雪の中からこんにちは、飼い主さん!   作:ものもらい

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10.弱りやすいので、ご注意ください

 

 

 

「……黒。男の膝枕なんて嬉しくないだろ」

「いいえー?」

「まったく……まだ家計簿終わらないから、先寝てていいんだぞ」

「眠くないですもん」

「…さっき寝てただろ」

「だって飼い主さんの膝枕、落ち着くのです…」

「落ち着くな」

「うー…」

「はぁ……」

「ふふっ飼い主さん、くすぐったいですー」

「………」

「んーん」

「………家計簿が終わらない…」

「え?」

「いや」

「……?」

「……ホットミルク飲むか?」

「蜂蜜!蜂蜜!」

「腐るほどあるが、今は駄目だ」

「………(´・ω・`)」

「…肉汁入れるぞ」

「……私、飲みません…」

「ん」

 

 

「………やっぱり俺の膝を枕にするのか」

「えへへー」

「まったく……」

「……」

「………」

「………私も飲みます」

「ああ、じゃあ退け。今淹れ、」

「飼い主さんの、いただき――――熱い…(´・ω・`)」

「……飲みたかったら冷ましてろ。ブランケットずれてるぞ」

「はふっふー…」

「………」

「はふはふ」

「………」

「はふふふふ」

「…お前はどんだけ猫舌なんだ。温くしといたんだぞ」

「え?」

「…あっ」

「温くしといたって…飼い主さん…」

「……っ…」

「今日は猫舌なんですか?」

「………………ああ、そうだな」

「飼い主さん、そんな乱暴に書くと破れてしまいますよー…はふー」

「……」

 

 

「そろそろいいですかね…」

「……美味いか?」

「…ん……あれ、甘い?」

「………」

「これ、蜂蜜入ってるのですか?…飼い主さんだけずるいです!」

「―――~~はぁぁぁぁぁ…」

「?」

「…もういい。……あんまり飲み過ぎんなよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――――さっさとしなさいよ!この棒っきれが!!」

 

 

ドン、と。……暖炉の灰を掻き出していたら、背中を強く蹴られました。

 

その衝撃で手が少し火傷してしまいましたが、私は何も言わずに頭を下げました。……だって、最近のお嬢さんはとても暴力的なのです…。

 

唯一の味方であるお爺さんはやっぱりお仕事でいなくて、お婆さんはのんびりとお茶を飲むだけで、此方を見もしませんでした。

 

 

(最近…打撲の跡が消えないのですが……)

 

 

……まあ、ゆったりした服からは見えないしいいかな、とは思うのですけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

―――今日は快晴。…だけど、とても冷たい日。

 

何かしないと手が冷えて痛いのですが、今日はお薬を作らずに黙ってお店の番をしなくてはいけません。

 

 

…だけど、ひび割れが出来た手に息を吐きかけながら、それでも心は温かかったのです。

 

忙しいお爺さんが、他所者の私の為にお金を払ってギルドを含め各所に私の情報を出してくれると、ユクモ村に行けないお爺さんの代わりに、強いハンターさんにクエストとして頼むとも言ってくれたのです。

 

最初に連れて来られた頃にもギルドに連絡を入れてくれたらしいのですが、モンスターの被害が多くて後回しにされていたようで、最近やっとその被害が落ち着いたらしいので、本格的に頼む、との事です。

 

 

 

(…もうどんな風に思われてもいい。飼い主さんにもう一度会いたいのです……)

 

 

 

―――この村に居たくないとかよりも強く、飼い主さんにただ会いたい。

 

一緒に住みたくないというのなら住みません。視界に入れたくないというのなら目の前から消えましょう。……だけど、たった一度でいいから飼い主さんに会って、お礼を言いたい。

 

 

この村に来て、やっと分かったのです。

私は本当に恵まれた生活を送っていて、飼い主さんに守られていたのだと。飼い主さんはぶっきらぼうで時々怖いけど、本当に本当に優しくて、私を大事にしてくれてたのだと。

 

(何とかして、飼い主さんに『ありがとう』って、お礼が言いたいのです……)

 

 

……そしてもし許してくれるなら、不自由な私の気持ちを聞いて欲しい。

 

―――食事も、会話も、何もかも。飼い主さんがいないと味気なくて、寂しくて、悲しい。

いつもいつも飼い主さんの事ばかり想って、飼い主さんが名前を呼んでくれるだけで幸せで。飼い主さんに触れられないだけで、死んでしまいそうなのだと。

 

飼い主さんを想うと幸せで、辛くて苦しい。この感情を何て言えばいいのか分からないけれど。たった一つだけ、分かっているのです。

 

