雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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※ほのぼのタグ詐欺、発動!





女々しい男の子は好きですか?

 

 

――――キスして、逃げた。

 

 

唇が震えて何かを告げる前に、俺は道具を手に何も言わずに逃げたのだ。

 

 

「……っく、……ぅ……」

 

 

一目散に逃げて、猫達の声も無視して布団に潜って、女みたいに丸まって泣いた。

 

当然チェダーの家には行けないし、チェダーも俺の家には来ない―――そりゃ、そうだよな。

 

 

(目ぇ、痛い……)

 

 

…なんかもう、冷やすのも面倒くさい。だけど喉も乾いたし……しょうがないか、と布団からもぞもぞ這い出て、俺は髪もぐしゃぐしゃに部屋を出た。

 

居間に顔を出せば、俺の世話をしてくれる猫達が静かに水の張った桶と手拭いを渡してくれて、無言で目に当てる。

 

「お飲物です」と冷水を渡されて、俺は椅子にもたれてゆっくり飲み干した。

 

 

(……何も、言ってないのにな)

 

 

さしずめ、チェダーにとって俺は、この猫達と一緒だ。自分の生活を楽にする為に在る―――ただ違うのが、猫とは金の契約で繋がっているが、俺とアイツの間には契約も何も無いことか。

 

 

でも……全てが滅茶苦茶になってから思うと、あのまま我慢してずっと尽くしてた方が、幸せだったかもしれない。

 

俺は咲のように優遇されなかったが、チェダーの隣では……いられたのだし。

 

 

だけど、だけど、と、何遍でも繰り返す分、俺はやっぱりチェダーが好きなんだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……俺って、本当に、馬鹿…」

 

 

―――しかも、馬鹿を越えた大馬鹿だ。……泣きながら、刺繍に手をつけてるんだからな。

 

そのせいで生地は染みが広がってるし、俺の指は絆創膏だらけだし、お腹は空いたし―――それでもひたすら、甘い色をした糸を手繰り続けている。……どう見ても、異常な男だ。

 

いや…………むしろ、なんて情けない、男なんだろう。

 

 

贈り物でもして、少しでも御機嫌を窺って、元に戻ろうだなんて。真っ向勝負すら出来ない。向こうが折れるのを待つ事さえ出来やしない。

元の鞘に戻る為に必死なくせに、自分から折れる事が、チェダーが会いに来てくれない事が、とてもとても悔しくて。

 

 

いつか渡せなかったハンカチを、もう一度縫い直しては思い出し泣きしてるんだ。まったく女々しいにも程があるだろう。

 

 

「………あ、」

 

 

 

お気に入りだったあの糸が、もう無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハンカチを作り直さなきゃ、良かった。

 

 

外に出たら隣人や村長に「どうした?」とか「喧嘩したの?」と聞かれる。―――まったく、うざったいったらありゃしない。どっかに消えればいいのに。

 

 

「チェダーさん、緊急クエストに行かれましたの」

「そうですか」

「………」

 

 

……そんな目で見るなよ。

 

俺だって一体何の緊急クエストだろうって、気になるし、不安だよ。

だけどその胸の内を悟られたくない―――何より、俺を放っといてクエストに、ハンターとしての責務を選んだ事が許せなかった。

 

 

俺は足早に村長の元から去り、隣の村に足を運んで、目当ての糸と他のよりは高いビーズを買って、帰りはとぼとぼと家に戻った。

 

 

そしたら村は慌ただしくて。一瞬咲達が帰って来たのかと、呑気に思ってたんだ。

 

 

 

 

「大変だ!チェダーさんが意識不明の重傷だって――――」

 

 

サァ――っと、身体の芯が冷えた音を、初めて聞いた。

 

 

俺はふらふらとギルドに向かい、一週間も手付かずの、緊急クエストの紙を見る。

 

クエストはその危険度から指定付きだった―――【最低二人以上】の。

 

 

書かれた紙には旅で暫く留まると言っていた男と、チェダーの、

 

 

――――……ああ、初めてチェダーの名前を知った。

 

 

【×××村の危機を救え! ×××村にて家畜から村民までも喰らう巨大なモンスターが…村の医療施設は怪我人と助けを求めに来た村民で溢れ、モンスターが今か今かと………】

 

 

クエスト完了の判子が押されていないその用紙を剥ぎ取って、俺は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――――俺は、最低だ。

 

モンスターの被害で傷ついた人や家族を亡くした人達なんてどうでもよくて、衛生状態の良くない病院をただただ駆け回って銀髪の彼女を探しているんだ。

 

ボロボロ泣きながら遺体を弔う人達を見ては心臓が痛いが、傷一つ無いハンターを見て希望溢れる眼差しを向けられても、俺の脚は止まることなど無く――――、

 

 

 

(――――いないだなんて、認めるものか……ッ)

 

 

……チェダーはガンナーだというのに接近して撃つし、アクロバティック過ぎてハラハラする戦い方をするが、馬鹿じゃない。アイツの狙いが逸れた事なんて無いし、直感の良さも知ってる。

 

だから、絶対。絶対、ありえないんだ。

 

 

「おお、ハンター様!わざわざ来て頂いてありがとうございます―――もはや我らの病院も限界が……」

「――――チェダーは?」

「はっ?」

 

 

どっぷりと疲れた様子の医者に、縋る声も無視して聞いた。……こんな事を聞いてるべきじゃない事も、分かっていたのだけど。

 

 

「ええっと、お仲間のハンター様、ですか?」

「ああ。二人組の、ユクモ村から派遣されたハンターだ!」

「あ…っと、その、今だ情報が滅茶苦茶で……信憑性が、」

「何でもいいから話せよッ」

「………ここに、来られたハンターは、全滅したと、聞きました」

「――――…」

 

 

気付けば、俺は医者を置いて、病院を飛び出した。

 

 

遺体を埋め、その上に印された簡易の墓標を見て回った。――――無い。

 

 

……俺は少しの希望を抱いて、遺体に土をかける無口そうな大男に声をかけた。

 

 

「すまない、……あの、仲間のハンターが亡くなったと聞いて……もう、埋めてしまっただろうか?」

「………ああ、埋めたが」

「その……中に、女は?」

「………………居た…と、思う。…身体が喰われて、判別が難しくてな。正直……」

「……あの………その、…遺体の中に……銀髪、の、人は?」

「…………」

 

 

 

皺を寄せて、男は、口をもごもごとさせて。

 

 

 

 

 

「――――――居たよ。…俺が、埋めた」

 

 

 

 

 

 

ぷっつり音を立てて、世界が色を失くした。

 


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