ラブコメ終了後の負けヒロインたちの後処理を請け負うことになってしまった 作:スポポポーイ
小中学校と違い、給食がない高校生活では昼食の選択肢がいくつか存在する。
自分でお弁当などを持参する奴もいれば、学校の食堂で済ます人もいるし、購買でパンやオニギリを買う生徒も多い。
ちなみに夢王くんのコミュニティメンバーたちはお弁当や購買派で占められている。
理由は言わずもがな、夢王くんと一緒に昼食を食べるのと同時、他のヒロインたちを牽制するためだ。ご苦労なことである。
僕はと言えば、購買派だ。
入学当初こそ母がお弁当を作ってくれたのだけど、共働きで朝が早い母にそれは酷だろうからと三日続いたあたりで僕の方から固辞した。母は負担なんて無いと抗弁したものの、思春期男子高校生にとって学校の購買や食堂は憧れであり、友人たちが買ってきたパンなどを食べている中、自分だけ教室でお弁当を広げるのは気恥ずかしいのだと力説して何とか納得してもらったのである。まぁ、詭弁なんだけど。バレなきゃいーんだよの精神で乗り切りました。
「ごめん。今日、俺たち……」
昼休み、いつもの如く夢王くんが所属する我がクラスに集まってきた負けヒロインたちに、彼が申し訳なさそうな顔をして断りを入れた。
その隣には、照れたように少し頬を染めた涅さんが当然のように寄り添っている。あー……、今日は例の日か。
「あー! また想惟ちゃんの愛妻弁当だなー!!」
「……別に照れなくても、ここで食べればいいじゃないですか」
「そーだよ~、ムー君。あたしも涅さんの愛妻弁当見てみたいなぁ~」
「……」
「まぁ、せっかく作ってもらったんだから、彼女と二人で楽しみたいってハレ先輩の気持ちも分かりますけどねー」
三学期に入ってからも、夢王くんはこれまで通りみんなと一緒にお昼を食べていたんだけど、ある時、涅さんが夢王くん用の手作り弁当を持ってきたことで変化が訪れた。
数日に一回、涅さんがお弁当を持参した日は、二人っきりで食べるようになったのだ。まぁ、恋人同士なんだから二人っきりで食べるのは何もオカシイ話ではないし、どちらかと言えば自分が振った負けヒロインたちと今でも一緒にお昼を食べている現状の方がオカシイのかもしれない。
涅さんから受け取った巾着袋を大事そうに抱えながら去っていく夢王くんの後ろ姿を眺めながら、僕は疲れたように小さく息を吐く。
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
本物のお通夜だってもうちょっと軽い空気感だと思うんだ。
なに、もしかして僕の知らないところで世界の終焉でも迫ってるの? カタストロフィ目前なの? 黒い球体のある部屋にでも招かれちゃった?
今までなら、こういうときは友斗くんがフォローに入ってくれたのだけど、生憎と今日は不在だ。
というか、おそらくもう来ないのではないかと思われる。多分、新しい彼女と一緒なんだろう。昨日、お幸せにと祝った手前、こういうことはあまり言いたくないけれど、早くも前言撤回して爆発しろと呪詛を送りたい気分になってしまった。
とは言え、夢王くんがおらず、友斗くんまで不在な現状で僕が彼女たちと一緒に食卓を囲む謂れはない。
なんなら今までだって常に一緒に食べていた訳じゃないしね。場の空気を読んで必要そうなら一緒に食べたけど、そうじゃなければ今日は食堂だからとか、他の友達と食べるからと言って適当に済ませていた。
そんな訳で、僕は暇つぶしのお供であるスマートフォンと財布を持って静かに席を立つと、しれっと教室を後にする。
こんな世界の終わりみたいな絶望に包まれた雰囲気の教室で呑気にご飯を食べる奴の気がしれない。現に、ウチのクラスメイト達は全員避難済みである。勇者なんていなかった。
購買で適当な総菜パンと飲み物を購入してから、昇降口で靴を履き替える。
人が疎らな中庭をさっさか横切ると、周りからは死角になっている校舎横に備え付けられた非常階段にそっと近づいた。
五階建ての校舎に設けられたこの非常階段。
各階の廊下の最奥と繋がっており、非常時には昇降口と二手に分散して避難できるように設計されている。けれど、この手の設備にありがちな話のオチとして、普段は非常階段に繋がる扉は施錠されているし、一階の階段入り口部分も柵で封鎖されているため、いざという時に利用できないという本末転倒な管理状況であった。
いや、理由はわかるんだ。
生徒の脱走や悪戯防止だったり、不審者対策で解放できないのは理解できるんだけど。本当の非常時がやってきたときに大丈夫なのか一抹の不安がががが。避難訓練のときは予め鍵を開けておいた状態から災害発生というシナリオだっただけに、学校側に対する不信が拭えない。
何はともあれ、非常階段である。
パッと見では階段入り口は封鎖されているのだが、安住のぼっち飯スポットを求めて校内を彷徨っていた僕は、ある日、世紀の大発見をした。
この柵、外から見たら厳重に封鎖されているように見えるけど、実際には内側から閂を掛けられているだけで、柵の隙間から手を伸ばして閂を外せば簡単に開けられるのである。南京錠すら無かった。不用心!
