雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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13.凍土育ちなので寒さには強いです

 

 

 

――――目の前が滲んでよく見えない。もう何十年ぶりに聞いたかのような懐かしい声は、理解出来ない。

 

でも、首を抱きしめるこの腕の熱さだけは、確かに感じる事ができました。

 

 

『飼い主、さぁん…っ』

 

 

フルフルさんが急いで私に知らせてくれなかったら、私はまだあなたに出会う事が出来なかったかもしれない。

 

そう思うと、あの岩の陰でこちらを覗いてるフルフルさんに感謝しきれなくて…。

 

 

『…飼い、主…さん……』

 

 

色々言いたい言葉があったのに。私、何を言えばいいのか……分からなくなってしまいました。

 

ううん、もう言葉なんてどうでもいいような気がする。今は、ただ。

 

 

『もっとギュッとして、ほしいです…』

 

 

あの雷の夜、寝付けない私が眠るまで、あやしてくれたように。

 

ギュッと、もう何処にも行かないように。

 

 

(あっ)

 

飼い主さんは私の甘えた声に察してくれたのか、きつくきつく抱きしめて、雪まみれの毛をぎこちなく梳いてくれました。

 

何だかそれが、言葉を理解できなくても私達は変わらないのだと、不器用に教えてくれた気がします……。

 

 

『かいぬし、さぁん…っ…やっと、会えた……!』

 

 

ぼろぼろと零れる大粒の涙が飼い主さんの頬に当たって雪の中に転がっても、飼い主さんは放さずに何かを囁いてくれました。

 

対して私はだんだんと現れてきた吹雪から飼い主さんをもふもふの黒毛の中に隠して、小さな身体が凍ってしまわないように防ぐぐらいしかしてないのに、飼い主さんはとても嬉しそうで、私の頭を撫でてくれました。

 

 

―――そうしてぴったりと身を寄せ合っていると、フルフルさんが私に手頃な棒を放り投げます。

 

始めはその意味が分からなかった私ですが、フルフルさんの意図を察した時、急いで棒を慎重に口に咥え、飼い主さんの上から退きました。

 

 

【飼い主 さ  ん】

 

 

ゆっくりゆっくり、初めての試みなので文字がガタガタでしたが―――飼い主さんは私の文字が解読出来たようで、ハッとした表情で私を見上げます。

 

 

【わざわざ こんな  所まで ごめ んなさい】

 

 

飼い主さんは私の文字に首を振ると、棒の枝分かれした所を折って、飼い主さんからしたら大きい文字で返答しました。

 

 

【あんなことして、ごめん】

 

 

飼い主さんは焦るように書き終ると、少ししてから覗きこむ私の額に口付けました。

 

………昔、寝る前に私がぐずっていた時を思い出して、笑ってしまったら額をぐしゃぐしゃにされました……。

 

 

【ずっと、探してた。会いたかった】

 

 

その文字に、「私も」と顔を擦り付ければ、飼い主さんの腕にやっぱりぐしゃぐしゃにされるのです。うー…幸せ…。

 

うっとりとされるがままの私の毛を梳き直すと、飼い主さんは躊躇いがちに字を書き始めました。

 

 

【…どうして、兎の姿に?】

 

 

………。

 

……分かんないです。

 

 

むしろ教えて欲しいぐらいなのです。……(´・ω・`)と黙り込んだ私を見て、飼い主さんは【分かんないのか?】と聞いてきて。

 

こくりと頷いたら、飼い主さんはとても困った顔をしていました。

フルフルさんは岩の陰で長い首をびたんびたんしてます……どうされたんでしょう。

 

 

【…まあ、そんなことはどうでもいい】

 

 

私がきょろきょろとしている間に、飼い主さんは雪の上で宣言してくれました。

 

【会えただけで、それでいい】

【俺が人間になる方法を探すし、】

【無いなら無いで、人里離れた所で、一緒に住もう】

 

心配するな、と最後に書いて、飼い主さんはまたコロコロと涙を落とす私を抱きしめてくれました。

 

私は応えるようにゆっくりと頬をすりすりしていると――――微かに聞こえた音に、耳がピンと立って。

 

咲さんは私の様子に身体を離し、今度はさっきよりも大きく、近くから聞こえた声にハッとした顔になって、唇を噛むと、もう一度私を抱きしめました。

 

「……夜」

 

名前だけ、何とか理解した私から名残惜しそうに離れて、飼い主さんは【また来る】と書いて背を向けます。

 

 

私はその言葉を信じて、何度も振り返る飼い主さんが吹雪に消えるまで、ずっとずっと、見送っていました……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――まったくよー、心配なのは分かるけど、もうちょっと落ち着いて欲しいもんだ」

