雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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3.好物は林檎、林檎の兎なのです

 

 

 

たん、たん、たん、たたん、たたたたたっ

 

 

「―――あ、咲お前、こんな所にいたのかよ」

「…どうした、アレがやっと出てきたのか?」

「いや、…なんだ、お前の姿が見えなかったもんだから、不安でずっと―――え、ちょっと引くなよ!?」

「だってお前の噂が…」

「違うから、本当に違うから。アレは婚約者が…浮気防止用って…!」

「おい、泣くなよ」

 

 

たん、たん、たん、……

 

 

「…………」

「なんだよ」

「…いやね、何ていうか…お前、雰囲気柔らかくなったよな」

「そうか?」

「さっきの昼飯の時にボケーと林檎を兎ちゃんにした時とかな。―――ハンター成りたての頃にリオレウスとばったり遭遇した時の衝撃が走ったわ」

「あれはいつもの癖だったんだよ…今すっげー死にたいから暫く皆の所には行かねー」

「引き籠んなよ…」

 

 

たたた、たん、たと、たん……、

 

 

「つーかあの林檎、癖だって言ってたけどさ、何?お前ン家に子供でも居んの?」

「ああ…預かってるっていうか引き取ったっていうか」

「どっちだよ」

「村長が俺に頼んで来て…孤児(?)だったのを俺が拾ったのが始まりだったんだが」

「へー、女の子?男の子?」

「女」

「おー、いーねー、……手は出すなよ?」

「出さねーよ!」

「分かってるって、冗談だってぇ。…で、どんな感じ?美人になりそう?性格とかは?」

「……多分美人…?性格が…何て言うかな、野性児にならないだけ有難いんだろうが……世間知らずだな」

「お、おお?」

「どうしても肉が食いたくないみたいで、棒っきれみたいなんだよ」

「俺ペチャ…スレンダーな子もいけるよ!」

「死ね」

「ごめん…」

 

 

たん、たん、たん、

 

 

「―――つーか、さっきから音がするけど、壊れてんじゃないだろうな…」

「大丈夫だろ」

「えー…何か聞いてて不安になるから出ようぜー?」

「俺は安心する」

「何で?」

「……あいつが跳ねてる音と、一緒だからな」

 

 

たん、たん、たん、

 

たん、たん、たん、たたた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――一年半、かぁ…」

「…?どうかしましたか?」

「いやさ、時間ってこう…早く過ぎていくものだなって」

「私は…昔は、長いものだと思っていました」

「そうか?」

「はい。特に―――待っているというのは…長いのです」

「待つって…咲は人を待たせない方だと思うんだけど…」

「ああ、兎だった頃のお話です。……友達と遊んでいた時間はとても短く感じるのに、ふと一人で蹲っていると―――真っ白な雪の中は、一人で過ごすには寂しすぎます…」

「そう…だな」

「でも、だからこそ誰かと過ごす雪の中はとても楽しいのかもしれません!それに今なんて飼い主さんとずっとずっと一緒ですし、毎日が新鮮で……時々長く感じるけれど、短くも感じるようになりましたよ」

「そうだな―――」

 

「きっと、誰かと騒いで、触れあう時間は、楽しいんだ……」

「――――でも、お爺さんは楽しくなさそうです」

 

 

 

此処は渓流、タケノコが生えている長閑な所。

 

スウィーツさんが採掘を止めて休んでいる隣で、私は採ったばかりのタケノコをポーチの中に詰め込んでいました。

 

私が声を潜めて呟いたのにスウィーツさんが呆れた視線を向けた先で、チェダーさんはお爺さんの服の胸元を掴んで怒鳴っていました。

 

 

「――――まさか、これだけって訳じゃあ無いでしょうねぇ、ああん?」

「いや、流石にこれ以上は……儂だって生活かかってんじゃあっ!」

「知るかぁぁ!!か弱い乙女にセクハラしといてタダで帰れると思うなよッさっさと出すモン出せや!」

「ちょっと尻を鷲掴んだだけだろうが!!」

「不快なんだよ、棺桶に頭突っ込んだような爺に触られて怒らない女がいるわけねーだろ、ばぁぁかっ!」

「てめ、ハゲは言うなっつってんだろ!……あ、すいません、首締めないで。痛い、痛いよ、お爺ちゃん死んじゃうぅぅ…!」

「もういっそ殺してやろうか、モンスターの巣に放り込んでやろうか……!」

 

 

ギギギ、と口の端から涎を垂らしながら首をブンブン振るお爺さん。目が笑っていないチェダーさん。

 

