雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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11.人見知りもしますので、ご注意ください

 

 

 

【彼女が去って十分後】

 

 

「黒―――!黒っ、どこだ、いたら返事しろッ黒―――!!」

「ちょ、ちょっと咲ちゃん!いくら邪魔だからって無駄にモンスターを狩っちゃ……」

「うるせぇ!!くろぉぉぉぉ!」

「……咲ちゃんってば!」

 

 

 

【彼女が去って一日目】

 

 

「黒、黒―――!…げほっ」

「あれだけ散々叫んだら喉も枯れるだろうよ。ほら、まず水を飲んで落ちつけ」

「……っ」

「……奪い取らなくても…」

「スウィーツ、今の咲ちゃんは頭に血ぃ昇ってるから聞いてないよ」

 

 

 

【彼女が去って二日目】

 

 

「……ちぇ、ちぇだー…」

「………」

「…ろ、黒――!いい加減に出て来い、……俺が、悪かったから…っ」

「……チェダー…」

「……」

 

 

 

【彼女が去って三日目】

 

 

「…クエスト延長しといてくれ。……俺だけでいい」

「何言ってんの。私達だって探したいの!」

「狩り仲間を放って帰るわけ無いだろ、馬鹿」

「……ごめん」

 

 

 

【彼女が去って六日目】

 

 

「………」

「……咲ちゃん、これはもう…」

「―――ッそんなことはない!!」

「…無事だとしても、まずは一旦村に戻って捜査の依頼をギルドに申請しよう。気球から見つかるかもしれない」

「その間にモンスターに追われたらどうする!?あいつは丸腰なんだぞ!!」

「夜ちゃんは耳が良いし、安全な所で休む程度の頭はあるよ。…もうくまなく探した。私達に出来る事は夜ちゃんが飢えて倒れるか喰われる前に、大人数で探してやることしかないよ」

「……っ…!」

 

 

 

【彼女が去って十日目】

 

 

「は、ハンター様、…咲様、お待ちなさい、何処に行かれるのです!」

「村長…悪いが村のクエストは他の人間に任してくれ」

「そうではなくてっ昨日だって期限ぎりぎりまで探しておられて、夜中に帰って来られたばかりと聞きましたわ!そう無理をしては身体を壊されます!!」

「平気だ。鍛えてるしな」

「咲様!」

「……おい、前のクエストを頼む」

「あの、でも咲さん、顔色が……」

「どうでもいいからさっさと判子押してくれ」

「……は、い…」

 

 

 

【彼女が去って十六日目】

 

 

「……前の、クエストで」

「………」

「…?おい、聞こえなかったのか、さっさとしろ」

「……め、です…」

「あ?」

「駄目です!そんな状態の咲さんを出せません!チェダーさんかスウィーツさんに代わっていただいて…」

「あいつらは村のごたごたを解決するのに忙しいんだ―――さっさとしろッ!!」

「ひっ!」

「………」

「…ぅ、…っく、…」

「………悪い、怒鳴って…俺…」

「……い、え…分かってます…」

 

 

 

【彼女が去って二十二日目】

 

 

「はぁっ!!」

「ぴぎぃぃぃぃ……!」

 

「―――咲ちゃーん、そっちはどう…何これ!?」

「……ああ、チェダーか」

「チェダーかじゃなくて!!何この無差別な殺し方!?」

「………」

「ハンターが無駄に意味もなく狩ったら生態系が崩れるって知ってるでしょう!?あんた何してんの!!」

「……無駄?意味が無い…?」

「っ」

「意味ならあるさ。黒に危害を及ぼすかもしれない。いや、もしかしたら危害を加えたかもしれないモンスターを殺すことで、あいつの生還率が上がるだろう?」

「…さ、咲ちゃん…」

「…少しでも多く狩って――――『夜』を連れて帰るんだ…」

「……」

「ああ、もしかしたらモンスターが群れて暮らしている所に迷ったのかもしれない。次はそこを――――…なんだよ」

「…咲、ちゃん。帰ろう。帰ってちゃんと食べて、ゆっくり休んで。その間、私とスウィーツが交代で探すから……!」

「俺は平気だッ」

「平気じゃない!咲はそんな滅茶苦茶な考えをするヤツじゃない!!…疲れてるんだよ、早く休まないと今の咲ちゃんじゃあ死んじゃうから…!」

「うるさいっ触んな!」

「きゃあっ」

 

