昔々、村外れの森で、お婆さんと一緒に暮らしている女の子がおりまして、薄茶の髪に碧と金茶の瞳の彼女は、生い立ちとその容姿ゆえに村の子供達に虐められていました。
「やーいドブスー!」
「変な目―!」
「おさげとかwwwダサ過ぎwwww」
「(´;ω; `)」
男の子でも女の子でも、村に買い物に来た女の子を指差して哂い、囃したてるのです。
「あいつ捨て子なんだろー」
「ちげーよ、両親病死だってwww」
「え、モンスターに食われたんだろ?」
「何それー、呪われてんじゃないのー?」
「じゃああの目は悪魔の目か!…あれ、それってちょっと格好良くね?」
「格好良いわけないでしょ―?アンタちゃんとあの子の目ぇ見たのー?」
「だってよぉ、見えねーんだもん、忘れたよ」
女の子は帽子を目深に被ってなお、地面を見つめて何も言い返さずに家路を歩きます。
このまま仲間内でやいのやいのしている間に悟られずに逃げかえるのが一番安全で、傷つかないからです。
「―――じゃあお披露目してやろうぜ!」
「あっ」と声を上げる間もなく、男の子は女の子の帽子を奪って皆の所へ駆け出します。
返してとも言えなくてオロオロとする女の子を指差して、男の子はからかうように言いました。
「ほーら、欲しけりゃ取り返してみろよ鈍亀が!」
「あははっ無理無理、あの子の鈍臭さは"呪われてる"レベルなんだからっ!」
「悪魔の力を解き放つんだ!!」
きゅぅ、とスカートの裾を握り締め、女の子は今にも泣き出しそうです―――だって、どうやったって取り返せないんですもの。
泣いたって余計に囃したてられるだけだと知っているのに、女の子はもう耐えられそうに、
「おい、邪魔なんだけど」
―――涙がぽとりと落ちる、その前に。
幸運にも物語のお決まりのように、
その人は銀髪を一本に縛っただけの、動きやすい――男物を来たお姉さん。
手には古いライトボウガンと獲物を持った、まだまだハンターなりたての初心者です。
「ちぇ……チェダー…お姉様…!!」
女の子の一人が言う前に、男の子たちは一斉に顔色が悪くなります。このお姉さんはお姉さんですがまだまだ子供の部類に入り、…村の子供ヒエラルキーでトップの存在なのです。
「おい、お前」
そんなお姉さんからのご指名に、帽子を奪った男の子はびくぅぅぅぅぅ!!と縮みあがりました。
だってどう見ても誰が悪で何をしてたか分かる光景ですからね。お姉さんはきっと叱りつけるに違いありません。
「ジャンプしろよ」
「えっ」
……ああ、うん…だからこれは恐喝とかなんとかそんとかではなく、教育的指導の一つなのです。
男の子はゆっくり、たん、たん、たん、とジャンプをし―――
「おい、"ちゃりん"の"ちゃ"の字も無いってどういう事だよ、このド貧乏が」
「……!……お、お小遣い前なだけだもん!!」
ちょっと笑いそうな女の子をチラチラ見ながら、男の子は顔を真っ赤にして言い張ります。
だけど「あん?」と上から見下ろすお姉さんが怖くて、「ごめんなひゃいぃぃぃぃ!!」と余計恥ずかしい姿を見せて逃げてしまいました。―――勿論、帽子は男の子の手の中です。
「おい、そこのドボルベ…娘っ子!」
「ひっ」
男の子を笑っていた女の子は、急に自分を指名されて引き攣った声をあげました。
このお姉さんは「嫌な意味でも男女平等」な人ですので、女だからと手抜きはしないのです。
「一発芸しろよ。ドボルベルクの真似な」
「……えっ」
女の子はモンスターの名前だというのは分かっても、その姿も動きも何も分かりません。
お姉さんの「何?そんな事も出来ないの?」という視線に耐えられなくなって、女の子はガバッと頭を虐めていた女の子に下げて、「ごめんなさいっ」と謝ります―――まあ、賢いというか狡賢いというか、そんな手段を選びました。
