雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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※女性蔑視の会話が入ります。

※暴力表現が入ります。

御不快にならない方だけ、お読みください。





不器用少年は胸を痛める

 

 

"――――この手紙を書きながら、私は初雪を見ています。

 

いつだったか、冷えてしまうからとあなたが私の手を握ってくれたことを思い出すと、暖炉の火も要らないと思えるのです。"

 

 

"冬になると、二人で火に当たっていたあの日々を思い出して切なくなります。……だけど、この栞のおかげで今年は少しは孤独も癒されます。あんな素敵なものを送ってくれてありがとう。

世界にはこんな花があるのですね。……こんな事を言うとあなたに怒られてしまうかもしれないけれど、あなたの居る世界が、とても羨ましいです。"

 

"…そうそう、それから、素晴らしい報告をしたいと思います。あのね―――"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――治安も悪く難易度の高いクエストばかりがくるこの街の、一番と謳われていたハンターの死は、最初は悲しみに、今では脚色交じりの"噂"で溢れていたのでした。

 

 

「おい知ってるか、フィーズの奴、人妻に手を出して捨てて、激高した亭主の骨折ってやったっての」

「そんなのまだイイもんさ。あいつなんてまだ若い娘っ子に手を出して貢がせて娼館行きにさせたんだぜ?」

「え、あれ嘘だろ?」

「さあ―――でもさ、フィーズだし」

「そうだよな、フィーズだしなぁ」

 

 

「そんでさー」と話題を気まぐれに変えるハンターの傍で、イースはまだ佐之たちと一緒にいました。

 

珍しく煙草を吸う豊受に目を閉じて黙り込むジャックの隣で、ギルドにフィーズ死亡時の状況を説明しているのだろう佐之を待ちながら、頼んだお茶をじっと見つめます。

 

あれ以来佐之はどこか―――熱も消えかけのように、ぼんやりとしていました。豊受は変わらずふざけてはムードメーカーの役割を果たすものの、ふと真面目な顔をして黙り込みますし、ジャックは喪に服すように沈黙を保っています。

 

そしてイースは―――イースは、鈍牛の思考で、ずっと思い耽っていました。

 

 

「―――お疲れさまでした」

 

 

淡々とした声に会釈もせず、佐之は無表情で部屋から出て、イース達を見つけてもゆっくりと階段を降ります。

 

一時間強の取り調べを終えた佐之は特に言う事も無く、周囲の好奇な目を背負いながら「行くぞ」と言うように顎をくいっと出口に向けて、ぞろぞろと肌寒い外へと出たのでした。

 

 

「……どうだったよ、生まれて初めての尋問は?流石に緊張した?」

「しつこくてそんなの思う暇も無かった」

 

葬式ムードの中、豊受が空元気に聞きますが、佐之のそっけない態度は崩れません。

 

「どこかで食事にしようか」と変わらずに静かな声を出すジャックに、佐之が面倒臭そうに頷いた――――時でした。

 

 

「ねぇッ待って、そこのハンターさんっ!!」

 

 

路地から白くて細い腕が飛び出して、佐之の腕を掴みます。

 

曇り空の下、現れた姿は露出した服装の……まだ若い、娼婦、のような……。

 

 

「あなた、フィーズ様と一緒に狩りに行ったハンターなんでしょう?さっきギルドに報告してたんでしょう?…嘘だよね、あの人が死んだの嘘だよね!?」

 

 

よく見ると爪や髪もあちらこちらがぼろぼろで、目は血走っているし隈も濃い、病的な人です。

 

しかも「フィーズ"様"」と呼ぶ所から、彼女はフィーズのたくさんの愛人の一人か何かなのでしょう。

 

 

「あ、あの人、私を連れ出してくれるって約束したの、すっごく紳士的で、優しくて……あんな人が死ぬのなんておかしいでしょう?絶対嘘。そうよね?街の、あの人の酷い噂だって―――」

「――――――全部本当だ」

 

 

舌打ち交じりに、優しさの欠片も無く、佐之は言い捨てて腕を振り払いました。

彼女はよろついて石畳に身体を打つと、ぽかんとした顔から鬼気迫るような、何かに憑りつかれたかのような顔になって、佐之の胸倉を掴んで怒鳴ります。

 

 

「嘘だッ!!!嘘つき、最低のハンターね!フィーズ様があんな酷い事するわけないッあんたみたいに根の腐った屑のハンターに妬まれて流された嘘なのよ!!あーあ、それを信じてるあんたってすっごく間抜けね、ええ本当に愚かだわ!!撤回して、謝って!!」

「必要ない。さっさと失せろアバズレが」

「何ですって!?私はフィーズ様一筋なの!!結婚だって約束してくれたんだから!!海の見える丘で、綺麗で華やかな式を挙げる予定だったのよぉ!?……それもこれも、全部―――アンタみたいな役に立たない、疫病神どころか死神みたいなアンタのせいであの人は死んだのよ、返してっ!返してよ、あの人を返してお前は神に裁かれて死ね!!」

