雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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16.だから、私と一緒にいてくれますか?

 

 

「―――あら、豊受さん。綺麗な花束ですね」

「ああ、珍しくアイツが好きな花だったんでね。飾ってやれば少しは……って」

「そうですか……ああ、此処は寒いでしょう?中でお茶は如何です?」

「いや――待たせるのもこの花が可哀想だからね。さっさと送り届けとかないと」

 

 

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

―――――――

 

 

(……あたま、いたい……)

 

 

真っ暗な世界から頭痛に苛々しながら飛び出せば、真っ白な天井が視界いっぱいに広がっていた。

 

 

「……お。咲ったらもう起きたの?」

「とよ…うけ…」

「医者が言うにはまだまだ起きませんよって言われたんだけどねぇ……なんつーの?流石だわ」

 

 

空色の花を花瓶に移して、豊受は違和感の残る笑みを浮かべながら少し痛んだ椅子に座る。

 

確かに隣にいるのに、とても遠い所にいるような―――そんな違和感が、二人の間にもやもやと漂っていた。

 

 

「……気分はどーよ?」

「頭痛い」

「そんぐらいで済んで良かったねー」

「気持ちが籠ってねーぞ」

「………」

「………」

 

 

―――お互い、触れてはいけないものに触れる勇気を出しきれなくて、空元気な会話だけが部屋に満ちる。

 

咲の口は勝手に動いても目だけは死んでて、…けれど微かに。微かに、豊受に期待している。

 

一方期待された豊受は息を吸って、口から言葉にならない音を漏らし、また息を吸って―――それを何度か繰り返した後、自分の手を見つめて、話を切り出した。

 

 

「咲。あのな、お前が山に行ってからしばらく―――あんまりにも雷が酷くて、俺がお前を探しに、行ったら、……フルフルとキリンが、暴れてて……」

「………」

「お前は…左腕と右頬、足と……結構、重傷で。近づこうとしたらな?その……」

「………兎が、いたのか?」

「―――ん…」

 

 

どんよりと咲の瞳が濁り、包帯を巻いた手に爪が食い込む。

豊受は見てられないと思ったのか、咲に背を向けて、カーテンの皺をなぞりながら、続けた。

 

 

「お前の傍で、雷から守るように、吹雪から守るように、…寄り添う、ように……兎、が」

「…………もう、いい…」

「辺りが血だらけで、でも、安らかそうに……」

「……もういい…ッ」

「俺が来たのに気付いて、よろよろしながら身を引いて、」

「―――もういいって言ってんだろ!?」

 

 

手元の枕を豊受の背中に叩きつけ、息の荒かった咲はそのまま―――ずるずると背から落ちて、シーツに顔を隠して熱い涙をぼたぼたと落とした。

 

何とか泣き声を消そうとして、結局殺しきれないまま、咲は泣く。ひたすら泣く。…ただ、泣く。

 

 

「"夜"ちゃん、しばらくは意識があったんだ……俺がもっと早く…―――ああ畜生ッ!!」

「…、……ッ…」

「あの時、お前一人を山にやらなけりゃ―――俺が…っ…俺……」

「……今更、だろ……お前は何も悪くない」

「……そんなわけ、無いだろ!?俺はっお前を、」

「お前は悪くない。俺が……俺が、悪いんだ…俺が……」

 

 

嗚咽は「夜」に変わって、止まらない涙を見られたくなくて、咲は布団を引っ張って顔を隠す。

 

熱い瞼を閉じれば、長いような短いような夜との思い出が、くるくると万華鏡のように、輝いた。

 

 

(もっと、恥ずかしがらずにたくさん、『夜』って呼んでやればよかった)

 

(もっと甘やかして、優しくしてやればよかった)

 

(あの日、突き飛ばさずに、抱きしめてやればよかった――――!)

 

 

 

「咲……」

「…ん、だよ……っ…布団、引っ張んな…!」

「まだ治ってないんだ。身体に悪い格好してんな」

「うるさい…うるさい!どっか行け!!」

 

 

布団をきつく抱きしめて怒鳴れば、豊受は鼻を啜る音と一緒に「分かった」と言うと、枕をベッドの端に置いて、しゃーっと仕切りのカーテンを捲って去る。

 

 

 

―――咲は豊受が帰った事にほっとするの半分、……とても、寂しくなった。

 

 

(くそ。……ちくしょう……)

 

(夜は、もう何処にも、いないのに……)

 

(こんなに、眠い……―――ああ、でも。)

 

 

 

(………寝たら、夜に会えるかも、しれない…)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――――…飼い主、さん」

(…ああ、本当に夢の中で会えた……)

「あなたの上からこんにちは、ですよ?」

(上って何だよ。天国か?)

