雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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5.甘えん坊な性格です

 

 

 

もぞもぞお布団から顔を出してこんにちは、飼い主さん!

 

 

もうお昼なのです。起きて欲しいのです。スープを温めたんですよ……猫ちゃんが。

ねえねえ、飼い主さん、飼い主さん。

 

 

「――――ん、……お、おおお、お前っ何で俺の布団に潜り込んで…!?」

「昨日、飼い主さんに一緒に寝たいって言ったら『ふぁん?』て答えてくれたので、いいのかなって」

「おいっそれは返事じゃな―――…駄目だ、眠い……」

「ご飯ですよー!」

「抱きつくなっ」

 

 

そう言って私をベッドから落とそうとして、昨日の打ち身と足の傷(お薬のおかげで打ち身はだいぶ良いですよ)の事を思い出してくれたのかすぐにやめると、渋々上半身を起こします。

 

顔を覆うように両の手を当てると、二度目の「眠い…」を呟きました。

 

 

「飼い主さん、ご飯食べたらゴロゴロしてたくさん喋りましょうよ。今日は猫ちゃんたちが家事をしてくれるそうなのですよー」

「あー?…ああ、そういえば昨日そう約束したな…」

「じゃが芋のミルクスープ、食べて下さいよー」

「ああ、それも約束したな…」

「林檎の兎…」

「約束、したな…ふぁ…」

 

 

あと十五分待ってろ。と枕に顔を埋めようとする飼い主さんに貼り付いて、私は布団の中で足を(無事な方をですが)パタパタしました。

 

 

「十五分って、どれぐらいですかー?」

「…六十を、十五回」

「六十?」

「……十を六回。それをまた十五回繰り返せ」

「えっと、十を六…うー、やだやだ、飼い主さん起きて下さいな。兎は寂しいのが嫌なのです。昨日はとても寂しかったんですから、構って下さいな」

「俺は昨日、お前よりも疲れて帰って……あれ、何か肩に柔らかい―――?」

「む?」

 

 

眠たげな顔で肩を見遣る飼い主さん。その肩の上には私が乗っています。

 

 

「く、」

「く?」

「黒ぉぉぉ!!お前ッなんて破廉恥な格好してんだぁぁぁ!!」

 

 

何故か怒られた格好ですが―――飼い主さんの物なのでぶかぶかな白い木綿のシャツ一枚を着ているだけです。(普段は駄目って言われています)

 

でも昨日、あちこち怪我だらけだからって渋々了承して……あ、さっき布団の中でもごもご動いてたから、ボタンが二つ開いてます。なんか寒いなーって思ってたのですよ。

 

 

「"はれんち"ってなんですか?」

「そこから!?そこから教えなくちゃいけないのか!?ていうかお前、下着はどうした!?」

 

 

知らない単語を尋ねたら何故か下着の有無に。だけどその前に胸元が寒いので飼い主さんにもっとくっつきたいのです―――……思わず「ぎゅっ」てしたら叩かれました(´・ω・`)

 

 

「……穿いてますよ?」

「下じゃない!上だ上!む、…胸は!?」

「―――ちぇ、チェダーさんが、夜には付けない方がいいって。きっと飼い主さんもその方がよろk」

「喜ばねーよ!!…あんのチーズ野郎、今度会ったら―――会った、ら…」

 

 

私の返答にガバッと起き上がって(飼い主さんが跳ね飛びて起き、体をこちらに向き直っているのに対し、私は尻もちを着く形です)の会話だったのですが、飼い主さんは不意に視線を下に、私の左足に置かれた、飼い主さんの手に向けます。

す、と震えた指先が私の太腿を撫でて、「くすぐったいです」とふにゃりと笑っていいますと、飼い主さんはそのまま黙って布団を被って丸くなりました。

 

 

