マミ達が行方不明になった次の日。
まどかとほむらは二人で近くの安いホテルに泊まっていた。前の日を殆ど買い物に費やしたのだ。ほむらは『金色の魔法使い』の手掛かりを掴むことができず、若干不機嫌そうな表情をしている。それでもまどかの前になると笑顔を見せていた。
しばらくして二人はホテルを後にすると、『金色の魔法使い』等の手掛かりを掴むため、行動を開始した。まどかがもう少しこの街を楽しみたいとごねてきたが、「手掛かりを見つけたら、あなたのいう通りに行動するから」との約束をして、その場をなんとか治めた。
「ほむらちゃん、絶対だからね?」
「えぇ、約束よ」
そんな会話をしながら細い道を通りがかった時、目の前の廃工場で人だかりができていた。二人は気になったのか、人だかりの中に入って身を乗り出す。そこには悲惨な光景が広がっていた。
「どうしてこんなことが……」
工場内では争った形跡が多々見られた。地面は削れ、工場の壁は大きくへこんでいる。しかし、彼女達が注目したのは別のものだった。
「仁美ちゃん、どうして……こんなのって……」
人だかりの前には一人の少女が地面にうつ伏せの状態で倒れている。その少女は二人がよく知る人物―――志筑仁美だったのだ。彼女の前には緑色の宝石が粉々に割れている。おそらく彼女のソウルジェムだろう。ほむらはあまりの衝撃に声も出せず、まどかは体を震わせ、顔色が青ざめていた。
「……まどか、一旦ここから離れましょう」
ほむらがそうまどかに声をかけた時、上空から数人の警察官が箒に乗って現れた。まどかは顔を下に向けながら小さく頷くと、面倒事に巻き込まれる前にその場から立ち去った。
「……」
二人は公園まで来ると、近くのベンチに座ることにした。二人とも何も話さず、まどかはショックのあまり悲しみに暮れている。ほむらはそんな彼女を心配そうに見つめていた。
「落ち着いたかしら?」
「……うん。まだちゃんと受け入れたわけじゃないけども……」
しばらくしてからほむらが話しかけた時、まどかは少しだけ笑みを見せた。しかし、今の彼女に先程のような元気はない。
「仕方ないわ。それが普通のだもの」
「ねぇ、さやかちゃん達にも話した方がいいんじゃないかな。きっとこのこと知らないはずだよ」
「……そうね。連絡してみましょう」
まどかの提案もあり、ほむらはさやかへテレパシーを送ることにした。彼女は以前、さやかがしていた方法でテレパシーを送る。しかし、何度さやかにテレパシーを送っても繋がることはなかった。
「……繋がらない」
「えっ?」
「佐倉杏子のほうにもしてみるわ」
ほむらは同じことを杏子の方にもしてみる。しかし、結果は同じだった。
「二人とも繋がらないなんて……」
「もしかして、さやかちゃん達に何かあったんじゃ……」
「その可能性が高いわね。……もしかしたら巴マミ達も……」
「そんなっ! マミさん達まで……」
まどかの声は沈んでいき、今にも泣きだしそうになる。ほむらは慌てて言葉を付け足した。
「まだ絶対と決まったわけではないわ。とにかく私達には情報が足らなさすぎる。これから急いで情報収集をしましょう」
「うん!!」
ほむらの説得もあり、まどかは少し元気づいたようだ。
「まずは『古の魔法使い』と『銀色の魔法使い』ね」
ほむらはそう言うと、ベンチから立ち上がって早速行動を開始した。まずは先程仁美が倒れていた廃工場辺りの住民に聞き込みをする。まどかの気晴らしになるよう、ほむらは二時間ドラマの刑事風に行き交う人々へ尋ねてみた。しかし以前と同様、『古の魔法使い』、『銀色の魔法使い』の名前を上げた瞬間、殆どの人は顔色を変えて立ち去ってしまう。