「ねえねえ。お元気ですかー?ねえねえ……」

(元気なわけ、ないだろ……馬鹿)

「……ふふ、これやるの、久しぶりです」

(……ああ、久し振りだよ。お前のその、羽で撫でるような笑い声、聞くの……)

「飼い主さん、……早く、怪我治して下さいね……」

(―――…え。もう、行っちゃうのかよ……!?)

 

 

 

 

 

「夜!?」

 

――――勢いよく跳ね起きても、夜の姿は見えなかった。

 

希望が今度こそどっかに行って、絶望だけが咲の傍にあった。……幼い頃から、そうだった。

 

 

「……っ……もう、嫌、だ……!」

 

 

自立し始めた頃にはもう言わなくなった言葉を、大人になって何年も経った今、久し振りに吐き出した。

 

吐き出した―――それでも、心の濁った底は吐き出される事はきっと、もう、無いのだろう。

 

 

(夜とこれからずっと、一緒に生きたかった…)

 

そして、夜に掬い上げて欲しかった。夜に、温めた胸の内を伝えたかった。

 

やっと再会した時にはもう、勝手にこれから先の将来を思い描いてた。夜が気持ちに応えてくれなくても、閉じ込めて繋ぎ止めてしまおうと決めていた。

 

―――なのに、その彼女はもう、繋ぎ止める事など出来ない世界へ、旅立ってしまった……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…………ん?

 

 

 

(なんか…腰回り、むにゅって……!?)

 

 

 

「―――んん、お肉はイヤなのれす……」

「………」

「葉っぱー」

「……………」

「…兎、美味しいれふ…ふふふふふふぁ!?」

「………」

「いひゃいっいひゃいれふ!ほっぺ、引っ張っちゃイヤでふ」

 

 

 

―――――…ん?

 

 

思わず幽霊の頬を抓ってしまった―――咲の隣でふにゃふにゃと寝言を言う、彼女のぷっくりとした頬を。

 

妄想でも幻想でもなく、"夜"は、確かに指の先から、

 

 

「……、」

「む?」

「夜――――!!」

 

 

きっと、隣室まで届いただろう。

大声で夜の名前を呼び、夜の細い身体を抱きしめ、少し伸びた夜の髪の毛に顔を埋め、……温かいその身体に縋りついた。

 

夜は嬉しそうに頬を擦り寄せて、腕に抱きついて幸せそうにゴロゴロしている。……そんな所だけが、兎の頃と変わらない。

 

 

―――夜の首筋に咲の涙が転がったせいで、くすぐったそうに笑う夜がベッドから落ちないように抱き上げると、咲は改めて彼女の姿を見つめた。

 

自分の紺色の寝巻きと違い、薄桃の寝巻きからあちこち包帯だらけ。唇も少し切れていたし、記憶の頃よりも確かに細くなってしまった。

 

だけど笑顔だけは記憶と同じ、ふにゃっと気の抜けた、赤子のように純粋な微笑みだった。

 

 

「飼い主、さん。……咲さん」

 

 

やたら優しい声で、嬉しそうに目の前で呆然としている男に照れたように名を呼んで、夜はスッと咲に近寄った。

 

 

「………あのね、」

 

 

そう言ったくせに、彼女は続きを語らず、黙って彼の――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それから、とってもとっても大変だったのです!

 

 

隣の部屋で待機していた豊受さんがクラッカー片手に「おwwめwwwでwとwwwwうwwwwww」とケラケラと涙を零しながら笑って、種明かしをしたのです。

 

要約すると、

 

・瀕死の私が人間に変わり、怪我の事もあって気絶してしまった事。

・咲さんを放っておいて、私の応急処置に全力を注ぎ、予定が狂って咲さんの分のホットドリンクが無くなってしまった事(その頭痛は風邪からきてるのでお大事に、とバフ●リンを手渡しました)。

・無茶すんなって言ったのに無茶して、私の事も黙っていた咲さんにお仕置きしようと、私をまるで死んだようにはぐらかした事。

・私は咲さんの隣のベッドで、カーテン越しに話を聞きながらゴロゴロしてお触り禁止令が解けるのを待ってた事。

・途中で演技がノっちゃって、信じきった咲さんが自殺しないように豊受さんが隣室で待機。私はその際に咲さんのベッドの端に座ってた事。

・起こしたけど起きなくて、そのまま隣で丸まって寝てた事。

・寝惚けた咲さんが泣きながら私に布団をかけて、一緒に仲良く寝てた事。

 

 

咲さんはバフ●リンを豊受さんの顔に叩きつけ、合間合間に罵声を吐きながらも、私をきつくぎゅっと抱きしめてくれました。

 

もう嫌がられない事が嬉しくて、私は咲さんにすりすり頬っぺたにむちゅーと口付けては猫のように甘えてみるのです。

 

 