(飼い主さんの隣に、居させてください)

 

束の間でも、良いですから。

 

 

 

 

 

 

「――――そこの美少女さぁぁん!こっち向いてー!」

「?」

 

 

思わずポロリと涙が零れそうになって、手を祈りの形に組もうとした矢先の事でした。

 

大変元気な男性が、がっしゃがっしゃと鎧を軋ませながら私の所へと手を大きく振りながら駆けてくるのです。

 

 

(あれ、この前来てくれた人、ハンターさんだったんだ…)

 

 

お店のお客様が見える所で黙々と薬草を磨り潰していた私に、お薬を買いに来てくれた人。何度か来てはこっちにおいでと手を招いていて。

 

(……?何で言葉が分かるのでしょう…?)

 

今まで此処の地方の言葉で話しておられたのに…。

 

「いやー良かった!今日はあのお嬢さんいないんだね!いっつも此処に来ると邪魔してくるからさぁ…」

 

内心怯えている私に気付かず、男の人は語尾を潜めて「まったく迷惑さ」と言い捨てました。

その声がとても冷えていたので、私はびくりと震えて―――それに気付いた男の人は二カっと笑って自己紹介してくれました。

 

 

「俺、ユクモ村生まれのハンターで、豊受(トヨウケ)って言うんだ。食い物の神様からとってるんだぞー?」

「……」

「手頃で高額のクエストがこの村に結構あったからさ、狩って狩って狩りまくってたのよ。そしたら村の知り合いがさ―、めっさ美人な女の子が居るって言うから…可愛過ぎて通っちゃった☆婚約者には内緒にしてね!」

 

 

俺は婚約者一筋、女の子は大好きだけど手は出さない紳士だからね!安心してくれたまえ、…と高らかに告げるのを、私はただ黙って聞いていました。いえ、黙る事しか出来なかったのです。

 

 

(―――ユクモ村出身……!)

 

じゃあ、もしかしたら。

 

 

「―――最初はね、ただ単に口のきけない子としか知らなかったから、ここいらの人間だと思ってずっとこっちの言葉で話しかけてたのよー」

「……」

「んでんで、この前、『咲』っていうハンターから君みたいな子を知らないかって手紙が来てね?ギルドにも届けを出してるみたいなんだけど、埒が明かなかったから知り合い全員に送ったみたいなのよ」

「……!」

「読んだらばっちし君じゃん?でも人違いかなーと思ってしつこく君に言い寄ってみたんだけど、お嬢さんが異様に邪魔してきたもんだからさ、ビンゴかなぁと…こうして隙を狙って会いに来たわけ」

「……っ…」

「え、ちょ、泣かないでっ。俺、女の子に泣かれると……」

「……」

「ご、ごめんね――――えーっと、『夜』ちゃん?」

 

 

久し振りに聞いた私の名前に、涙を拭きながら大きく一回、頷きます。

すると豊受さんは「っしゃあー!」と力強く手を握り締めると、ぽんぽんと軽く肩を叩きました。

 

 

「…咲、ずっと君を探してたんだよ。見つけられないあまりにかなり荒れたらしくてさ、狩り場で無双し過ぎたせいでしばらく謹慎されたぐらい毎日君のことを心配してたんだ。いやー、見つかって良かった良かった!」

「…ぅ…っ……」

 

 

(心配してた―――じゃ、じゃあ、私の事、嫌ってない……?)

 

 

―――豊受さんは私を泣かせるのが得意なのでしょうか?

 

「探してた」「見つかって良かった」の言葉がナイフのようずっと耐えてきた心に突き刺さって、涙が勢いよく溢れだして止まらなくてしょうがないのです……。

 

 

(飼い主、さん……!)

 

 

私、私の事、忘れないでいてくれたのですね。心配していてくれたのですね―――!

 

 

 

「……さあ、もう泣き止んで。今すぐこの店を出るんだ。ギルドに保護の依頼をしないと。あと咲にも連絡しないとね」

「……?」

「………この家の人間は、君を逃がさない気だ」

 

 

念の為にも法で守られた場所に居た方が良い、と急に真剣な目で言う豊受さんに、私は訳が分からなくて。

 

きょとんとした私に苦笑すると、豊受さんは低い声で、先程の冷たささえ孕んだ声で、教えてくれました。

 

 

「君は金になるからね」

「!」

「小突かれようが…手がこんなになっても、君には何処にも行く術がない。大人しくて『良い子』な君は、住まわせてもらっているという負い目からも頑張って働くだろう」

「……」

「もっと言えば―――君は言うなれば招き猫さ。何人か俺みたいな馬鹿な男を日がな通わせるぐらいは簡単だろうし」

「……」

「だからこの店の人間……あの人の良さそうな爺さんはね、君が行方不明の人間だなんてギルドにも村の人間にも伝えていない。近くの村の口のきけない親戚を預かったんだ、って周囲に言ってるんだ。それにさっき確認したら、君を探す依頼を裏でこっそり、君が稼いだ金で消そうとしてたよ」

「…ぇ…」

 

 

――――待って、ください。

 

私は自分がどういう風に扱われていたのかは分かっていましたが、あの、私の味方だと思っていたお爺さんが?