んーと、確か陽がまだ真中に行く前の事でしょうか―――お爺さんがチェダーさんが猫を弄繰り回していた所を狙って綺麗な装備の下に潜り込んでやらかしたのです。あと

私の胸にも抱きついてきました―――…私としても不快だと思いますが、もうそこまでにしてあげればいいのではないかと思います…。

 

スウィーツさんの双剣でお爺さんの少ない頭髪を剃っただけで十分大ダメージだと思うのです、そのあとにローキックも入れてましたしね。

 

 

ですがチェダーさんはこの通り怒りが収まらないご様子で、普段の穏やかな声も言葉遣いも荒々しいのです。スウィーツさんは見ないふりをして採掘した物をポーチに入れていましたが。

 

 

「………おい、チェダーももういい加減にしとけって」

「はあ!?」

「に、兄ちゃん…懐が深い「死んだら隠蔽するのめんどくさいだろ」…えっ」

「そういや、確かチェダー…碧玉と逆鱗が無いって言ってたよな――――…それ、出せよ」

「……えっ?」

「ああ、それいいねぇ……夜ちゃーん、爺さんの荷物を開けてくれるー?」

「あのっ、飼い主さんが他人の荷物は漁っちゃいけないって…」

「大丈夫大丈夫、爺さんの代わりに出すだけだから、漁るわけじゃないよー?」

「そう…ですか。了解しました」

 

 

そういえば私も飼い主さんの代わりに飼い主さんのポーチから道具を出していましたしね、お爺さんの代わりに渡すだけですもの。……ちぇ、チェダーさんが怖いから飼い主さんに言われた事に背くわけじゃないですよ!

 

 

「んん…っと、これは火打石で、強走薬……これは?」

「あっ!それ――――それは駄目ぇぇぶぶふっ!!」

「ちょっと黙っててよー…それは迅竜の骨髄だねぇ。夜ちゃん、それこっちに渡してくれるー?爺さんが詫びにくれるらしいから」

「ふがもももっ」

「あの、逆鱗しか…なくて…」

「もー、夜ちゃんったら泣きそうな顔してー…大丈夫、夜ちゃんは悪くないよ?」

「泣き、顔もそそるのう…いだだだだだだっ!!」

「テメーは黙ってろよ、老いぼれがぁぁぁ!!」

 

 

下手な事をしたらこっちに怒りの火の粉が飛んできそうです…くすんと鼻を鳴らす私の頭をぽんぽんと撫でて、スウィーツさんはお爺さんの荷物の奥の奥(…が、あったんですね…)に手を突っ込みました。

 

 

「あったぞ碧玉」

「流っ石スウィーツ!代わりに石ころでも入れてやんなっ」

「あ、ここにも……合わせて三つか――――時化《シケ》てるわー」

「お…お前ら…それでもハンターか!?」

「ああん?ハントしてんだろーが」

「これはタカりじゃろうが!!」

「……いいか、夜。やられたらやり返す、またやらかそうなんて考えないくらいに絞り盗るのがハンターだ。太く逞しく生きるんだぞ」

「は、い…?」

 

 

肩に手を置き、いつもと変わらぬ顔のスウィーツさん。……私の中のスウィーツさんがどんどん変わっていきます…。

 

それでもやり過ぎじゃないかとチラチラ見ていたら、「夜もセクハラの被害に遭ったんだ、気にする事は無いし許すな」と。きっと咲もそう言うだろうと言われて、やっとこくりと頷きました。

 

 

「―――そらっ、とっとと失せな!」

「このッ……盗人が!極悪犯罪者が!!」

 

 

ぺいっと放した…いや、投げたチェダーさんにそう吐き捨てて、お爺さんはスウィーツさんが投げ渡した荷物を抱えて転ぶように逃げ去りました。

 

小さくなる背を鼻で笑ったチェダーさんはくるりと振り向くと、溜息を吐いてスウィーツさんの隣に腰掛けました。

 

 

「まったく。いい歳こいて色惚けとか勘弁して欲しいよ」

「人恋しかったのでしょうかねぇ」

「…夜ちゃんはもっと警戒心持たないとね。恋人でもない異性に胸を触られるなんて重罪だから。極刑だから」

「え―――でも、チェダーさんはスウィーツさんの胸…」

「あ、ああああああれは…!こいつが痴女だから…!!」

「私はスウィーツ限定の痴女だから。…何かスウィーツの顔見ると胸揉みたくなるんだよね…」

「女顔って言いたいのかよ!?」

 

 

