雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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今日もまた誰ーかー乙女のピンチー☆

 

 

「―――最近、夜ちゃんが外に出ない?」

「そうなの!」

 

 

シーツに埋もれて煙管から煙を燻らせるイーシェに、イリスは元気よく肯定した。…ちなみに、彼の頭は気まぐれな彼女の手によって撫でられている。

 

 

「夜ちゃんは困ってるの?」

「えっ…えー…何だろ、洗脳された的な…」

「もう手遅れ的な?」

「そんな感じ的な」

 

 

じゃあもうどうしようも無いんじゃないの?と煙を吐く彼女に、イリスは「でも!」と声を荒げた。

 

―――咲が気にいらない以上に、あんなに外の散歩を楽しそうにしていた夜が、監視役の人間と仲良さげに張り付いていた夜が、自分から外に出ないなんてあるだろうか?…いや、ない!これは絶対ヤンデレ猫野郎に監禁されてるんだ!…と、イリスは思う訳である。

 

「あのくそ猫が脅してるんだ!」

 

夜はイーシェに甘えるイリスにとって妹のような存在だから、イリスは影からひっそりぱっくりしちゃおうとする男の存在に彼女をくれてやる事なんて出来ない。

保護し直した方が良いんじゃなかろうかとも思う―――が、如何せん彼では咲には勝てないのである。

 

「何とかしてよ、いーしぇぇぇぇぇ…」

 

どこかの某駄目な少年のようにイーシェに泣きつけば、彼女は「うーん、」と言ってから、優しく諭すように頭を撫でた。

 

 

「それでもまあ、余所様の家の事に頭を突っ込むもんじゃないよ。それにナル…じゃない、咲ちゃんはこの保護区を滅茶苦茶にしても気にしない子だからさ、余計な刺激はやめときなさい。下手して夜ちゃんがエライ目に遭ったらどうすんの?」

「でも…!…今だって、言い出せないで、困ってるのかも…」

「困ってないかもしれないでしょう?…結局ね、向こうから言ってくれないと、お姉さんは下手に動けないの」

「そんなっ」

「この保護区には気性の荒い子だって多い…ちょっとした喧嘩に観衆が興奮して……なんてこと、イリスだって嫌でしょう?」

「嫌だけど…でも…」

 

 

しょんぼりとシーツに顔を埋めるイリスに、イーシェは煙管の灰を捨てて、彼のおでこに子供のようなキスをした。

 

 

「よしよし、イリスは優しい子だね。私はそんなイリスが大好きだよ」

「うー…」

「不貞腐れないのー。じゃないと、不貞腐れイリスに一時間頑張ってお姉さんを気持ち良くしてもらっちゃうぞー?」

「えっ!?」

「してくれる?」

「はい!」

 

 

「―――じゃ、今日は腰からよろしくー。足も忘れないでねー」

 

「えっ」

「えっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――ナルガとウルク。ヤンデレ変態ストーカーと無邪気な少女を心配するのは、ヘタレウスだけではなかった。

 

 

「今日こそ夜を助け出す!」

 

 

近くに住む、(自称)皆のお兄さんこと「ギアノス」兄さんも、である。

 

ギアノス兄さんもヘタレウスと同様、のんびりまったり怖がりで世間知らずな兎のお兄さん(気取り)なのだった。

 

 

「もう九日も外に出ないなんておかしい!絶対家でシバかれて奴隷扱いされてんだ!」

 

 

と望遠鏡を手に生垣から二人の生活を覗き見するギアノス兄さんは、何故かやって来ない同志(※現在嫁のマッサージに精を出してる)に舌打ちしつつ、可愛い可愛い妹分の姿を―――見つけた。

 

 

開け放たれたベランダの戸。揺れる白のカーテン。カウチソファでよりにもよってナルガのぬいぐるみを腕に転寝をする夜。

 

―――……もう、この時点でギアノス兄さんは背筋が寒い。

 

 

(……前よりは少し太ったか。髪も三つ編み…夜は髪なんぞ結べない筈だから…ひぃぃぃあのナルガにやってもらったのか!?)