「……俺は早く夜を探さないといけないんだ。余計な事はしてられないっ」

「咲ちゃん!もういい加減にしてよ!!駄々捏ねてる場合じゃないでしょう!?」

「だからうっせーって言ってんだろうがッ失せろババア!!」

「ば……あ゛あ゛ん!?」

 

ガチャン、パンッ

 

「……てめ、……撃ちやがっ…」

 

ドサッ

 

 

「こちとらテメーより年下だボケェ!!まだピチピチだっつーの殺すぞ!!あと撃ったのは睡眠弾だから安心してよね!」

 

 

 

【彼女が去って二十三日目】

 

 

「……なんだ、それ」

「チェダーさんが旦那さんの最近の非道っぷりを村長さんに話して、お二人でギルドに謹慎処分にしてくれるように頼んだんだニャ。これはその通知」

「ふざけんなッそれじゃあ夜を―――」

「口答えしないっ」フッ

「ごふっ!」ドゴォ

「ああそれから、『しばらくゆっくり頭冷やせジジイ、次言ったら簀巻きにして崖から落とすからな。マジですっげー苦しんで懺悔して寝ろ』…チェダーさんからの伝言ニャ」

「は……?…俺、何か言ったか……?」

 

 

 

【彼女が去って二十六日目】

 

 

「咲爺、死んだように寝てたって聞いたんだけど……え、何、何してんの?」

「ごめん、マジでごめん」

「最近お前謝るしかしてないな」

「……」

「ま、謝ったからには許すから頭上げなよ」

「ん…?咲は何をやらかしたんだ?」

「私にババアって」

「ごぶっ」

「スウィーツぅぅ!?あんた何で具合悪い奴に本気のストレートを入れちゃってんの!?」

「……思わず」

 

 

 

【彼女が去って二十八日目】

 

 

「さ、咲さん!?まだ謹慎中ですから……」

「違う、手紙を頼みたくて」

「…手紙、ですか?」

「俺の知り合い全員に探してくれるように頼んでおいた。…あとギルドの捜索依頼に報酬金額付けるように頼んでくれるか?これぐらいの値で頼む」

「高っ!?」

「高い方がやる気が上がるだろ。で、これが手紙」

 

ドサァァァ

 

「多っ!?」

「特急でよろしく」

「い、いやいやいや!咲さん、あなた何十通書いたんですか!?」

「手当たり次第だったから覚えてないな……悪い、数えてくれるか?」

「構いませんけど…」

「………」

「一通目、二通目……」

「……なあ、」

「十三、十―――…はい?」

「……皆に、迷惑かけたな…」

「……」

「……」

「…まったくです。反省してくださいね?」

「……ああ」

 

 

 

【彼女が去って三十日目】

 

 

「うわっ何この手紙!?」

「チェダーか…スウィーツならさっき手紙を受け取りに…」

「えっまだ来るの?」

「おう……林檎、食うか?」

「きゃー!兎ちゃんいっぱーい、可愛い☆…って言うと思う!?アンタ何個兎を作れば気が済むの!」

「気が付いたらな……これしか、する事も…」

「………(やべ、もしかして謹慎させるのは失策だったかも?)」

「……夜、…怒ってるかな…」

「咲ちゃん…」

「ちゃんと飯食ってんのかとか、寝てるのかとか、温かくしてるかとか…」

「……」

「寂しがってないかとか、怖がってないかとか……もしも変な男に襲われそうになったら……!」

「咲ちゃん…」

「俺はその男を絶対殺す!達磨にして耳を殺いで歯を全部折って、まずはガノトトスのいる海で嬲ってやる!もぎ取った手足は目の前でモンスターの餌にしてくれる!!そして最後はモンスターの通り道の端に身体を埋めて三日放置した後、俺の手で頭を刈り獲ってやる!!」

「じゃあ私は捕獲係で」

「ああ、任せた」

 

「――――任せたじゃねぇぇぇぇ!!」

 

「「あっ扉が…」」

 

 

 

【彼女が去って三十五日目】

 

 

「………」

 

シャー、シャー

 

「……咲、それ、研ぎ過ぎじゃ…」

「精神統一用だ。別に変な事には使わない」

「それにしても研ぎ過ぎじゃ…そこの包丁を研げば?」

「駄目だ。それは調理用だからな」

「変な事に使う気満々じゃねーか!!」

 

