雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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※アットノベルス様へ移転記念に書いたお話です。



番外編:彼と兎と夜空

 

 

酒場って、とても怖いのです。

 

だって大きな声とか騒がしい音がしますし、飼い主さんも怖いのが居るからここら辺には遊びに来ちゃ駄目って言ってましたもの。飼い主さんが怖いって言うほどだから、きっととてもとても怖いのでしょうし…。

 

だけど、飼い主さんったら財布を忘れてたのです。それってとても困るでしょう?村単位だと顔も居場所も分かるから取りに行っても嫌な顔されないけど、これが大きな所だと面倒な事になるのだそうです。

 

「……でも…うぅ、どうしてお酒を売るお店はこんなにも音が酷いのですか…」

 

どうしよう。お店の人に頼んで、お家に帰った方がいいのかな?それとももう帰る?…ううん、駄目です、そんなの。駄目兎なのです!

 

大丈夫ですっ、怖いのが来たって、きっとすぐに飼い主さんが助けてくれますもの!もしくはウサパンチでけーおーなのです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それは、兎がお家でしょんぼりしてた頃のことです。

 

「やべっ、財布忘れた」

 

旧友の、この前砂漠で共に剣を抜いてモンスターを狩ったジャックに誘われたところ、兎が頑張って背伸びして「一人でも大丈夫なのですっ」と背をぐいぐい押したものだから、つい忘れてしまったのでした。

 

ジャックと数名の知人は咲の間抜けな一言に、きょとんとした後、大げさに言うのです。

 

「ひーっ、"あの"咲様が財布忘れるとか!こりゃもう竜の大群が来るな!」

「言えてるわー…ちょっとやめてくれよー?俺まだ誕生日迎えてねーんだ」

「…ていうかアレ?病気?痴呆になっちゃった?」

 

「あっはっは」と仰け反って笑う男の腹に拳を叩きこんで、咲は頭を掻きながら席を立ちます。

 

 

「…取りに行ってくる。ついでにく…家の様子も。遅れるけど気にせず飲んでろクソ共」

「なになにー?物欲皆無のお前がお家の心配とかどうしたのー?どうせ金もたんまり溜めてるだろ―?」

「お前性格が粘着系のせいか金溜まるもんな」

「イケメンで才能あって金もあるけど、性格が終わってる所が神様もいい塩梅の加減をとってくれたよな」

「ぶっ殺されたい奴から前へ並べ。酒瓶でゆっくり殺してやる」

「はいはい、皆もからかうな」

 

 

咲が酒瓶を手に取った所でジャックが止めると、酔っぱらいの知人は「へいへーい」と飲んだくれます。誰かがどこでこんな美人がいたと話せば、皆がその話に乗っかりました。

 

舌打ちして酒瓶を戻した咲は、そのまま出ようとした所を珍しくニヤニヤ顔のジャックに服を掴まれ……。

 

「何だ」

「…いや、あの時あいつが言っていたのは本当だったのかと」

「……誰から何を聞いた」

「豊受(トヨウケ)から、『あの咲が可憐な少女を囲ってる』とかなんとか」

「悪いな。ちょっと遠出してくる」

「言っておくが豊受は今、砂漠の方だぞ」

 

「奢ってやるから、座れ」とジャックがこの手の話題を聞きたがる姿を初めて見た咲は、しばらく固まってからのろのろと座ります。

 

この男、普段は静かでプライベートに顔を突っ込まない、口の堅い男なのですが……。

 

 

「自分の好きな格好をさせて下卑た笑いを浮かべていると言っていたのだが」

「…あいつが自分の服に興味を持たないから俺が選んでるだけだ。あと無表情で選んでいるッ!」

「……それはそれで問題があるぞ…。毎日寝てるとか?」

「健全な意味でな!」

「そうか。良かった。お前は女の扱いが最底辺だったからな、心配だった」

「あいつらは売春婦だろうがぁぁ……!」

「…ああ、あと束縛しているとも聞いたんだが」

「してねーよ!!あいつが俺の後ろを引っ付いて離れないだけだしっ。そりゃ…でも、あいつ馬鹿だし放っておいたら何されるか分かんないだろ。食い物見せたら付いて行くぞあいつは」

「誰にでも?」

「…多分」

「じゃあ最後に。林檎の兎事件は本当か」

「癖になってただけでそれも俺が兎にしたいからじゃねぇぇぇぇぇぇ!!」

 

 

両手で顔を覆って思わず天を仰ぐ咲に、ジャックは涼しげに言いました。

 

「なるほど。順調にロリコンの道を歩んでいるんだな」

 

言った、瞬間。ジャックの顔に酒瓶が打ち込まれ―――そうになりますが、彼も剣士ですので軽やかに避けました。

 

 