こうして気ままにお一人様ランチを楽しめる場所を手にいれた僕は、今日も今日とて階段を上って最上階の特等席を目指す。
この非常階段の良いところは、階段の外周部が隙間だらけの柵ではなく、コンクリートでしっかり壁になっている点が挙げられる。つまり、頭さえ引っ込めておけば、外から見つかるリスクがほぼほぼ無いのだ。ついでに風も凌げる。ありがとう、誰とも知れない設計士さん。きっとお姉さんが一級建築士に違いない。
そんな風に益体もないことを考えていたら、五階の踊り場部分に到着した。
もう一つの利点として、最上階である五階の扉付近には小さいながらも、しっかりと屋根が付いていること。これで雨にも負けず、風にも負けない全天候型ランチポイントの出来上がりだ。
流石に一月に外で食べるのは寒いけど、風が無ければ耐えられないこともない。
僕は非常扉に背を預けて座りながら、買ってきたコロッケパンのラップを剥がして齧る。うん、可もなく不可もなく。唯でさえ、大して美味しくない購買のパンなのに、教室のあの空気で食べたらきっともっと美味しくないに違いない。良かった、この場所を見つけておいて。
* * *
最初のコロッケパンを半分ほど食べ終えたときだった。
「……ん?」
階下から、トントンと微かに階段を上ってくる足音が聞こえた気がした。
この場所を発見してから早二年近く、これまで誰かと遭遇したことは一度も無かったんだけど、どうやらその不敗神話も今日でお仕舞らしい。
だがしかし、僕とてこの非常階段の先住民として多少なりとも意地があるのだ。只で譲ってなどやるものか。
僕は相手がここまで上がってくる前に素早く立ち上がると、五階の踊り場に通ずる階段に背を向ける形で座り込んだ。
これなら階段下から五階へ上がろうとするときに、先客がいることがハッキリわかるだろう。
まさに背中で語るスタイル。無言の抗議。ストライキやデモの常套手段、漢の座り込みである。どうせ、こんな辺鄙な場所までわざわざやってくるのだから、相手も一人になりたいのだろうし、先客が居るとなれば引き返すだろう。下の踊り場は好きに使っていいので、僕のことは放っておいてください。
が、しかし────僕の想定とは裏腹に、相手は怯むことなく五階の踊り場へと続く階段を上ってきた。
え、えぇ……?
ちょっと空気を読もう? 僕のこの拒絶オーラ見えないの? 誰だ、僕の安住の地を踏み荒らす不届き者は!? もう少しでコロッケパン食べ終わるので、それまで待ってください。
コツコツと背中に迫ってくる足音に戦々恐々としていると、その音が僕の背後でピタリと止まる。
「……ねぇ、脇谷君」
後ろから投げかけられた声に、ギョッとして思わず振り返ってしまう。
しまったと思った時には、もう遅かった。彼女と、バッチリ目が合ってしまったのだ。
「いつも、こんなところで食べていたのね」
……なにやってるし、長谷川さん。
昨日からやたらと遭遇率の高い、ツンデレメガネ委員長な負けヒロインが、そこにいた。
* * *
一緒に居るだけでゴハンが不味くなるものなーんだ?