 

 

【彼女が去って三十八日目】

 

 

「咲ちゃん?急に大掃除し始めてどうしたの?」

「……夜が帰って来た時に、すぐ寝れるようにな」

「………そっか」

「これが終わったら買い物もしないといけないし」

「…うん、落ち着いたようで良かった…」

「……世話、かけたな」

 

 

 

【彼女が去って三十九日目】

 

 

「咲ちゃんも落ち着いてきたし、もうそろそろ謹慎解いてもいいんじゃないですかね」

「そうですわねぇ…もういいかもしれませんわ」

「様子見て、あとー…三日位で謹慎解きましょうか?」

「そうしましょうか」

 

 

「―――だ、旦那さん、もう包丁研ぐの止めようニャ…」

「あと少し。ハンターの武器で殺るのは御法度だからな…」

「ハンターの武器云々の前に人を殺すのがアウトにゃ!」

「大丈夫だ、これは俺用でもあるから」

「えっ」

 

 

 

【彼女が去って四十日目】

 

 

「何っ!?」ガタッ

「ど、どうしたのニャ!?」

「豊受のヘタレあんちきしょーが、夜らしき人物を見つけたらしい…!」

「本当ニャ!?」

「ああ!最近の振舞いも直したからな、もう謹慎も解ける頃だ―――荷造りの準備をしろッ」

「あ、あれ計算だったのニャー!?」

「当たり前だろ。金で解決しても良いが印象最悪だからな。流石にユクモ村では汚い事はしたくない」

「旦那さん…」

 

 

 

【彼女が去って四十三日目】

 

 

「謹慎が…?」

「そ。解けたよ。……これを機に、無茶はしないって反省すること」

「ああ、分かった」

「……」

「………」

「ポッケ村に行くのは確信を得てからにしてね」

「ああ」ソワソワ

「……はぁー…」

 

 

 

【彼女が去って………】

 

 

「チーズ!甘味!!」

「殺すぞ」

「甘味……」

「ごめ…―――じゃなかった!聞いてくれ、豊受から返信が来た!」

「「マジで!?」」

「なんでも、拾ってくれた先で虐待されてるらしい…言葉も話せないとか…」

「じゃ、じゃあ夜ちゃんは…!?」

「今はギルドで保護されてるが、かなり揉めてるらしい…てことは、俺が何言いたいか分かるな?」

「ああ、加害者一味を―――…」

「殺せばいいんでしょう?」

「正解だ」

「ちげーよ!!」

「―――まあ兎に角、俺は迎えに行くから後はよろしく」

「付いて行くよ?」

「村にまともなハンターがいないと不味いだろうが。俺一人で大丈夫だ」

「俺……まともなハンターじゃないのか…」

「大丈夫、スウィーツはまともだぞー!だから…本当に道中一人で大丈夫?」

「ギルドの気球で行く。そしたら早いしな」

「「………え?」」

「海より山越えの方が早いんだ、しょうがないだろ」

「いやいやいや!!どうやってギルドの気球を借りたの!?」

「金に決まってんだろ」

「サクッと言うな!」

「スウィーツ…お前のギャグ、超つまんねーな」

「ギャグで言ったわけじゃないから!……ぐす」

「ちょっと!スウィーツを泣かさないでくれる!?」

「ちぇ、ちぇだーぁぁぁ!!」

「スウィーツを苛めるのは私の役目なんだから!」

「Σ(°Д°;)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「―――そんなことよりさ、夜ちゃーん、パンはどうかなー?」

「……ぅ…」

「え、いらない?…じゃあこのスープは?肉汁たっぷり!」

「……っ…、…ぅ…」

「ちょ、泣かないでー!」

 

 

 

―――ギルドに保護されるまで、本当に色々な事がありました。

 

一時間にも及ぶ本人確認に、難しい言葉ばかりの書類の署名、虐待についてのあれこれ……私は怖くて怖くて、飼い主さんに縋りつきたくて―――急に沸いた感情に、対処できなくて。

 

宥めすかされる内に女医さんがやって来られて、私を別室に移すと、優しい言葉をかけながら服を脱がし、お薬を丁寧に塗ってくれました。

 

 

(……ツンとする…)

 

