雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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12.モンスターにはすぐ懐きます

 

 

 

ここは、どこなのでしょう?

 

身体は何故か兎の頃に戻っているし、目の前に広がるのはあの部屋じゃ無くて―――凍土とは違う、真っ白で冷たくて、懐かしいけれど、知らない所……。

 

私は、どうなったのでしょう?どうすればいいんでしょう……飼い主さん―――――――…

 

 

 

『―――おいっその真っ黒いの!おめー見かけね―顔だな』

『……?…あなたは誰ですか?』

『俺?俺はギアノスさんだコラっ』

『………|ω・`)』

『何隠れてんだコラっ!』

『知らない子なのです……』

『それはこっちの台詞だコラっ!』

『………|ω・`)』

『もふもふしやがって!ちょっとこっち来やがれ!温まってやる!』

『………|ω・。)』

『嬉しそうな顔しやがって!』

 

 

 

そろそろっと近寄ると、青くて小さな彼はちょっと後退りしつつも私に寄り添ってくれました。

 

人間と違って大体のモンスターは自分に素直な子ばかりですので、私は兎の頃は恐れずにモンスターの群れに遊びに突っ込んで、いっぱいもきゅもきゅされたものです。

 

 

『おめーは何だ?』

『夜です』

『ヨル?…変な名前』

『飼い主さんから頂いたのです……(´・ω・`)』

『飼い主ぃ~?なんだそれ、おめーは人間に飼われてたのか?』

『違います、一緒に住んでいました』

『同じだろ、それ』

『違います!一緒に住んでたのです!!』

『わっ……うるさ―――怒鳴るな!』

『ご、ごめんなさい……(´・ω・`)』

 

 

恥じて顔を短い手の中に隠すと、ギアノスさんは私の周りをうろうろし始めました…。

私は私でおろおろしていると、ギアノスさんはヘタレた私の尻尾をツンと突いたりと遊び始めます……。

 

 

『あ、あの……止めてください……』

『うっせーな』

『……(´・ω・`)』

『そらっ』

『い、痛いのです…!』

『てやっ』

『(´;ω;`)』

『おめー変な奴だな!こんなでっかいくせに小さい俺に虐められても怒んねーのかよ』

『だって……』

『そんなんだとナメられんぞ』

『慣れてますし…』

『おめー……』

 

 

『いい加減顔上げろコラっ』と頬を突っつくギアノスさん。私がもぞもぞと顔を上げたら私から離れてしまいます……。

それを見て(´;ω;`)な顔をしてギアノスさんを見つめていたら、ギアノスさんは苛々とした声で『さっさとこっち来い!』と叫びました。

 

 

『ど、何処に行くのですか?』

『此処じゃない所に決まってんだろ。此処はフルフルさんがよく来るんだ』

『フル……?』

『おまっフルフルさんを知らねーのかよ!?フルフルさんはマジでやべーんだぜ?マジでクールなの』

『……?』

『雷ドバっと出すんだぜ?痺れるわ~』

『雷ですものね』

『おう、雷だからな』

 

 

あいついけ好かねー、と笑うギアノスさんの後ろにぴっとりくっついてもすもす進むと、ちょうどギリギリ入れるくらいの洞窟が。

思わず躊躇っているとギアノスさんはさっさと入ってしまって、『早くしろ』と促されても……ちょっと入るの怖いのです……。

 

 

『さっさとしろよ、ノロマ!』

『きゅうっ』

『フルフルさん来たらどーすんだおめー!』

『きゅっ』

『こんな所で丸まってんじゃねーぞ!』

『(´;ω;`)』

 

 

だってこの洞窟崩れそうです……。

 

だけど尻尾を突き続けるギアノスさんに負けて、私はのそのそと奥に入ったのです。

 

 

『わぁっ…綺麗です!』

『ふふん!』

『すごいすごい!』

『ちょ、おま、あんま走り回んな―――』

『きゅっ』

『滑って頭ぶつける……って、もう遅かったか』

『ううぅ…私には此処は向いて無いようです…』

『まあ、狭いしな』

『―――あ、あの下は?あそこで休んでも構いませんか?』

『駄目に決まってんだろ、あそこはフルフルさんのだ』

『………』

 

 

