ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった   作:スポポポーイ

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別な短編のオマケを書いてて投稿が遅くなりました。
前話までで感想や評価、ブクマをしてくださった皆様、本当にありがとうございます。


はたらかない図書委員会

 

 唐突に背後から割り込んだ声に、呆気に取られながらも振り返って声の主を確かめる。

 

「……と、う…どうさん?」

「はい、どうも。藤堂さんです」

 

 いつも通りの平坦な口調で、彼女は応じた。

 けれど、そんないつも通りなはずの藤堂さんの表情が、僕を一瞥して苦々しいものに変わる。

 

 普段から割と半目がちな目がさらに細められて、僕を…いや、その奥で息を呑んで固まっている長谷川さんを睨んでいるのだと察した。

 

「失礼ながら、話は聞かせてもらいました。というか、こんな静まり返った部屋で話していれば、裏に居ても普通に聴こえてきます」

「っ……」

 

 苛立たしそうに顔を顰めながら、藤堂凜が一歩踏み出した。

 そして、それに呼応するように長谷川翠もまた一歩後退る。

 

「……」

 

 そんな二人の様子を眺めながら、すっかり冷静さを取り戻してしまった僕は『これが文字通り一進一退の攻防というものか……ゴクリ』という場違いな感想を抱いていた。

 空気を読んで黙っているけど脳内では自重しないどうも僕です。

 

 いや、こんな状況で僕にどうしろと? 定番ネタのように『僕のために争わないで!』とでも言って、場を混沌に陥れさせればいいの?

 どうせ僕が口を開いたところで藤堂さんあたりに『脇谷先輩は黙っててください』とか言われて、結局引き下がっちゃうパターンなんでしょ。知ってる知ってる。何かのWEB小説かアニメでそんなシーンみたよ。はいはいテンプレテンプレ。そういうの、もういいから……。

 

「ご指摘ご尤も。さすが長谷川先輩ですよね。貴重なご意見どうもありがとうございます」

「あ、えっと…貴女は……?」

 

 それもこれも長谷川さんが悪い。

 どうして今日に限って図書室になんて来てしまったんだ。……わかってるよ。昨日の今日だからだろ? だからと言って、もうちょっと他に人が居ないか気を配るとか、僕が確実に一人でいるときを狙うとか、色々やりようはあったじゃないか。昨日の一件といい、相変わらず間が悪過ぎるんだよ。あと不用意。

 

「……そうですか。そうですよね。先輩はわたしのことなんて憶えてないですよね。()()()()()()()()()長谷川先輩は、ご存知ないでしょうとも」

 

 チクリと、なんて比喩じゃ足りない。グサリと、相手を刺し殺そうという敵意が滲み出た嫌味に、長谷川さんが動揺で瞳を大きく揺らして、その切れ長な目を瞠目させる。

 そりゃ気付くか、気付くよね。そもそもカウンター裏のバックヤードから現れたんだから、藤堂さんが何者かなんて一目瞭然だ。

 

「どうも、()()()()()()。脇谷先輩と同じ図書委員の一年生で、藤堂凜と申します」

 

 慇懃無礼に頭を下げて、藤堂さんは薄く笑う。

 

「数少ない働く図書委員の一人として、長谷川先輩のお言葉は大変参考になりました。是非、他の皆にも教えてあげたいので、さっきの御高説をレポートにでもまとめて提出していただけませんか? 来月の図書だよりに掲載して図書委員だけでなく、全校生徒に周知してあげますから」

 

 僕が手塩にかけて育てた図書だよりをそんな風に扱うのはやめて? 可哀そうだよ。僕が。

 それに来月のネタは『これまで図書室の本に書かれた落書き大全集』ともう決まっているんだ。勝手な原稿の差し替えは許可できない。そういうのは自称編集長である僕を通してもらわないと。

 

 ちらりと、横目で長谷川さんの様子を窺う。

 ……どうして、そこで僕を見るかな。そういうところが迂闊なんだよ。そんなことをしても状況が悪化するだけだと学んでほしい。ほら、藤堂さんの敵意が増量キャンペーンでマシマシだよ。ニンニク入れますか?