 

 

ナルガに首を曝すなんて恐ろしい。その恐ろしさから、ギアノス兄さんは夜が健康体になりつつあるのを「丸々太ってから食う気なんだ!」と決め付ける。

 

――――そんな兄さんの目の前で、遂に元凶のナルガが姿を現した。

 

 

ナルガは眠る夜を揺さぶらずに喉元を舐めて夜を驚かせ、一旦戻り―――お粥を手に戻って来て、そのまま息を吹きかけて冷ますと、問答無用で彼女の口の中に放り込んだ。

 

夜がもそもそと咀嚼する間に何度も冷まして口に含ませる姿はとても献身的なのに、ナルガを敵視しているギアノス兄さんには邪なものにしか見えない。……まあアレである。娘が連れて来た男に難癖付ける頑固なお父さんを想像していただきたい。

 

 

「―――…今日は散歩するか」

 

望遠鏡を歪ませるギアノス兄さんの目の前で、ナルガは気だるそうに提案し、夜は「はいっ」と元気よく返事をして、ぱたぱたとナルガに腕を引っ張られながら外に出る。

 

九日ぶりに外に連れ出して他のモンスターにちょっかい出される前に夜の安否を知らせて干渉させない腹心算か!…と、珍しく彼の腹の内を呼んだ兄さんは遠くからこそこそと二人の後を追う。

 

相変わらず来ない同志(※現在嫁にデレデレしてる)に舌打ちしつつ、ギアノスは新婚さんのように寄り添う二人を草葉の影から監視した。

 

 

二人はそのまま保護区の―――モンスターの形態で居ても構わない区域に行くと、傷の目立つナルガと真っ黒ふわふわの大きな兎に変わり、ぽてぽてと湖まで歩いて水浴びをし始めた。

 

「きゅー!」

「………」

 

上機嫌で水を浴びる夜に岩の上でじっとしていたナルガがその尻尾でピシャッと水をかけて虐めるのを、ギアノスさん(モンスター形態)はぎりぎり歯を鳴らしながら見ていた。

 

 

上手に泳いでナルガの尻尾にじゃれる夜を、その尻尾で沈めたり転がしたりするのほほんとした光景を嫉妬の目で見ていたギアノス兄さんは、もう耐えられんと木から身体を―――

 

 

ずしゃあああああああっ

 

 

「………」

 

 

離した、瞬間。

 

尻尾の棘が飛来し、隣の木を縫い止めていった―――ああそうだ、ギアノス兄さんはガチで殺されかかった。

 

遠目に見えた目は「今近寄ったらテメーの内臓捻りだすぞ」と言わんばかりで、ギアノス兄さんは泣きながらフルフルオネエサンの所に逃げて行った………。

 

 

 

 

『咲さーん、お魚―!』

『それもうミンチだぞ』

 

一方、そんなギアノス兄さんの存在に気付かない夜は、大きいのに何故か可愛らしい口に咥えた(ズタボロの)魚を得意気に咲に見せる。

 

咲が岩の上で―――どこか気位高げな猫のように夜を見下ろし、しょうがなくその魚を食べた。

 

『美味しいですか?』

『まあ…(味しない…)』

『えへへー』

『……(可愛い…)』

 

だいぶ咲の目つきがよろしくないが、夜はもう怯えて逃げ出す事は無い。

 

夜の中ではもう『この人の傍は絶対安全』という安心感と、『咲さん大好き』の若干調教の入った感情から、夜は自分からすり寄って甘えてくる―――第三者から見たら「恐ろしい子!」な咲におおっぴらに大好きアピールしてくるのである。

 

 

『咲さんも泳ぎましょうよー』

『……俺は泳がない』

『……(´・ω・`)』

『………察しろ』

『(´・ω・`)?』

 

 