「悪いが俺は無宗教派なんでね。……分かったら俺に近寄んな、息からして汚らわしいんだよ中古女!」

 

 

多分、佐之も限界だったのでしょう―――佐之は、か弱いその女性の顔を、思いっきり殴りました。

 

仲介しようとしていた豊受も、危うい雰囲気に引き離そうと手を伸ばしたジャックの動きも思考も停止する中、殴られた彼女は咽て血と歯を吐き出しました。

 

その姿に、イースも全て止まって―――あの日の、守れなかったエリスの事を思い出して、憧れである佐之の胸倉を片手で掴みます。

 

 

「……何だよ」

「…………」

「お前みたいな青いのには分かんねーかもしれないがな、…こういう女には、殴って聞かせるのが一番…ッ」

 

 

兜を被っているのも気にせず、イースはやさぐれてどうにもならなくなった佐之を殴ります。

一発目は不意を突かれた佐之ですが、プライドに障ったのか機嫌に障ったのか、彼も拳を握って殴りかかりました。

 

一発は顔に、二発目はよろめいた所を、三回目は足で、ガラ空きになった腹を蹴られ、鼻を折られました――――いくらガンナーとはいえ、そこらの前線で剣を抜くハンターでも追いつかない暴力がイースの身を襲います。…イースは負けじと防いで噛んで、「…気に入った」と更に佐之を逆上させて、倒れたイースの頬に上からの拳を叩き込まれました。

 

重すぎる攻撃にイースが咽ていると、豊受が慌てて佐之の背後から取り押さえようとして―――投げられて、そこらの樽に突っ込みました。

 

ジャックが女性にギルドに行くように頼むと、佐之の死角から近寄って(すぐに気付かれて回し蹴りをされたので)じりじりと近づいて、イースから意識を逸らせます。

 

防ぐことのみに集中したジャックとやり合ううちに(ジャックが冷静に声をかけ続けたのもあるかもしれません)少しずつ血の気も下がった佐之、でしたが―――

 

 

「佐之ッ落ち着けって―――ば、ぁ……?」

 

 

樽の間で気を失っていた豊受が、まだ回りきっていない頭で、とりあえず佐之を押さえようとして……抱きつこうとして当然失敗した際に、殴り合いで緩くなっていた兜が宙を舞ったのです。

 

 

「「「あ」」」

 

 

怒気も何もない、呆けた声を同時に上げた三人に釣られて、イースがよろよろと起き上がって見れば――――美青年がいました。

 

 

セピアゴールドの髪に、琥珀の瞳。唇は切れて血が出ているし頬も殴られた痕が残っているけれど、それでも美人……いや、格好良い青年。そう、

 

予想ではあるものの、"フィーズの若かりし頃に"、面影もまた"おかしいほど"に「似ている」。

 

 

「……佐、之…さん、もしかして、」

「――――黙れ」

 

すぐに兜を被り直して、佐之は豊受を蹴り飛ばします。

そこから覗く目は怒りと、いくらかの羞恥と、苦しそうなものでした。

 

 

「……お前みたいに平和な家庭でのんびりやっていた奴には分かんねんだよ、滅茶苦茶にされた側の人間の思いも。"行動も"。分かんないくせに上から目線で偽善を押し付けて……だから俺は嫌いなんだよ」

「佐之さん、だからって―――あんな、縋って来ただけの女性に、」

「俺はああいう女が大っ嫌いだ。フィーズのカス男に抱かれた女なんて人間じゃないと思ってる。……同じ場所で、息をするのだって肺が汚染されたように思える」

「そんな…っ」

「良い事を教えてやるよ。女なんてこの世で最も醜い生き物だ。平気でどこぞの間男と寝て陰で哂い、罪を問われれば寂しいだ何だと喚くくらい面の皮が厚い。人を不幸にするのが大好きで、敵も味方もない節操無しなんだよ。お前みたいな青いのだって平気で騙しに来るからな、せいぜい気をつける事だ」

「……みんながみんな、そうではないと思います。僕の―――知る人は、皆誠実で、優しい。あなたの狭い世界で一括りにしないで下さい」

「ほう…、そういえば、お前が言ってた…アリスだかエリスだったかか?そいつらだけで語るお前も随分と狭いもんだ。…人間は変わる。大事にしてたものだって誓いだってコロッと変えられる」

「その理論だと、あなたの言う"節操無し"の女性も変わるかもしれませんね」

「………」

 

 

よろりとよろめきながら立ち上がると、イースは真っ直ぐに佐之を見据えます。

 

佐之はそんなイースが気に食わないのか、カツカツと踵を鳴らして近寄ると、歪んだ唇で、囁くように言いました。

 

 

「ああ、この理論だと―――お前の恋人も、お前への誓いも想いも捨てて、どこぞの男とベッドでよろしくやってるかもな?」

「―――――ッ!」

 