「どうだった、ほむらちゃん?」
まどかの問いにほむらは頭を横に振る。
「駄目ね。有力な手掛かりはない……けど、気になることを耳にしたわ」
「ほ、ほんとに!?」
まどかは目を大きく見開き、驚いた表情をする。
「えぇ。ここから少し離れた空き地で爆発音を聞いたって人がいたの。昨日の夕方頃にね」
「えっ、それって……」
まどかの表情が少し険しくなる。思い当たる節があったのだろう。
「さやかが私達に連絡してくる少し前よ」
「じゃあ、マミさん達は……」
まどかは息を呑み、真顔でほむらの目をまっすぐ見た。それに対して彼女はゆっくりと顎を引く。
「何らかの事件に巻き込まれた可能性が高くなったわ」
「うぅ……マミさん、なぎさちゃん……無事でいて……」
まどかは両手を合わせて渇望している様子だった。ほむらも彼女程ではないにしろ、マミ達のことを気にかけているのか、辛そうな表情で空を見上げている。
「とにかく今からその空き地へ向かいましょう。そう遠くはないようだから」
まどかの了解を得ると、二人はすぐに空き地の方へ向かった。
空き地に到着すると、そこでも悲惨な光景が広がっていた。廃工場の被害と比較しても大差がない。
「……酷い」
「争った形跡が見られるわ。それも結構大きい……」
ふとその時、ほむらの目に一点の輝きが入ってきた。彼女はよく目を凝らして見ると、空地の奥の方で指輪が埋もれていたのだ。彼女はそこへ駆け足で向かい、その指輪を拾って手のひらに乗せる。指輪にはチーズのようなイラストが見てられた。
「何かしら?」
ほむらは他にも何かないかと辺りを見回し、地面の方にも目を落とす。しかし、落ちているものはこれだけのようだ。
「チーズ……?」
「わあ、なぎさちゃんが喜びそうな指輪だね」
まどかもほむらに近寄ると、指輪を覗き込んで、少しはしゃいだ様子を見せた。ほむらはその指輪を強く握りしめると、彼女の方へ顔を向ける。
「……これを手掛かりに少し聞き込みをしましょう」
それからほむらとまどかは二手に分かれて情報収集を始めた。まどかは主に『古の魔法使い』、『銀色の魔法使い』のことを、ほむらは先程拾った指輪を手掛かりに聞き込みをする。数時間経ち、二人は一度空き地に集まると、それぞれの成果を上げ始めた。
まどかはこれといった情報を集めることができなかったらしく、申し訳なさそうな表情をしている。「ほむらちゃんは?」という彼女の問いに、ほむらは少し焦った様子で口を開いた。
「大変な収穫があったわ」
「えっ? それってどういう……」
まどかは興味深そうに顎の下に手を置き、一度ゆっくりと息を呑んでからほむらに聞いた。
「この指輪、ある女性がいつも身につけていたものらしいんだけど、その女性に『なぎさ』という娘がいたらしいわ」
「な、なぎさ!?」
まどかはぎょっと目を大きく見開き、大声で叫んでしまった。咄嗟にほむらが彼女の口を抑える。彼女は「はっ!?」と我に返った様子をすると、ほむらに頭を下げた。ほむらは怒っているわけではなく、近所迷惑を考慮しての行動だった。彼女が落ち着いた後、ほむらはすぐ話を元に戻す。
「そう。ただ、その『なぎさ』は魔女化したそうよ」
「なっ、なんで!?」
「襲われたのよ。……『古の魔法使い』にね」
「い、『古の魔法使い』!?」
まどかは『古の魔法使い』の名前を聞いた瞬間、泡を食った様子で顔色を変えた。彼女は慌ててほむらの両肩を手で掴むと、ぐわんぐわんと上下左右に振り回す。
「じゃあ、今すぐその『なぎさ』ちゃんのママの所に!!」
「いえ、行く必要はないわ」