「―――だーかーら、俺は『死んだ』なんてハッキリ言って無いじゃん?早とちりした君がいけないとは思わんかね?」

「……なるほど、それがお前の返答か。……いいぜ。殺ろうか?」

「待って!…あの、ほら、もう少し夜ちゃんとイチャついてなよ!せっかく再会出来たんだし!」

「……夜、ごめんな、少し昼寝しててくれないか?」

「らめぇぇぇぇ!夜ちゃん寝ないでぇぇぇ!!」

「…あの…、咲さん、動かれると怪我がまた…」

「ナイス夜ちゃーん!―――ほらほら、怪我が悪化しますよ~ww」

「……………おい」

「へ?」

「いつまで、夜の肩に手ぇ乗せてんだ――――ッ!」

 

 

殴りました。

 

咲さんは思いっきり、豊受さんに溜まった怒りを吐き出すように殴り、「あの時、『俺は悪くない』って言ってくれたじゃない!」「これとそれとは別だッ歯ァ食いしばれぇぇぇ!!」と言い合いながらお互い殴り合って……あ、あの、咲さん、お怪我が……(´;ω; `)

 

 

誰か人を呼ぶにも、私、足も怪我してて……あっ咲さん凄いです!怪我してるのに寝技が完璧に決まってます!

 

思わず「咲さん格好良いですっ」と身を乗り出したら、飼い主さんの腕が急に緩んで―――その隙を突かれて、豊受さんの肘鉄をもろに……お二人共、怪我のこと覚えてますよね!?

 

 

 

 

 

………その後、大人六人に止められたお二人は、仲良く説教をされた後、咲さんは入院が延長してしまう事になりました……。

 

私と同じ日に退院出来るようですが…んん、一緒に入院を喜ぶべきなのでしょうか、怒るべきなのでしょうか…。

 

 

「―――夜、何か食うか?」

「さっき食べました……」

「……夜、アレは食べたとかじゃないからな。点滴は点滴だから」

 

 

保護された時に比べて、私はだいぶ落ち着いてきたのですが―――貧血になりやすく、あの管をぐさっとするのをよくされます…。

 

嫌いな時間ですが、咲さんが傍で私を甘やかしてくれるので、ちょっとだけ好きな時間でもあります………ぐさっと刺されるの怖いですけど。

 

 

「林檎の兎を作ってやろう。そこの林檎、とってくれ」

「はーい」

「ん……おい、見えねーんだけど」

 

 

咲さんの胸にもたれて、すりすりとすり寄れば「手には触るなよ」と言うだけで突き離して来ない事が、とても嬉しくて。滑らかに皮を剥く手がとても懐かしい。

 

私はその手が永遠に欲しくて、そっと包丁を握る手を包んでみるのです。

 

 

「夜?」

「………」

「どうした?」

「…………あの、ですね、咲さん」

「ん?」

「あの……わっわた、私、」

「…」

 

 

恥ずかしくて、怖くて、咲さんの胸に顔を埋めて、……うう、今すっごく、フルフルさんに会いたいのです…。

 

でも。でも―――ここは私が勇気を出さないと!駄目兎になってしまいます!

 

 

「さ、咲さん!あのっあの……」

「うん」

「わ、私と、ずっと……」

「ずっと?」

「…ずっと。一緒に………いても、いいですか?」

 

 

最後なんてごにょごにょと、不安いっぱいで聞いてみたのです。

そしたら―――咲さんの胸にしがみついていたら、トントンと肩を叩かれて。引き離されるんだと、思わず泣きそうになった顔に、林檎の兎さんが突っ込まれました。

 

 

「お前なぁ、人にキスして『愛してます』とまで言っておいて、……まったく、焦っただろうが」

「焦る……?」

「お前が――…いや、とにかくだ。どれもこれも俺から言いだしたかったんだが……」

 

 

私の口に突っ込まれた林檎をしゃりっと半分、食べて。

 

僅かに触れた唇が、何故かとても、とても熱かったのです。

 

 

「俺と。死んでも一緒にいてくれ」

 

 

嬉しくて微笑んだら、咲さんは一瞬ハッとして―――でも、とても嬉しそうな顔で、私をしっかりと抱きしめてくれたのです。

 

 

「……ふふっ」

「…どうした?」

「いえ……やっと、帰って来れたって思ったら…嬉しくて」

「そうだな―――」

 

 

 

「おかえり、夜」

「ただいまです、咲さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

彼女の笑顔を見るに、きっとこれはハッピーエンドなのです。

 

 




これにて本編は終了、最後までお付き合いありがとうございました。

次からは番外編が始まります…。

※挿絵機能がつきましたので、過去載せていた絵を置いていきます。
私自身の(昔の)絵ですので、読者様のイメージに合わないことがあります。








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