雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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不器用少年は旅立つ

 

 

それから時は流れて、あの日のお兄さんと同い年になったイースは、夕暮れの道を一人で歩きます。

 

細くて頼りなかった身体は兄とは見栄えが多少劣るものの、そこらの同年代の子よりも逞しく、指は何度も矢を放った証がありました。

対して先程送り届けたエリスは女性らしく育ち、伸びた髪を上品に低い団子にして大人びた風だけれど、照れたように笑うその顔は今も昔も変わりません。

 

もっと言うと、男女二人っきりだというのにする事は仲良く読書か散歩という、初々しい付き合いも変わっていないのでした。

 

 

帰ったらきっとお兄さんとお姉さん、運が悪いと両親にまでからかわれてネタにされるのだろうなと思いつつ、彼は、

 

「!」

 

 

―――彼が、溜息を吐いて一歩踏み込んだ時でした。

 

 

「……えり―――エリス!?」

 

 

先程別れたばかりのエリスが、団子も解れ、靴が脱げたのか履く余裕も無かったのか、服も草っぱがあちらこちらに飛んでいる姿の彼女が、息を乱してイースの背に抱きついて来ました。

 

彼女は要領を得ない言葉を言ったかと思えば、声も出なくなったり、―――挙句の果てには顔を両手で覆って地べたに座り込んで泣き出すと、やっと出てきた言葉を一生懸命吐き出しました。

 

 

 

「お、ばあさ、…んが、……死んでた……」

 

 

 

 

 

 

――――というのが、エリスがこの村を出て行く理由なのです。

 

保護者であった祖母の突然な死に、まだ顔色が青褪めたままの彼女は仲の良かった親戚の元で薬師として勉強をする手筈になりました。

 

 

「………エリス…」

「…………うん、」

 

 

木に背を預けて、エリスは生まれて初めて男性に、イースに抱きついて彼の腕を濡らしていました。

 

見送りの人は皆気を使って、二人が隠れるように、エリスがイースの腕の中で落ち着くのを見ないフリしていて。……イースはこの細い腕を引っ張って彼の家なりどこかなりに連れ去ってしまいたかったけど、それはお互いの将来を潰すだけだと、自制していました。

 

 

「手紙、書くよ」

「……うん」

「頑張って、会いに行けるように、もっと強くなるから」

「……」

 

彼はまだまだハンターとしては頼りない(まあ弓を扱う故に、しょうがないことかもしれません)方ですから、彼女へ会いに行くお金はまだありませんし、……だから、彼は最後に精一杯の勇気を振り絞り、羞恥を捨てて震える彼女を抱きしめました。

 

 

「立派なハンターになって、安定してきたら―――絶対、君を迎えに行く」

「………うん…っ」

 

 

ぐしゃ、と更に顔を汚して、エリスは零れてしまった涙を乱暴にふき取ると、そのまま彼の―――唇の、すぐ横にキスしました。

 

今まで一度も触れたことのないそこに触れてみたかったけれど、……それは、再会(こんど)の時にとっておこうと、彼女は笑いました。

 

そして下手くそな笑顔のまま、彼女はこの村を去ったのです―――。

 

 

 

 

 

あれから二年。

 

彼は血の滲むような努力の結果、更に稼ぐ為に、ギルドに認められる為に、この治安最悪難題注文ばかりの街にやって来たのです。

 

流石にそんな街に来たとはエリスには言えませんでしたが―――手紙と一緒に送られた、彼女の手作りのお守りを握り締めて、イースは酒臭いギルドに足を踏み入れました。

 

 

そこでのニヤニヤ笑いやらどこかで騒がしく殴り合う音を無視してクエスト板を見遣り……ちょうどガンナー募集のクエストを見つけ、イースはそっとその紙を、

 

 

「―――お前、そのクエスト受けんのかよぉ?」

「!」

 

……と、酔っぱらいハンターにニヤニヤくちゃくちゃと言われました。

 

イースの大人しそうな坊ちゃんの雰囲気にカモにしようとしたのか、ただ甚振りたかったのか。――酔っぱらいの予想に反してイースは沈黙を保ったままぺこりと頭を下げてさっさと空いた席に着こうと歩き出しました。