 

「どうしたんですか? 何をそんなに怯えてるんです? 長谷川先輩は間違ったことなんて言っていませんよ。正論です。先輩が言っていることは至極正論です」

「ち、ちがっ……私は、ただ…」

 

 そう、その通り正論だ。

 長谷川さんが僕にぶつけた図書委員会への糾弾は、とても的を射た、誰が聞いても正しいと思えるほどに滑稽な、とんでもない曲論だ。

 

 聞き手と話し手。役者の肩書が違うだけで、こんなにも違って聞こえるのだから言葉って不思議なものだと思う。

 そんな、どこまでも他人事な感想を抱く僕の前で、傍観する僕を間に挟んで、彼女たち二人の茶番とも思える喜劇が終盤へと差し掛かろうとしていた。

 

「書架が乱れてる? ……仰る通りです。誰かが適当に戻したり、立ち読みして棚に放置された本がそのままですもんね。実に目ざといです」

 

 長谷川さんから指摘された不備をなぞるように、藤堂凜はゆっくりと図書室内を見渡す。

 その視線を追ってみれば、なるほど確かにご指摘の通りだ。掲示板は四月に貼り出されたものから大して変わっていないし、新刊本コーナーには最近文学賞を受賞したと話題の新刊も並んでおらず、生徒の興味を引くような企画も皆無。実に寂れた図書室だ。

 

「それに、掃除も行き届いていない」

 

 そう言うと、藤堂さんがカウンターの隅を人差し指でつつーっとなぞり、どこぞの笑っちゃうセールスマンばりにドーン!! っと、その指を僕に突き付ける。

 

「……脇谷先輩、昨日は掃除サボりましたね?」

「今日やるつもりだったんだよ」

 

 ホントだよ。ウソじゃないよ。昼休みに誰かがやっといてくれないかなって、密かに期待してはいたけれど。

 はぁ……、まったく。やれやれ、いつもこうだよ。期待するとすぐに裏切られる。現実って世知辛いなぁ……。

 

「……まあ、いいです。ここで脇谷先輩を責めても仕方ありませんし、お門違いですから」

 

 サーセン。

 

 そんな僕の適当な反応に、藤堂さんが呆れたように溜息を吐く。

 スマンね。頼りにならない先輩で。明日はちゃんと掃除しておくから、どうか許して。……え? 今日は掃除しないのかって? もうそんな気力残ってるわけないじゃん。ブービエ・デ・フランダース、僕はもう疲れたよ。

 

「それで、なんでしたっけ? どうして働いている図書委員が脇谷先輩しか居ないのかって、そう言いました?」

 

 お迎えまだかな、はよ来い天使ども。っと僕が内心で辟易していると、話題がついに問題の核心を突く。

 それまで冷たい笑みを浮かべて、じわじわと嬲るように長谷川さんを追い詰めていた藤堂さんが、スンッ……と表情を真顔にしてぼそりと呟いた。

 

「……ふざけないでくださいよ」

 

 ゾッと底冷えするような声音が、彼女に突き刺さる。

 

「利用者にクレームを言われるならこっちだって納得できます。言い逃れできないですし、この図書室の惨状はわたしたち図書委員の怠慢の結果なんですから」

 

 淡々とした藤堂さんの口調から感じられる、ふつふつと湧き上がるような堪えようのない怒りの感情。

 

「言うに事欠いて、あなたが言うんですか? 今さらどの面下げて、図書室に顔を出しているんですか?」

 

 忌々しげに、彼女の表情が歪む。

 憎々しげに、彼女が眉を顰める。

 

「こんな図書委員会の現状を生み出した元凶である()()()が、よりにもよって、これまで図書委員会を支えてきた()()()()にクレームをつけるんですね」

 

 言葉という不可視の圧に押されて、長谷川さんの腰が引けた。

 そろそろと後退って、自然と図書室の出入口へと近づいていくのは、生存本能の為せる業と言えるのかもしれない。

 

「いっ…ぁ……」

 

 見てるこっちが居たたまれないくらいに、長谷川さんが狼狽えている。

 イヤイヤと否定するように弱々しく首を横に振って、突き付けられる現実から逃れようと、その身を震わる様に委員長キャラとしての威厳は欠片もない。

 

「さすが、恋愛に現を抜かして、恋路に託つけて、就任早々に責任を放り投げた人の言うことは違いますね」

「っ……!」

 

 藤堂凛の非難めいた眼差しが、容赦なく長谷川翠の虚ろな心の内を貫いた。

 

「そうは思いませんか──────」

 

 

 藤堂凜は、優しい。

 

 それは、一種の『救い』だ。

 『断罪』という名の、長谷川翠が求めた『救い』だ。

 

 僕が見て見ぬふりをして、ずっと噤んでいた『救い』の言葉。

 

 

「──ねぇ、長谷川()()()()()

 

 

 藤堂さんの こうげき!