 

お嬢さんやお婆さんから庇ってくれて、お爺さんがいる時は虐められなかったのに…?

 

 

「…今までずっと、君が陰で虐められてるのを見て連れ出してやりたかったんだけど―――君の証言と証拠がないと、こっちも動けないからさ。でも君が『行方不明のハンター』なら、それを知った俺には君を保護する義務があるから、少しの無理も大丈夫」

 

 

だから、ここから出てくれ。

……真剣な目で、飼い主さんと似た大きな手が差し出されて―――私は、豊受さんのその姿に、飼い主さんを重ねました。

 

お爺さんがそんな事をする筈が無い、と豊受さんを危険視する声に、「飼い主さんの事を知っていた」「ギルドに行くのだから、それで真実が分かる筈」と説き伏せて、そっとその手をとりました。

 

……結局私は、飼い主さんを連想させるモノに弱く、信じてしまうのです。

 

 

「了承、って事でいいのかな?」

「……」

「じゃあ、…あ、何か持って行きたい物とかある?」

「……」

「そっか。じゃあ行こう」

 

 

二カっと笑う豊受さんに、私も釣られて弱弱しく微笑んで。

冷たい風を防ごうと服の合わせを掴んだ時でした――――ちょうどガラリと奥の扉が開いて、荷物を持ったお婆さんが出てきたのは。

 

「……何を、しとん……!?」

「……っ…!」

 

ギッと、視線だけで射殺せそうな程に強く睨みつけるお婆さんに、私はビクリと身が竦んでしまいました。

 

パニックが起きそうになって視界がふらふらとして、とにかくどうしようも何の反応も返せない私を庇うように、豊受さんはお婆さんの前に立ってくれました。

 

 

「後で通知しようと思ったんですが、丁度いい。彼女―――夜を、連れ帰させていただきます」

「ああ゛ん!?」

「知っているでしょうが、彼女はギルドから捜索依頼が出されている行方不明中のハンターで」

「そげなこと知るかい!!さっさとその棒をこっちに返しい!!まだ仕事が残っとろうがッ」

「……自分も同職の身として、彼女を保護する義務がありm」

「どうせ嘘言って売りつける気なんだろッ犯罪者が!!その小汚い顔を二度と見せるな!」

「………」

 

 

ばしゃあっと近くの水が入った桶を豊受さんにぶっかけ、お婆さんは商品を乱暴に落として私に手を伸ばします。

 

コロコロと此方に転がる桶を蹴飛ばして、鬼のような形相で迫るお婆さんに私が息を飲んで身体を固くすると、鷲掴みにしようと伸ばした手は届く事はなく―――黙って水を受けた豊受さんがその手を掴んで止めました。

 

 

「放しぃ!!」

「………」

「ハンターが村人にこげなことして許されると思うんか!?」

「……」

 

 

今だけ、この人よりも良い耳が嫌になります―――お婆さんの声がより怖くて、うるさくて、耳から脳を刺すかのように突いて聞こえるのですから。

 

(……豊受さん…このままじゃ、風邪を引いてしまいます…)

 

私の目の前でぼたぼたと水滴を落とす豊受さん。はらはらと見守っていると、豊受さんは唾を飛ばしながら吠えるお婆さんの腕をぐっと曲げて、静かに口を開きました。

 

 

「……婆、よくもまあこのクソ寒いってーのに水かけてくれたな」

「あ゛あ!?」

「ぶん殴りてーけど…あんたが言う通りこちとら村人に危害を加えると面倒だからな」

 

すっと腕を放して、鼻を荒く鳴らすお婆さんに冷たく一瞥すると、豊受さんはさっさと私の目の前から去ってしまいます。

 

(え――――!?)

 

目の前で邪魔をしてくれた豊受さんが消えて、私はようやくお婆さんに強く掴まれて。

 

血走った眼が私に近づき、私が暴力よりも嫌いな、聴覚を痛めつける為に耳元で喚く行為に―――私が涙目をきつく閉じ、痛みに耐えるようにと身構えた瞬間、ゴッと嫌な音が。

 

 

「……?」

 

恐る恐る目を開けたら涙が一筋零れて、何度か瞬いて見たのは、

 

 

(………あれ?)