怒鳴るスウィーツさんの唇に強走薬の瓶を当てて、「私、君の綺麗な顔が大好きだよ」と悪戯っ子のような笑みを浮かべました。

 

それにそっぽ向くスウィーツさんにこっそり笑ったチェダーさん。何故か迅竜の骨髄を私に持たせるのに、こてんと首を傾げました。

 

 

「夜ちゃんも被害者だからね。私が逆鱗と碧玉三つ、夜ちゃんに骨髄と火打石、一緒にとっちめてくれたスウィーツには強走薬…と私から、蜂蜜」

「あ、じゃあ私は…ペイントボールと投げナイフを」

「ちょwwペイントwwボールww」

「……ちょうどペイントボール無かったから、有難いよ…!」

「スウィーツが叩いたー!」

「うっせー!蜂蜜投げられないだけ有難いと思えよな!」

「―――あ、蜂さんが…」

「……え?ちょ、蜂蜜の中に蜂が5,6匹沈んでる!?」

「栄養たっぷりで良かったじゃん」

「良くねーよ!お前俺が虫嫌いなの知ってて――――…あ?何だ、あれ?」

 

 

蜂蜜をしっかり握ったまま、スウィーツさんは向こうへと指をさしました。

 

見れば何とも無いのですが、……一分経った頃でしょうか、何かが光っています。

 

 

「ジンオウガかねぇ」

「…どうするよ」

「下級ですが―――…その、私…武器が…」

「上級ハンター二名とはいえ、ジンオウガ向きの武器じゃないし…てかアオアシラしか出ない筈なんだけど」

「狩り場が不安定だとも言われてないしな…。ここは一旦引くか?狩ることもないだろう」

「村に来なければ別に良いんだけどねぇ」

「報告だけしておくのはどうでしょうか?」

「そうしようか。じゃ、今日は帰りましょっと」

 

 

 

―――――そうして、私達三人は仲良く家路についたのです。

 

 

 

 

報告を終え、付き合ってくれた事の礼を言い―――それから、私は家の掃除をしてくれた猫達をもふもふして、飼い主さんが干して行ったのだろう洗濯物を取り込んで畳み終わった後、びくびくしながらじゃが芋のスープを作っていました。

 

スープなら後で温めるだけですし、他の料理は飼い主さんが来てから猫達が作ってくれるそう。私はコトコトと煮込む鍋を背に、ゆっくりゆっくり林檎を剥いていました。

 

 

 

―――この一年半で、私はこれだけの家事が出来るようになったのです!

 

 

今でも(兎時代の名残か)火が怖いのですが、料理に使う火ぐらいならば手を出せます。これも飼い主さんが狩りに行ってる最中、キャンプの火の面倒を見続けた成果ですね。

 

包丁は見よう見まね、猫達の指導に基づいてなのですが―――飼い主さんのような林檎の兎にならないのです。さっきの子なんて耳が半分折れてしまいましたし。

 

「…、……痛っ」

 

………しかも、手までざっくり……飼い主さん、早く帰って来ないかな……。

 

 

慌ててすっ飛んできてくれた猫さんに薬を塗ってもらいながら、変な兎を齧っては、ちらちらと扉に目をやります。

 

 

 

――――今はまだ夕暮れ。飼い主さんが帰って来るまでには時間がたっぷりあります。

 

だけど……もしかしたら、早く帰って来てくるんじゃないかって、期待してしまう。

そんな私の視線の先、急にノックの音が!

 

私は包帯を持った猫を背に、急いで扉に駆け寄りました――――、

 

 

「あの、スウィーツなんだけど」

「チェダーさんもいるよー!」

 

 

……思わず、(´;ω; `)な顔で扉を開けてしまい、お二人に心配されました……。

 

 

 

「ありゃりゃ、夜ちゃんざっくりやったねー?」

「林檎を剥いていたら……情けないです」

「いや、ここまで剥けたんなら大したもんだわ……で、これよかったら、お裾分け」

「わっ申し訳ないです!」

「いーのいーの。スウィーツは多く作っちゃう子だからね。それに今日は咲ちゃんも遅いし……夕飯食べた?」

「はい、林檎を」

「……林檎を?」

「林檎を」

 

 

好物なのです、と言えば、お二人共すごく渋い顔をして見つめ合ってます。本当に仲の良い二人ですよね…。………飼い主さん…(´;ω; `)

 

 

「あの……俺、何か作ろうか?」

「いえいえ、大丈夫です、飼い主さんが作った残りもありますし…」

「ああ、それ?鍋が二つあるの」

「ええ、右のがさっき私が作った…」

「「作った!?」」

「はい…じゃが芋のミルクスープ…」

「………え、どうしよう。私この子より年上なのに…作れない」

「お前は作ると毒にしかなんないもんな…」

「目玉焼きは作れるよ!」

 

 

ああ、そうかよと何とも言えない顔のスウィーツさん…チェダーさんの手料理、食べた事あるんでしょうか?

