雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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8.兎ですから、寂しいのは駄目なのです

 

 

 

「よ――――」

 

る、という声が、目の前の唇から出る事もなく。

 

飼い主さんの唇の端に触れようと、…いや、触れたのかな―――そんなふにゃふにゃした感覚で、私はゆっくり目を閉じるのです。

 

飼い主さんはもう何も言わず、私の肩に乗せていた手を、そっと髪に指して。やがて頬に触れて…………

 

 

 

 

―――パァンッ

 

 

 

という破裂音に私がびくぅっと跳ねた瞬間、飼い主さんはハッとした顔で私を突き飛ばしました……痛いのです…(´・ω・`)

 

 

 

「―――おいおいおい、人に火竜の世話させて、テメーは可愛いおんにゃのことにゃんにゃんしようってか?いい御身分だよねぇ…咲ちゃんよお?」

 

 

銃口から出る煙をフッと吹き消すと、チェダーさんは座り込む私に手を伸ばしてくれました。

見上げると、そのお顔はとても……殺気立ってて。私は恐る恐るその手をとって立ち上がろうとしたら―――そのまま後ろにすとん、と。

 

 

「咲…薬でも盛ったの?……ド下種が」

「ち、違う!そいつが勝手に…何かよく分からん茸を食ってたせいだろ!」

「茸―?茸……え、これ食べさせたの?」

 

まだ火に焙っていない茸を拾い上げて上下左右に覗きこむと、チェダーさんはすぐにポーチを探り始めました。

 

 

「……これ、胡散臭い惚れ薬とかの闇商品に主に使われる茸だけど」

「闇商品…?」

「知らなくても不思議じゃあないんだけどさ…とりあえず、この茸を食べると夢見気分になるっていうか、思考が鈍るっていうか」

「黒ッこれバリバリ毒茸だろうが!?」

「うー?」

「よしよし、夜ちゃん良い子だからこの解毒薬飲んでねー?」

 

 

ちょっと苦いけど我慢するんだぞ―?と渡された青い薬と、チェダーさんの綺麗な微笑に見惚れて、そのまま黙ってぼんやりとお薬を持っていました。

 

綺麗な銀の髪が葉の合間から零れる光りに優しく照らされて、とても綺麗で。私では出来ない美しさが羨ましくて。

複雑で苦しい胸を抱きしめて疑問に思っていると、チェダーさんのいつもののんびりとした声がやっと聞けました。

 

 

「―――いやー良かった良かった。咲ちゃんが何も知らない無垢な子兎を手篭めにするのかと思って、お姉さん焦っちゃった☆」

「大変不名誉極まりないが……あの時気を殺いでくれたこと、感謝する」

「………え、それって」

「…………きっと、俺も一口食ったからだと思う。きっとそうだろうから何も言うな」

「ケダモノよー!兎さんをぱくっとぼりっと食い散らかそうとする狼よー!」

「うるせぇぇぇぇ!!」

 

 

……叫ぶ飼い主さんとからかうチェダーさんといういつもの光景に何だかほっこり―――のはずが、何故か今日は寂しくて。

 

あの時、髪を梳いた手は優しくて、頬に触れた手は熱かった。…確かにそうだったのに、今にも忘れてしまいそうな怖さが、お二人を見れば見るほど胸を突いてきます。

しかも私がオロオロと見ている前で、チェダーさんは飼い主さんの肩に腕を伸ばし、そっと顔を近づけて囁きました。

 

 

「――――しかもさー、女の子に乳首見せるってどういうことよー…この露出狂が。夜ちゃんが恥ずかしがって照れちゃったりする初な反応にニヤニヤしてたんでしょ?それとも『俺の体、美しいだろう?』って言いたかったの?キモイんだけど。キモイ越えて死んで欲しいんだけど」

「んなわけねーだろぉがッ上装備付けたままだと擦れて痛かったから…」

「え、乳首が?」

「乳首から離れろ痴女が!!」

「私はスウィーツ限定の痴女ですー!」

「痴女って事は認めんのかよ!?」

 

 

………。

………飼い主さん、私が抱きつくと怒るのに。

…それにいつもいつも思ってたのですけど。飼い主さんはチェダーさんと一緒にいると、とても賑やかなのです。…普段は無口なのに。――――なんでかな。どうしてかな…?