―――飼い主さんじゃない人の処置はすごく不快で、足や腕、ひび割れた指先は包帯だらけになってしまいました……すごく動き辛いのです。

 

女医さんは項垂れている私に蜂蜜入りのホットミルクを渡しましたが、私は一口口に含んだきりで、ベッドの隅っこで震えて膝を抱いていました。

 

 

 

―――こんなよく知らない人達の所に来るのだったら、あの家で苛められた方がマシだったかもしれません……。

 

耳を澄ませば遠くから怒鳴り声や軋む音が聞こえて、私は余計小さく丸まるのです……。

 

 

「おっ!このサラダ美味しいなー、すっごく美味しいなー!」チラッ

「……ぅ、ぅぅ…」

「ちょぉぉぉぉ!…どうしよう、どうしたら泣き止んでくれるの!?」

 

 

―――そして今、静かに鼻を啜る私に食事を持って来てくれたのが豊受さんで、お爺さん達が騒いでいて手に負えないと溜息を吐かれて……ただでさえ肉の匂いに戻しそうになっていた私は。

 

 

「――――~~~ッ…ぅ、ぇ……」

「泣かないでー!……あっちょ、違いますよ女医さん!俺は何もしてないッス!マジで!俺の天使な婚約者に誓って!」

「……ぁ、…ぅ…っ…」

 

 

―――飼い主、さん。

 

お二人が言うには、飼い主さんが迎えに来るのはまだまだ先だとの事です。

 

お爺さん達は、このまま罪状を認めないのであれば長い期間をぶ、ぶ、ぶたばこ?行きになるのだとか。

調べたら色々と悪事が転がり出て来て……なんでもあんなに優しそうなお爺さんは、私の件に関する隠蔽の他にも闇商品を作っていたのだそうです。私は、それを知らずに作っていた可能性があると……。

 

 

(……もうやだぁ……)

 

 

膝を抱える腕に顔を押し付けて、貝のように静かにじとじとと閉じこもった私に、豊受さんは粘り強く付き合ってくれたけれど。

 

結局私が求めているのは豊受さんじゃなくて飼い主さんである事に負けたように認めて、「明日も会いに行くから」と頭を一撫でして帰ってしまいました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――――それから。

 

 

豊受さんはお爺さんとその取り巻きの方を殴ってしまったそうで、一日中ギルドを賑やかにしました。

 

それでも約束を守って会いに来てくれたのですが、私は結局何も食べなくて。

…喉を通ったのは豊受さんが作ってくれたホットミルクだけで、それすらも泣きながら少し飲んだくらい。その後はずっとベッドの上で布団を巻きつけて丸まっていました。

 

その翌日には困った顔の女医さんが、栄養が足りないからと透明な水(多分お薬でしょうが)の入った袋から一本出ている管を見せると、尖った針を私の腕に刺そうとして、怖くて暴れたら誰かに注射されて―――…頭はぼんやりしてる中、ずっと針を刺されていました。

 

 

(もう…いや……)

 

 

最初の頃よりも悪化している私に、女医さんと豊受さんはずっと喧嘩していました。

 

私がくすん、と小さく鼻を鳴らしても、お二人は気付きません―――お互いの言い分を聞かせるのに必死なのです。

 

 

(……こんな目に遭うくらいなら、私……でも、後悔してないけど、すごく後悔してる……意味が、分からないのです…)

 

 

 

 

 

 

―――次の日、あの部屋から私は消え失せて。

 

 

雪山に一匹の大きな黒兎が、ぽつんと――――驚いて、泣いていました。

 

 

 

 

 

少女⇒ウルクスス亜種に戻ってしまいましたとさ。

 

 

 






追記:

まさに弱り目に祟り目。知らない人の中に放り込まれた兎さんには耐えられなかったのでしょう。


*ちなみに咲ちゃんは非常事態用のお金が結構たんまりあるので、あんまり痛い出費じゃないという……無双した時の報酬素材を全部売り付けたりした分もありますしね。

お金に興味の無い夜ちゃんの代わりにお金をやりくりしてますが、出費はほとんどありません。
咲ちゃんが自分の生活費の中に夜ちゃんの分も含んで計算しているというどうでもいい設定でした。


この後はガッチガチの少女漫画コースです(多分)次話は兎なのにアリスのような状態になっちゃう夜ちゃん……。


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