どれもこれもフルフルさんの、ですか……。

それだけフルフルさんは強いのでしょうか―――…でも、此処に来てずっと思ってたのですけど……。

 

 

『ギアノスさん』

『あ?』

『此処には、あなたとフルフルさんしかいないのですか…?』

『……』

 

 

通行人の邪魔にならないよう、端っこに丸まった私の隣で、ギアノスさんは『あー』とか『ん……』とか、どう言えばいいものかと悩んだ風でした。

 

その沈黙は長く、私がうとうとしてきた頃にはやっとギアノスさんは口を開いてくれました。

 

 

『いや、俺の一族はな、ハンターに狩られたり何だりしながらもちゃんと生きてるよ』

『……?』

『ただな……ここ数年、あの村にまともなハンターがいなかったせいか…他の馬鹿みたいに強い奴らが増えてな……そいつら同士の縄張り争いやら食料の奪い合いで一族滅亡の危機に陥った奴もいる』

『そうなのですか……』

『そういう奴らは此処から離れて一族復興を目指そうってさ。勝ち残った奴らは最近やって来たハンターに狩られちまったよ……食料が無くて、色んな所で暴れたらしいしな』

『………』

『だからなんつーの?この状態があるべき形っつーか。……フルフルさん以外には俺らとポポと…あとはキリン様ぐらいか。猿は何処かで隠れて生きてんのかも』

『?』

『ポポは草食ってる鈍くさい奴ら。キリン様は……とにかくスゲーの。猿は猿な、あいつら調子に乗り過ぎたんだよ』

『…猪さんはいないのですか?』

『ファンゴか?あー…いるいる。忘れてたわ』

『………』

『なんだ?あいつら嫌いか?』

『嫌いというか……』

『お前虐められてそうな顔してんもんなー』

『(´・ω・`)』

 

 

何で分かるんでしょうか……。

 

でも飼い主さんにも昔、「お前って虐められっ子だよな」と言われましたし…そういう顔、なのでしょうか?

 

 

『ま、下手な事しなけりゃ、今の雪山で喧嘩しようなんて元気な奴はいねーよ』

 

 

肉食う?と私を見上げるギアノスさんに頭を振ると、私はひんやりした葉っぱをもしゃもしゃして一夜を過ごしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……い、おい、おいっ真っ黒!人間が大勢こっちに来るから逃げんぞ!』

『人間が…?』

『俺らを狩りに来るって言うよりは探してる、って感じだが……誰か、人間が迷ったのか…』

『…何処に逃げるのです?』

『人間も知らない奥まった所だ。弱っちいのの中に血生臭いのが三人いるからな、狩られる前に逃げるぞ』

『………』

『おいっさっさとしろコラっ』

『……はい…』

 

 

その「血生臭いの」はもしかして、と思っても、微かに、本当に微かに(これだから耳が良いのは嫌なのです)聞こえる人間の声が妙に怖くて、私はそっとその場を後にしました。

 

 

 

『そこを左に曲がれ!二つの穴を通り過ぎたら三つ目の穴へ潜り込め。それで―――』

 

広い場所に出てからは私の方が早いので、ギアノスさんに私の上に乗ってもらって例の避難場所に滑り込みます。

風で掻き消えそうになるギアノスさんの案内通りに滑った先ではすでに、何匹かのモンスター達が集まっていました。

 

 

―――ですが。

 

『……おい、その黒いのは何だ?』

『しかも人間臭いぞ』

『大きいし…此処にはいない方が…』

『う、うるせーぞ猿共!この避難先はどんなモンスターでも逃げてかまわねぇ筈だ!』

『だが……人間臭いし…』

『見た感じ、強き獣なのだろう?』

『―――だのに保護を申し出るのか』

 

 

三匹の大きな、怪我をしていたり禿げていたりするお猿さんに咎められて、私はじりじりと迫られました。

 

見れば雪の中に突っ込まれている食べ物は少なく、この場に居る全員の顔を見ても―――私を受け入れる余裕は無さそうです。

 

 

(……大丈夫、攻撃しなければ向こうも殺しにかからないだろうし…何処かで隠れていましょう)

 

 

私は目の前で庇ってくれるギアノスさんから静かに離れて、『出て行け』と言われる前にこの避難所から飛び出します。

 