察しきれなかった夜に背を向けて、彼はギアノス以外の外敵がいないか探し始め―――ると、夜がざばーっと湖から上がり、一生懸命水気を払ってべしゃっと咲の隣で丸くなった。

 

「…まだ濡れてんぞ」と毛先を舐めてあげる咲にくすぐったそうに頬をすりすりした夜は、

 

 

「幸せ…」

 

 

…と、何の脈絡もなく呟いた。

 

「………」

「こうして、咲さんと一緒に遊んで、面倒を見て頂いて、…ずっと、のんびり一緒にいられて」

「…幸せか…?」

「はい!」

「……」

 

耳をピンと立てて、夜は嬉しそうに返事をする。

 

咲はそろりと毛先を舐めるのを止めて、夜の身体にぼすっと自分の身体を乗せた。

 

「ねえ、咲さん。…こんな事言ったら、他の子達に怒られてしまうかも、しれないけれど…」

「……何だ?」

 

お互いがお互いにぴったりくっつきながら、こそこそと内緒話でもするように夜は続けた。

 

 

「―――私、あの時人間に捕まって、良かったと思うんです」

「……!」

「もし捕まってなかったら、私は今でも一人っきりで、……イーシェさんにも、イリスさんにも、フルフルさん、ギアノスさん………なにより、咲さんに出会えなかったでしょう?」

「……アレは、そんなのと引き換えても良いもんか?」

「私は、特に酷い目に遭ってないからかも…だけど、でも、……咲さんに会う為の代償だというのなら、引き換えてもかまいません」

「………」

「だって、私はきっと、凍土から出る事なんて無くて、出たとしても、あなたに出会えなかったかも。…出会えても、私を殺しに来たかもしれない。……他の子が、あなたの隣にいたのかも」

「………」

「異種同士の恋なんて、保護区(ココ)じゃなきゃ叶わなかったんじゃないかって、思うのです………ねえ、咲さん」

 

 

「―――咲さんが、あの研究所で、泣いてる私を宥めてくれた人。……でしょう?」

 

 

こうして、と人の姿に戻って、大きくて恐ろしい貌のナルガをの太い首に両腕を回して、抱きついた。

 

ナルガなのに石鹸の香りがするというちぐはぐさに笑って、夜はじっと見つめる―――内心焦った彼の瞳を確かに見つめて、ここ数日ずっと温めたけど、やっぱり拙い言葉を、ゆっくりと空気に乗せた。

 

 

「あの時、逃げてごめんなさい。あなたを傷つけて、ごめんなさい。…私に会いに来てくれて、忘れないでいてくれて、ありがとう。本当に…!」

 

 

ありがとうございます、と言おうとして、人に戻った咲に抱きしめられて、言えなくなった。

 

 

咲は泣いていなかったけど、涙の代わりに腕がとても熱くて、心音は切なさと喜びで複雑な音を奏でていた。

 

夜には見えない咲の顔は報われて泣き出しそうな、長い日々を振り返ったが故の苦い表情で、傷つけるかもしれないと思ってずっと黙り込んだままの言葉を吐き出した。

 

 

「―――本当は、あの時、あの場所で、そう言って…欲しかった……」

「……ごめんなさい」

「あれからずっと、覚えていた自分が悲しくて、しょうがなかった…」

「……ごめん、なさい…」

 

 

ぎゅう、と広い背中にしがみ付いて。

彼の溜まっていたものを、ただ黙って抱きとめた。

 

 

「…いっそ、お前に出会わなければ幸せだった。悔い無くこんな、惨めに生に齧りついたりしなかったのにって、何度も思った…だけど、」

「…?」

「……だけど、お前の隣に居て、…今のお前の言葉を聞いて、これで良かったんだと思える。これが、俺がどんな事をしてでも手に入れなくちゃいけない事で、間違ってなかった」

「……咲、さん…」

「俺はお前のように優しくも綺麗でもないけれど、でも―――お前の言ってる事の、半分くらいは、理解できる。……俺も」

 