「か、飼い主さん…?」

「昨日の今日でこれは無いだろぉぉ!?」

「あの、飼い主さん」

「くっそ、これがわざとだったのなら…!何で無自覚なんだよッいい歳した娘が足を出すんじゃねーよッ」

「か、飼い主さん…」

「何で洗剤も洗髪剤も住んでる所も一緒なのにお前だけいやに良い匂いすんだよッなんで甘い匂いするんだよッ肉もっと食えよ馬鹿!」

「かいぬしさん……(´;ω; `)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局その十五分後?に飼い主さんは部屋から出てました。

 

私は拗ねて飼い主さんの足下で寝ていたのを横に担がれ、(その前にきっちりボタンを閉められました)二人で「遅いニャー!」と怒られて肉球に頬を打たれてから席に着いたのです。

 

 

「……うん、ちゃんとよく煮込まれてるな」

「―――じゃ、じゃあ、美味しいですか…?ねえねえ、美味しいですか!?」

「ああ」

「えへへー」

 

 

飼い主さんは相変わらず食事しか見ていないけれど、撫でてくれなくてもその言葉だけでとても嬉しいのです。

 

私は意を決して葉に包まれた肉をもきゅもきゅ食べて、吃驚した飼い主さんに「美味しいです」と言いました。

 

「……そっか」

「はい。…私もミルクスープ飲みたいです」

「ああ、ほら」

 

ずいっと息を吹きかけて冷ましたスープを私の口元に出されたので、温くなったスープをスプーンごと口に入れました。

 

 

「……あ」

「?」

「…いや、何でもない。……どうだ?」

「美味しいです」

 

 

そうだな、と飼い主さんが白パンを千切って頬張るのをニコニコ見ていたら、飼い主さんにパンを突っ込まれました…。

 

 

「……昨日はどうだった」

「ふぐ……ちぇ、チェダーさんに、もう少し練習してみようって。それからスウィーツさんのペイントボールって急カーブの出来る機能付きなんですよ!蜂蜜だらけになってましたし」

「あいつ本当に上級ハンターかよ…」

「お二人と一緒に弓でアオアシラを倒したのです」

「よかったな」

「それで―――…あ、そうだ!」

 

 

―――いけないいけない。飼い主さんに見せようと思ってたのに、すっかり忘れていました。

 

私はパタパタと収納ボックスの中を探ると、両腕に抱えて飼い主さんの元に戻りました。

 

 

「――――…迅竜の骨髄…?お前、それをどうした?」

「お爺さんから頂きました」

「行ったのは渓流だろう?」

「御兄弟から譲ってもらったらしいですよ」

「…それをどうしてお前が貰うんだ」

 

 

ええっとですね、三人でタケノコを採っていたら、お爺さんがチェダーさんのお尻に触って、私の胸を掴んできて、スウィーツさんの双剣で髪の毛剃られて、チェダーさんがすごく怒ってて、蹴って踏んで胸元を掴んで。

チェダーさんが「詫びに荷物の中身をくれる」って言うから、……だって怖かったのです、私だって駄目じゃないかって言いましたよ―――チェダーさんの欲しがってた碧玉と逆鱗、私に骨髄と火打石、スウィーツさんに強走薬。…と、チェダーさんから蜂蜜。私からペイントボールと投げナイフをあげたのです。

 

 

「………あのジジイ…!」

 

てっきりチェダーさんを怒ると思ったらお爺さんの方に怒りを感じたようです。

 

 

「今度会ったらモンスターの巣に放り込んでやる…!」

「あ、それチェダーさんもおっしゃってました」

「……崖から落とすか」

「もういいじゃないですか、過ぎたことですし」

「―――そもそもお前な、胸揉まれたのになんでそんな平気そうな顔してんだ!チェダーの反応が普通だろ?怖いとか気持ち悪いとかあんだろ!?」

「気持ち悪かったですけど…なんか見てて可哀想になって…」

「甘い!今度やられたら腹に蹴りの一発でも入れろ!」

「でも……」

「お前は他人に甘すぎんだよ!」

 

 