 

面白くなかったのか、酔っぱらいはその背にからかいか本気か分からない拳を入れようと迫り、イースはハッと気づいて振りかえると同時に避けた途端、ムッとしたそのハンターは、口にしてた肴を食い千切ると腰の剥ぎ取りナイフを抜いて「新人が避けてんじゃねぇぞ」と低く唸ります。

 

 

治安が悪いと聞いて覚悟していたけれど、ここまで酷いのかと内心引き攣ったイースはとりあえず近くの椅子に手を伸ばそう―――として、慌てて目の前の凶器をチラつかせるハンターを"受け取りました"。

 

「うわっ」とか、「おい、あいつのクエストだったのかよ…」と引き攣った声の中で、兜を被った彼は口を開きます。

 

 

「―――お前、そのクエスト受けるな?」

「…はい」

「じゃあ来い。…早くしろよ、俺はもたつく鈍牛野郎を見ると丸焼きしたくなるんでな」

 

 

口元が除くだけのハンターでしたが、それだけでもきっと美丈夫なのだろうと思ってしまうような何かが、彼にはありました。

 

片手に重々しい太刀、片手に突っかかって来たハンターを殴って割れた酒瓶(と、認識している間もなく放り捨てましたが)イースにまで、血の匂いが届いて、…危険人物だと分かるのに、微かに覗く瞳は力強くて凛としています。

 

イースは誰なのだろうと注文票を見て―――名前は、木下(きのした) 佐之(さの)と…勘の鋭いイースは、こんな名前一つとっても、受付嬢を(淡々と手続きしているだけなのに)怖がらせる彼に違和感を持ってしまいます。

 

持っていますが―――彼はいつも通り無言を保って、彼ともう一人と一緒に、このギルドで初めての狩りに行きました。

 

 

 

 

イースはそこで佐之に散々に罵られる事になりますが、……彼は、すごく惹きつけられたのです。

 

鮮やかな太刀捌き。軽やかに無駄なく避けて状態を整え、もたつく(ように思えるのだろう)イースにまで目を向けて。……この数時間が、イースには今までになく勉強になって、今までになく魅了されて。

 

――――佐之というハンターに、生まれて初めて強く憧れを持ったのです。

 

 

そして初めてカード交換したかったのですが―――そんな事も、イースには難しいことで。ギルドに着いてやっと腹を決めたイースが、血を被った佐之の肩に触れようとした時でした。

 

 

「あ、お帰り~。狩れた?ちゃんと狩れました~?」

「……死ねカス受。テメーがブチったせいで俺はこんな新人引っ張り回すハメになったんだぞクズ」

「だってお腹痛かったんだもん…あ、そこの子が新人さん?」

「………!」

「…ああ、こいつしゃべんねーから」

「あー、なるほど、佐之ってそういう子大好きだよね」

「うっせーな腸引き摺り出して口に突っ込むぞ」

「何それ怖い……あ、佐之、カード交換してあげなよ。ほら、そわそわしてるじゃん」

「あ?…ああ…」

 

 

チラッとイースを見た時のその顔を察するに断るのかと―――落胆しかけたイースに、佐之は意外なことにあっさりとカードを渡してくれました。

イースも慌ててカードを渡すと、ばっと頭を下げて「次回も一緒に連れて行って下さい」とお願いします。

 

「あー…」

「いいじゃん。採用しちゃいなよ」

「でもおま…いや、お前の代わりとしてならこっちのが優秀だしな」

「酷いっ!!」

「………」

「……しゃーねーから連れてってやるよ。…明日九時に。特別サービスでテメーの好きなクエストでいいぜ」

 

 

そう血の気の盛んな瞳のままに言うと、佐之はさっさと騒がしいギルドから去ろうと数歩進み、ニヤニヤしてる彼の知り合いに舌打ちして、

 

 

「何してんだ。さっさと行くぞ――――豊受(トヨウケ)

 

 

…と、低く言い捨てて去ったのです。

 

 

―――こうして書き出すととてもあっさりとした出会いに思えますが、その日はイースにとって熱くて濃い一日なのでした。

 

 

 

 

 

急展開と急な出会い。

 


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