例え次の時に虐めていても、今回はちゃんと謝った。…今までの経験から、例え女の子の考えが分かっていても、叱ってくる人間は大抵渋々許していた事を女の子は分かっていたのです。
そして予想通り、お姉さんは怖い顔を取っ払って、華のような笑顔で「そっか」と言うと、女の子に近寄ってその頭を撫でました。
「お姉さんは君みたいな子が大好きだよ」
ふふふ、と笑うその姿に安堵した女の子は、お姉さんが撫でるのを止めても"そこにいてしまいました"。
「ご褒美に今日の獲物をあげよう。死にたてほやほやだよ」
「……っ、ぅ、ぁ、ああああああああああああああ!!!!」
流石にどろんとした目の顔は見せず、血がダラダラの首から下だけを見せたけれど、女の子にはトラウマものだったのか、泣き喚きながら帰路に……。
「……残るは俺か。…来い!悪魔が召喚せし魔獣め!」
「……ああうん、…何かアンタは将来思い出して自滅してそうだからいいわ。お帰りよ」
「ははっ、俺の力に怯んだのか魔獣よ!」
「ちげーよ、お前の痛々しさにやめてあげたんだろうが」
自分で(将来の)自分を苦しめる、若さ故なのかMなのか、…お姉さんは彼が将来ベッドの上で「らめぇぇぇぇぇぇ!!」となっているのだろうと予想して、彼には罰を与えませんでした。
「勝利を掴んだぞ!」と騒いで意気揚々と帰った彼に背を向けて、お姉さんは俯いて静かに泣いている女の子の頭に手をポンと置きます。
「お嬢ちゃん、帽子取り返せなくてごめんね」
「……(´;ω; `)!」
「大丈夫?」とか「可哀想に」なんて大人のよく使う、場合によってはじくじく胸を痛ませるような言葉じゃ無く、お姉さんは取り返せなかった帽子について謝罪しました。
ある意味女の子の小さな矜持を守ったのかもしれないお姉さんに、女の子は恐る恐る尋ねます。
「あ、の…なんで、助けて…?」
「ん?そりゃあ、私のお―――え、何?……はぁー、面倒臭い……、」
答えになってないことを呟くと、お姉さんはおどおどと見上げる女の子の後ろ―――森への道へと数歩歩いて、「送ってくよ」と手を差し出しました。
「えっ、でも、」
「いいのいいの。ほら、おねーさんと手を繋いで帰ろうか」
「………!」
泣きそうな顔を少し嬉しそうにして、女の子はそろそろとお姉さんの元に近寄ります。
そして慣れた手つきのお姉さんに手を握られ、女の子は初めて帰り道が明るく見えたのでした。
*
銀髪の髪の男の子が、じっと去り行く二人の姿を影から見つめていました。
「………」
彼はそこらの同年代の男の子よりも細くて、無口な男の子です。
当然腕力も何もかも弱くて、お姉さんの存在で彼は虐められなかったけれど、その代わりに友達もいない子でした。
そんな彼は本屋の帰りに修行帰りのお姉さんと合流し、ぶらりと歩いて帰ろうかとした所で女の子が虐められているのを、お姉さんよりも早く見つけたのです。
前述の通り彼の力など知れているものですから、彼が割って入っても女の子を守るどころか逃がす自信もないので、むしろ割って入ることによって女の子の虐めが悪化するのを恐れて、彼は動けずにいました。
そんな弟に気付いたお姉さんが子供の喧嘩に割って入ったのですが―――彼は、お姉さんと一緒に駆けつけませんでした。
だって、お姉さんの隣にいるだけなんて、虎の威を借るような真似なんて、彼にはとても恥ずかしくて醜い行為に見えたのです。
何より、一度だけ彼女の虐めを、観衆たちの中に混じって"見ているだけ"だった彼の負い目が、自分が傷つかずに汚名を挽回するような、好感度を上げるような真似を許さなかったのもありました。
「…………帽子……」
――――つまりは、彼は不器用な子なのです。
相手を思って考え過ぎてしまうあまり、言動は牛のように遅かったのです。