「っざけんじゃねーぞ!歩んでなんかいるもんか!」

「ああ、駆け出してるのか」

「悪化してんだろうがよ」

「ははっ、冗談だ」

「珍しく質の悪い冗談言いやがって…極端なんだよお前は」

「そうか?すまないな。……でもな、これでも本当に心配してるんだぞ?」

 

 

自分のにも咲のにも酒を注いで、ジャックは大人びた笑みで言うのです。

 

 

「荒み過ぎて傷だらけのお前が、"あれ"以来どうしてるんだろうって」

「………」

「全てが終わって、病んでしまってるんじゃないかとかな。…ここの皆、からかうことしかしてないが心配してたんだぞ。…豊受も」

「………」

「そしたらお前、威圧感が酷いお前が林檎の兎を作って場を和ませたらしいじゃないか。俺はあの時船長の所に行っていたのを悔んでしまったよ」

「おい、まだそれ引っ張んのか?」

「豊受はそれを良い兆しと思って心配してた連中に言いふらしただけだ。…誇大に」

「いや、あいつそんな高尚な事はしねー」

「こうやって喧嘩を生温く売ってもちゃんと返答してくれるしな。昔は何も言わずに足が出てたからな」

「自覚あったのか」

「……どうしてだろうと家を尋ねたら、……あのお嬢さんなぁ」

「………」

「…うん、いい子に巡り合えたな。お前をここまで真っ当に調教してくれるだなんて…」

「調教って俺は獣か!?」

「自覚なかったのか?」

 

 

余裕たっぷりの笑みに、咲は応えずに店で一番高い酒を注文しました。

 

これなら今そこで一気飲み大会中の知人たちは泣きついて「ごめんなさい」コールの嵐なのですが、最悪な事にこの男もまたよく稼ぐのです。

 

つくづく嫌な男だと思う反面、まあこの男ならいいかと「昔ならありえない」油断を持っている事実にまだ酔いきっていないのに頭が痛くなりました。

 

咲はその痛みを誤魔化すように酒を呷ると、

 

「『咲さんのお友達さん、咲さんといっぱいいっぱい遊んでくださいね!』…か」

「ぶっ」

「『咲さんちょっと怖いけど、でも良い人です!これからもよろしくお願いしま、』」

「ジャックてめぇぇぇぇぇぇ!!!表出ろコラぁ!!」

 

とか言うくせにすでに拳を出してる所が、やっぱり駄目だなぁとジャックは思いました。

 

咲は喧嘩になると卑怯と罵られても平然と勝つ子であるとよくよく知っているので、ここはお断りしたいところです。

はいはいごめんと、ジャックが手をひらひらさせようとした、ら。

 

 

「ふわああああああんん咲さぁぁぁぁ!!!怖いのがいっぱいですぅぅぅ!!(´;ω; `)」

 

 

未成年者立ち入り禁止なのに、明らかに未成年な少女が危険な男に後ろから抱きついたのです。

 

ジャックはそれと同時に咲が背後を許したというか、気付かなかったことに驚きました。

 

 

「はぁ!?おま、…え、何してんの!?」

「咲さんにぃぃぃ…お財布…うっ…お財布…(´;ω; `)」

「あ、ああ…届に…馬鹿っ、ここら辺は危ないから一人で来るなって言っただろ」

「…(´;ω; `)」

「しかも薄着…外に出る時は厚着にしろって口酸っぱくして教えただろうが」

「……(´;ω; `)」

「ちゃんと家の鍵は閉めたな?火は消したか?変なのに追いかけられたりとか近所に迷惑かけなかったか?」

「………(´;ω; `)」

「…………」

「…………((´;ω; `))」

「ああああもう!分かったからいい加減泣き止めよ!…ほら、野菜スティック食って良いから!」

「…(´;ω; `)!」

 

 

咲が摘まんだ野菜をそのままぽりぽりと咀嚼する少女に、ジャックは拭きだすのを必死に堪えました。

 

「まったく…何が一人で大丈夫だよ…」と呆れつつも野菜を食べさせる咲に、ジャックはふと思い出しまして、

 

「お嬢さん、僕のサラダも如何?」

「(´;ω; `)!」

 

皿に盛られた野菜とチーズの姿に、少女はキュウリから人参を食べていたのを止めてそわそわしています。

その前で咲はちょっとヤバい顔になっているのですが、少女はサラダとジャックを見比べて、

 

「…ぃ、らないです……」

 

「ありがとうございます、」と一応のお礼を言って、初めて会った時はあんなにも興味津々だったのに今ではぴゃっと咲の背に隠れてしまった彼女に首を傾げて、…ジャックは少し笑ってしまいました。

 

(咲さん咲さんっ、知らない人間です!余所の人間が来ました!)

(…あのな、それじゃあ誰か分からないだろ―――って、ジャックか)

 

(咲さんのお友達…お友達……あ、あの!咲さんのお友達さん!)