「……」
「……」
答えは、気まずい沈黙。
独り言と、生きていく。どこぞの新聞社は関係ありません。
「……」
なぁにこれぇ……?
どうして僕は長谷川さんと無言でお昼を食べてるんだろう。
一体、何の罰ゲームなのか。ストレス耐久配信でもやってるの? 誰か僕にもスパチャして。
「……」
自分から意味深にやって来ておいて無言とはこれ如何に。
あと、僕の退路を塞ぐように、背中合わせで階段に座り込むのもやめて? そこまでするなら、何か喋ってよ。
「……親君あたりから、頼まれた?」
やっぱり喋らなくてもいいかな。
これ、僕は何て答えたら正解なんだろう。そうですって馬鹿正直に頷いていいものか。
「別に答えてくれなくてもいいわ。それ以外で、貴方が私を助ける理由なんてないもの」
随分な言われようだけど、当たっているだけに何も言い返せないな。
どうも、薄情者として定評のある僕です。
其れはさておき、どうしたものか。
先ほど購買で買ってきたパンはもう食べきってしまった。
いつもなら、昼休みが終わるまでここでのんびり時間を潰すんだけど、もう立ち去ってしまおうかな。長谷川さんが階段に居座っているといっても、まったくスペースがないという訳ではない。多少、無理矢理でも横をすり抜ければ通れるだろう。
僕が溜息交じりに立ち上がろうとすると、後ろの背後霊さんからビクリと身動ぐ気配が伝わってきた。
「……」
「……」
きっと彼女は、僕の言葉なんて求めてはいないだろう。
それなら、どうして長谷川さんはここに留まるのか。
彼女にとって、僕は敵である。
かつてのイジメの被害者と、傍観していた加害者。それが彼女と僕の揺るぎない関係性だ。
けれど、本当にそれだけなんだろうか。
夢王くんのハーレムコミュニティにおいて、僕と長谷川さんは同じ『中途参入組』に当る。言わば同期の桜だ。
僕は小学校三年生から、長谷川さんは小学校四年生から。中学校に進学してあざとい後輩が加入してくるまで、『最古参組』メンバーが無意識に醸し出す幼馴染独特の空気感に戸惑い、振り回されていた者同士。ある意味では戦友のような間柄────ないな。ないない。それっぽく考えてみたけど、さっぱり理解不能だ。
おそらくは昨日の件を起因としているのだろうけど、それがどうして僕とお昼を共にすることに繋がるのか、コレガワカラナイ。
強いて言えば、昨日の夢王くんへのストーカー行為に対する口封じという可能性だろうか。過去の復讐も兼ねて、人目のつかない場所で僕を亡き者にしようと企む……あると思います。
なんだかもう考えることに疲れてしまって、いつものように適当な思考で気を紛らせていると、静かにお弁当を食べていた長谷川さんがぽつりと呟いた。
「……三学期」
三学期?
唐突に背後から聴こえてきた無機質な声に、僕は困惑して彼女を振り返る。
「もう、三学期なのね」
一月の寒空の下。
静寂に包まれる非常階段に、そんな当たり前の事実が風に乗って通り過ぎていく。
「……」
僕の視線の先には、小さな背中があった。
いつも背筋を伸ばして、凛とした佇まいを心掛けている芯の通った背中ではない、華奢で猫背な小さい背中。
ああ……、そうか。
長谷川さんにとっては、そう感じるのか。
「……」
「……」
結局、彼女がそれ以上口を開くことはなく、僕と長谷川さんの初めてのランチタイムは、昼休みの終了を告げる予鈴とともに幕を閉じた。
たくさんの感想や評価コメントありがとうございました。励みになります。
別で書いた短編の影響なのか、急に閲覧数やお気に入りが増えてビックリするとともに、若干オロオロしてますが……(震え声)
主人公の言動や目的が曖昧で意味不明だってツッコミがありましたが、現状その通りだと思います。こちらの語彙とか文章力や表現力が拙く、読み難くてスミマセン。
たぶん終盤まで話が進まないと、主人公の行動原理は判明しないと思うので、もうちょっとこう……改善できるように善処していきたいと思います。