 

飼い主さん、飼い主さん…兎の事もかまって下さいな。見て下さいな。……ああもう、寂しい。

 

 

(ああそうだ、寂しいのなら―――)

 

 

そっと、優しく、一瞬で。

 

 

 

「く…ろ……!?」

 

――――飼い主さんの、傷だらけの身体を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、ななななななななな……ッ!?」

「可愛いー!抱きついたまま寝ちゃったー!」

「いやいやいや、引っ剥がしてくれ!今すぐに!!」

「えー…勿体な……ああ、」

「は?」

「今の夜ちゃん下着姿だもんね。柔らかいのとか眼福とかもろもろバーンだよね?」

「ごめん何言ってるのか分からない」

「下、ちゃんと見てご覧よ。谷間―――」

「死ねぇぇぇぇぇ!!」

「はいはい、冗談冗談メンゴって。…でもさ、」

「あん?」

「これは冗談抜きな話だけど、咲ちゃんって」

「…何」

「……んー、どうしようかなぁ…」

「おい、言えよ。なんか気になるだろ」

「えー、だってさ、後で恨まれたくないし」

「お前は何を言おうとしたんだよ…」

「咲ちゃんが一年前からずっと、見ないふりをしてきたこと」

「はあ?」

「だからさー…うーん、人間不信の咲ちゃんが絆されてることについて、っていうか」

「………」

 

 

「夜ちゃんは本当に「良い子」だもんねぇ。保護者は面倒臭いとか言っておきながら、何だかんだ言って箱入り娘に育ててるのも分かるよ。大事にしたらしただけ懐いてくれる夜ちゃんはさぞ可愛らしい事でしょうなあ?」

「……」

「や、そんな顔しないでよ。私は別にちょっと歪んでる君の教育方針というか縛り方に口を出す気はないさ。内心どうあれ、君は夜ちゃんの自立を促そうとはしてるし」

「………」

「おねーさんが言いたいことはただ一つだけよ」

「…………何だ」

 

 

「――――頼りになる親御さんを夜ちゃんの前では気取っておきながら、実は裏で紫の上計画を着々とこなすなんて、君は本当にHENTAI☆だな!」

 

 

「………」

「むっつりー!ロリコーン!」

「………」

「すけべー!…あれ、なんで首傾げてんの……?」

「………」

「………?」

「……俺…紫の上計画…してるか?」

「えっ」

「こっちが『えっ』って言いたいんだが…あと俺、そんなに甘やかしてたか…?」

「ちょ、嘘ww深読みしたったwww早まったったwww」

「はあ?」

「だってさ、咲ちゃんって、」

 

 

 

――――君の耳元にそっと、爆弾を落としてやれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『やーい草っぱ兎!お前が食ってた草wwズタボロにしといたからwwww』

『ちょ、こっち来んなし。人間に見つかって狩られるだろ、どっか行け』

『いえーいwww水ww飲んでるwwお前にwwwドーンwwww』

『汚ねぇんだよ、お前の毛の色。おかしいだろ、凍土で真っ黒な毛並みって。迷惑だからお前は洞窟の奥に一生引っ込んでろ。毒吐き野郎と仲良くしてろよな。ていうか死ね』

『人間にww襲われてるwwwwお前にwwドーンwww』

『てめ、此処を何処だと思ってんだ。此処は雪ン子が来る所じゃねーんだよ、畜生が』

『こんな所で寝てるww危機感の無いお前にwwドーンwww』

『川で泳いでシェイプアップしろよピザデブ』

『お前を苛めてた兎wwwハンターに突っ込んでってww撃たれて死んでたよwwwざまぁwww自業自得www』

『何で雪ン子のくせに泳ぐの上手いんだよ。マジで死ね。鍋にされて死ね』

『ハンターと遊ぶとかwwキチガイすぎwwwあいつらwwすっごく危険だからwwお前の事狩る気マンマンだからwww……行かない方がいいって…』

 

 

 

――

――――

――――――

 

 

 

「…んん……もう、何も…怖くない……」

「……黒、死亡旗を夢の中で立てるな。さっさと起きろ」

「……葉っぱ踏まないで……」

「…………おい」

「ん……はんたーさんは…いいひと……こわいけど」

「………夜」

 

 

「ちょっとー!スープ冷めちゃうから夜ちゃんにときめいてないでさっさと起こす!こそっと名前を呼ぶぐらいならはっきり呼ぶ!十秒以内に起こさないと咲ちゃんのだけ土入れるよ!」

「……地獄耳が」

「あん?……やべ、土が」

「おい!?」

「み゛っ」

 

 

―――耳元で急に叫ばれた元兎の夜です。こん……こんばんは?でしょうか…。

 