 

 

「――――豚みてーな顔だからな、特に気にもなんねーだろ」

 

 

もう一度、お婆さんの顔に直下して、ころころと転がる桶。倒れて呻く、顔が赤いお婆さん。

 

蹴り飛ばした足をトントンと軽く叩いて、豊受さんは少しスッキリしたお顔で言いました。

 

 

「突然の突風、……はキツイか。食中毒って事にして…顔は転んだ時の怪我ってことにするか…」

「?」

 

 

ぶつぶつと呟いた後、チェダーさんのようにニヤニヤと笑いながら、豊受さんはポーチから桃色の美味しそうな水が入った瓶を一つと、透明な水の入った瓶を出しました。

 

「……、…」

「ん?大丈夫大丈夫。死なないから」

「…」

 

 

そ、そういう問題なのですか…?

 

豊受さんがお婆さんの口に零れないように透明な水を飲ませると、急にお婆さんは小さく唸って、私はオロオロとしてて。

 

豊受さんは一時間後が地獄だぜ、と低く笑うので、とんとんと肩を叩いて首を傾げました。

 

 

「この薬はさ、強制的に吐かせるんだ。しかも使ってもバレにくい便利な薬でねー。結構長いことこれが続くから、俺らの事を気にしてらんねーよ」

 

 

そう言ってお店の中に入り、捨てようとしてそのままにされていた腐りかけの林檎を齧って暖炉に吐き捨て、もう一度外に出てお婆さんを俵のように抱いて適当に捨てました。(その際に椅子などもぐちゃぐちゃにしていました)

お婆さんの近くに林檎を転がして、豊受さんはジャムが並ぶ棚の一番目がいく所に桃色の美味しそうな水が入った瓶を紛れさせ、周囲のジャムには別の透明な水の入った瓶の恐ろしい中身を少しずつ入れます。

 

 

「うっし、とりあえずこれで仕返し第一段階終了、っと」

「…ぅ…」

「ん?大丈夫、どっちも死ぬようなものじゃないから」

「……」

「夜ちゃんの給料を取るにも流石に窃盗扱いになるしなー…」

「………」

「どうしよっかなー…」

「……、…っ…」

「……ん?…え、ちょ、何で泣いてるの!?」

 

 

(……私、これで自由になったんだ)

 

 

―――そう思うと、さっきから涙腺の緩いこの目からは、ぼたぼたと涙が落ちてしまうのです。

 

 

(……もう、怖くないんだ)

 

 

今までずっと、平気そうに沈黙を保っていたけれど、本当は死んでしまいそうだった。

 

暴力をふるうお嬢さんも怖いけど、それよりも本能的に身が竦んでしまう程の咆哮のような怒声を吐くお婆さんが一番怖くて。この人の怒鳴り声でしゃべれなくなったと言ってもいいくらい、この人を恐れてきたから、……今、凄く安心してしまうのです。

 

 

豊受さんはそんな私の心情に気付いてくれたのか、黙って私の身体を抱き寄せて、頭を優しく撫でてくれました。

 

 

「…大丈夫―――これでもう、咲の所に帰れるからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

兎ちゃん虐めはこれにて終了です。(多分)

 

 







補足(キャラクター紹介)


*豊受(トヨウケ)
第三話に登場して婚約者にホモの噂を流されたハンターさんです。

捨て子で食べ物に困っていた養父が食べ物の神様の所に祈りに行った先で拾われ、食うに困らない人生でありますように、という祈りを込めて、この名前を付けられました。
貧乏なのに拾ってちゃんと育ててくれた養父の恩返しの為に、現在ハンターとして高額クエストを受けては養父に仕送りをしてる毎日です。

ちなみに咲ちゃんとは幼馴染なので第三話ではすっごく情けない素を出しています。
昔は殴り合いの喧嘩をしたりモンスターの巣に爆竹放り投げたりそれがバレて村長に仲良くボコ殴りにされたりと、生傷の絶えない日々を一緒に過ごしてました。

もう出さないと思っていたキャラなので、口調がおかしいのは許して下さい。一応女の子の前と男の子の前では性格が違うという設定……を後付けました、すいません。

ちなみに咲ちゃんの手紙の内容ですが、今回の事情(喧嘩は伏せてます)と夜ちゃんの容姿、報酬金額(高いです)、「分かってるだろうけど、夜には絶対何があっても手を出さない、もし誰かに傷つけられたようなら、俺が付くまで、『よろしく』な?」という内容が書かれていました……。


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