 

―――ふと、仲良くじゃれ合う二人を見ていて……だんだん、なんだか悲しくて、小さく「くすん」と鼻を鳴らしてしまいました。

 

少し俯いていると、チェダーさんの「じゃじゃじゃじゃーん!」という声と共に綺麗に布に包まれていた箱が開いて、スウィーツさんが作ってくれたお裾分けを見せてくれました。

 

 

「綺麗なお菓子…!」

「あ、ああ、得意だし…」

「夜ちゃん、この菓子は他のと違って異様に甘いから、食べる時は咲ちゃんにやるんだよ」

「おま…何言って…何で分かんの!?」

「摘まみ食いしたから」

「だから一個足りなかったのか…って無断で食うな!」

「ちゃんと『ごっつぁん』って言ったじゃん」

「ごっつぁん…?」

「ああ、『御馳走様』ってこと」

「夜は絶対使うなよ、使った日には俺らにとばっちりが来る……ってテーブルに座るんじゃありませんっ、行儀の悪い…!」

 

 

そう言ってチェダーさんの為にスウィーツさんが椅子を引いてあげると、またも扉が―――今度は激しく―――叩かれました。

 

 

「ハンターさんっハンターさん!大変、ジンオウガが――――!!」

 

 

 

思わず固まった私とスウィーツさんに背を向けて、チェダーさんが素早く扉に手をかけました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おっしゃー!獲ったどー!!」

「うっせぇ。叫ぶな」

「えー、だって折角の勝利の余韻が……え、何処行くの?」

「暑いから帰る。用もないし」

「え、ちょ、待って、俺を一人にしないでぇぇぇ!!」

 

 

「――――ふぅ、やっと帰れるな…」

「なあなあ、咲はこっちに泊まんねーの?今から帰るとか疲れんだろ」

「別に。今回はジャックが出張ってきてくれたから負担もそんなに無かったしな」

「……なあなあ、俺と一緒に褐色の美女と…」

「婚約者はどうした」

「ちげーって!此処にな、褐色の美人歌姫が居るんだってー!俺の婚約者はキャワイイけど、偶には違う女の子も見たいのが男だろー?手を出すのは流石にアカンけど、見る分には別に良いじゃん!」

「お前……だから婚約者にホモの噂流されるんだよ……」

「あいつも分かってね―な。俺はシェリー一筋なのにさー?俺は本命以外は見ておくだけにしときたい派なの!」

「いや、お前はヘタレなだけだろ」

「ちーがーいーまーすー……って、咲、お前またそっち行くの?」

「……他の奴と会いたくないんだよ」

「もう誰も兎ちゃん事件の事は言わないってぇー!一部のハンターからは『意外過ぎて可愛い!』とか言われてんだぞ、お前」

「……?女のハンターなんか乗ってたか?」

「あ、いいや、『そっちの』ハンターさんが……」

「俺絶対この部屋から出ない。…じゃあな。お前も噂が本当にならないように気をつけろよ」

「え、ちょ、ちょ!待って、俺も!俺もご一緒させて下さいぃぃぃ!!」

 

 

 

 

 

寂しいのはお互い様なハンターさん×ずっと飼い主さんしか考えてない兎ちゃん×セクハラだけは許せない(ここだけピュアな)ハンターさん×セクハラに怒ったけど彼女のキレ方に引いたハンターさん

 

 

 






補足:

チェダーさんは上級ハンターだけど貧血になりやすくて砂漠にはいけない設定。凍土も同じく苦手だけどなんとか大丈夫。
料理できないのは猫任せ、後輩(=スウィーツ)が色々持って来てくれるから。ていうか本人がやる気出して調理しようとすると誰かが止める。普段料理しろって言うくせに何故か止める。

スウィーツと咲はキャラが似てる感じがするけども、スウィーツはツンとしてても照れたり笑ったりするけど、咲はなんか寡黙。溜息と眉間にしわを寄せるのがデフォ。でも内心可愛くてふわふわしたものが好き。

年齢は特に決めてないけど、チェダーさんは咲と同い年か一二個下。スウィーツはチェダーさんとは三歳下。兎さんはこの中で一番若い。

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