「…悪かった」

「あのおっさんハンターとかブチ切れてたぜ?俺にめっちゃブチ切れてたの…」

「悪かったって」

「今度からはもっと冷静に頼むべ!…じゃ、遅い飯を食いに行こうぜ。俺もうお腹ぺこぺこ」

「俺は別n「キャー!あのお姉さん美人―!!咲ちゃん咲ちゃん俺あの店がいい!!」…婚約者にチクるぞてめー」

「……ごめんなさい」

 

 

―――咲が下山する頃にはもう、村の民家は閉ざされて、飲み屋の篝火が眩しくてしょうがなかった。

 

 

「ま、今日は寒い所にいたんだし、酒飲んで温まろうぜ。むさいおっさんの寒いジョーク聞きながらな」

「俺は飯食ったら行きたい所があるんでな。悪いがまたの機会にしてくれ」

「えーっ」

 

 

ガス抜きをさせようと明るく振舞ってくれる幼馴染には悪いが、咲としてはさっさと調べたい事が山ほどある。

 

豊受が大体の凶暴なモンスターを掃討したとはいえ、あの雪山が夜を受け入れてくれるかどうかなんて分からないし、仲間外れ(という言葉が正しいか分からないが)にされて他のモンスターに絡まれて泣いてるかもしれない時に悠長に出来る訳がなかった。

 

「だがまあ、飯は食うさ」

 

あの店でいいだろ、と指差せば、豊受は少し安心した顔で頷こうとして―――店から出てきた派手な化粧をした筋肉質な男を見て、激しく首を横に振った。

 

 

「無理無理無理!!俺あんなの無理!!」

「いつだったか忘れたが、ジャックが『店員はアレだが飯は最高に美味い』って言ってたんだ」

「無理だって!俺あんな所に行くぐらいならメシマズな店行く!高い金払っても行く!」

「んな連れないこと言うなよ。さっさと逝けよ」

「咲ちゃん!?咲ちゃんもしかしてあのっお、おおお俺の事う、恨んでたりとか…!」

「恨んでねーよ。…苛々するだけ」

「聞こえてるからね!?」

 

 

―――その後、喚く豊受を先頭に店に入り、ファンシーでアダルティで視界汚染から始まり思考がレッドゾーン、なんてなりながら、咲はしっかりと食べ、案の定絡まれてる豊受を放って(流石に彼の分も料金を払ったが)語り部の所へ足を進めた。

 

 

(確か夜が言ってた『凄い人』…みたいなの、語り部の婆から聞いた気がするんだが…)

 

 

此処の語り部がその話を知ってるかどうかは定かではないが―――やるだけやるしかない。

 

咲は村の端にある語り部の家を目指して走る。寒風が耳に痛いが構わず走り……足を止めた。

 

 

「誰だ!?」

 

 

一拍遅れてじゃりっと踏み止まる音がして、咲は太刀に手を伸ばして振り返った。

 

 

 

「――――いやー、純愛純愛、まだまだ人間も捨てたもんじゃない♪」

 

 

鋭い咲の声に呑気な声が歌うようにからかえば、咲はカチン、と刃を鳴らして脅す。鋭く睨んでも、男の声はけらけらと酔っぱらったように楽しげだ。

 

 

(白くて……キラキラ…だな)

 

注視する先―――篝火に照らされる長身の人物は、かつて夜が言ったように頭から足まで『白く』腕やら腰やら頭に回された水晶の輝きで『キラキラ』している。

 

鼻先まで隠しているせいで、その男(と判断しても大丈夫だろうか?)の意図を深く読み解くのは難しかった。

 

 

「……お前は誰だ」

「名前は無いよ」

「……人間か?」

「君達にもう、祀られていない神様だよ」

「…胡散臭い…」

「うん、『皆』自覚してる」

 

 

ちゃんと答えてるのに意味がないような、中身の無いような、そんな口調の自称・神様とやらに、咲は期待を込めて質問を続けた。

 

 

「――――黒い、兎を知っているか?」

「知っているとも。兎さんに文字を教えたのは僕だからね」

「……お前以外にも…なんだ、似たようなのがいるのか?」

「僕達は中途半端な神様だから、人格は統一されていない。兎さんにあの山菜を上げたのは弟だよ」

「………何で、兎に渡した?どうして此処にいる?」

 

 

詰問する咲の目の前で、神様は「んー…」と手を当てて、のんびりと答えた。

 

 

「僕達はお祭り騒ぎが大好きだ。だから自分に素直な獣たちは可愛がる…何をしでかすか分からない所なんて、見てて楽しい」

「………」

「兎は無邪気でたった一匹だけで同族がいなかった。珍しいもの好きの姉と世話好きな弟のお気に入りで、彼女の物語を僕らが記憶するのも面白いかもしれないと思った」

「記憶…?」

「人間は歴史を適当に扱う。歪める。…忘れもする。だから、その『被害者』でもある僕達だけは、正しく観測する」

「……で、お前らは夜の物語のオチが知りたくて来た、と?」

「正解!」

 

