仲間さんと朽ち果てな」
オリヴィアから腕を放し、アレスは手をふった。
馬車へと去って行くアレスの姿を見て、自問する。
自分のやるべきこと。
できることは――
「待て」
声をかけても、アレスはふり向こうとはしない。
おのずから駆け、横に並ぶ。
顔をみることはしない。
「……礼を言う」
「あん? オレがなんかしたっけか?」
皮肉に口の端をゆがめる。
「イャハム。きてくれ」
「はっ!」
まだ、父の背中は遠い、とオリヴィアは思った。