真っ暗な……キャンプのベッドの上で、私は一人丸まっていたようです。

 

「あ、夜ちゃん起きたー?」

「は、はい…あの、此処…何で私、寝て…?」

「ありゃりゃ、覚えてない感じ?…咲ちゃんよかったねー!」

「……飼い主さん?」

「………」

 

 

からかい声のチェダーさんの言葉の意味が分からなくて、私は傍で膝をついていた飼い主さんを見上げます。

だけど飼い主さんは答えないどころか此方を見てくれなくて。

私が不安になってもう一度読んだら、短く「飯だから起きろ」とだけ言って、キャンプから出ていきました。

 

 

「飼い主さん……?」

「あ―――…夜ちゃーん、ひとまずご飯にしよー?」

「でも………」

「…いつまでめそめそしてんだスウィーツ野郎。さっさと食うぞ」

「………食べたくない…」

「ちょっとー、ご飯時くらいは明るくしてよ―――…『二人』とも」

「………チッ」

 

 

(……いつもなら、私がキャンプから出るのを、待っててくれるのに)

 

向こうと違って静かなキャンプのベッドの上で、私は不思議に思って首を傾げました。

再度の呼びかけにそろそろと飼い主さんの隣に近づくと、飼い主さんは何も言わずにスープを俯いているスウィーツさんに手渡してて、やっぱり私を見てくれないのです。

 

 

「はい、夜ちゃんの」

「…ありがとうございます」

「皆いったねー?…じゃ、いただきまーす」

「……」

「「いただきます」」

「あらまあ声を揃えちゃって」

「いつもそうなので…ね、飼い主さん?」

「………ああ」

 

窺うように飼い主さんに振れば、飼い主さんはスープに目を落として気の乗らない声を―――……本当に、私、何かしたのでしょうか?

 

 

「……あの、どうされたんですか?」

「………」

「さっきから……」

「………」

「…………え…と、スウィーツさん、俯いてて…」

 

 

思い切って直球に聞こうとして、飼い主さんから発される重圧に負けて、二番目に気になった事に話を切り替えます。

切り替えたら少しは空気が軽くなったのですけど、やっぱり飼い主さんはこちらを見てくれなくて。

 

苦しい沈黙を破ったのは―――チェダーさんが雑に火に木を突っ込み、火花が飼い主さんへと散ったせいであげた、飼い主さんの舌打ちなのか声にならない悲鳴なのか分からない声でした。

 

 

「スウィーツはねー、自分の力不足に嘆いてるの」

「力不足…?」

「そ。火竜を倒した隙にね、ドスジャギィに猫が攫われちゃって。様子見したら猫は見当たらなくてね、明け方になったら討伐しに行こうって事で話が纏まったの」

「はあ…」

「……俺が相手をしている間に、お前はチェダーと東の方を探しておけ。猫を見つけたら笛を吹け」

「あ……」

 

 

まだピリピリしたのが残っているけれど、やっと私の方を見て話しかけてくれた飼い主さんにぶわっと涙が零れそうになり―――きっと変な顔をしているだろう私の表情に、飼い主さんが何故か唇を噛みました。

 

飼い主さんがポンポンと私の頭を叩くのに思わずふにゃりと安堵して、笑ってしまって。

急に温もりが戻ってきたような、味覚が戻ってきたような気がして、私は飼い主さんに「美味しいですね、」と笑いかけました。

 

 

「…そうか」

「このスープの火加減、私がしたんだよー!美味しい?スウィーツも美味しいー?」

「おいひい……」

「ふんっ、火の加減見たぐらいで威張るな」

「えー、大変だったんだよ、加減見るの。ねー?」

「はい。難しいです」

「お前と黒は違うだろうが。何年一人で暮らしてんだよ」

「ナ・イ・シ・ョ☆」

「うぜぇ」

「ひっどーい…あ、スウィーツ、口についてるよ」

「ん、ありがと」

「……黒、残さず食えよ」

「は、はいっ」

 

 

その言葉に急いで口に入れたら―――なんと、小さく切られたお肉が……!思わず戻しそうになって、でも思い留まろうとして。…結局咽てしまった私に、チェダーさんが慌ててお茶を入れるのが見えました。

 

スウィーツさんがのろのろと顔を上げた頃には、飼い主さんはゆっくりと背中を擦ってくれました……飼い主さんの手、とても温かいのです…。

 

少しずつ治まった所で、チェダーさんが良い香りのするお茶を渡してくれて、小声でお礼を言って少しずつお茶を飲みました。

 