 かいしんの いちげき!

 

 長谷川さんは にげだした!

 

 

 

 *  *  *

 

 

 

 長谷川さんがどんな娘かと聞かれたとき、ギャルゲーに登場するお堅い委員長キャラだよと説明したものの、彼女が実際にクラス委員長を務めているとは一言も言っていない。

 

「……容赦ないね」

「いいんですよ。あのくらい、言われて当然です」

 

 二年生に進級して、うちのクラスから図書委員に選ばれたのは、僕と長谷川さんだった。

 僕は一年生のときにやっていたからという安易な理由で、彼女はレッテル貼りのように押し付けられたクラス委員長という役職を嫌がっていると察した夢王くんの機転によって……。

 

 どんな乙女回路が働いたのか僕には知る由もないけれど、今年度の図書委員会が発足した当初、長谷川さんは非常に張り切っていた。

 例年、委員長職には三年生が就任するのだけど、受験勉強を理由に消極的な姿勢の彼らを見て、彼女は三年生の先輩方を押し退けて委員長に立候補してしまう。

 

 当然、周囲はやんわりと彼女を止めようとした。

 確かに三年生たちが立候補に消極的なのは事実だったけど、それはあれだ。『押すな押すな』とか『どうぞどうぞ』みたいな、お約束みたいなものであって本当に嫌がっている訳ではない。つまりは一種の様式美。もはや日本人の伝統芸とさえ言える。なにそれ超絶面倒くさい。

 

 これがまだ、一年生のときに図書委員を経験していて先輩方と信頼関係が構築されている、とかならまだ良かった。

 けれど、残念ながらそんな旨い話があるはずもなく、ぽっと出の未経験者が場の空気も読まずに堂々と手を挙げてしまったというのが事の真相である。

 

 さっきまで消極的だった手前、今更やりますとも言い出せない三年生。

 やる気満々の同級生に三年生のあれはポーズなんだよと大っぴらに説明する訳にもいかず、途方に暮れる二年生。

 二~三年生の面倒事に巻き込まれたくなくて、静かに下を向く一年生。

 

 しかし、そんな地獄のような空気の図書委員会議も、さっさと帰りたい司書教諭の『生徒の自主性を重んじる云々』というありがたいお言葉によって終わりを告げた。唯一の立候補者である長谷川さんを委員長に就任させるという形で……。

 当然、釈然としないモヤモヤを抱えた多くの図書委員たち。なら異議を唱えて自薦なり他薦なりすれば良いだろうと思うのだけど、結局、誰も手を挙げることなく、恙無く第一回の会議は終了してしまった。

 

「……脇谷先輩こそ、追いかけなくて良かったんですか?」

「サポート対象外です」

 

 たらればの話をすればキリがない。

 

 長谷川さんが図書委員にならなければ。

 空気を読んで立候補なんてしなければ。

 三年生が消極的なポーズをしなければ。

 司書教諭がいい加減な先生でなければ。

 

 そして、涅想惟が転入してこなければ。

 

 きっと長谷川さんの未来(いま)は、もっと別の道を辿っていたに違いない。

 けれど、いつだって現実は非情で、情け容赦なく、そして残酷である。

 

 それまで危うい拮抗で成り立っていた夢王くんのハーレムコミュニティが、涅さんの加入で遂にバランスが崩れたのだ。

 

 日夜繰り広げられる、夢王くんをめぐるヒロイン達の駆け引き。

 誰かが一緒に登校すれば、別の誰かが一緒にお昼を食べて、また別の誰かが一緒に放課後デートする。そんな状況で吞気に委員会活動なんてやっていられる訳もなく、長谷川さんは女の戦いへと身を投じた。自ら立候補した図書委員長としての責務をほっぽり出して。