怒りながらも私の分もお茶を淹れてくれる飼い主さん。お揃いのカップを見ながら、私はパンを両の手で弄りました。

 

 

「……だって、兎の頃、言われたのです」

「あん?」

「『人間は脆いから、何があっても、もきゅもきゅしちゃ駄目』って」

「もきゅもきゅ…?」

「飼い主さんと初めて会った時に遊んだでしょう?」

「おま……アレは『もきゅもきゅ』なんて可愛い擬音を使っていいレベルじゃなかったぞ…!?」

 

 

飛びついて、ぐるぐるして、兎パンチ。積もって山のように高い雪の中に突っ込んで埋もれてしまった飼い主さん。……あれはやりすぎだったなって、一応後悔してるのですよ……。

 

 

「むむ……とにかく、私はやり過ぎてしまうから、気をつけなさいって、手を上げては駄目って教わりました」

「それは―――兎の頃の話だろうが」

「そうですけど…でも、私の力って人より強いです…」

「……でも嫌な時は嫌だって言え。言っても聞かない時は暴れてしまえ。我慢はよくないぞ……ほら、茶」

「ありがとうございます」

「お前は若い娘なんだから、余計―――なんだ、そういう…身体を触ろうとしたりとか嫌な事してくる人間にははっきり拒絶しろ。きっちり落とし前つけるんだ。……そういう所はチェダーを見習え」

「はい……ああ、そう言えば、スウィーツさんが言ってました」

「…なんて?」

「『やられたらやり返す、またやらかそうなんて考えないくらいに絞り盗るのがハンターだ。太く逞しく生きるんだぞ』って。それが―――…これ、なんですが」

 

 

食事の席に相応しくないと骨髄を片付けようとする猫達を指すと、飼い主さんは「ハンターじゃねえよ、それ…」と頭を掻きました。

 

 

「―――じゃあ今度は飼い主さんの番です!ねえねえ、砂漠を渡る舟ってどんなのなんですか?大きなモンスターと戦ったんですか?」

「あー…黒は絶対あのクエストを受けない方が良いぞ。耳がやられる」

「えー?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ご飯を食べて、家事をしてくれる猫ちゃんたちにお礼を言った後、私は風通りの良い窓を見ながら、飼い主さんに薬を塗ってもらいました。

 

 

「……ていうか、なんでこんなにざっくりしてんだ?お前はどういう林檎の剥き方をしたんだ」

「ただ普通に…林檎の兎を作ろうとして失敗しただけなのですが」

「だからその林檎の兎をどう失敗したらこうなるんだよ―――ていうかお前、この状態でクエスト行ったのか…本当に馬鹿だな」

「(´・ω・`)」

「服捲れ――――上げ過ぎ!下げろッ」

「(´・ω・`)」

「まったく…」

 

 

もう少し恥じらいを持て、と言いながら薬を塗ってくれる飼い主さん。

私がずっと(´・ω・`)な顔をしていたら、しばらく黙ってから話題を変えてくれました。

 

 

「―――あのドスファンゴの牙を折ったのはお前か?」

「はい。ぼっきりやりました」

「途中、牙が粉々になってたり三分の一の長さでそこらを転がっていたんだが―――お前はどんな殴り方をしたんだ」

「思わず兎の頃の怒りがですね…例え負けても牙だけは折ってやると意気込んでました」

「仲悪いのかよ」

「ええ。だって酷いんですよ!寝てたらぶつかってくるし、誰かと遊んでたら邪魔するし、ご飯を滅茶苦茶にされたり妨害してきたり…」

「むしろドスファンゴ凄くないか、当時のでかくて凶暴なお前に食ってかかるとか」

「凶暴じゃないです!」

「……人を雪の中に埋めといてそれを言うか」

「……(´・ω・`)」

 

 

全部の傷を塗って包帯を巻いたりガーゼを貼り終えたのを再確認すると、飼い主さんはさっさと薬を仕舞おうとするので、きゅ、と握って止めました。

 