 

「まだ解毒薬が上手く効いてないのかもな」

「んー…そうかも―――あ、スウィーツ君ったら盛ってくれるの?ありがとう」

「いや……二人は?」

「じゃあよろしく」

「ん」

「黒、もう半分は食べれるか?」

 

 

私がふるふると頭を横に振ると、飼い主さんは珍しくそうかと言って自分の茶碗を受け取ります。…いつもなら「返事なんてどうでもいいんだけどな」とか言って盛ってしまうのに。

 

でも折角飼い主さんの機嫌がちょっとだけ治ったというか、良くなったのに下手にせっついてさっきみたいになるのはごめんです。…黙っておくのが吉、でしょうか……。

 

 

(………あ、)

 

 

ふと、飼い主さんの指先が喉元をゆっくり擦っているのが見えました―――飼い主さんがこれをする時は、大抵は喉が渇いている時なのです!

 

「飼い主さんっ」

 

私は名誉挽回と飼い主さんの二の腕に触れて、「お茶は如何ですか?」と湯呑を見せて。

 

 

――――一秒、いえそれよりも短いかもしれない位に飼い主さんが固まったかと思うと、ドンと後ろに、突き飛ばされてしまいました。

 

 

「か……い、ぬし…さん……?」

 

お茶碗も湯呑も辺りに散らばってしまったけど、そんなのに目を向ける事もなく私は飼い主さんを見上げました。

 

私は飼い主さんに突き飛ばされた事なんて……クエスト中に避けさせようとする為だとか、私の不注意や飼い主さんの事故のせいでというぐらいしか無くて。

 

こんな風に、平時に、意図して突き飛ばされた事なんて無くて。

 

 

(き、らわれた………!嫌われた嫌われたっ!!どうしよう―――!?)

 

 

いつも、二の腕に触れてた。ううん、腕にぺったりくっついていた。それでも飼い主さんは怒りもしなかったし止めもしなかった。偶に頭だって撫でてくれた。だから不快な行為じゃないと思っていた―――…じゃあ何が、気に食わなかったのでしょう……?

 

(の、飲みかけのお茶ですか?でも飼い主さんは特に…ここまで怒った事なんて、なかったのです……そう、こんな……)

 

 

多分、呆然と大きく目を開いた私の両の目から、ぼたりと涙が零れて。

 

 

飼い主さんは視界が揺らいでよく見えなかったけれど、突き飛ばしたままの形で動かなくて。どんどん短い間隔でしゃくりあげ、最後には泣き始めた私に、掠れた声で「夜」と呼んで。

 

 

チェダーさんもスウィーツさんも固まって私達二人を見ていて、飼い主さんがゆっくり近づいた瞬間、私は弾かれたかのように―――それこそ脱兎の勢いでその場から逃げたのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

ポーカーフェイスが上手くいかなくて苛々してて突然の接触に記憶がフラッシュバックして混乱した飼い主さん、兎さんを泣かす、の巻。

 

 






オマケ:スウィーツ君が病んでた理由↓

・咲ちゃんと夜がイチャイチャしてた頃、何故か討伐対象の火竜が登場。この時、スウィーツ君は道祖神様に石を投げたからだと泣きそうになりました。

・当然起きたチェダーさんと一緒に上位ハンター二名で下位モンスターを狩ります。この時猫は岩の陰で震えていました。

・チェダーさんに良い所を見せたいスウィーツ君。頑張って斬り込んで斬り込んで斬り込みます。

・尻尾も切り落とし、肩とか頭とか派手に斬りかかっていたら、チェダーさんが撃った弾が火竜の(すでに二三発撃たれた)眉間にごっつん。弾間違えて爆発。
頭が吹っ飛ぶシーンに、モロに見てしまった一人と一匹は固まりました。

・とりあえず最低な勝ち方をした二人ですが、スウィーツ君はこのトラウマになりそうな光景に道祖神様に石をn(ry

・そしたら今度は何故かドスジャギィが仲間と一緒にやって来ました。
今度こそ良い所を見せようとしたら火竜の脳味噌踏んづけて派手に転ぶという……ジャギィに連れ去られる猫を見てるだけの自分、散らばる火竜の脳味噌、颯爽と格好良く自分を助けるチェダー、道祖神様にいs(ry)の諸々の理由で自信喪失意気消沈、とにかくズブズブに沈んでしまったスウィーツ君。

信心深いスウィーツ君はメンタルが非常に弱いのです。

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