 

一気に頭に血が上がって、イースは拳を堅く握りしめます。

けれど当然、佐之は分かっていて言った訳ですから―――避けられて、逆に腫れた頬の反対側を、地に沈めるように思いっきり、殴ります。

 

そのまま石畳に頭をぶつけて、ぐわんぐわんと歪む頭に呻くイースに、佐之は邪気で端の歪んだ唇を開きました。

 

 

「中古になってても引き取ってやれよ?もしかしたらお前の好きなそいつに"変わり直してくれる"かもしれないからな」

 

 

そして最後に「じゃあな」と言って、佐之は喧嘩騒ぎで出てきたゴミをイースに蹴り飛ばして、豊受もジャックも、ギルドの役人も無視して去って行きました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

"―――それから、素晴らしい報告をしたいと思います。あのね、叔父さんが頑張ってるご褒美にあなたに会いに行っても良いって言ってくれたの!

 

この手紙が届く三日頃には着くかな?…実はイーシェさんからも言い含めて貰ってね、そのお礼にユクモ村に寄ってからそちらに向かう予定です。……ふふ、イースは私がイーシェさんの所に行くと嫌な顔をよくしてたね。懐かしいです。"

 

"……そちらで再会出来たら、あなたが何度も書いてくれた「佐之さん」に会ってみたいです。あなたが惹かれる程の人ですから、きっと素敵な人なのでしょうね。"

 

"そしてあなたにも、あなたと、あなたからの手紙で元気になれた私を、見て欲しい。たくさん、離れていた間の話をしたいです。……""

 

 

 

 

――――イースは、最後まで何度も読み直しては、ぐちゃぐちゃになって静かに泣きました。

 

それは憧れの人に先程裏切られたように思ってしまったからか、純粋な手紙を送ってくれるエリスと、こちらの生活との差を思ってのものかは、分かりません。

 

兎にも角にも、ただ泣きたかったのです。

 

 

 

「ニャー!旦那、旦那!お手紙です!」

 

 

息の乱れた猫の声に、イースは慌てて涙を拭って扉を開けました。

 

急いで来たのだろう、あちらこちら汚れている猫は―――イースの姉、イーシェのオトモです。

 

 

「……姉さんに、何か…?」

「まずは読むニャ!」

 

 

どうにも姉と似て強引な気のある猫の声に負けて、イースは不思議そうに手紙を開けて、目を見開きました。

 

血がドッと下がって吐き気がして、殴られた個所の熱さもどこか遠いものに見えた一分の後、彼は慌てて部屋から飛び出しました。

 

 

……その手紙の中身は、急いで書かれたのだろう、焦りの滲む文字が並んでいます。

 

 

 

 

"イーシェです。  落ち着いて読んでください、エリスが行方不明になりました。"

 

"実はエリスの叔父が頼んだハンターは正式なハンターではなくて、…正規ルートも通れず、危険と見なされた道を通り、その途中で何者かに襲われたようです。"

 

"馬車は崖下で大破。同行者の一人は重傷で見つかりました。もう一人とエリスは見つかっていません。"

 

"落ち着いて、ユクモ村まで来て下さい。……間に合う事を祈っています。"

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*side:S*

 

 

 

エリスは、大丈夫かなぁ、と目の前の挙動不審なハンター二人を見ていました。

 

だってどう見てもこの道は安全には見えません。「モンスター被害が云々」と説明してくれたけれど、だったら延期すれば良かったのでは…と不安にもなりました。

 

不安ですが―――この二人はエリスの意見を聞く気は無いようだし、イースが「ハンターの中には口煩い人に手を上げるのもいる」と手紙で書いていたのを覚えているので、大人しく黙り込んでいたのです。

 

 

そしたら、

 

 

 

「ぐるぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 

あまりの急な事に、何のモンスターかも分からない内に、エリスは馬車から放り投げられ、突き刺すように冷たい雪風の中に――――気付いた時は、べっちゃりとしていました。

 

 

 

(………痛くない?)

 

 

血のべっちゃり、ではなく……なんでしょう、熟れた果実の中に落ちてしまったような……。

 

 

「きゅーお、きゅーお……」

 

 

……しかも、何やら嬉しそうな声が聞こえてくるではないですか。

 

どしん、どしんと煩くやってきた「それ」は、「きゅおー!」と一声鳴いて強張って動けないエリスの真上に、どさどさと果実やら葉っぱを落とします。

 

丁度間に居たおかげか上半身は無事でしたが、足に果実の雪崩が落ちて、……動けません。

 

 

(…どうしよう、どうしようどうしよう…イース……!)

 

 

恐怖で歯がガチガチと鳴るエリスは、恐る恐る隙間から上を覗き見ると……

 

 

「きゅるおー!(´,,・ω・,,`)」

 

 

………。

……………。

…………………エリスは気を失いました。

 

 

 

 

 

 

次回はシュールなお話を送ります。

 


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