 

「どうした」

「飼い主さんは、薬を塗らないのですか?」

「俺は草で切ったくらいだからな」

「私が草で切った所は塗ってくれたじゃないですか」

「そりゃ…女なんだ、傷は無い方がいいだろうと思って…」

「この前、チェダーさんが怪我をした時は唾でも付けてろって言ってたじゃないですか」

「あいつはいいんだ」

「よくないです。……さっきのお礼に、私が塗ります。怪我した所出して下さいな!」

「―――…分かったから脱がそうとするな。腹を草で切る訳ないだろ」

「ドスファンゴとか…」

「反撃する前に(上級装備で)狩ったからな」

「砂漠のクエストとか…」

「頬を薄く切ったくらいだ―――ってちょっと待て、その薬じゃないぞ」

「これですね!……はい、ぺたー」

「…っ、…腕はいいって―――…聞いてないし……」

 

いつもしがみついたり抱きついたり(偶に)撫でてくれる飼い主さんの腕……案外古傷が多いのですね。

色々苦労なさってる腕に、私はゆっくりと薬を塗り込みました。

 

「………よし、と。次は頬っぺたです」

「もう塞がって―――そんなに薬はいらん。戻せ」

「これ位…ですか?」

「そ」

「いきますよー。はい、ぺたー」

「……お前、遊んでるだろ」

「ぺたー」

「………」

 

 

包帯だらけの手で飼い主さんの顔にぺたぺた触れながら、もう片方の手はゆっくり優しく塗っていきます。

そして私と同じく傷口を塞ぐと、飼い主さんが隣に置いていた桶に浸した手拭いで手を拭いてくれました。

 

そして今度こそお薬を仕舞い、二人の汚れを落とした桶を猫ちゃんに渡す飼い主さんの背後で、私は大事に仕舞っていた髪飾りを引っ張り出します。

 

 

―――今日は何処にも行かない(というか行けない)けど、防具を着ない日は付けていたいのです。本当は毎日付けていたいのですけど……。

 

 

「飼い主さん、飼い主さん」

「あー?」

「髪飾り、付けて欲しいのです」

「それぐらい自分で……あー…貸せ」

 

 

別に付けれない事もないのですけど、飼い主さんは断らずに髪飾りを受け取ると、先程の椅子に座るように言います。

飼い主さんが背後でガタガタ音をたてては数歩歩み寄って、また戻ったりを何度か繰り返す間、私は足をぷらぷらして待っていました。

 

しばらくして飼い主さんは戻ってきた訳ですが、私に何も話しかけずに、まごつきながら髪を梳かします。

最後にしゃりしゃり音がする青い硝子の髪飾りをごつごつした手で添えると、「よし、」と小さな声を出して、私に――――小さな櫛を、差し出しました。

 

「これは……?」

 

木彫りの花―――大きく咲いているのが二つ、小さいのが三つ、蕾が一つ彫られている櫛は、お家には無かったものです。

 

 

「……ちょうど船待ってたら良い露店があってな。前に髪飾りを買った事だし、櫛でもやればちょうどいいかなっていうか…順序逆だったなとか…とにかくっ今回の土産だ」

「……」

「………いらないなら別に…」

 

 

黙って彫られた花をなぞっていると、飼い主さんは小さくそう呟きました。

 

 

「………飼い主さん」

「――――あ、ああ?」

「……ありがとう、ございます」

「…………………………ああ、うん」

「とても可愛らしいです。…嬉しい」

 

 

チェダーさんならもっと上手に、たくさんの言葉で感謝の言葉を言えるのでしょうけど、今の私に、これ以上の言葉は思いつかなくて。

 

 

 

「――――じゃあお礼に、飼い主さんの髪を毎日梳かしてさしあげます!」

「えっ」

 

 

 

 

 

 

※二人は交際しておりません。これが本来の二人の生活ぶりです。

 

 


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