ギアノスさんが呼び止めるのが聞こえましたが、私は振り向かずに当てもなく駆け出しました。

 

 

 

 

 

 

―――

―――――

―――――――――

 

 

『……此処はどこなのでしょう…キャンプ跡地みたいなのがありますが…』

 

必死に耳を澄まして逃げてきましたが、……地理が全く分かりません。

 

とりあえず何処かに隠れないと、この真っ黒な巨体は目立ちますし――――

 

 

『あァら、そこの真っ黒な兎サン?アナタ何処からやって来られたのぉーん?』

『!』

 

 

ばっさばっさと目の前に降りて来られたモンスター…白くて大きくて首の長いモンスターさんは間延びした声で私に声をかけてくれました。

 

『と、凍土!…です』

『アラ、やっぱりィー?アタシの親戚と同郷なのネ』

『親戚…?』

『ギギネブラよぉーん。…あの子言ってたわ、真っ黒兎は数少ない友達の一人だって!』

『え、えへへ…』

『でも急にいなくなっちゃった、って……アナタ人間臭いけど、誰かに売り飛ばされたの?』

『いいえ、『凄い人』に頼んで人間にして貰ったのです!』

『マ、あの方に?』

『はい、それから飼い主さんとずっと暮らしていました…もしよろしければ、ギギさんに今は人間として元気にやってると伝えて頂けますか?』

『イイケドぉん…アナタ、今は兎よぉーん?』

『あっ』

 

 

そ、そうでした……。

 

今の私は、何故か人間から兎に……。

 

 

『やだァん、泣かないでぇ?勿体ないわぁ』

『す、すいません…』

『もし良かったら、アナタの事聞かせてくれるぅ?安全な所に連れてってあげるから』

『は…はあ』

 

 

くるっと背を向けて、ギギさんの親戚の方は少し複雑な道を案内してくれました。

道中で名前を尋ねたら―――彼女(?)こそギアノスさんが教えてくれた「フルフルさん」で、教えてくれたお礼に私の名前も教えると、何度も歌うように呼んでくれるので私も呼んでみました。

 

そして楽しく呼び合いっこをしながらフルフルさんの巣に……。

 

 

『すみません……』

『いいのよォ!どうせ此処に来る奴なんて少ないし…そんな事より、アナタのお話聞かせてェ!』

『は、はい…』

 

 

 

二人で寄り添うようにくっつきながら、私はゆっくりゆっくりと思い出を語りました―――。

 

 

独りぼっちが寂しくて、人間をもきゅもきゅしたこと。

逃げてばかりの人間の中で、飼い主さんだけが何日も何日も私と遊んでくれたこと。

でも日が落ちたら帰ってしまう飼い主さんに会いたくて、『凄い人』に頼んで人間になったこと。

人間になって、名前を貰って、温かい服に食事を貰って、偶に頭を撫でてもらって、一緒のお布団でくっついて寝たこと。

飼い主さんに褒められたくて、お料理を覚えようとしたこと。

飼い主さんの剥く林檎の兎さんはとても可愛らしくて、一番美味しいこと。

たまに意地悪で怖いけど、とっても優しくて、私の名前を丁寧に呼んでくれる声が好きなこと。

………でも、何故か嫌われてしまって、腕に触れたら突き飛ばされてしまったこと。

 

 

『きっと…嫌われてしまったって……飼い主さんから一生懸命逃げたら、モンスターの尻尾に乗ってしまって、こんな遠い所に…』

『うん』

『養ってくれた先では「厭らしい」とか……小突かれたり、手が切れてしまったり…』

『……うん』

『そしたら私、気付いたのです』

『…うん?』

『私、本当に飼い主さんに大事にされてたんだって。……一回でいいから、飼い主さんにお礼が言いたい…』

『……それだけ?』

『もし、…もし、許されるなら、傍に居させて欲しいと……ずっと、一緒にいたい、のです…』

 

 

迷惑かもしれない。あの日渋ったのと同じように、困った顔をするかもしれない。それでも、我儘を言うだけ言ってしまいたい……。

 

もじもじと話す私の隣で、フルフルさんはくすくすと大人っぽく笑いました。

 

 

『―――愛しているのね』

『あいしてる?』

『大好き、なんでしょう?その人のこと』

『はい、大好きです!』

『……その言い方だと、分かって無いみたいね…』

 