お姉さんやお兄さんのように、明るくて勝気で、ちゃっちゃかと喋っては場を賑わせるように、なりたかったのです。
………だから、これはきっと、その為の第一歩。
女の子を虐めていた子たちが、奪った帽子を、怒られたその翌日になっても懲りずに甚振る所に、彼は殺されに行く覚悟で向かって行ったのです。
例のあの男の子が帽子を被ってあの女の子の真似をして笑いをとる、その後ろから、彼は静かに近寄って奪い返しました。
「あっ、おいっ!」
この歳の子は総じて手を出してしまうのに躊躇いがありませんから、昨日散々な目に遭わせたお姉さんの弟であっても、普段はよそよそしく回避していた相手でも、襟を掴んで引き寄せて殴り飛ばしてしまいます。
女の子たちはわざとらしく「きゃ――!!」と悲鳴を上げ、男の子たちは囃したてるか喧嘩に加勢して殴りかかって来ました。
男の子も齧りつくように殴り返すも、非力な彼の攻撃など知れたものです。だけども彼は帽子を手放しません―――まあ、血と泥は付いてしまいましたが。
結果としては、彼はお姉さんとお兄さんの一方的な喧嘩やらを見てましたから、見よう見まねの拳がラッキーパンチに、上手いこと相手の鼻面を折り、満身創痍の彼の勝ちとなりました。
流石にそのまま外は出歩けなかったので家に一旦帰ると、ニヤニヤ顔のお姉さんに怪我の面倒を見てもらい、やっぱりニヤニヤ顔のお兄さんに「女の取り合いか?ん?その歳でwwwマセガキwwww」と弄くられる間、彼のお母さんが丁寧に泥と血を「やだわー、今日はお赤飯ねー」「え、それって初陣の勝利の方?好きな子の方のどっちのお祝い?」「どっちもに決まってるじゃないのー」…落としてくれました。
……なお、今日の夕飯は赤飯のようです。
それから時刻は夕暮れでしょうか。
昼時に喧嘩をしてしまったものですから、遅い返品になってしまいました。
「……すいません、……」
緊張でぼそぼそと行ってしまいましたが、ノックだけはしっかり出来たので、こじんまりした村外れの家に住む住人は「どなたでしょう?」とちゃんとやって来てくれました。
「あっ」
運が良いのか悪いのか、会いたかったけど会いたくなかった女の子が扉を開けました。
一度だけ、観衆の中に混じっていた事を覚えていたのか、それともすごい事になっている顔に驚いたのか、彼女は一二歩後退ります。
「……………………これ、」
「あっ……」
後ろ手に隠していた帽子を押し付けるように渡すと、女の子は目を点にして受け取ります。
そして少し、どうにも取れなかった汚れと、彼の顔を交互に見て、恐る恐る尋ねました。
「あの…これ、取り返して、」
「……………………落ちてた」
「えっ……でも、その顔の―――」
「………………………………………階段から落ちた」
階段から落ちただけで顔はそんな風になるのか。一体どういう階段なのだろう。……と、女の子は無茶な嘘に――――「ぷ、」と小さく噴きだしてしまいました。
「!」
対する男の子は初めて見た女の子の笑みに吃驚して、………それが、自分が作ったことに長い思考のあと気付いて、彼もはにかむように笑いました。
「…ありがとう。あなたの名前は?」
「……………………!」
「あ、そっか、私から……ええと、私は、"エリス"って言うの」
「……………………イース。」
「イース君?」
「……………」
「……イース君、本当にありがとう。……あのね、…ありがとう」
「…………」
頬を染めて、泣き笑いのエリスの言葉に照れてしまった彼は、さっと背を向けて玄関から離れます。
「あっ」と寂しそうな声に振り向いて、……だけどやっぱりそっぽを向いて、彼はのろのろと口を開きました。
「―――――………また、明日」
「!……うんっ、また明日!」
*
泥臭い初恋の話。