 

 

―――何だ、やっと見つけたのか。

 

 

ふん、とそっぽ向いているけれど、きっと咲は嬉しい筈です。

ジャックもとてもとても嬉しかったのです。…彼の本来の優しさを、彼女は素直に受け取っていて、信頼している事を。

 

ジャックは嫌そうな咲と目を合わせると、

 

「式には呼んでくれ」

「その若さで葬式あげたくなかったら黙ってろっ」

 

 

そう言うわりには、咲は彼女の目の前では紳士でいたいようです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「にんじん美味しかったですっ(´,,・ω・,,`)」

「……お前…兎だわ本当…」

「飼い主さんは嫌いですかー?」

「……あんまり」

 

 

飼い主さんの腕に抱きついてこんばんは、なのですっ!

 

飼い主さんのお友達さんに勧められてお家に帰ることになった飼い主さんは、あのお店にいた人達と違ってとても落ち着いていて、普段と変わりません。

ただちょっとぼんやり気味です…お家に帰ったらお水を飲みましょうね。

 

 

「…黒、」

「はいっ」

「お前って、後悔したこと、ないか?」

「こうかいって何ですか。美味しいですか?」

「……あの時こうしておけば良かったって、思う事を"後悔"って言うんだ」

「あの時…あ!あります!」

「何だ」

「ここなら大丈夫だろうとご飯を隠してたら、猪さんに食べられたのです…楽しみでしたのに(´;ω; `)」

「……おま…あのさ、そんなことどうでもいいだろ。普通―――なんだ、人間になったこととか」

「そっちの方がどうでもいいのです!友達が私にとくれた物なのに(´;ω; `)」

「………」

 

 

無言の飼い主さんに額をぺちんとされて、私は頬を膨らませたのです。

 

「だって、今の生活に文句なんて一つもないですもの」

「!」

「怖いこともあるけど、飼い主さんが教えてくれます。引っ張ってくれます。だから全然平気。

ご飯も飼い主さんと毎日一緒に食べれて美味しいです!寝床はふかふかでくっつくと温かいです。友達は…偶に、遊べるから。だから"こうかい"なんてしないのですよー」

 

 

でも、強いて言うなら「寂しい」ことがあるのです。でもそれは私の都合上しょうがないことで、それすらも懐かしんで生きるのみです。

きっとこれから私は生意気兎になることもあるかも(とチェダーさんに言われてます)しれませんが、懐かしむ余裕も無くなるかもしれませんが、でもきっと、飼い主さんの傍を離れようとは思わないのです。

 

「……お前は、良い子だな」

「えへへー」

 

褒められました!

 

私は上機嫌で飼い主さんを見上げ……

 

 

「あっ、お星様―!」

「珍しいもんでもないだろ」

「この前本で読んだのです!人間は星でお絵かきをするのでしょう?」

「お絵かきっていうか…割と無茶な形にしちゃったというか…」

「たくさんの絵があるのですよね!…フルフル座とか、仔ナルガ座とか!ねえねえ、兎座はありますかー?」

「ウルクススは無いな。ベリオロス座はあるが」

「………(´・ω・`)」

「…その代わり月には兎が居るらしいぞ」

「!」

「月で餅を突いているんだとよ」

「…そ、その餅は美味しいですか?どんな味なのですか…?」

「……食いしん坊め」

 

 

きなことあんこがたっぷりなのでしょうか。もちもちしてるのでしょうか――うぅぅ食べたい!食べたいです!

咲さんに強請ったら買ってくれるかなぁ……。

 

 

「……まあ、月の上の兎よりは、食い意地張って地上での生活を強いられる竹のお姫様の方がマシか」

「…?」

「やらないと五月蠅くて寝れなさそうだからな。月見の時にでも有名店の餅を買ってやるよ」

「本当ですかー!(´,,・ω・,,`)」

「……その代わり、お前は俺の晩酌付き合えよ。守らなかったら餅をお前の目の前で溝に捨てるからな」

「そんなの駄目ですぅ―――!(´;ω; `)」

 

 

やだやだと駄々を捏ねたら、飼い主さんは五月蠅いだろと私の頭にチョップして。

 

だけど手を繋いでくれたから、私はすぐに機嫌を直してお家へと帰りました。

 

 

「早くお月見になればいいのに!」

「……そういやお前、季節の変わり目弱かったな…哀れにも寝込んで月見出来なかったりしてな」

「そ、そそそそそんなことないですもの!(´;ω; `)」

 

 

―――いつかこの日を切なく思い出す事も、あるのかもしれないけれど。

 

 

私は今、世界で一番幸せな兎ですよ。…飼い主さん。

 

 

 

 

 

 

時間軸考えないで書きました(笑)……すいません…。

 


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