ほむらはまどかに振り回されながらも平然とした表情で答える。
「ど、どうして!?」
「彼女、昨日から家に戻ってないらしいのよ」
ほむらの言葉を聞いたまどかは両肩から手を放し、右手で胸を優しく撫で下した。「まどか?」とほむらが尋ねると、彼女は両手を前に出して「なんでもないよ」と苦笑いを見せる。
「でも、なんで戻ってないのかな?」
「わからないわ。どこかへ出かけているのかもしれない……」
二人は空地を離れ、頭を抱えながら道を歩き始めた。指輪の持ち主の行方が突き止められない以上、また一から情報収集をしなければいけないのだ。その時、ほむらはふと木の陰に視線を向けた。
「何かしら?」
木の陰に何かが置かれているのだ。ほむらは気になって近づいてみる。まどかも彼女の後に続いた。
「買い物袋? 中はこんなに沢山残ってるのに……」
木の陰に置かれていたのは買い物袋だった。中には誰かが買ったであろうと思われる商品がいくつも見られる。まどかはそれを不思議そうに覗きこんでいた。
「ん?」
突然ほむらは買い物袋の中に手を入れて漁りだすと、特定のものを取り出して地面に置いた。まどかは慌てて止めようとするが、彼女はひたすら手を動かしている。
ほむらが「ふぅ」と一息ついた時、買い物袋の中身の殆どが地面に置かれていた。そのすべてがチーズやケーキ、紅茶のいずれかに該当している。彼女は神妙そうに手を顎の上に乗せた。
「巴マミや百江なぎさが好きそうなものばかりね。けどなんでこんなところに……」
ほむらは黙考し、きょろきょろと辺り一帯を見回す。しばらくその場で立ち尽くしていると、突然彼女は数回瞬きをしてから口を開いた。
「もしかしたら巴マミと百江なぎさ……その女性と会っていたんじゃ……」
「えっ!?」
ほむらの言葉を耳にして、まどかの表情は急に青ざめた。ほむらは少し頭を傾げつつも話を続ける。
「二人は偶然にも女性と出会った。きっと話の馬が合ったのでしょう。それで彼女の家にお邪魔することになった。けど……」
「そこであの空き地で何かが起こった……そういうこと?」
「えぇ」
ほむらはゆっくりと顎を引いた。まどかは彼女の推理を納得した様子でいる。そのせいなのか、まどかは彼女に背中を見せると怪訝な顔をした。
「まどか、どうしたの?」
突然背中を向けられたほむらはまどかの行動に疑問を感じる。ほむらはそっと彼女に尋ねた。
「えっ……ううん。なんでもないよ」
「そう……」
慌てて振り返るまどかの顔にいつもの笑みがあった。ほむらは彼女の表情を見て安堵する。
「それよりも他の場所も行ってみよう!! 手掛かりを見つけなくちゃ!!」
「けど、どこに行けば……」
二人は木の陰の所で首を唸らせていた。いくら考えても答えが出てこない。
「それなら僕が案内するよ」
その時、ほむらとまどかの背後から少年らしき声が聞こえてきた。二人は咄嗟に後ろへ振り返り警戒する。そこには想像通り、少年が立っていた。
少年は二人より一回り程小柄で、色白肌をしている。赤い瞳をしており、彼を見ているとなぜか悪寒を感じた。
「……あなた何者? 一体いつからそこにいたのかしら?」
「僕はたった今ここを通りがかった通行人さ……暁美ほむら」
少年の言葉は聞いてほむらは眉を顰め、いっそう警戒を強めた。それでも少年は動じずに話と続ける。
「それに鹿目まどか。君達は知りたいのだろう? 『古の魔法使い』、『銀色の魔法使い』、そして……」
少年は彼女達を見据えて、最後にこう付け足した。
「『金色の魔法使い』についてね……」
最近忙しいから、一週間に一度のペースで投稿のつもりです。
頑張りますっ!!