 

ふぅ、と溜息を突いて、フルフルさんはそのお顔をこちらに向けて、内緒話のように囁きました。

 

 

『ネ、その男を想うときゅぅってして、男の一挙一動に嬉しくなったり悲しくなったりしたのでしょう?』

『はい…』

『たくさん触れて欲しいって、思ってるのでしょう?』

『…は、…い…』

『男が自分以外の人を愛でて触れるのが嫌なんだって、最近気付いたのでしょう』

『………』

『男の隣を、本当は誰にも譲りたくないんでしょう?』

『……………はい』

『ふふふ、可愛い兎ちゃん、教えてアゲルわ。…その欲望を、ヒトは―――「恋」、と名付けているのよ』

『こい…?』

 

 

私が、何度も何度も想ってはよく分からなくて、どうしようもなくて、分からないながらに飼い主さんにぶつけようとした、この感情は、『恋』というのですか……?

 

難しい感情なのに、とても綺麗な響きなのです。……本当に不思議、すとんとこの手に感情が落ちていった気がします。

 

 

『そして、ヒトはその欲望を伝える為に、「愛してる」って言うの』

『そう……なのですか?』

『相手に自分の切なさや辛さを突きつけたりする事もある、自分も相手も傷つける事も時にはある、難しい言葉よ―――…でもね、一番手っ取り早く恋した人を幸せに出来る魔法の言葉でもあるの』

『幸せ……?』

『そ。……まあ、これもこれで難しいけれどネ』

 

 

お肉と葉っぱ、どっちがいーい?と尋ねるフルフルさんにもっふりとくっついて、私は急に上がった体温のままに聞いてみました。

 

 

『わ、私の「愛してる」は、飼い主さんを幸せに出来ますか!?』

『ふふ、…どーかしらねェ…。その時じゃなきゃ分からないでしょうねェ』

『え、ええ…!?』

『女は度胸よォ、夜チャン?オネーサンみたいになるとその瞬間も楽しみになっちゃうんだケド』

『……私は……反応が怖くて…楽しくないです…』

『夜チャンはそれでいいのよォ!初で可愛らしいわァん』

『………むぅ、』

『…ね、夜チャン?』

『はい?』

『もしも男がアナタの気持ちに応えてくれたのなら、たくさんたくさん「愛してる」って言ってあげなさい?…一生懸命、気持ちを伝えるの』

『……?』

『いやねぇ、アナタって天然なんだものォ!相手の男は心配しちゃうんじゃないかしらって、オネーサン心配!』

『むむむ、首が苦しいのです……!』

 

 

 

 

 

 

恋と言うものを知りました、の巻き。







補足(モンスター紹介):


*ギアノスさん
たくさんいる兄弟達のお兄ちゃん。他の兄弟たちは能天気な子とか頭が弱い子が多いので結構大変っぽい。喧嘩口調だけど面倒見の良い子。
兄弟たちは別の(高さの低い)洞窟に避難しているので、大きな夜をもう一つの避難先に連れてって隠れているつもりだった。
雪猿とはかなり仲が悪い。



*雪猿
今回話したのは歳をとった雪猿三兄弟(猿の中で長老的存在)。新参者が嫌い。疑り深いししつこいけど、孫たちの前では良いおじーちゃん。



*フルフルさん
オカm…素敵なオネェさん。恋バナが大好きよん☆ ←で察して下さい。
結構気位高く、自分より弱いのが自分のテリトリーに入るのを嫌う。でも新しいもの好きで可愛い子が大好物なので、親戚の友人である夜を見かけた時には何も攻撃しなかった。
夜ちゃんとつるむ上で、一番シュールな光景を作った御仁。



*ギギネブラさん
凍土での、夜ちゃんの数少ない友人。
ヒッキーな子で自分の巣にやってきた子を驚かすのが好き。フルフルさんやベリオロスさんに夜ちゃんと一緒によく世話を焼かれてる。(あ、その時点で夜ちゃんはフルフルさんに会った事はないよ!)
スーパーヒッキーだけど夜ちゃんと一緒に雪ダルマを作って遊んだ事がある。



*キリン様
出るかどうかは不明。きっとフルフルオネェさんとは仲が悪い。


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