 

ぱちぱちぱちと手を叩く神様に苛ついて切りかかってやろうかと思ったが、咲は息を一つ吐くことで耐えた。

 

ずるずると暴かれる真実を整理して―――最初のあの言葉を思い出せば、今の夜の状態を知っている、はず。

 

 

「…あの山菜は、どこにある?」

「んん?」

「夜に与えたあの山菜だ。あれは何処に生えてる?」

「内緒。それは僕達だけの内緒」

「……なら、お前らの欲しいものなら何でもくれてやる。寄こせ」

「えー。僕達は物語の始まりから終わりを覚えていたいだけだから。人間が渡せるものなんて何もないよ……んん?」

「?」

「―――どうして?…僕ははんたーい。…んん、駄目だよ、手が加えられるのは…あー!駄目だってば!」

「……一人で何してんだお前…?」

 

 

急に一人で、誰かと会話するようにわたわたする神様を冷めた目で見れば、急に身体に巻きついた水晶から光りが溢れる。

 

閃光弾を投げられたような光りにくらくらしていると、つかつかと神様が咲に近寄り、唇に指先を押し付ける。

 

 

 

 

「こぉーんばぁんわー?『皆の』お姉さんよぉ?キャハ☆」

「……チーズ野郎よりも酷いのが出てきたな」

「ひどい~折角お姉さん、ア・ナ・タ☆の味方をしてあげようと思ったのにぃん」

「そうか。じゃあさっさと山菜を渡してどっかに失せろ」

「つれない~!お姉さん泣いちゃうゾ☆」

「……チェダーのウザさがまともに思える日がくるとはな……お前は何を望むんだ」

「お姉さんはね!ドロドロの恋も好きだけど、ハッピーキュートでポップな恋も好きなのよん!…だからー、お姉さんが君に、救いの種を差し上げちゃう~!」

「……種?」

 

小さな袋を大きな胸の谷間から引っ張り出すと、神様(お姉さん)は唇に指を当てて笑った。

 

 

「元々ね、あの山菜は昔々の大昔に死んだ雷の竜と生贄の少女との悲恋の末に生まれた花が退化したものなの。食べちゃった子が『イヤン!もうムリ~』ってなったら効果が切れちゃう、『やり直しのきく』山菜ちゃんなのよん☆」

「やり直しのきく…」

「アナタに渡したその種はね、竜と娘から生まれたと言っても良い花の種。山菜様の始祖ってことね」

「―――これを植えて、花になったら煎じるなりしろって事か?」

「んーん!贈ればいいのよ。花をね」

「……どうやって育つんだ―――おいっ」

 

 

手の中の袋を弄る咲に枝垂れかかって、神様は甘い吐息をかける。

咲が睨みつけてナイフに手を伸ばすのを阻止すると、甘えるような鼻にかかった声を出した。

 

 

「雷の竜の子だもの。お父さんの力がなきゃあね。お母さんの力で花は効果を出すの」

「……植える所は危険な所ってか」

「ふふ、せいかーい!……でもね、いいの?」

「あ?」

「この花を渡したら、あの子はもう、獣に戻れないの。ポイ捨てなんて許されない。アナタが大事にしても、兎ちゃんが途中で後悔して泣き出しちゃうかもしれない」

「………」

「ねえ」

 

 

あの子にもし恨まれてもいいの?と顔を覗き込む神様の顔は、やはり見えない。

心臓の辺りに掌を乗せて、「私達はいつだって意地悪なの」と囁く神様は、しかめっ面の咲に艶やかに微笑んだ。

 

 

「――――アナタはそんな神様からの花を、彼女に捧げられる?」

 

 

 

 

 

彼はそれを愚問と鼻で笑って、神様を突き飛ばした。






*備考

神様→八百万の中途半端な神様。
昔は祀られてたけど今は祀られて無くて、彼らの文献も滅茶苦茶なせいで人格も滅茶苦茶。
だから一つの身体に何人もの人格がある。名前も無いので父、とか母、とか姉やらとお互いを区別してる。身体は人格に合わせてひょろくなったりセクシーになったりする。

元は大木とかの神様だったんだけど忘れられて云々で、自分達だけはちゃんと歴史を記すって意気込んで存在を保ってる。

力関係はあるような無いような。強引な子(今回で言うと姉)とかの振る舞いで変わる。
直接世界に響くような事はしないけど、ちょっとぐらいならいいよねって子が多い。

祀られたのに捨てられた+歴史を歪ませる人間より単純お馬鹿が多いモンスターの方が好き。


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