「俺も、あの檻の中で、お前に出会えて良かった―――思い出して、受け止めてくれて、ありがとう」

 

 

 

 

 

 

 

――――その後のナルガとウルクの恋人(カップル)は、色んなモンスターに訝しまれつつも、二人一緒に幸せに寄り添い合った。

 

 

朝起きたら傍に居て、陽の光を二人で浴びて、一緒に手を繋いで眠って夜を越して。ずっとずっと、実験の影響で姿の変わらぬ二人は、仲良く―――

 

 

「きゅ―――――!!(´;ω; `)」

「…………、………」

 

 

……変わらず、仲は良いのだが……結ばれた日から異様に束縛をしてくるナルガに、鈍感無邪気なウルクは泣きを見る事になる。

 

今日もいつかの時のようにウルク亜種の姿で野を駆け、赤い光を置いてけぼりに自分の恋人を監き……家の奥の奥に隠して閉じ込めようと、ナルガはたったかたったかと追いかける。

 

ウルクは何となく外に顔を出しただけで怖い顔を見せたナルガの彼に怯え、全力疾走で逃げ―――やっぱりいつかの時のように、遥か上空から……。

 

 

『そこの鬼畜――――!DVしてんじゃねーぞ!!』

 

 

叫び、ここなら飛んで来れなかろうと炎を吐いたヘタレウスが居た。

 

しかしヘタレウスの予想を裏切り、ナルガはそりゃもう高く跳躍し、ヘタレウスの喉に噛みついて爪を振りおろそうとして、

 

「きゅお―――!(;`・ω・´)ノ」

 

と必死に止める恋人に、ナルガは言う事を聞いた―――ように見せかけて、がぶっと仕置きの意味も含めて痛くウルクの足を噛む。

 

ずるっずるっとウルクを監禁…じゃない、部屋でお仕置きと物教えを始めようと引っ張って連れ去ろうとする。

 

 

「きゅっ…きゅぅぅ…」とやっぱりいつかの時のように泣き出すウルクの近くで、喉から血の滲むヘタレウスが『いーしぇぇぇぇぇぇ!!』と泣き叫び―――結局はあの日と同じく、リオレイアのお姉様(ナルガに遥か上空からのキックをして登場)によって全員病院に送られた。

 

 

その後、恋人の家ではウルクの悲鳴と逃げ惑う姿が目撃されたらしいが、夜の更ける頃にはそれも無くなり―――後日、やけに艶のあるナルガが(ギアノスによって)目撃されたらしい。

 

勿論ウルクは家の奥の奥でぐったりしており、滅多に家から出る事はなくなった………。

 

 

 

 

 

一方、ヘタレウスはお姉様の胸に顔を突っ込んで出血多量で瀕死中であった。……完!

 

 






追記:

「もんすたー☆ぱにっく」編、これにて終了でございます。
次は少しの番外編で、「雪の中からこんにちは、飼い主さん!」を完結させようかと思っています…。


流れが何とも急な「もんぱに」でしたが、如何だったでしょうか?
本編よりもヤンデレ度が高め、ヘタレ度も高めの話で、正直引かれた方もいたと思います……が、私は書いててとても楽しかったのでした(笑)

ちなみに補足すると、夜が思い出したのは咲ちゃんと暮らし、咲ちゃんに魘される度に宥められる=昔と重なっって、パニックに陥る前に「絶対」の信頼のおける咲ちゃんが宥めてくれたので、結構良い形で思い出したと言いますか。

家を出なくなったのも、思い出してこれをどう伝えるべきか、ずっと考えていたという……。

夜ちゃんが「太って健康体」の件は咲ちゃんの介護の結果です。幸せ太りですな(笑)

それでは、「狼と羊」を題に出来た「もんすたー☆ぱにっく」、少しでも面白いと感じて頂けたら嬉しいです!

ご読了、ありがとうございました!


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