 

「ふーん……」

「納得してないって感じだね」

 

 第二回の会議に、委員長たる長谷川さんの姿は無かった。

 最初は他のメンバーも然して気にしていなかった。むしろ病欠かと思われて心配すらしていたほどだったように思う。結局、その日は委員長不在ということで会議は翌週へと延期された。

 

 翌週、やはり図書委員長は不在。

 そして、その頃にはもう、彼女が夢王くんを追いかけることに夢中で委員会をサボっているのは周知の事実となっていた。

 

 この事態に、彼女を信任したはずの司書教諭は知らんぷり。そもそも、常勤のはずの司書教諭が滅多に図書室へ顔を出さない時点でお察しである。第一回以降、会議にすら出て来やしない。

 それでも一応、二年生の女子を中心に長谷川さんを注意したり、フォローしたりしようとする動きもあったのだ。まぁ、全て無駄に終わったんだけど。その場では謝罪して委員会に参加することに応じても、いざ放課後になると他のヒロイン達と一緒に夢王くんを囲むことに必死でそれどころではなくなってしまう。完全にお手上げであった。

 

 こんなとき、人間の本性ってものが垣間見える瞬間だと思う。

 

 まず三年生が委員会に来なくなった。

 理由は受験勉強で忙しいから。尤もな理由ではある。

 

 次に二年生も委員会に来なくなった。

 理由は部活や塾で忙しいから。妥当な理由ではある。

 

 トドメに一年生も委員会に来なくなった。

 理由は真面目に参加するのが馬鹿馬鹿しいから。とても率直な理由である。

 

 そうして、委員長不在の図書委員会はあっという間に空中分解したのだった。

 

「だって脇谷先輩、お人好しですから」

「……それは違うよ」

 

 彼女から向けられる視線に耐えられなくて、そっと窓の外に広がる景色へと目を逸らす。

 夕闇が迫る空を眺めながら、僕は自嘲を誤魔化すように大して変わらない苦笑を浮かべて、窓ガラスに映り込んだ僕を心配そうに見上げる後輩へと告げたのだった。

 

「別に僕は誰かのために、図書委員業務に励んでいるんじゃない」 

 

 藤堂さんは勘違いをしている。

 

「僕はお人好しでも、真面目でも、ましてや仕事熱心でもないよ」

 

 僕は自分勝手で、不真面目で、至極適当な人間だ。

 

「全部、僕の都合なんだよ。あくまで自分にとって都合が良いから、図書委員業務に従事しているだけに過ぎないんだ」

 

 だから僕はクルリと振り返って、訝しむような眼差しを向けてくる後輩に向けて自分勝手に言い放つ。

 

 

「さて、もうすぐ下校時刻だから、そろそろ図書室閉めて帰らない?」

 

 

 実はさっきから、さり気なく閉店業務を進めていたんだよね。

 あとはカウンター内の小物を整頓して、消灯と施錠をすれば本日の業務は終了。完璧な定時退社が僕を待っている。

 

「……はぁ。仕方ないですね」

「よし、それじゃさっさと帰ろう」

 

 諦めたように項垂れた藤堂さんに構わず、僕は自分の荷物を持って図書室の出入口へと歩を進める。

 

「鍵は僕が閉めて職員室に返しておくから、藤堂さんも早く帰り支度を……」

 

 しかし、僕の歩みはたった数歩進んだ程度で止まってしまう。

 何故なら、彼女がちょこんと僕の制服の裾を掴んで離さないから。え、あれ? 藤堂さん?

 

「……脇谷先輩」

 

 いつも通りの平坦な口調で、彼女が僕の名前を呼ぶ。

 

「本気で、わたしを誤魔化せると思ったんですか?」

 

 いつも通りの平坦な口調で、彼女が僕に真意を問う。

 

「騙されませんよ」

 

 冷たく、容赦のない、一切の情が感じられない声音で、藤堂凜は僕が逃げようのない一言を言い放った。

 

 

「お掃除がまだ終わっていません」

「サーセン」

 

 

 ホント現実って世知辛い……。

 


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